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倍賞美津子 | 百科事典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ばいしょう みつこ
倍賞 美津子
生年月日 1946年11月22日(63歳)
出生地 Flag of Japan.svg 日本茨城県
民族 日本人
血液型 B
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1967年 -
家族 姉:倍賞千恵子
主な作品
影武者
恋文

楢山節考

倍賞 美津子(ばいしょう みつこ、1946年11月22日 - )は、日本女優茨城県出身。事務所はロータス・ルーツ。

目次

来歴・人物

幼少時に東京都北区に移り、北区立紅葉中学校卒業後、1962年に松竹音楽舞踊学校に入学した。1965年松竹歌劇団に第18期生として入団する。学校生時代の舞台実習を経て、同年、グランドレビュー「東京踊り」でデビューする。同年、新人賞を受賞し、注目を浴びる。浅草国際劇場を中心に、ダイナミックな歌とダンスで大活躍を続ける。

1967年、『純情二重奏』で実姉の倍賞千恵子と異母姉妹を演じ、映画デビューする。1969年五社英雄監督の『人斬り』で京都市民映画祭の新人賞を受賞する。

その後、松竹に入社し、デビュー作の『喜劇・女は度胸』以来、森崎東監督の作品に出演を続け、看板女優の一人となる。また、『人生劇場』など加藤泰監督の晩年の作品にも欠かせない存在となる。と同時に、その演技力も高い評価を受け、1979年今村昌平監督の『復讐するは我にあり』でブルーリボン助演女優賞を受賞する。

以後、黒澤明監督の『影武者』、『』、今村昌平監督の『楢山節考』、五社英雄監督の『陽暉楼』など世界的評価の高い作品で評価を高め、1985年には『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』、『恋文』などの演技でその年の映画賞を総なめにする。

近年も『OUT』、『ニワトリはハダシだ』などの話題作に出演し、活躍中である。

長年の映画界への貢献により、2002年、「毎日映画コンクール田中絹代賞」を受賞する。

アントニオ猪木は元夫。前新日本プロレス社長のサイモン猪木は、実娘でミュージカルアニー』でアニー役を演じた元女優である猪木寛子の夫である。また、倍賞の弟である倍賞鉄夫は長年新日本プロレスでリングアナを務め、現在は猪木事務所社長。2002年5月3日の『新日本プロレス30周年記念東京ドーム大会』にサプライズゲストとして現れ、元夫の猪木とともに「1、2、3、ダー!」を披露した。

出演

映画

テレビドラマ

バラエティー番組

音楽活動

シングル

  • 星屑の夜/愛の湖
  • 今そこにいるあなた
  • 世界の国からこんにちは(各レコード会社との競作)
  • いつも一緒に(1977年、「炎のファイター〜アントニオ猪木のテーマ」のB面曲で、同曲に歌詞(作詞:なかにし礼)をつけたもの)

アルバム

  • 恋の芽ばえ—倍賞美津子 夜のムードをうたう(1969年)

This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.  Last update: 2010年3月20日 9:50:21:JST

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