スカイライン (SKYLINE) は日産自動車が製造・販売している乗用車である。
1957年に富士精密工業(のちのプリンス自動車)の主力車種として生産を開始。1966年にプリンスが日産自動車と合併した後も車名が引き継がれ、長期に渡って生産されてきた。
車名は「山並みと青空を区切る稜線」に由来する。2007年3月21日、名付け親の桜井眞一郎がこの名を思いついた場所である群馬県草津町の山小屋「芳ヶ平ヒュッテ」に、生産50周年を記念して「スカイライン命名の地」のプレートが設置される。
長野県岡谷市の鳥居平やまびこ公園内には、自動車博物館としては異例の単一車種の博物館「プリンス&スカイラインミュウジアム」がある。
C10型からR32型までは、型式ごとにCMキャッチコピーなどから採られた愛称(通称)を持つ。
| プリンス・スカイライン(初代) ALSI型 |
|
|---|---|
|
ALSI-1
ALSI-2
スカイラインスポーツ
|
|
| 販売期間 | 1957年 - 1963年 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアクーペ / コンバーチブル |
| 変速機 | 3速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前:ダブルウィッシュボーン 後:ド・ディオンアクスル |
| 全長 | 4,280mm |
| 全幅 | 1,675mm |
| 全高 | 1,535mm |
| ホイールベース | 2,535mm |
| 総販売台数 | 3万3,759台 |
| -自動車のスペック表- | |
プリンスにおける乗用車派生型の商用モデルは、1957年に旧型プリンスセダンの設計をベースに開発された「プリンス・コマーシャル」が最初であるが、1959年にはスカイラインの派生モデルである「スカイウェイ」にモデルチェンジした。ライトバンとピックアップが設定されたが、ライトバンには前席のみ2ドア仕様の他、1960年に車体左側のみに後席ドアを追加した3ドア型が追加された。1961年にはスカイライン同様に1900ccモデルも追加されている。
| プリンス・スカイライン(2代目) S5型 |
|
|---|---|
|
1500デラックス
|
|
| 販売期間 | 1963年 - 1968年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン |
| エンジン | G1型 直4 OHV 1.484L G15型 直4 OHC 1.483L G7型 直6 OHC 1.988L |
| 変速機 | 5速/4速/3速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: ダブルウィッシュボーン 後: 半楕円リーフリジッド |
| 全長 | 4,055 - 4,255mm |
| 全幅 | 1,495mm |
| 全高 | 1,410mm |
| ホイールベース | 2,390 - 2,590mm |
| 総販売台数 | 11万4,238台 |
| -自動車のスペック表- | |
当時の価格はGTが86万円であった。
| 日産・スカイライン(3代目) C10型 |
|
|---|---|
|
1500デラックス
2000GT-X
|
|
| 販売期間 | 1968年 - 1972年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアハードトップ 4ドアワゴン / バン |
| 変速機 | 3速AT / 5速/4速/3速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: マクファーソンストラット 後: リーフリジッド / セミトレーリングアーム + コイルスプリング |
| 全長 | 4,235 - 4,430mm |
| 全幅 | 1,595mm |
| 全高 | 1,390 - 1,405mm |
| ホイールベース | 2,430 - 2,640mm |
| 総販売台数 | 30万8502台 |
| -自動車のスペック表- | |
通称:ハコスカ
| 日産・スカイライン(4代目) C110型 |
|
|---|---|
|
2000GTX-E
|
|
| 販売期間 | 1972年 - 1977年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアハードトップ 5ドアワゴン/バン |
| 変速機 | 3速AT / 5速/4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: マクファーソンストラット 後: リーフリジッド/セミトレーリングアーム+コイルスプリング |
