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Language: Japanese, English
| 日本プロサッカーリーグ | |
|---|---|
| 分類 | サッカー |
| 開始年 | 1993年 |
| 参加チーム | 36(J1:18、J2:18) |
| 加盟国 | 日本 |
| 前回優勝チーム | J1:鹿島アントラーズ
J2:サンフレッチェ広島 |
日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、Jリーグ)は、財団法人日本サッカー協会が主催、社団法人日本プロサッカーリーグが主催・運営する日本のプロサッカーリーグ。日本サッカーの活性化・実力向上と、地域と一体となったスポーツ文化の振興を目的に掲げている。
日本国内の24都道府県に本拠地を置く、33のプロサッカークラブが加盟している。2009年からは27都道府県に本拠地を置く36のプロサッカークラブが加盟するリーグになる予定。
目次 |
Jリーグが誕生する前の日本におけるサッカー競技は全国リーグである「日本サッカーリーグ」(JSL)がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった。
しかし、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破したいと、川淵三郎らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。また、その一方で水面下では木之本興三らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では『JSLの活性化』では意見が一致していたものの、まだまだ『リーグのプロ化』に対しては「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などと、親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チームの役員達を中心にJSLの評議委員会では強固な反対の声も多く、なかなか木之本らの計画は進展しなかった。
ところが、1980年代後半に当時のFIFA会長であったジョアン・アベランジェからアジアで初めてとなる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心となって急激にプロリーグ構想が推進され、まもなく日本では初めてとなるプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)発足が正式に決定し、1992年には前哨戦として「Jリーグヤマザキナビスコカップ」が開催された。
1993年5月15日、国立霞ヶ丘陸上競技場で行った「ヴェルディ川崎 対 横浜マリノス」の開幕戦[1]で華々しく発足したJリーグは、それまでは有名なプロスポーツと言えばプロ野球などに限られていた当時の日本全国に大きな衝撃を与えた。(なお、「ヴェルディ川崎 対 横浜マリノス」の一戦はNHKが試合前の開幕セレモニーも含めて全国向けに生中継し、関東地区では32.4%の視聴率を記録した[2]。)
これを契機に試合は満員の観客が毎節集まり、地上波のテレビ中継もゴールデンタイムを中心にして頻繁に行われた為に、Jリーグやその他のサッカー関連の商品も多く売れて各Jリーグクラブに大きな収入をもたらし、1993年には新語・流行語大賞を受賞、まさに時代を象徴する存在にまでなった。(ちなみに、1993年後期には全局のテレビ中継数は41本、うちゴールデンタイムでの放送が20本を占めた[3]。)
翌94年の1試合平均観客動員数は19,598人で、この記録は2007年シーズン終了時点でも破られていない。都市部にクラブが集中していたとはいえスタジアムの整備も現在と比べて行き届いておらず、さらに平日開催も頻繁に行った上でこの観客動員数は、当時のブームの大きさを窺わせる。また、この頃のスタジアム内ではサポーターによってチアホーンがよく鳴らされていたが、スタジアム周辺の近隣住民から「騒音に当たる」との苦情が相次いだので、その後しばらくしてJリーグがスタジアム内でのチアホーン使用の自粛を促した(ただし、規定で明確に禁止されている訳ではない)。
