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日産・サニー | 百科事典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

'サニーSUNNY )は、日産自動車1966年から2004年まで製造・販売していた自動車

本項目ではサニーシリーズの基本形となるセダンを中心に記述し、便宜上、クーペ、ハッチバック、バン等の各モデルについても記述する。サブネームを持つ派生車については#サニーファミリーの節から当該項目を参照されたい。

目次

概要

1960年代の日本におけるモータリゼーションの進展に対応して開発され、以後1980年代にかけて長く日産の最小排気量クラスを担う主力車種[1]として、高度成長期からバブル経済期までのベストセラーカーとなった。1980年代に至るまで、日本の小型大衆車の中でもトヨタ・カローラと双璧をなす存在で、その最盛期には「CS戦争」ともいわれる、販売台数の熾烈な争いで知られる。

ボディタイプは2ドアセダンからスタートし、4ドアセダン、2ドアクーペ、3ドアクーペ、ピックアップトラック、2ドアライトバン、4ドアライトバン、ステーションワゴンカリフォルニア)、3ドアハッチバックなどのバリエーションが存在し、ライバルのカローラ同様に実用性と経済性、信頼性に優れた大衆車として市場の定評を長い間保っていたが、1990年代以降、日産自動車の販売施策迷走と、セダン主力の車種構成が時流に合わなくなったことで人気を落とし、2004年の車名廃止に至った。

歴史

1960年代初頭、日産自動車では「ダットサン・110~210型系」の堅調な人気を反映し、その後継となる1000cc-1200cc級の小型乗用車、初代「ブルーバード」310型系が大成功を収め、続く2代目モデルの410型系はスタイリングが市場の不評を買ったものの、小型車市場での地歩を確実に固めつつあった。

しかし、410型系ブルーバードが1200cc以上を主力とするモデルに移行したため、日産には、それより若干小型で700cc-1000cc級のベーシックカーが空位となった。当時最大のライバルであったトヨタ自動車工業は、700cc級の「パブリカ」をエントリーモデルとして市場に送り出し、一定の成果を収めつつあり、その他の中堅メーカー各社も、700cc-1000cc級の小型車で市場参入を進めていた。

日産社内ではこれを危惧し、ダットサンの小型モデルを開発しようとする動きがあったが、当時の日産自動車社長であった川又克二は、ブルーバードと同志討ちになりかねないエントリーモデルの開発には当初消極的で、「お金のない方はブルーバードの中古をお買いになればよろしい」と評する始末であった。営業陣は商用車開発などの名目で川又を説き伏せ、ようやく小型ベーシックカーの開発にこぎ着けた。サニーが大成功したことで、川又も部下たちに対し「(サニーの開発を)やっておいて良かったな」と反省の弁を残している。

こうしてサニーは、1980年代後半に至るまで、人気シリーズとして日産のメインストリーム車種となった。とはいえ、サニーの登場からおよそ7か月後に遅れて登場した競合車種(同クラス)のトヨタ・カローラには、走行性能や耐久性でそれ以上のポテンシャルを備えながら、ユーザーを惹き付けるデザインやアコモデーションなどのクオリティ(品質感)などで一歩譲るところがあり、販売面では常にカローラの後塵を拝し続けた。

そして1990年代中期以降、日産車全体のシェア低迷と歩調を揃えるかのように回を重ねる毎に販売実績が減少し、市場での存在感も次第に希薄となり、最終的に当ブランドの消滅を迎えた。

初代 B10型(1966年-1970年)

ダットサン・サニー(初代)
B10型
前期型 2ドアセダン
1966 Datsun Sunny 01.jpg
後期型 4ドアセダン
B10Sunny4d.jpg
乗車定員 5人
ボディタイプ 2・4ドアセダン、2ドアクーペ
2・4ドアライトバン、トラック
エンジン 直4 1.0L OHV A10
変速機 3AT/4MT/3MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン・横置きリーフ
後:リジッド・リーフ
全長 3,820mm
全幅 1,445mm
全高 1,345mm
ホイールベース 2,280mm
車両重量 645kg
ブレーキ 4輪ドラム
データモデル 1000
-自動車のスペック表-

1965年12月に、日産自動車としては初の新型車名公募キャンペーン実施、ティザー/プレキャンペーンをマスコミで展開。翌1966年2月、約800万通の応募からサニー[2]が決定された。

その後1966年4月23日にB10型2ドアセダンを販売開始。発売当初の車名は「ダットサン サニー」(車検証上の車名も「ダットサン」)である。

大型プレス材を有効に用い、少ない部品点数で組み上げられた軽量モノコックボディのデザインは、サイズやサスペンション構造ともども1962年に開発されたドイツの小型大衆車オペル・カデット(そのバッジエンジニアリング版にあたるイギリスのボクスホール・ヴィーヴァを含む)の影響が非常に強いものであった。アメリカ資本の欧州メーカー製小型乗用車からの影響は、後輪駆動時代のサニー、カローラ双方において非常に色濃い。

ボディタイプは順次追加され、2ドア / 4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドア/4ドアライトバントラックの計6種類のラインナップとなる。