| 全長 | 4,460mm |
| 全幅 | 1,625mm |
| 全高 | 1,395mm |
| ホイールベース | 2,610mm |
| 総販売台数 | 67万365台 |
| データモデル | セダンGT |
| -自動車のスペック表- | |
通称:ケンメリ、ヨンメリ(セダンモデルのみの愛称)
| 日産・スカイライン(5代目) C210型 |
|
|---|---|
|
2000GT-EL
ハードトップ ターボ2000GT-ES
|
|
| 販売期間 | 1977年 - 1981年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアハードトップ 5ドアワゴン |
| 変速機 | 3速AT / 5速/4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: マクファーソンストラット 後: セミトレーリングアーム+コイルスプリング |
| 全長 | 4,600mm |
| 全幅 | 1,625mm |
| 全高 | 1,390mm |
| ホイールベース | 2,615mm |
| 総販売台数 | 53万9,727台 |
| データモデル | セダンGT |
| -自動車のスペック表- | |
通称:ジャパン
宮城県登米市にある警察資料館には実際に宮城県警察が使用していたC210型のパトカーが展示されており、現存する警らパトカーとしては最も古い。
| 日産・スカイライン(6代目) R30型 |
|
|---|---|
|
前期型(1981年-1983年)5ドアハッチバック
後期型(1983年-1985年)4ドアRSターボ
|
|
| 販売期間 | 1981年 - 1985年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアハードトップ 5ドアハッチバック / バン |
| 変速機 | 4速/3速AT / 5速/4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: ストラット 後: セミトレーリングアーム/リーフスプリング |
| 全長 | 4620mm |
| 全幅 | 1675mm |
| 全高 | 1385mm |
| ホイールベース | 2615mm |
| 総販売台数 | 40万6,432台 |
| データモデル | セダンRS |
| -自動車のスペック表- | |
通称:R30(アールサンマル)、ニューマンスカイライン、鉄仮面(後期型RSの通称)
なお、この形式をもって、カタログにおいて「開発者」である「桜井眞一郎」のコメントは登場しなくなっている(「R30」でも「桜井眞一郎」の記述はどこにもなく、あくまでも「開発者」とされている)。
| 日産・スカイライン(7代目) R31型 |
|
|---|---|
|
前期型(1985年-1987年)GTパサージュ
後期型(1987年-1989年)GTS-R
|
|
| 販売期間 | 1985年 - 1989年 |
| 設計統括 | 桜井眞一郎 (1984年末に桜井眞一郎の入院により伊藤修令に交代) |
| ボディタイプ | 4ドアセダン / ハードトップ 2ドアクーペ 5ドアステーションワゴン |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: ストラット 後: セミトレーリングアーム/5リンクリジッド |
| 全長 | 4650mm |
| 全幅 | 1690mm |
| 全高 | 1385mm |
| ホイールベース | 2615mm |
| 総販売台数 | 30万9,716台 |
| -自動車のスペック表- | |
通称:7th(セブンス)、R31(アールサンイチ)、都市工学スカイライン
ボディバリエーションは、4ドアセダン・4ドアハードトップ・2ドアクーペ・ワゴンの4種。
なお、カタログモデルでタクシー仕様車が設定されたのは同型が最後となった[13]。
オーストラリアでは1986年からCA20E搭載の4気筒モデルをピンターラ (Pintara) という名称で、豪州日産のクレイトン工場で現地生産された。加えて、これまでのセドリック(430型まではDATSUN 220C/280C)の輸入販売中止に伴う代替対策として6気筒モデルは、日本では販売されなかったRB30Eエンジンを搭載したセダンとワゴンが、スカイラインの車名のまま1988年から90年にかけて生産された。なお、2代目ピンターラはブルーバードU12型と同一となり、日本には5ドアハッチバック・モデルが、BLUEBIRD AUSSIE(ブルーバード・オーズィ)として輸入・販売された。
