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日産ディーゼル工業 | 百科事典
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(上下対向ピストン式
2ストロークディーゼルエンジンの開発を開始。社名を採って
ND型と名づけられた。
1938年 - ND型発売。日本で最初の無気直噴エンジンとなる。
1942年 - 社名を鐘淵デイゼル工業株式会社へ変更。製品もKD型となる。
1946年 - 民生工業株式会社に変更。
1950年5月1日 - 自動車部門を分社、民生デイゼル工業株式会社として発足。
1953年 - 日産自動車が資本参加。
1955年 - GMからデトロイトディーゼル・シリーズ71ユニフロースカベンジングディーゼルエンジンに関するライセンスを取得、自社設計によるUD型2ストロークディーゼルエンジンとして発表。
1960年 - 社名を日産ディーゼル工業 に変更。
2002年2月 - キャブの色を高品位に塗装するサービス・「純正カスタムペイント」開始。
2004年6月 - 中型車のエンジンを日野自動車からのOEMに変更。これと引き換えに同社のキャパシタハイブリッド技術を供与。トラックは6月、バスは8月から変更された。
2005年6月13日 - 自社開発の尿素SCR(選択的触媒還元)システム・「FLENDS」に関する技術を、三菱ふそうトラック・バスにも供与すると発表。両社技術提携へ。
2006年3月27日 - ボルボ社が日産自動車より4000万株(13%)の取得が完了、筆頭株主となる。
2006年9月28日 - ボルボが主要株主からの優先株式並びに日産自動車より残りの株式約1800万株(6%)全ての取得を完了し、日産自動車との資本関係が消滅。
2007年3月29日 - ボルボの資産管理子会社エヌエー株式会社により日産ディーゼル株式公開買い付けを実施。全株式の96%(約2億9千万株)を取得し、筆頭株主並びに親会社となる。ボルボも親会社となる。
2007年5月21日 - 三菱ふそうエアロスター-Sの販売開始により、2006年7月13日に発表された三菱ふそうトラック・バスとの相互OEM供給[7]がスタートした。大型ノンステップバスや中型バスを同社が製造して三菱ふそうに供給、逆に大型観光バスや大型ワンステップバスなどを三菱ふそうから供給を受ける形になる。バス用エンジンについても、相互に供給する。これに伴い、バスに対する日野製エンジンの供給は取りやめになった(トラックについては継続)。
2009年1月1日 - 直系の販売会社を日産ディーゼルトラックスに統合、設立。
2009年8月31日 - 三菱ふそうトラック・バスとバス事業に関する合弁会社の設立協議を開始するための覚書を締結[8]。バスの企画・研究開発・生産・販売の事業を両社から合弁会社へ移管統合するために協議を続けるする方針。
2010年1月1日 - ボルボの100%出資会社「日本ボルボ株式会社」を吸収合併。
2010年2月1日 - 現社名のUDトラックスに社名変更。
2010年2月15日 - ボルボ製大型トラックの取り扱い開始(但し、大手企業向けのみ)
2010年8月24日 - 西日本車体工業製のバス最終生産車を出荷、以後バスについては三菱ふそうからのOEMとなる[9] 。
2010年10月29日 - 三菱ふそうトラック・バスとのバス事業に関する合弁会社の設立協議・交渉を打ち切りが発表される[6][10]。今後は現在行っている三菱ふそうからのOEM供給も終了する予定。
生産拠点
車種一覧
現行車種
トラック
バス
前述のとおり、バス車種全ての販売を取りやめている可能性が高い。
- 大型観光バス(3軸車を除く)
- 9m大型観光バス
- 大型路線バス
産業エンジン
その他
絶版車種
発売順に掲載する。
バス
- 大型観光バス
- 2階建てバス
- 大型路線バス
- 9m大型バス
- 普通型路線バス(中型幅の長尺路線バス)
- 中型路線バス
- 小型バス
トラック
その他
販売会社
- UDトラックスへの変更に伴い、連結決算対象の3社(子会社1、持分法適用2)及び北海道販売は連動して社名を変更した[1][2]。
その後、岩手・栃木も変更し、現在は群馬のみが「日産ディーゼル」を含む名称となっている。
脚注
関連項目
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ウィキメディア・コモンズには、UDトラックスに関連するカテゴリがあります。 |
外部リンク
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Last update: 2012年2月14日 9:37:46:JST