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『まいっちんぐマチコ先生』(まいっちんぐマチコせんせい)は、えびはら武司による日本の漫画作品、およびそれを原作としたテレビアニメ。
私立あらま学園の女性教師、麻衣マチコとその生徒達が繰り広げるギャグ漫画。1980年代前半にテレビアニメを中心に人気を博し、「まいっちんぐ!」というセリフが当時ブームとなっていた。1990年代後半からかつてのファンを中心にリバイバルブームとなり、単行本の再版のみならず新作も発表され、さらにはCDドラマ、実写化もされた。
目次
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1980年から学習研究社の少年漫画誌『少年チャレンジ』で連載。単行本は累計で280万部を売り上げたとされる。1982年2月に『少年チャレンジ』が休刊してからは、学習研究社の他誌、『アニメディア』『中2コース』などに掲載された。だが、『中2コース』は学年誌、『アニメディア』は2Pだったので、作者も持ち味を出せず連載終了を決め、『アニメディア』の「ほんとに最終回」を最後に終了した。平成に入ってからリバイバルブームに乗り、1997年から『コミックGON!』(ミリオン出版)より取材を受け、『マチコ先生』の新作の依頼を受けた。作者はもう描くつもりはなかったが、悩んだ末に新作読み切りを描くことを決意。以降、『みこすり半劇場』(ぶんか社)、『コミック伝説マガジン』(実業之日本社)、4コマ漫画版を『B.L.T.』(東京ニュース通信社、1999年2月号から2003年10月号まで)、特冊新撰組(竹書房)、特冊快援隊(竹書房)と掲載誌を変えながら、またそれ以外の雑誌にも単発で掲載され、現在に至っている。
なお、えびはら自身による派生作品として『ボコメン先生』という作品が存在する。
単行本は学研のチャレンジコミックスシリーズ全8巻が刊行された後、コンビニ向けコミックスなどに再録され、現在はコミックパークのオンデマンド出版で常時手に入る。また上記の後期作品も青林堂から「ピンクボックス」「ブラックボックス」「ホワイトボックス」として刊行されている。「プラチナボックス」の刊行も予告されたが公式サイトの記述によると出版不況による影響で未定となっている。
同じ学習研究社版の小学生向け雑誌科学と学習シリーズの『5年の学習』、『6年の学習』の説明役として、マチコ先生やその他のキャラクターが連載されていた。同じ作者が執筆しているセルフパロディだった。
内容も教材を真面目に解説したものが多く、まいっちんぐポーズすらほとんど登場せずお色気シーンも無い。天然ボケ気味だったマチコ先生が比較的博識に設定され、生徒をよく叱っていたり、カメやテンコが温和な優等生に変更されていたりと、性格・行動もかなり大きく変更されている。ただしガキ大将的なケン太も含め教室の雰囲気も良く、全員真面目に授業を受けており、学級内の人間関係の良さは原作を踏襲した設定である。
1981年10月8日から1983年10月6日まで毎週木曜日の19時30分から20時までの時間帯(改編期や年末年始はスペシャルなどで変則あり)にテレビ東京系で放送された。全95話。1983年7月28日から10月6日までは再放送。
放送日は、テレビ東京での放送日
| 話数 | 放送日 | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1 | 1981年10月8日 | いたずらまいっちんぐ |
| 2 | 1981年10月15日 | ケン太のスケボー作戦 |
| 3 | 1981年10月22日 | アイドルにアタック |
| 4 | 1981年10月29日 | 激突チャリンコ軍団 |
| 5 | 1981年11月5日 | ボクも先生にタッチ |
| 6 | 1981年11月12日 | お手あげべビーギャング |
| 7 | 1981年11月19日 | ギンギン学園祭 |
| 8 | 1981年11月26日 | 隠しカメラで大勝利 |
| 9 | 1981年12月3日 | タッチ魔をやっつけろ |
| 10 | 1981年12月10日 | ズッコケ催眠術 |
| 11 | 1981年12月17日 | 新兵器ブーブー・パンティ |
| 12 | 1981年12月24日 | サンタのビックリ・プレゼント |
| 13 | 1982年1月2日[1] | 恋のタイムマシン |
| 14 | 1982年1月7日 | すべってコロンデ大捕り物 |
| 15 | 1982年1月14日 | ボインガードを突破せよ |
| 16 | 1982年1月21日 | かぐや姫にプロポーズ |
| 17 | 1982年1月28日 | 二人のマチコ先生 |
| 18 | 1982年2月4日 | バレンタインの決闘 |
| 19 | 1982年2月11日 | 決戦マチコ組対ケン太組 |
| 20 | 1982年2月18日 | サーカスがやってきた |