コンプリートカーメーカーのトミーカイラがオーストラリア向け車両に搭載されていた3000ccSOHCのRB30E型エンジンのシリンダーブロックにRB20DEのパーツを組み合わせたDOHCエンジンを搭載した、コンプリートカートミーカイラM30として市販した。これは、日本初の公認チューニングカーとしてトミーカイラが世に出した最初のモデルでもある。このM30は2007年2月時点での日本での現存が8台(R31HOUSE調べ)。同じくコンプリートカーとしてM20も存在した。こちらも生産台数30数台。
南アフリカでも29,305台のR31型4ドア・セダンが生産され、エンジンラインナップはRB30E、RB20EそしてCA20Sが搭載された。
ステーションワゴン
写真は豪州向け
| 日産・スカイライン(8代目) R32型 |
|
|---|---|
|
前期型4ドアGTS
|
|
| 販売期間 | 1989年 - 1993年 |
| 設計統括 | 伊藤修令 |
| ボディタイプ | 4ドアハードトップ 2ドアクーペ |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | 4WD / FR |
| サスペンション | 前:マルチリンク 後:マルチリンク / リーフスプリング |
| 全長 | 4,530 - 4,580mm |
| 全幅 | 1,695mm |
| 全高 | 1,325 - 1,340mm |
| ホイールベース | 2,615mm |
| 車両重量 | 1120-1480kg |
| 総販売台数 | 25万2,726台 |
| -自動車のスペック表- | |
通称:R32(アールサンニィ)、超感覚スカイライン
4ドアセダン7グレード、2ドアクーペ5グレードで登場。FR車のみ同日発売でGT-Rを含む4WD車は8月発売とアナウンスされた。GT-R以外の系列は最後の5ナンバースカイラインとなる。ボディタイプはR31型まで存在した4ドアセダン、およびステーションワゴンが姿を消し、ピラードハードトップ構造の4ドアスポーツセダンと2ドアクーペの2本立てとなった。4ドアハードトップはR32型が最後となった(R33型以降は窓枠付きのセダン)。
標準モデルの搭載エンジンは直列6気筒が215psまでパワーアップされたRB20DET型(GTS-t、GTS-t TypeM)を筆頭に、RB20DE型(155ps,GTS)、SOHCのRB20E型(125ps,GTE)と直列4気筒SOHCのCA18i型(91ps,GXi)もあった。なお、R31型まで設定されたディーゼルエンジンは設定されなかった。後にマイナーチェンジで2500ccのRB25DE型(180ps)が搭載され、5速ATを組合わせたGTS25も追加された。このように、GT-R以外の3ナンバーモデルも発売されたものの、A31型セフィーロのように全車3ナンバー化はされなかった。またこのモデルから4気筒、6気筒に関わらず、すべてのグレードにおいて丸型4灯テールランプが採用されている。GTS-t TypeMにはアルミ対向キャリパーが採用され、フロント対向4ポット(ローター直径280mm×厚さ30mm)、リア対向2ポット(297mm×18mm)のブレーキシステムを装備する。
標準モデルは、GT-Rの復活ばかりが注目され陰に隠れる形になってしまった。ただし、7代目がボディがやや肥大化しすぎた感があったのに対し、スタイリングがダウンサイジングによりスリム化されたことと、ボディや足回り関係の強化により良好なハンドリングが得られたとして、8代目は自動車評論家やレーサーからは、走行面のバランスの取れたモデルとして評価が高い。ただし車内空間、特に後部座席が先代と比べ大幅に狭くなりファミリーユースが減少した。折しも、新たな兄弟車種であるセフィーロ[14]が登場、車の流行がミニバンやRV[15]に変わっていった時期とも重なったため、先代に比べトータルでの販売台数は下回った[16]。なお、前期・後期共に教習車仕様が存在していた。
パトカー仕様の設定はこの代が最後となる(YHR32型車が1991年8月まで製造)[17]。なお先代R31型までは中東やオセアニア向けなどの輸出仕様が存在したが、このR32型は日本国内専用モデルであった。
GT-Rと共にGTS-4販売開始。RB20DET型エンジンにGT-Rと同じアテーサE-TSの組み合わせが採用されている(鉄パーツ多用による重量と、ブリスターフェンダー非装着なのでトレッドの狭さがありGT-Rほどの高性能は得られていない)。