また、その後改良を受けつつ30年にわたって作り続けられ、傑作エンジンの評価を得た「A型エンジン」は、もともとこの初代サニー用に開発された経緯がある(当初、直列4気筒 1,000cc ハイカムシャフトOHVA10型)。軽量・簡潔でバランスの良い経済型エンジンであるだけでなく、低回転域の柔軟性と高回転まで軽快に回る良好な特性を備え、レーシングエンジンとしてのチューニング・ポテンシャルも高かった。クランクシャフトは当初3ベアリング仕様だったが、のち5ベアリングとなって強化されている。

日本国内市場・輸出市場の両面で好成績を収めたものの、シンプルなスタイルは軽量化に資し、高性能確保には役立ったが、後から出現したトヨタ・カローラと比較されると華奢な印象を持たれ、販売上は弱みとなった。

モータースポーツ

2代目 B110型(1970年-1973年[5]

ダットサン・サニー(2代目)
B110型
クーペ1200(写真は北米向け前期型)
Datsun KB110.jpg
セダン1200GLスポーツ(前期型)
Datsun Sunny B110 001.JPG
同リア
Datsun Sunny B110 002.JPG
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドア/4ドアセダン
2ドアクーペ
バン
エンジン 直4 1.2L OHV A12
直4 1.4L SOHC L14
変速機 3AT/5MT/4MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:マクファーソンストラット+コイル
後:リジッド+半楕円リーフ
全長 3,830mm
全幅 1,495mm
全高 1,390mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 705kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル 4ドア 1200GL 4速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1970年1月にB110型にモデルチェンジ。ボディタイプは2ドア/4ドアセダン、2ドアクーペ、ライトバンの4種類。フロントサスペンションに本格的なマクファーソン・ストラット独立懸架を採用するとともに車体は若干大型化され、初代モデルの華奢な印象を払拭した。カローラを意識した発売時の広告コピー「隣のクルマが小さく見えます」は、良くも悪くもこの時代のメーカーと大衆双方が持っていた上昇志向を象徴するものとして、後年まで広く伝えられている。

エンジンは直列4気筒OHV A12型1200ccエンジンで、高回転化に適した5ベアリング式へ変更され、当初から5ベアリング4気筒を採用していたカローラのK型エンジンに対抗し、それを凌駕することを目指して改良された。

1971年4月には4ドアセダン、クーペに「エクセレント・シリーズ」が追加された。オリジナル車に対してホイールベースが40mm、フロントオーバーハングが130mmそれぞれ延長された。当初このシリーズの目玉とすべく開発が続いていたロータリーエンジンは間に合わず、レシプロのみでのスタートとなったが、サニーとしては初となる、SOHCエンジンである、直列4気筒 SOHCL14型 1400ccを搭載。半球型の燃焼室を持ちクロスフロー、センタープラグ式ながらOHVであったT型エンジン搭載モデルのE20系カローラ1400シリーズを意識したものだった。

また、この代にも設定されたサニートラック B120型は、B110型の生産終了後もマイナーチェンジを繰り返し、日本国内向けは1994年3月までの23年間、海外向けにいたっては2008年9月まで37年間の長きにわたり生産が続けられ、NP200の発売後も在庫分が併売されていた。後継モデルのB210型系がピックアップトラック化を考慮していないスタイルであったことが理由であるが、B120型の設計が優れていたことも一因である。B120型系列は「サニトラ」の愛称で広く親しまれている。

通常モデルは軽量でかつドライバビリティに優れ、トータルバランスで卓越した傑作大衆車であった。北米市場では当時の市販車中、最良の省燃費車であることが燃費テストによって判明し、市場から評価され、日産車の販売実績向上に貢献した。

しかしながら、位置付けの中途半端な豪華版の「エクセレント・シリーズ」という派生型の出現は、サニーの販売戦略、更には日産の乗用車販売戦略全体の「軸のぶれ」を露呈したものであった。これ以降も日産大衆車の二本柱であるサニーとブルーバードの開発・販売施策は、競合するトヨタのカローラとコロナに後々まで翻弄され続けることになる。

  • 1970年1月 - B110型にモデルチェンジ。
  • 1970年4月 - セダン、クーペにSU型ツインキャブを搭載するスポーティグレード「GX」追加。
  • 1971年2月 - トラックもフルモデルチェンジでB120型へ。
  • 1971年4月 - 4ドアセダン、クーペに「エクセレント・シリーズ」を追加。
  • 1972年1月 - マイナーチェンジ。内外装の小変更。フロント / リヤのフェイスリフトとメーターパネルの枠を丸型から角型に変更。
  • 1972年8月 - 1200GXシリーズに5速MT搭載車「GX5」を追加。
  • 1972年10月 - 第19回東京モーターショーロータリーエンジン[6]搭載車が参考出品。
  • 1973年5月 - 3年4か月で販売終了。B210型に移行。

モータースポーツ

日本では、ツーリングカーレース(TSクラス)のベース車としても大きな成功を収めており、生産中止後も非常に長期に渡ってレースフィールドで強豪モデルとしての地位を保ち続けたことでも知られる。110型系の生産中止後、その重量と寸法の増大から後継の210型系での開発・出走を嫌った多くのユーザーからの「請願」によりホモロゲーションの延長が行われているが、これは車両の進化が速いレースの世界にあっては極めて異例の措置である。レース用にチューニングされたA型エンジンは、燃料噴射装置の効果もあり、自然吸気OHV 1300cc から、その末期にはおよそ 10,000rpm で 175 馬力を搾り出しており、何の変哲もない実用向けの原設計からは想像しがたいほどの驚異的なポテンシャルを見せた。また軽量で運動性が良く、空気抵抗の少ない車体や、旧態依然のリーフスプリングに吊られたリジッドアクスルながら、高いトラクションとコーナリング性能を発揮する足回りなどとの相乗効果で新鋭のDOHCマシンを下す場面もあり、観客を沸かせた。

