[a] 山形県野球場 百科事典 - anoword | アノワード : 検索 - 動画、画像からブログまで

「山形県野球場」情報のTOPページへ戻る

山形県野球場 | 百科事典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

山形県野球場
(山形蔵王タカミヤホテルズスタジアム)
Yamagata Zao Spa
TAKAMIYA HOTELS STADIUM
山形県営野球場
施設データ
所在地 山形県東村山郡中山町大字長崎5081(中山公園内)
開場 1980年昭和55年)
所有者 山形県
管理・運用者 中山町商工観光公社(指定管理者
グラウンド 内野:クレー舗装
外野:天然芝
照明 照明塔:6基
最大照度:投捕間2000Lx
      内野1500Lx
      外野1000Lx
使用チーム • 開催試合
東北楽天ゴールデンイーグルス二軍2005年 - 現在)
収容能力
25,000人
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:12,690.8m²
両翼 - 91 m
中堅 - 120 m
  

山形県野球場(やまがたけんやきゅうじょう)は、山形県東村山郡中山町の中山公園内にある野球場

プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルス二軍イースタン・リーグ)の本拠地の1つとして使用している。

命名権売却により、2008年平成20年)4月1日から呼称を山形蔵王タカミヤホテルズスタジアムとしている。公式略称はYZ.タカスタ詳細は後述)。

目次

概要・歴史

江戸時代には、村山地方庄内地方とを結ぶ六十里越街道(現在は国道112号山形自動車道が代替)が最上川舟運と交差する結節点だった中山町大字長崎では、最上川河川敷自然堤防上に、往時のような人の集まる施設を数々設置しており、中山公園もその1つである。

そのような中山公園内に同球場が1980年昭和55年)に竣工した。以来高校野球社会人野球などアマチュア野球公式戦が行われている。1985年昭和60年)、プロ野球のナイター開催に対応した照度を確保できる照明設備が追加設置された。

2005年平成17年)シーズンから東北楽天のファームがこの球場を本拠地として使用しており、東北楽天主催のイースタン・リーグ公式戦の多くがこの球場で開催されている他、パ・リーグ(一軍)公式戦も不定期で開催されている。楽天がファームの本拠地としてから、2006年平成18年)9月30日2007年平成19年)9月29日にはファーム日本選手権2008年平成20年)8月2日にはフレッシュオールスターゲームが開催された。

しかし2008年平成20年)9月29日、楽天は2006年シーズンから3年間契約で県と交わしていた「本拠地協定」を11月30日の満期以降、自動延長しない方針を明らかにした。この協定では「楽天はイースタン公式戦主催試合の半数以上を山形県内で行う」事などが取り決められていたものの、球団創設の2005年以来、山形を二軍本拠地とした4シーズンの間は、同県内での主催1試合あたりの平均観客数は当初目標としていた「1,000人」に及ばなかった。さらにタカスタは球団の拠点がある宮城県仙台市から約80km離れており、移動による負担がデメリットになっている。楽天側はこうした問題点を挙げた上で「自動的な契約延長はしない。山形にはこれまで4年間お世話になっており、今後慎重に検討を重ねたい」と話した。

その後協議を経て10月16日、楽天はかねてから二軍本拠地の誘致を進めていた宮城県宮城郡利府町にある利府町中央公園野球場を翌2008年シーズンから本拠地に追加する方針を決定し、山形県と利府町に報告。その後11月17日のプロ野球実行委員会で正式に承認され、タカスタは引き続き楽天の本拠地として存続することになった。但し前述の問題などもあって、その後の協議で山形県内での試合開催ペースは月間1カード程度にまで削減され、さらに過半の試合が準本拠地として使われていた天童市スポーツセンター野球場にまわされた。

命名権

命名権(ネーミングライツ)による名称の変遷
  • 山形蔵王タカミヤホテルズスタジアム(やまがたざおう - )(2008年4月1日 - )

山形蔵王タカミヤホテルズスタジアム

県は2006年平成18年)2月、この山形県野球場の施設命名権(ネーミングライツ)購入先の募集を開始。呼称に「山形」(ひらがな等でも可)を含むことを取得条件とし、売却条件は「年額1,000万円以上」に設定された。しかし、この1回目の募集では目ぼしい反応がなく、応募企業は現れなかった。