発足当時、Jリーグの「親会社に依存した企業スポーツからの脱却」、「地域住民や自治体との連携」という考えは日本において極めて異色の独自性の強いものであったが、当初は「プロ野球のサッカー版」という見られ方をされることも少なくなかった。この時期は選手の年俸が国際市場価格と比較しても異常なほど高騰し、後にJリーグの各クラブチームの経営を圧迫する一因となった。なお、開幕時には10チームでスタートしたが、Jリーグはこの頃からもうすでにリーグの拡大路線を行っていた。翌94年には当時の準会員制度(現在のJリーグ準加盟制度)で準会員だったジュビロ磐田、ベルマーレ平塚が定められた参入条件を満たしてJリーグに参入したのを皮切りに現在でもJリーグへの新規参入がほぼ毎年の様に続いている。
現在では批判的に見られることの多い傾向にある「Jリーグブーム」ではあるが、この時期にサッカーの認知度が劇的に向上しており、日本サッカーの発展に寄与した役割は大きい。また、ジーコなどといった各国代表クラスの大物外国人が当時のJリーグでプレーしたことや、世界に名を知らしめる有名監督も当時のJリーグで指揮を執ったことで、現在も続くパイプも多くはこの時期に築かれている。
Jリーグは1996年に「百年構想」を発表する。「企業スポーツの枠内から脱し、地域に根ざした新しいスポーツのあり方を模索する」という理念を掲げ、積極的にJリーグクラブ数を拡大して、最終的には全国に100チームのJリーグクラブを作ることを目標とした。
しかし、この頃から平成不況の影響とブームの沈静化が当時のJリーグを襲った。1993年に発足したJリーグではあったが、Jリーグバブルの影響でクラブには多額の放映権料収入や関連グッズ収入、試合の入場料収入などが入ってきた為に、当時からすでに選手の移籍金や年俸が異常なほどの高騰し、中には支出の半分以上が選手関係だったというクラブも少なくなかった。それは、この頃にJリーグへ加盟したクラブも同じ事で、Jリーグに昇格する為に多額の資金で選手補強を行っていたクラブも多かった。ただ、それらの際に出来た負債も加盟後に見込んでいた放映権料収入や関連グッズ収入、試合の入場料収入での返済を見込んでいたが、この頃から観客動員数が急激に減少し始め、1994年に19,598人を記録した平均観客動員数も1997年には10,131人と僅か3年で半分近くにまで減少した。また、協賛企業が平成不況の影響で次々とJリーグクラブのスポンサーから撤退し、それまではゴールデン枠で放送されていたテレビ中継もJリーグバブルの沈静化の影響で民放が次々と撤退してしまった為に放映権料収入も急激に減少した。結果、それらの影響で資金繰りに行き詰るJリーグクラブが急激に増え始め、それまでのずさんな各クラブ運営の実態を浮き彫りにする事となってしまった。
そして、ついに最悪の事態がJリーグで起こる事となった。1998年10月28日に横浜マリノスと横浜フリューゲルスの合併(事実上の横浜フリューゲルス消滅)が発表されたのだ。しかし、これには横浜フリューゲルスサポーターを中心とした反対運動が一斉に巻き起こって、全国各地での署名活動やJリーグの事務局や横浜フリューゲルスの経営陣との話し合い等といったチームの存続運動が行われたがそれらの願いも空しく、結局は横浜フリューゲルスの親会社である全日空・佐藤工業と横浜マリノスの親会社である日産自動車の両社が合併反対の声を押し切る形で強引に合併の合意文書に署名し、翌1999年には合併チームの「横浜F・マリノス」が生まれて一部の選手がフリューゲルスから移籍した。その一方で、この事件をきっかけに反対運動を行っていた横浜フリューゲルスサポーター達を中心に新しく横浜FCが発足したが(当時は新JFL所属、2001年にJリーグ参入)、多くの横浜フリューゲルスサポーターはこの事件に失望してスタジアムに二度と戻って来なくなるという禍根を残す形となった。
一時期、深刻な危機を迎えたJリーグではあったが、1998 FIFAワールドカップへの日本代表の出場と2002 FIFAワールドカップの開催決定を契機として観客動員数は緩やかながらも復調の兆しが見え始める。前者はサッカーそのものや大会に出場する選手達への注目度を高め、後者は地方自治体によるスタジアムや練習場の整備としてJリーグのクラブ経営に恩恵をもたらした(後述)。それに加えて、Jリーグでは99年3月に「チェアマン指針」を発表し、現在では全Jリーグクラブ(Jリーグ準会員も含む)を対象にJリーグ経営諮問委員会による経営状態の監査や是正指導、更にはJリーグや各クラブの年度別経営収支[4]などの一般公開といった経営の透明化やJリーグや各クラブ単位での地域に根ざした活動がこの頃から積極的に行われ始め、中には浦和レッドダイヤモンズやアルビレックス新潟、ヴァンフォーレ甲府といった様な日本サッカー界のみならず、日本のスポーツ界にも一定の影響を与える程の成功例もこの頃には続々と出現した。