前述のとおり210型系では積極的なレース活動は行われていないが、310型系のツーリングカーにこの資産は引き継がれている。

  • 1970年11月23日 - 「全日本富士ストックカー200マイルレース」TS1300クラスでレースデビュー。優勝。
    • ドライバーは鈴木誠一。鈴木誠一が設立者の一人である東名自動車からのプライベートエントリー。
  • 1973年5月 - 「'73日本グランプリ」TS aクラスにて「エクセレントクーペ」優勝。
    • ドライバーは北野元。その後、B210型の登場後もB110型は1982年までレースで活動を続けた。
  • 1974年5月 - 「74全日本選手権鈴鹿フォーミュラレース」SS1クラスにて「サニークーペ」優勝。
  • 1974年11月 - 「74 JAFグランプリ」SS1クラスにて「サニークーペ」1-2位獲得。
  • 1975年5月 - 「75日本グランプリ」TSクラスにて「サニークーペ」2位獲得。
  • 1977年6月 - 「JAF富士グランプリ」TSクラスにて「サニークーペ」2位獲得。

このような華やかな戦歴から、歴代サニー中このモデルは未だに高い人気を誇っている。現在でも草レースなどで現役で活躍している車もある。

3代目 B210型(1973年-1977年)

ダットサン・サニー(3代目)
B210型
クーペ 1400エクセレント
B210sunny.jpg
乗車定員 5人
ボディタイプ 2・4ドアセダン
クーペ
2・4ドアバン
エンジン 直4 1.2L OHV A12
直4 1.4L SOHC L14
直4 1.6L SOHC L16
変速機 3AT/5MT/4MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:マクファーソンストラット・コイル
後:リジット・リーフ
全長 3,950mm
全幅 1,545mm
全高 1,370mm
ホイールベース 2,340mm
車両重量 775kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル 4ドアセダン 1200GL 4速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1973年5月にB210型にモデルチェンジ。ひと回り大きくなり、同社のチェリー610型ブルーバードU710型バイオレットなどにも通じる、北米市場を意識した曲面要素のあるデザインとなるが、商業戦略上の肥大化であったことは否定できない。ホイールベースは共通で、エクセレントはフロントオーバーハングの若干の延長にとどまる。

ボディタイプは2ドア/4ドアセダンとクーペ、2ドア / 4ドアバンの5種類。この型からクーペは大型のハッチバックを持つ形状になった。

また、先代同様、1200ccのA12型エンジンとエクセレント用1400cc・L14型エンジンの2種の排気量を持ち、それぞれにシングルキャブ仕様(GXを除く全車)とツインキャブ仕様(GX)を設定。引き続きツインキャブのGXグレードには5速ミッション車も用意されていた。エクセレントにはサーボ付ディスクブレーキが全車に標準装備。ただし、サニー1200ではデラックス以下はドラムブレーキとなる。

エクセレント・クーペのリアには小振りな3連丸型コンビネーションランプを配し、ユーザーからはロケットの噴射口になぞらえて「ロケット・クーペ」「ロケット・サニー」と呼ばれた。

1976年2月にはマイナーチェンジが行われ、エクセレント用のエンジンが1400cc・SOHCのL14型から1600cc・SOHCのL16型に変更された。また、1400ccエンジン車にはかわりにF10型チェリー用のOHV・A14型エンジンが搭載された。1200ccのA12型は引き続き搭載。

同年7月にはA14 型エンジンにツインキャブレターを装備した1400GXツイン(GX-T)が登場した。1977年にB310型にバトンタッチし、生産終了。

4代目 B310型(1977年-1981年[7]

ダットサン・サニー(4代目)
B310型
4ドアセダン(後期型)
Datsun Sunny 140Y 1980.jpg
乗車定員 5人
ボディタイプ 2・4ドアセダン
3ドアハッチバッククーペ
2・4ドアバン
エンジン 直列4気筒1.2L OHV A12A
直列4気筒1.3L OHV A13
直列4気筒1.4L OHV A14
直列4気筒1.5L OHV A15
変速機 3AT/5MT/4MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:マクファーソンストラット・コイル
後:4リンク・コイル
全長 3,995mm
全幅 1,590mm
全高 1,370mm
ホイールベース 2,340mm
車両重量 840kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル 4ドアセダン 1400SGL 4速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1977年11月にB310型にモデルチェンジ。オイルショック後のベーシックカーとして、華美に傾き過ぎたB210系での反省から先々代のB110型を彷彿とさせる機能的で簡潔な直線的造形へと原点回帰した。

エクセレントシリーズは廃止され、全車OHV・A型エンジン搭載車(1200ccのA12A型と1400ccのA14型)のみとなった。また、このモデルは(トラックはB120型)サニーとしては最後の後輪駆動車である。

1978年12月には一部改良が行われ、フロンドディスクブレーキが拡大採用され、衝撃吸収バンパーが新設された。また、バンにシティDX及びスーパーDX-Aを追加し、バンのスタンダード仕様はこの一部改良でさらに廉価仕様となる。