そこで県は8月、野球場を「年額800万円以上」に条件を減額し、さらに山形県総合運動公園陸上競技場についても「同2,000万円以上」の条件を設定して、2回目の募集を約3ヶ月間実施した。興味を示した企業が数社現れたものの、野球場は二軍の本拠地であり、また競技場をホームとするJリーグモンテディオ山形もJ1昇格を逃すなど露出機会の増加が見込めなくなった上、施設内容などを考慮すると設定額の割高感が払拭できず、この2回目の募集でも応募企業は現れなかった。

2007年平成19年)2月に実施した募集では陸上競技場のみを対象とし、売却条件を「年額1,200万円以上」に減額した結果、3月に売却先が決まり、呼称を「NDソフトスタジアム山形」とすることが決まった。この2月の募集では野球場については売却を見送っていたが、11月26日から約1ヶ月間、野球場の売却条件を当初の半額となる「年額500万円以上」に減額した上で3度目の募集を行った。県はこの間、県内91社を訪問して売り込みを図り、このうち反応がよかった8社に絞り込んで取得交渉を行ったところ、山形市の蔵王温泉鶴岡市湯野浜温泉で「タカミヤホテルグループ」を展開する株式会社高見屋旅館1社が年額500万円、3年契約の条件で取得を決めた。両者は12月21日に契約に合意し、翌2008年平成20年)4月1日より呼称を山形蔵王タカミヤホテルズスタジアムとすることが決定した。高見屋旅館の吉岡昌次取締役支配人は「スポーツ振興を目的としている点に共感した」と取得理由を述べた上で、呼称に「蔵王」を加えたことについて「スキーシーズンの冬以外にも蔵王温泉をアピールしたいと考えた」と話した。

しかし、この呼称は非常に長いため、認知されづらくなる恐れがあった。そこで高見屋旅館は命名権取得決定を受け、同社のWebサイトなどで略称アイディアの一般公募を実施。1月22日に県庁で行われた正式契約を交わす席上で略称が発表された。公募には約130件の案が寄せられ、その中から選定した結果「山形」と「蔵王」をイニシャル化し、アクセントとして間に"."(ドット)を挿入したYZ.タカスタ(ワイゼット・タカスタ)に決定した。なお採用された応募者には同社グループで利用できるペア宿泊券が贈呈された。報道などではこの略称の他、所在地を冠した山形タカスタなどの略称を使用するケースもある。