マイナーチェンジ。フロントバンパー、フロントグリル、ヘッドライト、バッジ類などを小変更(4ドアのみテールランプのデザインも小変更)。内装はクロスの素材や色、メーターパネルなどを変更。またサイドドアビームや運転席エアバッグをオプション設定するなどの衝突安全対策を充実・GTS-tグレードの消滅(前期型にはGTS-tというRB20DET搭載ながら片押しキャリパー、ステアリングがGTSなどと同じグレードがあったが、GTS-t TypeMのみとなった) クーペ・セダン共にRB25DE型エンジンを搭載したGTS25を追加、世界初の5ATが搭載される(代表的な型式はE-ECR32)。GTS25にはGTEとGTSより大径であるブレーキシステム(前期GTS-tで採用されていた)が装備される。前:ローターの厚みはそのままに大径化 280mm×22mm、後:ローター直径はそのままにベンチレーテッド化 266mm×16mm。
オーテックジャパンより、4ドアスポーツセダンGTS-4をベースに、GT-R用RB26DETT型をNA化し、鍛造ピストンや高回転カムシャフトを採用するRB26DE型(220ps/6800rpm、25.0kgm/5200rpm)と4速ATを組合わせた「オーテックバージョン」[18]が発売された。
その他、コンプリートカーメーカーのトミーカイラがオーストラリア向け車両に搭載されていた3000ccSOHCのRB30E型エンジンをRB26DETT型のパーツを流用しDOHC化したモデルを製作した。このモデルは、NAながら280psを発揮させるRB30DE型を独自開発したものであり、オーテックと同じくGT-Rではなく2ドアスポーツクーペGTS-tの車体に搭載しコンプリートカーとして市販した。
| 日産・スカイライン(9代目) R33型 |
|
|---|---|
| 販売期間 | 1993年 - 1998年 |
| 設計統括 | 渡邉衡三 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアクーペ |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | 4WD / FR |
| サスペンション | マルチリンク |
| 全長 | 4,640 - 4,720mm |
| 全幅 | 1,720mm |
| 全高 | 1,340 - 1,360mm |
| ホイールベース | 2,720mm |
| 車両重量 | 1270-1470kg |
| 総販売台数 | 20万0,698台 |
| -自動車のスペック表- | |
通称:R33(アールサンサン)、GT9(ジーティーナイン)
キャッチコピーは本流グランドツーリングカー。ボディをふたたび大型化。主力は2.5Lとなり、全車3ナンバーとなった。GT-Rは1995年1月に発売された。R32型に比べて全体的に大型化された事により、居住性は大幅に上がったが同時に車両重量も増加した。
サスペンション形式はR32と同じくマルチリンクだが、前アッパーアームをI型からA型に変更、後ダンパーのストローク増、などの改良が図られている。
クーペ全てとセダンの前期モデルは、バッテリーをトランク奥に設置するハイトラクションレイアウトを採用している。
エンジンのラインアップは2.5L RB25DET型とRB25DE型、および2.0L RB20E型(R33型唯一のSOHCエンジン)の4タイプとなり、4気筒のモデルは消滅した。またスカイラインとして初めて、全グレードに「GT」が冠されることになった。トランスミッションは5速MTと5速AT(5速ATはマイナーチェンジにて4速ATに変更される)であった。RB25DET型エンジンは『リニアチャージコンセプト』により過給圧を抑えレスポンスの向上を図った。4WDモデルのGTS-4は、ノンターボ化されブレーキ等を変更してスポーツモデル路線から実用重視モデルに変更されている。
ビッグマイナーチェンジ。外装が大幅に変更され、セダンとクーペの差別化が明確にされた。またセダンではトランク容量確保のためトランクルームにあったバッテリーをエンジンルームに戻した。
| 日産・スカイライン(10代目) R34型 |
|
|---|---|
| 販売期間 | 1998年 - 2001年 |
| 設計統括 | 渡邉衡三 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアクーペ |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | 4WD / FR |
| サスペンション | マルチリンク |
| 全長 | 4,580 - 4,705mm |
| 全幅 | 1,720 - 1,725mm |
| 全高 | 1,340 - 1,375mm |
| ホイールベース | 2,665mm |