1979年10月のマイナーチェンジではバン以外のフロントノーズのスラント化と同時にリヤナンバープレートの位置がバンパー上に移動され、当時流行の角型ヘッドランプなどを採用[8]した。バンは従来顔のまま54年排ガス規制適合でB311型へ。

1980年11月のマイナーチェンジでは1200を1300(1300ccのA13型)に、1400を1500(1500ccのA15型)にそれぞれ変更し、外装は、フロントグリル中央横方向に一本、カラーラインが入った。また、フロントグリルはファミリータイプには横バーグリルに青い「S」バッジ、スポーティタイプにはハニカムグリルに赤い「S」バッジが採用されていた。

また、北米市場ではダットサン・210として販売された。

  • 1977年11月 - B310型にモデルチェンジ。同月、国内登録累計300万台達成。
  • 1978年2月 - 電子制御噴射装置を搭載する1400GX-E、1400SGX-E仕様追加。
  • 1978年5月 - セダンシティDX追加。
  • 1978年8月 - 輸出累計200万台を突破。
  • 1978年12月 - 一部改良。
  • 1979年1月 - バックドアを大きく寝かせた、バンとは異なるシルエットを持つステーションワゴン[9]の「サニーカリフォルニア」を追加。
  • 1979年10月 - マイナーチェンジ。
  • 1980年11月 - マイナーチェンジ。
  • 1981年10月 - セダン・クーペ・ワゴン生産終了。バンはマイナーチェンジしB312型となる。
  • 1982年10月 - ADバンの登場で4ドアバン生産終了。2ドアバンは継続。
  • 1983年7月 - ADバン2ドアの追加により2ドアバン生産終了。

5代目 B11型(1981年-1985年)

日産・サニー(5代目)
B11型
前期型
Nissan Sunny Sedan 1982.jpg
乗車定員 5人
ボディタイプ 2・4ドアセダン/ワゴン
3ドアハッチバッククーペ(前期型)
3ドアハッチバック(後期型)
エンジン 直4 1.3L E13S型
直4 1.5L E15S型/E15E型/E15ET型
直4 1.7Lディーゼル CD17型
変速機 3AT/5MT/4MT
駆動方式 FF
サスペンション 前:マクファーソンストラット・コイル
後:トレーリングアーム・コイル
全長 4,135mm
全幅 1,620mm
全高 1,390mm
ホイールベース 2,400mm
車両重量 810kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル 4ドアセダン1500SGX-E 5速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1981年10月にB11型にモデルチェンジ。時代の趨勢に合わせて駆動方式を前輪駆動に改め、エンジンも一新。SOHCへ移行、カムシャフトもサニー初のタイミングベルト駆動となる。

それまで日本国内で「ダットサン」ブランドで販売されていたサニーも、B11型へのフルモデルチェンジを機に、正式車名を「日産 サニー」へと切り替える[10]

ボディタイプは4ドアセダン、3ドアハッチバッククーペ、5ドアワゴン[11](カリフォルニア)。先代モデルまで存在した2ドアセダンは国内向け廃止。輸出仕様のセントラには継続して設定され、バンはB11型のコンポーネンツを流用したADバン[12]として独立している。

1982年9月には4ドアセダンと3ドアハッチバッククーペに大衆車クラスとしては初の試みとなる1,487ccターボチャージャー付 E15ET型搭載の「ターボ ルプリ」が追加された。鏡文字で「TURBO」ロゴが入るフロントグリルを特徴とする。同時に小変更の実施(1300ccのタイヤサイズを12→13インチに拡大、一部グレードのメーター文字盤意匠の変更、チルトステアリング採用、一部グレードのホーンをシングルからダブルに等)。

また、1982年10月には4ドアセダンおよびカリフォルニアにサニー初のディーゼルエンジン車が設定され、直列4気筒SOHC・1680ccのCD17型を採用した。最高出力はグロス値で61馬力を発生した。

1983年10月にはマイナーチェンジが行われ、それを機に3代目B210型より続いてきた6ライトウィンドウ&ファストバックスタイルの3ドアハッチバッククーペと、初代より続いていたサニーの"S"の字をモチーフとしたサニーエンブレムが廃止された。さらにコンパクトカーで世界的に主流となっていた2BOXスタイルの3ドアハッチバックを追加。搭載エンジンはE15SとE15ETの2種。同時にカリフォルニアのE15Eエンジン搭載車も廃止となったため、E15Eエンジン搭載車は4ドアセダンのみとなった。

1983年秋の第25回東京モーターショーにはB11型サニーをベースとした「ニッサン NRV-II」が参考出品された。樹脂材料を活用した軽量化、E13型エンジンをベースにしたメタノールターボエンジンを搭載する等、数多くの技術を盛り込まれていた。