1999年にはJリーグ加盟を希望するアマチュアサッカークラブの増加に応えるべく2部制を導入し、10クラブが参加した「Jリーグディビジョン2」(J2)が新たに発足、従来のJリーグは16クラブ制の「Jリーグディビジョン1」(J1)となった。これによりJリーグのクラブ数は18から26へ増加し、その後もJ2はクラブ数を拡大した。それまでは関東地方と静岡県から福岡県までの東海道新幹線・山陽新幹線沿線地域に集中していたJリーグクラブ(唯一の例外は1998年に参入し、1999年にはJ2に所属した北海道のコンサドーレ札幌)の存在地域は、東北地方(ベガルタ仙台とモンテディオ山形)や北信越地方(アルビレックス新潟)からの新規参入を含め、それまで団体競技のプロスポーツチームが乏しかった全国各地の地方都市へ拡大していった。また、スタジアム問題などでJリーグクラブがなかった東京都にもJ2創設によりFC東京が誕生し(2000年J1昇格)、さらに2001年にはかねてから自身が希望していたヴェルディ川崎の東京移転(東京ヴェルディ)が実現した。これはJリーグクラブで初のホームタウン全面変更だった。
ブームが沈静化した97年頃から1試合平均1-1.2万人程度で推移していた観客動員数は、日本開催のFIFAワールドカップを控えた2001年に急激に好転しその後も徐々に増加を始める。地元開催となった2002 FIFAワールドカップを翌年に控え、開催各地に続々と最新鋭のスタジアムが整備され、その地域に根ざすJリーグクラブに大きな恩恵をもたらした。
爆発的なブームを巻き起こした黎明期の「Jリーグブーム」と呼ばれた人気に対し、2001年以降の人気回復は地域や地方都市のローカリズムに寄って立つ比重が非常に大きい。かつてはごく少数の企業等がJリーグクラブを保有したが、現在では大手スポンサーに加え、自治体や地域の市民たちでクラブを支える経営手法をとるJリーグクラブも多数生まれた。
2002 FIFAワールドカップの開催によるサッカーブームが加わり、Jリーグは発足当初ほどの爆発的な盛り上がりはないものの徐々にファンを増やすことに成功した。また、Jリーグ準加盟制度[5]や「Jリーグ加盟を標榜するクラブに対する優遇処置」(飛び級制度)などで、Jリーグ加盟の敷居が以前よりも低くなった。その影響で全国各地にJリーグ加盟(もしくはその下のJFL)を目標とするアマチュアサッカークラブが多数誕生した。
2002 FIFAワールドカップ開催以後、全国のJリーグ空白地帯を中心にアマチュアサッカークラブが誕生し、この中からはザスパ草津やロアッソ熊本などいったクラブが、ほぼ毎年の様にJリーグへと新規加盟した。
また、2007年には浦和レッドダイヤモンズと川崎フロンターレがJリーグクラブとして初めてAFCチャンピオンズリーグのグループリーグを突破した。中でも浦和レッドダイヤモンズに至っては、Jリーグクラブとしては初めて同大会において初優勝を飾って、同年12月に開催されたFIFAクラブワールドカップに出場し、欧州王者のACミランなどを相手に健闘し、3位に輝いた。
翌年、2008年には、ガンバ大阪が、浦和レッドダイヤモンズに続き、AFCチャンピオンズリーグで優勝し、2年連続でJリーグクラブがFIFAクラブワールドカップの出場を果たし、欧州王者マンチェスターユナイテッドから、3得点を奪うなど、健闘し、浦和レッドダイヤモンズに続き、アジア王者として、2年連続でJリーグのクラブが3位に輝いた。
| 年度 | J1 チーム数 |
J2 チーム数 |
|---|---|---|
| 1993年 | 10 | - |
| 1994年 | 12 | - |
| 1995年 | 14 | - |
| 1996年 | 16 | - |
| 1997年 | 17 | - |
| 1998年 | 18 | - |
| 1999年 | 16 | 10 |
| 2000年 | 16 | 11 |
| 2001年 | 16 | 12 |
| 2002年 | 16 | 12 |
| 2003年 | 16 | 12 |
| 2004年 | 16 | 12 |
| 2005年 | 18 | 12 |
| 2006年 | 18 | 13 |
| 2007年 | 18 | 13 |
