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札幌市(さっぽろし)は、北海道の市で、道庁所在地ならびに石狩支庁所在地。
概要
日本最北の政令指定都市で、約190万人の全国5番目の人口を有する北海道の政治・経済の中心的都市。北海道庁所在地。江戸時代、松前藩によって開かれた石狩十三場所のうち五場所が集中し、幕末ころまでは蝦夷(アイヌ)との交易が行われる土地であったが、明治時代に置かれた北海道開拓使によって、京都あるいは、アメリカ合衆国のタウンシップ制[1]をモデルとした碁盤目状の計画都市として本格的に開発された。1972年の札幌オリンピック開催を機に観光都市としても世界的に知られるようになった。
香港とほぼ同じ面積を持ち、周辺に江別市、北広島市、恵庭市などのベッドタウンを擁して札幌都市圏を形成する。地方中枢都市には珍しく昼間人口と夜間人口があまり変動しない。市の中心部には地下街が発達し、札幌駅前・大通周辺のショッピングエリアには近郊の都市からも人が集まる。その経済圏(道央圏)の人口は340万人におよぶ。
市町村名の由来
もともと「サッポロ」は現在の豊平川にアイヌの人々がつけた名で、その流路一帯の地名にも転用されたものであるとされる。由来はアイヌ語の「サッ・ポロ」sat-poro(乾いた大きい)であるとする説が有力だが、その意味するところについては「かつての豊平川が乾季に極端に水量が少なくなる川だったため」、あるいは「一帯が乾燥した広大な土地であったため」と意見が分かれる。「サリ・ポロ・ペッ」sari-poro-pet(湿原が広い川)であるとする説は、低湿な豊平川下流部の様子を的確に表しているが、「サリ」あるいは「サル」で始まる表記で記録された書物・地図が見あたらないとの指摘がある。
地理
位置・地勢
石狩平野の南西部、石狩川の支流豊平川の扇状地を中心に広がる都市であり市街地は碁盤目状に道路が走る。市の西部・南部は手稲山・円山・藻岩山など山岳・丘陵が大部分を占めている。広い市域の南西約2/3は山岳地帯の森林で、支笏洞爺国立公園に指定されている部分もある。
気候
亜寒帯湿潤気候と日本海側気候の合併気候で夏と冬の気温差が大きい。昼夜の寒暖差は激しい。冬は積雪が多いが、海からの偏西風に直接さらされないため、近隣の小樽市、石狩市よりは少ない、それでも降雪量は凄まじく、人口150万を超える大都市がこのような降雪地域に存在するのは世界的にも極めて異例である。
夏は梅雨がなく(蝦夷梅雨という、7月後半に雨が続く現象はあるが。)、台風の影響も少ない。昭和56年の石狩川の氾濫以降、大規模な河川の氾濫はない。山地に夏頃まで残る積雪が貯水の役割を果たし、水資源は豊富である。また、寒さが厳しいとのイメージが強いが、冬は同じ石狩支庁に属する他の地域と比べても気温の高めの日が多く、-10°Cを下回る日がそれほど多くなく、北海道としては比較的温暖な気候である。また、夏は比較的涼しい気候だが、近年は30°Cを超える日が多くなってきている。夜も気温の低下が鈍く20°Cを下回らない日(真夏夜)が北海道内の他の地域と比べても多いが、本州の都市のような熱帯夜(気温が25°Cを下回らない夜)はまれである。
人口
- 2008年(平成20年)10月1日現在の人口は1,898,473 人である。男女比は女性の10.0に対し、男性は9.0である。10代までは男性が多く、20代以降女性が多くなる。
- 北海道内の自治体では唯一推計人口を毎月発表している。
- 2005年(平成17年)8月1日現在の外国人登録者数は8,414人である。
- 合計特殊出生率は政令指定都市の中で最も低い。
人口
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| 札幌市と全国の年齢別人口分布図(比較) |
札幌市の年齢・男女別人口分布図 |
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■紫色は札幌市