また、モデル末期となる1985年1月にはターボ車のターボチャージャーが油冷式から信頼性と耐久性に優れる油・水冷併用式に変更された。

  • 1981年10月 - B11型にモデルチェンジ。
  • 1982年2月 - 米環境保護庁より北米向けサニーである「セントラ」の1500cc 5速MT仕様が43mile/galでガソリン車No.1の燃費効率と発表される。
  • 1982年9月 - 4ドアセダン、3ドアハッチバッククーペに「ターボルプリ」を追加。
  • 1982年10月 - 4ドアセダンおよびカリフォルニアにディーゼルエンジン車を設定。
  • 1983年1月 - 日産創立50周年記念限定車 サニー50スペシャル 発売(限定3000台)。
  • 1983年10月 - マイナーチェンジ。
  • 1983年秋 - 第25回東京モーターショーに「ニッサン NRV-II」を参考出品。
  • 1984年2月 - 特別仕様車GLエクストラ発売。
  • 1984年5月 - 特別仕様車GLスペシャル発売。
  • 1984年7月 - 3ドアバッチバック特別仕様車発売。
  • 1984年10月 - 「4ドアセダン1300GLエクストラ」を追加。この年、国内販売がカローラに次いで2位となる。
  • 1985年1月 - 特別仕様車アルファシリーズ発売。
  • 1985年9月 - 販売終了。

6代目 B12型(1985年-1990年)

日産・サニー(6代目)
B12型
前期型
Nissan Sunny B12.jpg
後期型
Nissan Sunny 1987.JPG
後期型リア
1.5 EXサルーン フルオート・フルタイム4WD
Nissan Sunny 002.JPG
設計統括 千野甫
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン、3ドアハッチバック
ワゴン
エンジン 直4 1.6L CA16DE
直4 1.5L E15ET/E15E→GA15E/E15S→GA15S
直4 1.3L E13S
直4 ディーゼル1.7L CD17
変速機 4AT/3AT/5MT/4MT
駆動方式 4WD/FF
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:ストラット
全長 4,155mm
全幅 1,640mm
全高 1,385mm
ホイールベース 2,430mm
車両重量 930kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル セダン 1500スーパーサルーン 5速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1985年9月にB12型にモデルチェンジ。通称「トラッド・サニー」。デザイン、構造において1984年から日産でライセンス生産を行っていたVWサンタナの影響を受け、品質・性能とも大きく向上を果たしたモデルである。B11系では未熟な面も否めなかった日産の前輪駆動システムは、このモデルにおいて大幅な改善を達成した。

ボディタイプは2/4ドアセダン、3ドアハッチバック(1.3L:303, 1.5L:305)、5ドアワゴン(カリフォルニア)。2ドアセダンは国内仕様のラインナップにはない。さらに、ボディ一体型のウレタンバンパー(上級モデルはカラードバンパー)を採用し、直線・平面基調の独特なデザインとなる。B11後期で一度消滅したサニーエンブレムが、丸円にSの文字をモチーフにした形に変わって復活。B13型前期まで踏襲された。

車重はやや増加したが、ボディ剛性や品質面を改善した。この代から高張力鋼板および亜鉛ニッケル合金メッキを用いた防錆鋼板[13]が用いられるようになった。この点ではデザインともどもVWサンタナの影響が強い。また、サニー初の4WDはパートタイム方式で、唯一セダンのみに設定されており、リアサスペンションも逆Aアームを用いた独立懸架となっている。

1986年2月にはクーペのRZ-1」(アール・ズィー・ワンが追加された。シャシはセダン / ハッチバックと共通だが、外板の約70%は専用設計となり、鋭角的な独特のフロントマスクを与えられた。

また、同年8月にはサニー初のDOHCエンジン搭載グレード「セダン スーパーサルーンツインカム」、「ハッチバック 306ツインカムNISMO」、「RZ-1 ツインカムNISMO」が新設定された。エンジンはCA16DE型。

1987年9月にはマイナーチェンジが行われ、外装ではフロントマスクと特にリアコンビネーションランプやナンバー取付け位置などが変更された。また、1500ccガソリン車のエンジンが「スーパー・インテークエンジン」と呼ばれる直列4気筒SOHC・12バルブのGA15[14]に変更された。1300cc車は従来どおりキャブレター仕様のE13S型のみ。これに伴いE15ETターボエンジン車はモデル廃止。グレードは「1300GL / 1500GL」が「1300EXサルーン / 1500EXサルーン」に改名。また、「1500SGL」に代わって新たに「1500SXサルーン」を設定。セダン / カリフォルニアの「1500スーパーサルーン」系の「フルオート・フルタイム4WD」(センターデフの代わりにビスカスカップリングを利用)車にはメカニカル式ABSがメーカーオプションで設定された。

また、1989年1月には一部改良[15]が行われた。

  • 1985年9月 - B12型にモデルチェンジ。
  • 1986年2月 - 「RZ-1」を追加。
  • 1986年8月 - 「セダン スーパーサルーンツインカム」、「ハッチバック 306ツインカムNISMO」、「RZ-1 ツインカムNISMO」を設定。
  • 1986年9月 - 4ドアセダンおよびカリフォルニアに、フルオート・フルタイム式4WD車、および「セダン1500スーパーサルーンE」を追加。
  • 1987年9月 - マイナーチェンジ。
  • 1988年1月 - セダンに「1500スーパーサルーン・ツインエアロルーフ仕様」[16]およびモータースポーツ向けの「1600VRツインカム」[17]をそれぞれ追加。同時に、マニュアルエアコンを標準装備した特別仕様車「1300 1500EXサルーンG」発売。
  • 1988年6月 - トリプルビスカス式4WD車を追加。同時に「1500スーパーサルーン」/「1500スーパーサルーンE」をベースにオートエアコンとマットガード、専用ホイールカバー、フロントサイドオーナメント、ゴールドエンブレム等を標準装備した特別仕様車「1500スーパーサルーン・TRAD」/「1500スーパーサルーンE・TRAD」を発売。車体色はクリスタルホワイトのみ。
  • 1989年1月 - セダンを中心に一部改良。「1600スーパーサルーンツインカムNISMO」および「1500スーパーサルーンE NISMO」を追加。「スーパーサルーン」シリーズは装備の追加およびシート表皮等の変更に伴い「スーパーサルーン スプレンド」シリーズに改名。また「EXサルーン」シリーズは装備が大幅に厳選され「EX」シリーズに改名。これに伴い「1500SXサルーン」が廃止。
  • 1989年5月 - セダンの「1500EX」をベースにマニュアルエアコン、ホイールカバー、全席パワーウィンドゥ、電動リモコンドアミラー等を標準装備した特別仕様車「エレガントサルーン」発売。
  • 1990年 - 生産終了。B13型に移行。