| 21 | 1982年2月25日 | マイコン・バースディ |
| 22 | 1982年3月4日 | 宇宙からのおくりもの |
| 23 | 1982年3月11日 | 青い目のライバル |
| 24 | 1982年3月18日 | ヒップでスイング1, 2, 3 |
| 25 | 1982年3月25日 | ねらわれた春休み |
| 26 | 1982年4月1日[2] | 怪獣ナッシーを探せ |
| 27 | 1982年4月8日 | 愛のワンタッチラーメン |
| 28 | 1982年4月15日 | 思いちがいで2度タッチ |
| 29 | 1982年4月22日 | カラスの勝手でショー |
| 30 | 1982年4月29日 | ボインが切り札シーソー合戦 |
| 31 | 1982年5月6日 | SOS青い珊瑚礁 |
| 32 | 1982年5月13日 | ボインにギブアップ |
| 33 | 1982年5月20日 | ケン太の突撃レポーター |
| 34 | 1982年5月27日 | 挑戦・美人コンテスト |
| 35 | 1982年6月3日 | 先生のヒップは100馬力 |
| 36 | 1982年6月10日 | マシュマロ白馬天狗 |
| 37 | 1982年6月17日 | 青空田植え教室 |
| 38 | 1982年6月24日 | 赤ん坊がくれた平和 |
| 39 | 1982年7月1日 | 7月7日のランデブー |
| 40 | 1982年7月8日 | イルカの恩返し |
| 41 | 1982年7月15日 | いじわる自転車レース |
| 42 | 1982年7月22日 | マドカの星の王子様 |
| 43 | 1982年7月29日 | とんでも授業参観日 |
| 44 | 1982年8月5日 | ドラキュラ博士の実験室 |
| 45 | 1982年8月12日 | ぼくらは少年天才団 |
| 46 | 1982年8月19日 | 祭ばやしでハッピーダンス |
| 47 | 1982年8月26日 | こちらは命の110番 |
| 48 | 1982年9月2日 | 大逆転マッチースマッシュ |
| 49 | 1982年9月9日 | ばんざい 竹の子族 |
| 50 | 1982年9月16日 | ケン太の家庭教師 |
| 51 | 1982年9月23日 | 2人3脚まっしぐら |
| 52 | 1982年9月30日[3] | 想い出のヒップライン |
| 53 | 1982年10月7日 | イースター島からの使者 |
| 54 | 1982年10月7日[4] | 赤毛のペチャパイ |
| 55 | 1982年10月14日 | 新発見・山形原人 |
| 56 | 1982年10月21日 | 恋のシャッターチャンス |
| 57 | 1982年10月28日 | カンフーレディNO.1 |
| 58 | 1982年11月4日 | 忍者サユリちゃん |
| 59 | 1982年11月11日 | 南の島からラブコール |
| 60 | 1982年11月18日 | ラブラブハネムーン |
| 61 | 1982年11月25日 | ケン太のびっくり大予言 |
| 62 | 1982年12月2日 | ボインで脱出・大ピンチ |
| 63 | 1982年12月9日 | 健康ジョギング一直線 |
| 64 | 1982年12月16日 | ヒップで直かっこう |
| 65 | 1982年12月23日 | キスキスXマス・ケーキ |
| 66 | 1982年12月30日 | マチコのライオンならし |
| 67 | 1983年1月6日 | あしなが草の秘密 |
| 68 | 1983年1月13日 | モテモテ美容術 |
| 69 | 1983年1月20日 | ボインのふくらし粉 |
| 70 | 1983年1月27日 | 伝書バト救助隊 |
| 71 | 1983年2月3日 | 赤オニ青オニ親子オニ |
| 72 | 1983年2月10日 | やったぜマンガ先生 |
| 73 | 1983年2月17日 | 仲良しサイホウ教室 |
| 74 | 1983年2月24日 | ジロチョーが行く |
| 75 | 1983年3月3日 | おひなさまは誰の手に |
| 76 | 1983年3月10日 | 強敵ライバル3人組 |
| 77 | 1983年3月17日 | 天狗の守り神 |
| 78 | 1983年3月24日 | ハクション春のカゼ |
| 79 | 1983年4月1日[5] | とんでもケン太の誕生日 |
| 80 | 1983年4月7日 | ボインでパトロール |
| 81 | 1983年4月14日 | 教頭先生の大決断 |
| 82 | 1983年4月21日 | 不思議なスーパードレス |
| 83 | 1983年4月28日 | マジック人形劇 |
| 84 | 1983年5月5日 | 5月5日の特攻作戦 |
| 85 | 1983年5月12日 | スカート禁止命令 |
| 86 | 1983年5月19日 | 超能力のプレゼント |