| 総販売台数 | 5万3,279台 |
| -自動車のスペック表- | |
通称:R34(アールサンヨン)
前期型25GT-tの覆面パトカー(北海道警察)
セダン
詳細は「日産・スカイラインセダン V35」を参照
1999年10月の第33回東京モーターショーに、コンセプトカー、「XVL」を出品。当初はスカイラインとは別のモデルとして発表され、日産の新しいセダンとして開発が始められた。2001年6月18日には「XVL」をV35型スカイラインとして発売。10代目の項の通り、R34型登場から3年後にV35型が登場したが、先代までのフルモデルチェンジのサイクルと比較して短い。この型から、直列6気筒エンジンに替わり、V型6気筒直噴ガソリンエンジンのVQ30DD型、VQ25DD型を搭載した。また、丸型のテールランプが廃止(後のマイナーチェンジで復活)など、デザインの変更も行われた。
一方、国外では、日産の上級ブランドであるインフィニティブランドにおいてインフィニティ・G35として販売された(「インフィニティ・G20」、日本名プリメーラの後継車)。
クーペ
詳細は「日産・スカイラインクーペ CV35」を参照
2003年1月16日にセダンより約1年半遅れて発売(MT車は同年2月6日発売)。搭載するエンジンはVQ35DE型エンジンのみ。なお、クーペではセダンに先立ち丸型テールランプが復活している。
2007年8月にクーペの販売終了。この2か月後にV36型クーペが登場している。
セダン
詳細は「日産・スカイラインセダン V36」を参照
2006年4月にニューヨーク国際オートショーで輸出仕様である新型インフィニティG35セダンが出展され、同年11月20日に日本国内で発売された。目標月間販売台数は1000台と発表されている。
先代モデルからのキープコンセプトであり、エンジンは改良型VQHRエンジンのVQ35HR型 V6 3.5LとVQ25HR型 V6 2.5Lを搭載。スポーツグレードである「350GT Type SP」と「350GT Type S」には四輪操舵システム「4輪アクティブステア 」をメーカーオプション設定。
クーペ
詳細は「日産・スカイラインクーペ CV36」を参照
2007年4月のニューヨーク国際オートショーにおいてG37クーペが発表され、同年10月2日に発売。エンジンはVVEL(バルブ作動角・リフト量連続可変システム)を採用した3.7LのVQ37VHR型を搭載。セダンにはなかった6速MTも設定され、日本初となる歩行者との衝突時に瞬時にボンネットを浮かせる「ポップアップエンジンフード」も搭載された。目標月間販売台数は200台と発表されている。
クロスオーバー
詳細は「日産・スカイラインクロスオーバー」を参照
2009年7月13日に「クロスオーバー」の販売を開始。従来型にもアテーサE-TS方式の四輪駆動車はあったが、SUVの設定はスカイライン史上初であり、ハッチバックを持つ車型も、6代目 R30型系以来となる。
スカイラインは初代モデルからモータースポーツに参戦している。
特にスカイラインGT-Rの活躍で有名であるが、R30シルエット・フォーミュラ、R31・GTS-RでのグループA全日本ツーリングカー選手権参戦など、GT-Rが無かった時代の参戦もあった。
1964年5月 第2回日本グランプリT-Vクラスにスカイライン出場、1〜7位独占。GT-IIクラスにスカイラインGT(S54-I型)出場、2〜6位入賞。生沢徹は1周だけポルシェ・904の前を走り、3位でレースを終えた。実際は、友人であった式場壮吉にレース前冗談で「頼む!1周だけでいいからトップ走らせてくれ!」と嘆願したことに対し、式場が応えたとされ、後に式場本人も「生沢に道を譲ったつもりが、日本のモータースポーツ界・自動車産業に道を明けていたのかもしれない」と語っている。[21]ただし、この談合説に関しての生沢と式場の談話は、時期によって内容が二転三転しており、明確な真偽は不明である。
同月 「JAF公認700キロ ノンストップラリー」にて「スポーティデラックス」が優勝を飾る。
1970年6月 「ツール・ド・ニッポン」に2000GTが出場。
1971年5月 「'71日本グランプリレース大会」ツーリングカーbレースにてGT-Rが1-3位、5位を獲得する。
1972年3月 「'72富士GCシリーズNo1 富士300キロスピードレース」スーパーツーリングレースにて、GT-Rが豪雨の中、高橋国光が全車を周回遅れにして1位、通算50勝を達成する。
1972年9月 「'72GCシリーズ 富士インター200マイルレース大会」スーパーツーリングTS-bcレースにて北野元が駆ったGT-Rが1位、久保田洋史が3位、正谷栄邦が6位を獲得し、通算52勝目を飾る。そして最終的に通産57勝の成績を残した。