7代目 B13型(1990年-1993年[18]

日産・サニー(7代目)
B13型
前期型
NISSAN Sunny B13.jpg
NISSAN Sunny B13 rear.jpg
設計統括 菊地原靖孝
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン 直4 1.8/1.6/1.5/1.3L
直4 ディーゼル 1.7L
変速機 4AT/5MT
駆動方式 4WD/FF
サスペンション 4輪ストラット
全長 4,210mm
全幅 1,670mm
全高 1,375mm
ホイールベース 2,430mm
車両重量 990kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル 1500スーパーサルーン 4速AT(前期型)
-自動車のスペック表-

1990年1月にB13型にモデルチェンジ。好評を博したB12型からのキープコンセプトであるが歴代モデルで最も高品質を追求したのが特徴。ボディは4ドアセダンのみ。クーペモデルはサニーの名を冠せずNXクーペとなる。

同年10月に5ドアワゴン[19]のカリフォルニアがフルモデルチェンジ。こちらは2代目ADバン・ADワゴンとボディをほぼ共有するため車体形式がY10型となる。

エンジンはガソリンエンジン全車をDOHC化。シングルチェーンを用いた上下2段のタイミングチェーンでカムシャフトを駆動している。1600ccのGA16DE型のみ同社初にしてサニー初のメカニカル式可変バルブタイミング機構が装備されている。サニー初の1800ccガソリンエンジンも設定された。グレードは1.8GT-Sで、専用外装パーツ、DOHC16バルブ・プレミアムガソリン仕様・140PSのSR18DE型を搭載。上級グレードであるスーパーサルーン系は、数種類用意された外装と内装を自由に組み合わせることができるスーパーセレクション方式を採用。

このモデルから多くのグレードに油圧式のABSがメーカーオプション。なお、1.8GT-S以外のグレードでABSをメーカーオプションで装着するとリアブレーキがディスクブレーキとなる。

一部の塗装色に限り、メーカーオプションでスーパー・ファインコート塗装(フッ素樹脂塗装)が選択することが出来た。

4WDは1500cc車にはフルオート・フルタイム4WD、1800cc車にはアテーサ、ディーゼル車(後に追加)はパートタイム4WDを採用。ディーゼル車はマニュアルのみ。

1992年1月にはマイナーチェンジが行われ、フロントグリルのエンブレムがSマークから日産のCIに変更。バンパー、プロテクターの形状変更。ホイールキャップのデザイン変更。同時に九州工場での生産を開始した。

1993年12月に日本での生産・販売終了。B13セダンは現在でもメキシコ工場でTSURUツル)の名称で数回のアップデートを重ねつつ現地生産されている。

モータースポーツ

先代と同じく1600㏄モデルに競技仕様のVRがラインナップされていたが、ラリーの同クラスにマーチRが存在していた為に主力マシンとはなれなかった。
1992年、キャロッセが全日本ダートトライアル選手権CIIクラスをサニー1.8GT-Sで参戦しチャンピオンを獲得。以後、ダートラCIIクラスの主力マシンへとなっていった。

8代目 B14型(1993年-1998年[20]

日産・サニー(8代目)
B14型
中期型(1995年9月-1997年5月)
1995-1997 NISSAN Sunny.jpg
後期型(1997年5月-1999年9月)
Nissan Sunny 1997.JPG
Nissan Sunny 1997 rear.JPG
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン 直4 1.8/1.6/1.5/1.3L
直4 ディーゼル 2.0L
変速機 4AT/5MT
駆動方式 4WD/FF
サスペンション F:マクファーソンストラット
R:マルチリンクビーム
全長 4,250mm
全幅 1,690mm
全高 1,385mm
ホイールベース 2,535mm
車両重量 1,010kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
データモデル スーパーサルーン 5速MT(前期型)
-自動車のスペック表-

1993年12月に、B14型にモデルチェンジ。ユーザーの若返りや大幅なコストダウン[21]を課題として開発された。ボディタイプは4ドアセダンのみ[22]。ただしクーペモデルのルキノは、前期型のみサニー・ルキノの名でも販売されていた。

ホイールベースを延長(B12型およびB13型に対して105mm延長)、居住性を向上させ、FF車のリアサスペンションに新開発のマルチリンクビームサスペンション[23]を採用した。

4WDシステムはガソリン車はフルオート・フルタイム4WDが、ディーゼル車にはアテーサがそれぞれ採用。また、ガソリンエンジンはすべてマルチポイントインジェクション化。直列4気筒DOHCエンジンの1,300ccGA13DE型と1,500ccGA15DE型を改良して搭載。「スーパーツーリング」にはプレミアムガソリン仕様の1,800ccSR18DE型またはレギュラーガソリン仕様の1600ccGA16DE型を搭載。ディーゼルエンジン車は2,000ccのCD20型となった。