主なエピソード

  • 1987年昭和62年)に開催された日本ハムファイターズ南海ホークス戦で、南海・山本和範の打球がライナーで外野フェンスの金網部を直撃し、そのままフェンスをすり抜けてスタンドイン。エンタイトル二塁打となる珍事があった。
  • 1989年平成元年)5月13日に開催された日本ハムファイターズ対ロッテオリオンズ7回戦で、ロッテ先発村田兆治が、完投でプロ通算200勝を達成した。199勝目を挙げてから川崎球場でのロッテ主催試合に2度先発したものの、いずれも勝ち投手にはなれなかった。球団は営業面のメリットなどから、本拠地の川崎で且つ集客の見込める週末の試合での達成を期待していたが、その思惑が外れた格好となった。その後半月近くローテーションが開いた後、ようやく山形でのビジター戦で達成した。地方球場での200勝達成は稀少例。現在、球場正面には村田の「マサカリ投法」のフォームをモチーフにした200勝達成記念レリーフが設置されている。
  • 1990年平成2年)に開催された日本ハムファイターズ対オリックス・ブレーブス戦の試合中、照明が突然消灯。試合が一時中断するハプニングが発生した。これは草野球等の一般利用で照明設備を使用する際、タイマー制御によって21時になると照明が自動的に消灯(減光)する設定が組まれていたのを、職員がタイマーを解除し忘れたため、消灯したもの。
  • 1992年平成4年)に開催された秋季国民体育大会べにばな国体)の、高校野球・硬式(公開競技)星稜高等学校尽誠学園高等学校戦で、星稜・松井秀喜が第4打席で高校通算60本目となる本塁打を放った。これが松井の高校最終打席。松井は同年オフに4球団からドラフト1位指名され、抽選の末に交渉権を引き当てた読売ジャイアンツ(巨人)に入団した。
  • 1999年平成11年)7月11日に開催された横浜ベイスターズヤクルトスワローズ戦は、25,000人収容のスタンドに27,000人が入場するという異例の事態に。入場券の濫発に加え、前日宮城球場で開催予定だった同カードが雨天中止になったこともあいまって、特に外野席は立錐の余地もない混雑を見せた。試合は打ち合いとなり、延長10回、石井琢朗の適時打で横浜が7x-6でサヨナラ勝ちした。
  • 2005年平成17年)、球団創設後初めて行われた東北楽天のパ公式戦(対オリックス・バファローズ戦2試合)は、4月27日は6,053人、翌4月28日も6,362人と動員数が伸び悩んだ。翌2006年平成18年)はセ・パ交流戦1試合(横浜戦)が組まれたもののシーズン開幕前に開催取り止めとなり、これにより1985年から続いていた山形県内での一軍公式戦の開催が遂に途切れ、2007年平成19年)も一軍戦は開催されなかった。(その後は山形では楽天主催の一軍公式戦は行われていない。)
  • 2008年平成20年)7月1日に開催された横浜ベイスターズ対広島東洋カープ10回戦は、実に3年ぶりの一軍公式戦となった。地元天童市出身の広島・栗原健太日大山形高卒)は1-2のビハインドで迎えた4回の第2打席で同点9号ソロ本塁打を放つなど4打数3安打1打点。そのまま同点で迎えた7回には同じく天童市出身の横浜・加藤武治山形南高卒)が登板、先頭で同郷の栗原と対戦し中飛に退けた。しかし一死一塁からスコット・シーボルに左越え適時二塁打を浴びて勝ち越しを許し、結局3-2で広島が勝利。栗原はヒーローインタビューで「ただいま!」と笑顔を見せた。一方、敗戦投手となった加藤は「何とか抑えたかった」と唇を噛んだ。
  • 野球の他にサッカー公式戦での使用例もある。1994年平成6年)、当時JFLに昇格したばかりのNEC山形サッカー部(現モンテディオ山形)が公式戦前半戦の数試合を開催した。当時山形県内には規定の照度を確保できる照明設備のある球技場陸上競技場がなく、窮余の策として照明が整っている県野球場を使用したもの。ピッチは天然芝が敷設されている外野のフィールドに加え、更に内野やファウルエリアにも芝生を仮に敷設して使用した。6月9日に行われたJFL・NEC山形対柏レイソル戦は平日にもかかわらず15,835人の観衆を集めた。試合はカレカが前半まででハットトリックをマークし計4得点を挙げるなど、柏が終始圧倒。結局7-0で柏が勝利した。NEC山形は後半の日程も一部試合で県野球場を使用する予定だったが、その後の調整で山形県総合運動公園陸上競技場などに開催地を変更した。

施設概要

  • グラウンド面積:12,690.8
  • 両翼:91m、中堅:120m
  • 内野:クレー舗装、外野:天然芝
  • 照明設備:照明塔6基(最大照度:投捕間2000Lx、内野1500Lx、外野1000Lx。照度可変)
  • スコアボード:磁気反転式
  • 収容人数:25,000人

交通

  • 鉄道
JR山形駅より - 左沢線(所要約25分)羽前長崎駅より徒歩約15分
  • バス
山交ビルバスターミナル2番のりば・山形駅前ターミナル(東口)3番のりばより - 山交バス「寒河江バスターミナル」方面行き(所要約40分)で「長崎桜町」バス停より徒歩約20分
対戦カードにより、シャトルバスの運行あり。山形市内から山交バスで40分、500円など。
  • 自動車
山形自動車道寒河江ICより - 約5分(3km)
山形市より - 約30分(16km)
寒河江市より - 約10分(7km)
天童市より - 約25分(15km)

関連項目

外部リンク

座標: 北緯38度20分32秒 東経140度16分06秒 / 北緯38.34222度 東経140.26833度 / 38.34222; 140.26833

This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.  Last update: 2010年3月18日 8:28:31:JST

anoword 情報リスト

モノ・マガジン オンライン