Nukkieは、取り敢えず自称人間の生命体。ヲタクの部類かもしれない。いやきっとそうだ。
中国南北朝史・ライトノベル・鉄道・大相撲という相互に全く連関性のない辺りが加筆の中心です。
レイアウトを確認する場合の環境は、WindowsXP+IE6.0SP2(+Sleipnir1.56)、画面サイズ1024×768、文字サイズ中です。問題が発生した場合、GoogleChrome0.1及びFirefox2でも閲覧しています。
……利用者ページ長いよ私。
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日本語版の「今日の一枚」は更新停止中です。 |
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2005年3月7日アカウント取得。それ以前にも数回IP編集あり。アカウント取得後もログイン忘れでIPで編集しているケースはありますが特定できず。
専門分野はライトノベル、日本史・中国史(特に魏晋南北朝時代)関連、あと最近は大相撲関連もいじってます。
最近は新規の記事投稿や大きな加筆はほとんどありません。いち利用者として気付いた誤植とか文章の推敲、細かい事実誤認の草取りが中心。雑多な箇条書きとか何とかの注意テンプレが付いている記事がかなり嫌いで、見てると鬱陶しくなるので適当に加筆して除去したりしてます。言葉は悪いけどいいことしているはずだ。たぶん(笑)
敢えて言ってしまえば、今のWikipediaの方針の全てが私にとって納得のいくものではないです。それは公共の場である以上仕方がないし、多分100%全てが自分の理念と一致する人は数少ないと思います。多数の人間が参加する場だから仕方がない。その中で自分が折り合いを付けて編集していくしかないですし、少なくとも3年間でそこが衝突したことはない。強いて言えば「!」は全角の方がよく使われるし少なくとも私はわざわざ!だけ半角にしないし、リダイレクト消さなくても……というぐらいでしょうか?(苦笑)
何かあればノートに。どうでもいい雑談も大好きです。
思い付いたことを書いていたらこの記事がどんどん肥大中。
性急な立項について腫れ物を触るような現状はどうなんだろうと。
もちろん予定事象を何でもかんでも記事にされるのは困ったものだと思いますが、ここ最近のWikipediaの流れを見ている限り、ある程度トピックとなりそうな場合までまるで腫れ物を触れるような状況になってますし……。
正直、この辺りの扱いについては個人的に違和感を持っているのは事実。常にUptoDateな情報に出来るのがWikipediaのメリットでもあり……。肥大化に伴い動きが鈍くなるのは仕方がないことではあるのですが。実際速報的な更新が多すぎるケースも多いし。うーん。
過剰反応じゃないか、と思いつつ。自分が当事者になれば問題提起したい気もしますが、今のところは保留。
「Wikipedia記事の記載事項の一般化」が最近気になるのです。――現在Wikipediaは情報の参照元として信頼される地位を得ており、一般の方がネットで検索したときにはWikipediaの記述を引用して「こういうことらしい」と一般的な定説のように語られるケースが非常に多いです。
ところが、実際にはWikipediaはそこまでのものじゃない。
一つには、編集する人間が限られている点。そもそもいちいちWikipedia全体の編集の動向を見るのは不可能ですから、一部の大きな議論になった問題と本人が「専門だ」と思っている問題以外は、自分が異論を持っていてもその議論自体を発見することが出来ない。
もう一つ、「他人の意見を消すことが難しい」点。明らかに間違っているわけではないけど「ちょっと違うんじゃないかな」とか「この記述は間違ってはいないがいまいちだ」と思っても、他人の文章を消してリライトするまで踏み込むことは難しいと思うのです。いちばん大変なのは「極端な異説、もしくは少数説」だと認識しても、自分の意見もまた多数説か自信が無いケース。これはどうしようもない。 自信がない場合はノートに書き残したりするのですが、そもそもこのノートに反応があること自体が稀です。
これは肥大化したwikiが持つ構造上での欠点ではあるのですが――その結果として、従来は「いくつかある説の一つでしかなかった」内容が、初版投稿者によって書かれ、そしてその後にその再検討がされなかった結果、さも圧倒的な多数説であるかのようにネット上で語られる傾向があります。一例を挙げると坊主めくり、三名城などは、そのような「特定説」への過度の偏りに気付いて、複数説の列挙の形に修正したケースです(正直、特に坊主めくりはいくらなんでも極端だったと思うのですが……)。多分こういう「間違いではないが不適当な」記事をいかに修正していくかがwikiの最大の課題であり、そして限界なのでしょうね。
まだ私も西晋八王の記事が未投稿など結構新規記事の課題は残してますが、現実には既にメジャーな内容の大抵は投稿されてはいると思うのです。私が参加し始めた頃は記事をどんどん書く人が尊敬されていた風潮があったと思うのですが、これから必要なのはむしろ、そういう草取りを地道に丹念に出来る人なんじゃないかと思います。一人の上手な記事投稿者より、100人の利用者の立場で細かい草取りができる人間。
背伸びしようとする人間が(特に若年者で)いることの問題はWikiである以上介在する問題ですが、「誰でも参加できる」ことはもう少し積極的に捉えてもいいと思う。多数の人間がちょっとずつ力を出すからWikipediaはより良くなるし、例えば文章の細かい修正とか草取りは何人いてもいすぎることはないです。あるいは小学生でも出来るでしょう。
そういう草取り屋さんの一人でありたい。
あちこち編集してると徐々に「この方がいいかな」と思うパターンが出てくる。しかしそれを試しているとテンプレが不統一になってしまう。どうすればいいんだろう?
中国南朝の皇帝記事を時間があるときにこつこつ書いてます。もう少し。完成すれば次は八王の乱関連の記事を書きたいかなぁ。
もう少し。あと少し。
中国皇帝系以外だとこんな記事の初稿を書いてます。すくなっ。
書きたいもの列挙。他にも気が付いたら書いてるけど、備忘録。
中国史関係。
日本史関係。
ライトノベル系。マニアック記事量産?
その他。
This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. Last update: 2010年3月21日 12:18:49:JST