その後、B14型登場から4か月後に1,500cc車にリーンバーン仕様である「1.5CX」を追加。1995年1月にはセダンの一部が変更。スーパーサルーン、EXサルーン、CXのグリルをメッキ化し、リアフィニッシャーをボディカラー化。このほか、1.5スーパーサルーンのFF車のフロントディスクブレーキのベンチレーテッドディスクブレーキ化やタイヤサイズの変更(165SR13 → 175/70R13 82S)などが挙げられる。

同年1月にフルモデルチェンジしたパルサーセリエとの兄弟車であるルキノ3ドアハッチバックが追加。

1995年9月には中期型にマイナーチェンジされ、内外装をフェイスリフト。リアデザインが大きく変わり、リアコンビネーションランプが大型化された。また、運転席SRSエアバッグが全車標準装備された。

1997年5月には後期型にマイナーチェンジ。内外装変更。大型のフロントグリルが与えられたほか、前席SRSデュアルエアバッグ、ABSが全車標準装備される。SR18DE車が廃止されたのでスーパーツーリングが1500ccと1600ccになった。

1998年10月に、B15型へのフルモデルチェンジ。ディーゼル車のみ継続販売(1999年販売終了)。

モータースポーツ

エンジンをSR20DEに換装したB14型サニーが1994年・1995年のオールシーズンと1996年のシーズン途中まで参戦[24]

1995年にMINEサーキットで行なわれた第9戦(第2ヒート目)で、ザナヴィ・サニーを駆る飯田章が、ジャックス・シビックフェリオを駆る服部尚貴との激闘を制する。

ちなみに、このJTCCレースカーはその後、東南アジア・ツーリングカー・ゾーン・チャレンジ(SEATCZC)に地元チームの手で参戦。現在は日産の座間事業所内にある座間記念車庫に保管されている。

B14型サニーのJTCC参戦記念モデルとして、NISMOでは1,800ccの4ドアセダンをベースに、「NISMO 180R」というロードコンプリートカーを企画。車名は最大出力である180馬力に由来し、走行可能なプロトタイプが1台のみ製作されたが、市販化はされなかった。

エンジンはSR20DE型のファインチューニング版を搭載し、ニスモ製強化サスペンションと15インチアルミホイールに加え、専用エアロパーツをフル装着。

搭載されていたエンジンとトランスミッションは、同年発売のB14型ルキノクーペ、及びN15型パルサーセリエ / ルキノハッチをベースとした「AUTECH VERSION」(開発・販売はオーテックジャパン)にSR20DE改良型として搭載され、発売された。

9代目 B15型(1998年-2004年)

日産・サニー(9代目)
B15型
前期型
NISSAN Sunny.jpg
NISSAN Sunny rear.jpg
後期型
Nissan Sunny 2002.JPG
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン 直4 1.8/1.6/1.5/1.3L
直4 ディーゼル 2.2L
変速機 CVT/4AT/5MT
駆動方式 4WD/FF
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:マルチリンクビーム
全長 4,345-4,366mm
全幅 1,695mm
全高 1,415-1,445mm
ホイールベース 2,535mm
車両重量 1,050-1,220kg
ブレーキ 前:ベンチレーテッドディスク
後:ドラム
-自動車のスペック表-

1998年10月にB15型にモデルチェンジ。ボディタイプは4ドアセダンのみでなおかつ歴代サニーで唯一派生モデルが存在せず、完全な国内専用車となった。プラットフォームはMSプラットフォーム。ただし、ディーゼル車は1999年9月まではB14型車が併売されていた。

開発主管は、B14型に引続き深井吉男が担当。

エンジンは新開発のQG13DE型、QG15DE型リーンバーン/LEV、可変バルブリフト&タイミング機構付き「NEO VVL」を採用したSR16VE型、QG18DD型NEO Di直噴ガソリンの4機種6仕様のエンジンが用意されていた。また、歴代サニーとして最初にして最後となる、ハイパーCVTの搭載モデルが存在した。

ヘッドランプのバルブは特殊なIH01型を採用。

スポーツグレードである「1.6 VZ-R」には、B14型ルキノやN15型パルサー/ルキノハッチで採用された青いヘッドカバーの1600cc「NEO VVL」エンジンSR16VE型を搭載。無鉛プレミアムガソリン仕様。トランスミッションは5速MTのみ。エアコンはマニュアルエアコンのみの設定で、「スーパーサルーン」系とほぼ同等の装備を有する。312台の少数販売にとどまり、販売不振の為2000年8月に販売終了。

2002年5月にはマイナーチェンジが行われ、フロントマスクの変更、バンパーは全塗装化および大型化された。さらには、アクティブヘッドレストの採用および内装の仕様変更がなされたほか、排出ガス規制強化にともない2200cc直噴DOHCディーゼルエンジン(YD22DD)と1800ccNEO Di直噴ガソリンエンジン(QG18DD)がラインナップから落とされる。車名ロゴが「Sunny」から「SUNNY」に変更され、CIも現行のものに変更された。