| 2008年 | 18 | 15 |
| 2009年 | 18 | 18 |
Jリーグは1993 - 1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大18チームで開催され、1999年からは現行の「Jリーグ ディビジョン1(J1)」と「Jリーグ ディビジョン2(J2)」の2部制に移行した。なお、Jリーグが2部制となる以前の1992年と1993年には、旧JFLの略称としてJ1・J2がかつて使われたことがある。
1993年 - 1998年のJリーグ、及び1999年以降のJ1には「2ステージ制」の時期と「1シーズン制」の時期があった。J2に関しては1999年から一貫して「1シーズン制」を採用している。
また、Jリーグはシーズンの開幕時期を1993 - 2008年現在まで、「春秋シーズン制」(3月頃 - 同年12月頃の約10ヶ月間)を採用している。
1993年に誕生したJリーグは当初、1シーズンを「1stステージ」と「2ndステージ」に分けて行い、2ndステージの終了後に両ステージの優勝チームによるチャンピオンシップ(年間王者決定戦)を開催し、年間王者を決めていた。
J1の参加チームは、社団法人日本プロサッカーリーグのJ1会員が保有する第1種チームである。
| クラブ名 | ホームタウン | ホームスタジアム | J1参加年度 |
|---|---|---|---|
| モンテディオ山形 | 山形県山形市、天童市、鶴岡市 を中心とする全県 |
NDソフトスタジアム山形 | 2009- |
| 鹿島アントラーズ | 茨城県鹿嶋市、潮来市、 神栖市、鉾田市、行方市 |
カシマサッカースタジアム | 1993- |
| 浦和レッドダイヤモンズ (浦和レッズ) |
埼玉県さいたま市 | 埼玉スタジアム2002 さいたま市駒場スタジアム |
1993-1999、 2001- |
| 大宮アルディージャ | 埼玉県さいたま市 | NACK5スタジアム大宮 | 2005- |
| ジェフユナイテッド市原・千葉 (ジェフ千葉) |
千葉県千葉市、市原市 | フクダ電子アリーナ 市原臨海競技場 |
1993- |
| 柏レイソル | 千葉県柏市 | 日立柏サッカー場 柏の葉公園総合競技場 |
1995-2005、 2007- |
| FC東京 | 東京都三鷹市、府中市、調布市、 小平市、西東京市、小金井市 を中心とした東京都全域 |
味の素スタジアム | 2000- |
| 川崎フロンターレ | 神奈川県川崎市 | 等々力陸上競技場 | 2000、 2005- |
| 横浜F・マリノス | 神奈川県横浜市、横須賀市 | 日産スタジアム ニッパツ三ツ沢球技場 |
1993- |
| アルビレックス新潟 | 新潟県新潟市、聖籠町 | 東北電力ビッグスワンスタジアム 新潟市陸上競技場 |
2004- |
| 清水エスパルス | 静岡県静岡市清水区 | 静岡市日本平スタジアム | 1993- |
| ジュビロ磐田 | 静岡県磐田市 | ヤマハスタジアム | 1994- |
| 名古屋グランパス | 愛知県名古屋市 | 名古屋市瑞穂公園陸上競技場 豊田スタジアム |
1993- |
| 京都サンガF.C. | 京都府京都市 | 西京極総合運動公園 陸上競技場兼球技場 |
1996-2000、 2002-2003、 2006、 2008- |
| ガンバ大阪 | 大阪府吹田市 | 万博記念競技場 | 1993- |
| ヴィッセル神戸 | 兵庫県神戸市 | ホームズスタジアム神戸 | 1997-2005、 2007- |
| サンフレッチェ広島 | 広島県広島市 | 広島ビッグアーチ | 1993-2002、 2004-2007、 2009- |
| 大分トリニータ | 大分県大分市、別府市、 佐伯市を中心とする全県 |
九州石油ドーム | 2003- |
過去にJ1(1998年以前はJリーグ)に所属した事のあるクラブチーム(2009年の所属クラブを除く)。
| クラブ名 | J1在籍年度 |
|---|---|
| コンサドーレ札幌 | 1998、2001-2002、2008 |
| ベガルタ仙台 | 2002-2003 |
| 東京ヴェルディ | 1993-2005、2008 |
| 横浜フリューゲルス | 1993-1998 |
| 横浜FC | 2007 |
| ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ) | 1994-1999 |