■緑色は日本全国
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■青色は男性
■赤色は女性
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| 1980年 |
1,401,757人 |
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| 1985年 |
1,542,979人 |
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| 1990年 |
1,671,742人 |
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| 1995年 |
1,757,025人 |
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| 2000年 |
1,822,368人 |
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| 2005年 |
1,880,863人 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) |
市政
現在の市長は、上田文雄(民主党系)である。2003年(平成15年)6月8日、政令指定都市初の再選挙にもつれ込んだ市長選を制し、2007年(平成19年)4月8日の選挙で再選。2011年(平成23年)6月7日が任期満了日。
2005年度決算での一般会計は、歳入7918億円、歳出7882億円。2005年度市債残高は1兆0859億円。北海道は長期不況下にあり、その影響で市税が減少、福祉支出が増加している。事業会計では建設費の利払いに苦しむ高速電車事業(地下鉄)の赤字が96億円と大きい(札幌市交通局参照)。
亜寒帯湿潤気候に加え、日本海側気候の影響で雪が多い札幌市では、2004年度の雪対策予算に153億円をあてた。このうち道路の除雪、排雪が115億円を占める。これは一般会計予算の0.2%以下である。
2016年以降の夏季オリンピックを誘致を計画していた。実現すれば世界初の冬季・夏季五輪両大会経験都市の誕生が期待されたが、財政難のため見送りとなった。
情報公開
上田市政になってからの積極的な情報公開が評価されている。
全国市民オンブズマン連絡会議による全国の政令指定都市を対象にした総合ランキングにおいて札幌市は2004年度は前年度(桂市政の9位)から大幅に順位を上げ全国1位[2]、2005年度は静岡市に次ぐ2位[3]、2006年度は再び1位[4]と評価されている。
市議会
札幌市議会では、昭和28年から委員会の公開を始めている。[5]
概要
定数は68人。[6]
構成
| 会派 |
議席数 |
| 民主党・市民連合 |
22 |
| 自民党 |
21 |
| 公明党 |
11 |
| 日本共産党 |
6 |
| 市民ネットワーク |
4 |
| 市政改革クラブ |
2 |
| 自民維新の会 |
2 |
(2007年(平成19年)5月17日現在)
歴史
江戸時代、洪水により豊平川の流れが東に変わり、もとの流路は伏籠川となった。また、松前藩によって開かれた石狩十三場所が1780年代中頃から末期(天明末から寛政初め)にかけて確立。そのうちハッシャブ場所(現在の茨戸川左岸、発寒川合流地付近、現北区内)・シノロ場所(現在の茨戸川左岸、篠路川合流地付近、現北区内)・ナイホウ場所(伏古川上流付近、現東区内)・上サッポロ場所(豊平川流域)・下サッポロ場所(豊平川流域)が現在の札幌市に相当する地域に開かれており、これら場所と呼ばれる商場は幕末ころまで存続した。
年表
- 安政年間
- 西本願寺札幌出張所(後の本願寺札幌別院)がおかれる。
- 1855年(安政2年)