同じ年、スパ・フランコルシャン24時間レースに地元ベルギーのディーラーによる支援を受けたシャルル・バン・ストールが4ドア2000GT(GC10)の輸出仕様「ダットサン2000GT」を3台ディビジョン2に出場させ、ガスケットトラブルによりリタイヤした61号車以外の2台が完走、60号車が総合20位、62号車が同じく28位に入るという健闘を見せた。2ドアGT-Rではない理由としてはFIAで国際公認を取得していたのがグループ2のC10(4ドア)だけであったのとGT-Rは日本国内のみの販売だったため。なお、同じレースの同クラスにはマツダスイスレーシングの手により2台のサバンナRX-3も出場しており、予選ではサバンナのほうが速かったものの決勝では65号車の25位という結果に終わった。
C10型の強さを語る上の代名詞として「49連勝」というフレーズが昨今において雑誌、広告、DVD等のメディアにおいて広く使用され認知されている。ただし、この連勝数については諸説があり、例えばプリンスの丘公園におけるC10型の功績を称える碑には50連勝と書かれていることに対して、モータースポーツ誌のRacingOn' の444号では、うち18がクラス優勝[22]、また1971年7月25日に行われた富士1000kmレースにおいて総合6位(クラス2位)となっているため、連勝記録は46で止まっていると指摘している[23]。なお、日産のモータースポーツ部門であるNISMOはHPにおいて「49勝し更に50勝目も挙げた」という表記を取っている[24]。
1982年5月 当時のグループ5規定に合わせたレーシングカー「スカイライン スーパーシルエット」が登場。「ハードトップ2000RS(KDR30型)」をベースに車体の一部をパイプフレームとするノバエンジニアリング製のシャシーに、大型のフロントスポイラー、およびリアウイングを備えるムーンクラフト製のカウルをまとい、「RS」のイメージカラーである赤/黒の2トーンカラーが特徴。ドライバーはかつてPGC10型GT-Rを操った長谷見昌弘。エンジンはサファリラリーなどで使用された「バイオレット」に搭載されていた直列4気筒DOHC LZ20B型(にエアリサーチ製T05Bターボチャージャー、およびルーカス製メカニカルインジェクションシステムを組合わせ、 570ps/7600rpm、55kgm/6400rpmというパワーを誇った。トミーがメインスポンサーを勤め、トミカのバリエーションとしてモデル化もされた。
また日産自動車の意向により、同様のレーシングカーが「シルビア(KS110型)」および「ブルーバード(KY910型)」でも製作され、それぞれ星野一義、柳田春人がドライブした。「シルビア」のメインスポンサーは日本ラジエーター(現カルソニックカンセイ)、「ブルーバード」のメインスポンサーはコカ・コーラであった[25]。1984年度まで国内外のレースに参戦し、1983年シーズンではR30型のマイナーチェンジに伴い、フロントフェイスおよびテールランプが変更された。また、スプリント用とは別に1982年8月に耐久用マシン(日産・スカイラインターボC)も追浜ワークスで製作され、南アフリカのキャラミ9時間に参加した。翌年グループC規定にあわせマシンも改造され、全日本耐久選手権に参戦する。[26]
そのほか、1985年より国内選手権として開始されたグループA規格によるJTCにも参戦。翌1986年には鈴木亜久里/和田孝夫の手によってシリーズチャンピオンを獲得するも、1987年シーズンはフォード・シエラRS500にタイトルを奪われる事になる。開始年には市販車が既にR31型へと移行していたにも関らず、R30型が投入された背景にはシリーズ開始がR31発表以前であった事が挙げられる。しかし旧型車両と言う事もありエボリューション車両が開発されなかったという事情もあり、終始苦しい戦いを強いられた。
1985年 全日本ツーリングカー選手権(JTC)にグループA仕様「RSターボC」がニスモよりワークス参戦。 1986年 引き続きJTCに「RSターボC」が参戦。主な戦績は以下の通り。
1987年 引き続きJTCに「RSターボC」が参戦。
1987年インターTECにGTS-Rがデビュー。
1988年度全日本ツーリングカー選手権にGTS-Rが参戦。主な戦績は以下の通り。
1989年度全日本ツーリングカー選手権にGTS-Rが参戦。主な戦績は以下の通り。
1993年、JTCCに4ドアGTSがデビュー。
| <- 1980年-1999年
|
|||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 種類 | 2000年代 | 2010年代 | |||||||||||