| 87 | 1983年5月26日 | 愛のトンチンかんちがい |
| 88 | 1983年6月2日 | ワンダーランド大追跡 |
| 89 | 1983年6月9日 | タッチでアローハ |
| 90 | 1983年6月16日 | へとへと人力大飛行 |
| 91 | 1983年6月23日 | 里帰り困っちんぐ |
| 92 | 1983年6月30日 | パリ発 いとしのマチコ |
| 93 | 1983年7月7日 | ラジコン大飛行 |
| 94 | 1983年7月14日 | 羽衣をなくした天女 |
| 95 | 1983年7月21日 | 愛のソフトタッチ |
本放送当時はテレビ東京系列局はテレビ大阪のみ
| 時差ネット | |
|---|---|
☆=テレビ東京系列、■=フジテレビ系列、●=日本テレビ系列、△=TBS系列、▽=テレビ朝日系列、◆=独立UHF放送局
ビクターレコードからリリースされていた。
ケン太達が毎回いろいろな騒動を巻き起こすが、マチコ先生が解決する、という展開が多い。話の最後にはだいたいマチコ先生の乳房(ボイン)が丸出しになる。
非常に人気があったが、毎回乳房の露出があるという性質上PTAなどからの苦情も多かった。1982年には京都で「マチコ先生に抗議する会」まで結成されたために、放送が打ち切られたという。原作者は、後に「友情の大切さを描いたつもりだったが、PTAの人達に理解してもらうことは難しかった」と語っている。なお、京都は皮肉にも原作者えびはらの出身地である。
当時の国会でも取り上げられ問題になった。
山口県では放送がやや遅れたが、これについては当時、山口放送(当時日本テレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット)は山口県教育委員会と関係が深く、かつては野村幸祐社長が同県の教育長兼ねていた事もあり、『11PM』や『ミセス&ミセス』の打ち切り等のようにいわゆる「エログロ低俗化」を拒絶する体質があったことや、テレビ山口(当時TBS系列・フジテレビ系列クロスネット)も直ちに放送枠が確保できなかったためとの見方がある。ただし、テレビ山口がその後、夕方枠を確保して放送した他、山口県内では福岡放送など近県のテレビ局を視聴していた世帯も多かったため、山口県内でも視聴できたところは多い。同じ中国地方でも対照的だったのは岡山県で、岡山放送での本放送後にも1986年に西日本放送、1988年にテレビせとうちと2回も再放送が行われている。
このような中、『マチコ先生』に対する抗議行動として学研の学習誌の不買運動に発展、学研としては『チャレンジ』での連載を打ち切ることにした。なお、この打ち切りに伴い講談社への移籍も計画されていたが、学研側からの慰留により『アニメディア』、『中2コース』の連載が開始している[6]。
CS放送局のアニメシアターXやファミリー劇場でも再放送が行われた。
ネット配信は2009年現在バンダイチャンネルが配信中(1 - 5話まで無料、以降有料)。
2010年5月よりGyaO!にて無料配信。各話は2週間配信され、毎週5話更新。
| テレビ東京系 木曜19:30の枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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ザ・ぼんちのそっくりショー
※水曜19:30へ改題移動 |
まいっちんぐマチコ先生
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キャプテン翼(第1シリーズ)
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2003年3月に発売のオリジナルビデオ。本編75分+特典映像30分。
2003年9月に発売のオリジナルビデオ。70分。
劇場映画。2004年10月に単館公開。70分。
劇場映画。2005年9月に単館公開。80分。キングレコードよりDVD化。大学生のマチコが、教育実習生としてこりゃま学園に赴き、管理教育を推し進める教頭・生徒会一派とこれに対抗するボクシング部の争いに巻き込まれる。
2007年5月に発売のオリジナルDVD。本編70分+特典映像30分。
2008年8月に発売のオリジナルDVD。
2009年9月4日発売のオリジナルDVD。本編70分+メイキング&出演者インタビュー&オリジナル予告編。シネマート六本木にて2009年7月17日・18日の2日間限定レイト上映もされた。
2003年7月14日(設置開始日)、奥村遊機からパチンコ機「CRまいっちんぐマチコ先生」が登場。フルスペック、ハーフスペック等全4タイプが供給された。
This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. Last update: 2012年2月14日 11:55:11:JST