- 篠路に若宮八幡(後の篠路神社)が創建される。
- 1856年(安政3年)
- 発寒に稲荷社(後の発寒神社)が創建される。
- 1857年(安政4年)
- この頃現在の豊平橋付近に和人が渡し守として定住。志村鐵一と家族の3名が右岸(現在の豊平区側)に、吉田茂八と家族の4名が左岸(現在の中央区側)に、それぞれ住んだ。
- 1866年(慶応2年)
- 現在の東区内の札幌村郷土記念館敷地に役宅が建てられ幕臣大友亀太郎が定住、大友堀(後の創成川)を開削。付近は札幌村となる。同年、現在の南区内の定山渓温泉に美泉定山によって湯治場が開かれている。
- 1869年
- 開拓使設置。同年、北海道11国86郡が置かれ、現在の札幌市に相当する地域は石狩国札幌郡に含まれた。現在の中央区本府・中央・東・東北・大通・桑園地区の全体と豊水・西創成・西地区の一部(他は山鼻村)と北区鉄西・幌北地区と東区鉄東地区に札幌本府の建設を始める。また、この年札幌神社(後の北海道神宮)が創建された。
- 1870年
- 現在の中央区苗穂地区および東区苗穂地区に山形県人が入植。苗穂(なえぼ)村となる。
- 現在の東区丘珠地区に山形県人が入植。丘珠(おかだま)村となる。
- 1870年~1871年
- 本願寺道路(後の国道230号)が建設される。このとき、現在の札幌市南区簾舞に宿場として簾舞通行屋がおかれた。
- 1871年
- 現在の白石区中央・本通地区に宮城県白石市から仙台藩の重臣・片倉家の家臣団が入植。白石(しろいし)村となる。
- 現在の豊平区月寒、福住地区に岩手県人が入植。月寒(つきさっぷ)村となる。
- 現在の豊平区平岸地区に水沢藩士と農民(現地札幌で募集した農民も含む)が入植。平岸(ひらぎし)村となる。
- 1872年
- 現在の豊平区豊平・美園地区に和人が入植。豊平(とよひら)村となる。
- 1872年~1873年
- 札幌本道(後の国道36号)が建設された。
- 1873年
- 現在の白石区菊水・菊水上町・菊水元町地区に既に白石村に入植していた仙台藩士の一部が移動して再入植。上白石(かみしろいし)村となる。
- 現在の東区苗穂町に、既に対雁村(現江別市)に入植していた仙台藩涌谷領の農民の一部が移動して再入植。雁来村となる。
- 1875年
- 現在の西区琴似地区に屯田兵が入植。琴似(ことに)村となる。
- 開拓使仮学校が東京より移転する。
- 1876年
- 現在の中央区曙・山鼻・幌西地区の全体および豊水・西創成・西地区の一部(他は札幌区)に屯田兵が入植。山鼻(やまはな)村となる。
- 開拓使仮学校を札幌農学校と改める。
- 1880年
- 札幌全域を札幌区と改称する。
- 札幌~小樽手宮間に鉄道開通。
- 要人接待用の施設として、大通に豊平館が建設される(現在は中島公園に移転)。
- 1882年
- 開拓使廃止。函館・札幌・根室の3県に分ける。
- 1884年
- 札幌区を札幌郡に変更し、札幌市街地のみを分割して札幌区とし、札幌区役所を設置した。
- 1886年
- 札幌・函館・根室の3県を廃止し、北海道庁を設置。
- 1888年
- 北海道庁赤れんが庁舎ができる。
- 1889年
- 札幌で最後の屯田兵入植。(篠路兵村:現在の北区屯田)
- 1899年
- 区制施行。札幌区となる。区とは市よりも小さく町よりも大きな自治体である。札幌区以外に道内には他に函館区と小樽区があった。
- 初代区長 対馬嘉三郎就任(明治32年12月~明治35年5月)
- 1902年
- 二代目区長 加藤寛六郎就任(明治35年6月~明治39年6月)
- 1906年
- 三代目区長 青木定謙就任(明治39年11月~大正元年11月)
- 1907年
- 東北帝国大学設置(宮城県仙台市)。札幌農学校が札幌所在のまま東北帝国大学農科大学となる。
- 1910年
- 札幌区周辺の札幌村(現在の東区の一部)と苗穂村(現在の中央区と東区の一部)と上白石村(現在の白石区の一部)の各一部、豊平村(現在の豊平区の一部)の豊平・旭町・水車町、山鼻村(現在の中央区の一部)の屯田兵村地区を編入。