| 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | |
| 軽乗用車 | ハイパーミニ | ピノ | |||||||||||
| オッティ | オッティ | ||||||||||||
| モコ | モコ | モコ | |||||||||||
| ルークス | |||||||||||||
| キックス | |||||||||||||
| クリッパーリオ | |||||||||||||
| コンパクト | マーチ | マーチ | マーチ | ||||||||||
| キューブ | キューブ | キューブ | |||||||||||
| マーチBOX | ノート | ||||||||||||
| ルキノ/パルサー | ティーダ | ||||||||||||
| ティーノ | リーフ | ||||||||||||
| セダン | サニー | ティーダラティオ | |||||||||||
| パルサー | ブルーバードシルフィ | ブルーバードシルフィ | |||||||||||
| プレセア | |||||||||||||
| プリメーラ | プリメーラ | ||||||||||||
| ブルーバード | |||||||||||||
| セドリックセダン | |||||||||||||
| ローレル | ティアナ | ティアナ | |||||||||||
| セフィーロ | |||||||||||||
| スカイライン | スカイライン | スカイライン | |||||||||||
| セドリック/グロリア | フーガ | フーガ | |||||||||||
| シーマ | シーマ | ||||||||||||
| プレジデント | プレジデント | ||||||||||||
| ワゴン | ウイングロード | ウイングロード | |||||||||||
| プリメーラワゴン | プリメーラワゴン | ||||||||||||
| アベニール | |||||||||||||
| セフィーロワゴン | |||||||||||||
| ステージア | ステージア | ||||||||||||
| クーペ オープン |
マイクラC+C | ||||||||||||
| シルビア | |||||||||||||
| スカイラインクーペ | スカイラインクーペ | スカイラインクーペ | |||||||||||
| フェアレディZ | フェアレディZ | フェアレディZ | |||||||||||
| スカイラインGT-R | GT-R | ||||||||||||
| SUV | ラシーン | ジューク | |||||||||||
| デュアリス | |||||||||||||
| エクストレイル | エクストレイル | ||||||||||||
| ルネッサ | スカイラインクロスオーバー | ||||||||||||
| ダットサンピックアップ | |||||||||||||
| テラノ | ムラーノ | ムラーノ | |||||||||||
| サファリ | |||||||||||||
| ミニバン | キューブキュービック | NV200バネット | |||||||||||
| リバティ | ラフェスタ | ||||||||||||
| セレナ | セレナ | セレナ | |||||||||||
| プレサージュ/バサラ | プレサージュ | ||||||||||||
| エルグランド | エルグランド | エルグランド | |||||||||||
| 商用車 | NV100クリッパー(クリッパーバン) | ||||||||||||
| NT100クリッパー(クリッパートラック) | |||||||||||||
| ADバン | AD | ||||||||||||
| エキスパート | ADエキスパート | ||||||||||||
| バネットバン | NV200バネット | ||||||||||||
| バネットトラック | |||||||||||||
| キャラバン | キャラバン | ||||||||||||
| ダットサントラック | |||||||||||||
| アトラス10 | アトラスF24 | ||||||||||||
| アトラス20/30 | アトラスH43 | ||||||||||||
| クルー | |||||||||||||
| セドリック営業車 | |||||||||||||
| シビリアン | |||||||||||||
| パラメディック | |||||||||||||
This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. Last update: 2012年2月14日 9:34:23:JST