最終型にあたる9代目(B15型)サニーは、モデルの伝統に沿った昔ながらの実直・堅実な内容のコンパクトセダンではあったが、その伝統的コンセプト自体が陳腐化しており、ユーザー層の縮小と高齢化傾向も顕著で、発展性が非常に乏しくなっていた。それでも、モデル末期時、月販売2000台を割ることはなかった。

市場における車種の多様化とミニバンの台頭で日本市場での低迷は著しく、日産は企業改革および変革の一策として、普遍的ブランドとしての寿命が明らかに尽きた「サニー」に見切りを付けたと言える。1960年代の大衆車として世に出たサニーは固定ユーザーとともに老いた「老人車」として2004年10月をもって38年の歴史に幕を下ろしたのであった。

  • 1999年9月 - YD22DD型NEO Di直噴ディーゼル搭載車を追加。国内向けセダン型乗用車としては最初にして最後の搭載であった。
  • 1999年11月 - 北米向けセントラCA(Clean Air)がカリフォルニア大気資源委員会(California Air Resources Board )の制定する排気基準値とベーパー(ガソリン蒸気)排出ゼロ規制値をクリアし、またガソリン車として世界初の車載故障診断システムレベルII(OBDII)要件に合致している車として認定された。
  • 2000年9月 - 内外装の一部を変更し、グレード体系を変更。SR16VE型搭載の「1.6 VZ-R」が廃止された。
  • 2001年12月20日 - 「スーパーサルーン SV リミテッド」および「EXサルーンSV リミテッド」を追加。
  • 2002年5月13日 - マイナーチェンジ。
  • 2003年5月20日 - 日産自動車創業70周年記念車を発売。
  • 2004年10月 - 日本国内向け生産終了。38年の歴史に幕。
  • 2005年2月 - パキスタンへ輸出開始。

モータースポーツ

2004年にSCCAスピードワールドチャレンジ・ツーリングカーシリーズに北米向けB15型「セントラSE-R」が参戦。

  • 2004年6月 - 第3戦 オハイオ州レキシントン ミッドオハイオ・スポーツカー・コース 3位入賞
  • 2004年7月 - 第4戦 インフィネオン・グランプリ カリフォルニア州ソノマ インフィネオン・レースウェイ 3位入賞
  • 2004年7月 - 第5戦 インフィネオン・グランプリ 24位完走

取扱販売店

サニーファミリー

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

脚注

  1. ^ モデルチェンジによる大型化と上級移行により、1990年代以降は格下のコンパクトカーであるマーチキューブなどにその座を譲る。
  2. ^ 「太陽がいっぱい」と言う意味。一般公募により、応募総数848万3,105通の中から名づけられた。この時点で「サニー」はソニーにより商標登録されていたので、ソニーからの許諾をとった上で商標とした。
  3. ^ Aクラス:ベースモデルの現地での販売価格が1,800オーストラリアドル以下。
  4. ^ 1,100cc以下クラス、ドライバーは黒沢元治
  5. ^ トラックは2008年まで
  6. ^ ただし、翌年に起こったオイルショックのため、ロータリーエンジン車の開発は中止されている。
  7. ^ バンは1983年まで
  8. ^ バンを除く。
  9. ^ ただし当時はステーションワゴンではなく"5ドアセダン"扱い。
  10. ^ 1981年7月に当時の石原俊社長の方針で、国内外で展開していた「ダットサン」ブランドを廃止し「日産」ブランドへの統一が発表された(ダットサン・ピックアップを除く)。車検証に記載される車名も「ダットサン」から「ニッサン」に切り替えられた。
  11. ^ 1981年当時はまだ5ドアハッチバック扱いだった。
  12. ^ 当初は前身車種の流れから「ダットサン」や「サニー」などの冠がついていたが、1988年のマイナーチェンジ後は「ADバン」として統一。
  13. ^ 同社では「デュラスチール」という名前で呼ばれていた。
  14. ^ 1気筒あたり吸気×2、排気×1の3バルブ方式で日産車史上初。電子制御キャブレター(ECC)仕様のGA15S・85psと電子制御インジェクション(EGI・ECCS)仕様GA15E・97ps。いずれもカムシャフトの駆動用に耐久性に優れたタイミングシングルチェーンを採用、コグドベルト廃止の口火を切る。
  15. ^ 実質的には2度目のマイナーチェンジ扱い
  16. ^ 世界初の電動ツインスライド式のガラスサンルーフ。
  17. ^ エンジンは5速クロスミッション付きのCA16DE型。
  18. ^ メキシコでは現在も生産
  19. ^ しかし実際はB12型カリフォルニアまではワゴンではなく5ドアハッチバックを名乗っていた。なおY10型カリフォルニア移行後、正式にワゴンを名乗るようになった。
  20. ^ ディーゼル車は1999年まで
  21. ^ 1990年代は、バブル経済の失速&崩壊、社会情勢的に自動車の環境&安全性能の向上が至上命令となり、開発費や設備投資への巨額な費用捻出のため、日産に限らず多くの自動車メーカーが大幅なコスト削減の対応に追われていた。
  22. ^ 当初、Y10型ADバン/ADワゴンベースの「サニー・カリフォルニア」が併売されていたが、1996年5月に同Y10型「ウイングロード」が登場したのを期にモデル廃止となった。
  23. ^ 実際は3リンク式トーションビームサスペンションの延長線上の方式。
  24. ^ メンテナンスは東名エンジニアリング。

This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.  Last update: 2010年3月20日 15:05:08:JST

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