| ヴァンフォーレ甲府 | 2006-2007 |
| セレッソ大阪 | 1995-2001、2003-2006 |
| アビスパ福岡 | 1996-2001、2006 |
過去にステージ優勝、年間王者になった事のあるクラブチーム(名称は当時)。
| 年度 | 年間王者クラブ | 第1ステージ | 第2ステージ | |
|---|---|---|---|---|
| 1993年 | ヴェルディ川崎 | 鹿島アントラーズ | ヴェルディ川崎 | |
| 1994年 | ヴェルディ川崎 | サンフレッチェ広島 | ヴェルディ川崎 | |
| 1995年 | 横浜マリノス | 横浜マリノス | ヴェルディ川崎 | |
| 1996年 | 鹿島アントラーズ | (1シーズン制) | ||
| 1997年 | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 | |
| 1998年 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ | |
| 1999年 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 | 清水エスパルス | |
| 2000年 | 鹿島アントラーズ | 横浜F・マリノス | 鹿島アントラーズ | |
| 2001年 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ | |
| 2002年 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 | |
| 2003年 | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス | |
| 2004年 | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス | 浦和レッドダイヤモンズ | |
| 2005年 | ガンバ大阪 | (1シーズン制) | ||
| 2006年 | 浦和レッドダイヤモンズ | |||
| 2007年 | 鹿島アントラーズ | |||
| 2008年 | 鹿島アントラーズ | |||
過去にJ2降格をした事のあるクラブチーム(名称は当時)。
| 年度 | 15位 | 16位 |
|---|---|---|
| 1999年 | 浦和レッドダイヤモンズ | ベルマーレ平塚 |
| 2000年 | 京都パープルサンガ | 川崎フロンターレ |
| 2001年 | アビスパ福岡 | セレッソ大阪 |
| 2002年 | サンフレッチェ広島 | コンサドーレ札幌 |
| 2003年 | ベガルタ仙台 | 京都パープルサンガ |
| 2004年 | (J2降格チームは無し) | |
| 年度 | 16位 | 17位 | 18位 |
|---|---|---|---|
| 2005年 | 柏レイソル※ | 東京ヴェルディ1969 | ヴィッセル神戸 |
| 2006年 | アビスパ福岡※ | セレッソ大阪 | 京都パープルサンガ |
| 2007年 | サンフレッチェ広島※ | ヴァンフォーレ甲府 | 横浜FC |
| 2008年 | 東京ヴェルディ | コンサドーレ札幌 |
J2の参加チームは、社団法人日本プロサッカーリーグのJ2会員が保有する第1種チームである。
| クラブ名 | ホームタウン | ホームスタジアム | J2参加年度 |
|---|---|---|---|
| コンサドーレ札幌 | 北海道札幌市 | 札幌ドーム 札幌厚別公園競技場 |
1999-2000、 2003-2007、 2009- |
| ベガルタ仙台 | 宮城県仙台市 | ユアテックスタジアム仙台 | 1999-2001、 2004- |
| 水戸ホーリーホック | 茨城県水戸市 | 笠松運動公園陸上競技場、 ひたちなか市総合運動公園陸上競技場 |
2000- |
| 栃木SC | 栃木県宇都宮市 | 栃木県グリーンスタジアム | 2009- |
| ザスパ草津 | 群馬県草津町、前橋市を中心とした全県 | 正田醤油スタジアム群馬、 敷島公園群馬県サッカー・ラグビー場 |
2005- |
| 東京ヴェルディ | 東京都稲城市、多摩市、 日野市、立川市、八王子市 を中心とした東京都全域 |
味の素スタジアム | 2006-2007、 2009- |
| 横浜FC | 神奈川県横浜市 | ニッパツ三ツ沢球技場 | 2001-2006、 2008- |
| 湘南ベルマーレ | 神奈川県厚木市、伊勢原市、 小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、平塚市、 藤沢市、大磯町、寒川町、二宮町 |
平塚競技場 | 2000- |
| ヴァンフォーレ甲府 | 山梨県全域 | 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場 | 1999-2005、 2008- |
| カターレ富山 | 富山県富山市を中心とする全県 | 富山県総合運動公園陸上競技場 | 2009- |
| FC岐阜 | 岐阜県岐阜市、大垣市を中心とした全県 | 長良川陸上競技場 | 2008- |
| セレッソ大阪 | 大阪府大阪市 | 長居スタジアム、 長居第2陸上競技場 |
2002、 2007- |
| ファジアーノ岡山 | 岡山県岡山市、倉敷市、津山市 を中心とする全県 |
桃太郎スタジアム | 2009- |
| 徳島ヴォルティス | 徳島県徳島市、鳴門市、美馬市、 松茂町、板野町、北島町、藍住町 を中心とする全県 |
ポカリスエットスタジアム、 徳島市球技場 |
2005- |
| 愛媛FC | 愛媛県松山市を中心とする全県 | ニンジニアスタジアム | 2006- |
| アビスパ福岡 | 福岡県福岡市 | レベルファイブスタジアム | 2002-2005、 2007- |
| サガン鳥栖 | 佐賀県鳥栖市 | ベストアメニティスタジアム | 1999- |
| ロアッソ熊本 | 熊本県熊本市 | 熊本県民総合運動公園陸上競技場、 熊本市水前寺競技場 |
2008- |
過去にJ2に所属した事のあるクラブチーム(2009年の所属クラブを除く)。
| クラブ名 | J2在籍年度 |
|---|---|
| モンテディオ山形 | 1999-2008 |
| 浦和レッドダイヤモンズ | 2000 |
| 大宮アルディージャ | 1999-2004 |
| 柏レイソル | 2006 |
| FC東京 | 1999 |
| 川崎フロンターレ | 1999、2001-2004 |
| アルビレックス新潟 | 1999-2003 |
| 京都サンガF.C. | 2001、2004-2005、2007 |
| ヴィッセル神戸 | 2006 |
| サンフレッチェ広島 | 2003、2008 |
| 大分トリニータ | 1999-2002 |
過去にJ2優勝、J1昇格をした事のあるクラブチーム。
| 年度 | 優勝 | 2位 | 3位 |
|---|---|---|---|
| 1999年 | 川崎フロンターレ | FC東京 | |
| 2000年 | コンサドーレ札幌 | 浦和レッドダイヤモンズ | |
| 2001年 | 京都パープルサンガ | ベガルタ仙台 | |
| 2002年 | 大分トリニータ | セレッソ大阪 | |
| 2003年 | アルビレックス新潟 | サンフレッチェ広島 | |
| 2004年 | 川崎フロンターレ | 大宮アルディージャ | |
| 2005年 | 京都パープルサンガ | アビスパ福岡 | ヴァンフォーレ甲府※ |
| 2006年 | 横浜FC | 柏レイソル | ヴィッセル神戸※ |
| 2007年 | コンサドーレ札幌 | 東京ヴェルディ1969 | 京都サンガF.C.※ |
| 2008年 | サンフレッチェ広島 | モンテディオ山形 |
| クラブ | ホームスタジアム | 収容人数 | 観客数 平均(合計) |
リーグ | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 浦和 | 埼玉スタジアム2002 (さいたま市) |
63,700人 | 47,609人 (809,353人) |
J1 |
| 2 | 新潟 | 東北電力ビッグスワンスタジアム (新潟市) |
42,300人 | 34,490人 (586,325人) |
J1 |
| 3 | F東京 | 味の素スタジアム (調布市) |
49,970人 | 25,716人 (437,176人) |
J1 |
| 4 | 横浜FM | 日産スタジアム (横浜市) |
72,327人 | 23,682人 (402,593人) |
J1 |
| 5 | 大分 |