- この時の札幌区の区域は現在の中央区、北区、東区、白石区、豊平区の各一部である。
- 1913年
- 四代目区長 阿部宇之八就任(大正2年8月~大正8年8月)
- 1918年
- 札幌電気軌道(現在の札幌市電)が開通する。
- 第五番目の帝国大学として北海道帝国大学が設置される。東北帝国大学農科大学が北海道帝国大学に移管され、北海道帝国大学農科大学となる。
- 定山渓鉄道が開通する(~1969年)。
- 1919年
- 五代目区長 佐藤友熊就任(大正8年12月~大正10年12月)
- 1922年
- 市制施行。札幌市となる。
- 軽石軌道が開通する(~1940年)。
- 1923年
- 初代市長 高岡直吉就任(大正12年2月~昭和2年12月)
- 1927年
- 二代目市長 橋本正治就任(昭和2年12月~昭和12年5月)
- 1930年
- 札幌市営バスの運行開始(~2004年(平成16年)3月)
- 1937年
- 第5回冬季オリンピック(1940年)の開催が決定したが、国際情勢の悪化により、翌年返上。
- 三代目市長 三沢寛一就任(昭和12年7月~昭和20年7月)
- 1941年
- 円山町と合併。現在の中央区の一部(西20丁目以西、旭ヶ丘など)となる。
- 1942年
- 札幌飛行場(丘珠空港)設置。
- 1945年
- 四代目市長 上原六郎就任(昭和20年8月~昭和21年11月)
- 1947年
- 地方自治法施行による市長公選。
- 五代目市長(公選初代) 高田富與就任(昭和22年4月~昭和34年4月)
- 1950年
- 白石村と合併。現在の白石区の一部(既に札幌市であった菊水を除く)、厚別区の全体となる。
- 第1回さっぽろ雪まつり開催。
- 1955年
- 琴似町、札幌村、篠路村と合併。
- 現在の中央区(宮の森、盤渓は旧琴似町)、北区(新琴似、新川、屯田、北25条?以北は旧琴似町、篠路は旧篠路村)、東区(大部分は旧札幌村)、西区(旧手稲町の平和、西町、宮の沢を除き旧琴似町)、手稲区(新発寒は旧琴似町)の各一部となる。
- 1957年
- 大通にテレビ塔ができる。
- 1959年
- 六代目市長(公選二代目) 原田與作就任(昭和34年5月~昭和46年4月)
- 1961年
- 豊平町と合併。現在の豊平区の一部(既に札幌市であった豊平、旭町、水車町を除く)、清田区と南区の全体となる。
- 1967年
- 手稲町と合併。現在の西区(平和、西町、宮の沢)、手稲区(旧琴似町であった新発寒を除く)の各一部となる。
- 1968年
- 北海道100年記念式典・札幌市創建100年記念式典が行われる。
- 1971年
- 七代目市長(公選三代目) 板垣武四就任(昭和46年4月~平成3年5月)
- 札幌市営地下鉄南北線(北24条駅~真駒内駅)が開業。東京都、大阪市、名古屋市に次ぎ、全国で4番目の地下鉄の走る都市となる。
- 1972年
- (2月3日~2月13日)札幌オリンピック開催。
- (4月1日)政令指定都市に指定され、中央区、北区、東区、白石区、豊平区、南区、西区の7区からなる行政区制施行。
- 豊平峡ダム完成。
- 1976年
- 札幌市営地下鉄東西線(琴似駅~白石駅)が開業。
- 1978年
- 札幌市営地下鉄南北線(北24条駅~麻生駅)が延長開業。
- 1982年
- 札幌市営地下鉄東西線(白石駅~新さっぽろ駅)が延長開業
- 1988年
- 札幌市営地下鉄東豊線(栄町駅~豊水すすきの駅)が開業。
- 1989年
- 白石区から厚別区を、西区から手稲区を、それぞれ分区する。
- 1990年
- 第1回パシフィック・ミュージック・フェスティバルを開催。
- 1991年
- 八代目市長(公選四代目) 桂信雄就任(平成3年5月~平成15年4月)
- 1992年
- 第1回YOSAKOIソーラン祭りを開催。
- 1994年
- 札幌市営地下鉄東豊線(豊水すすきの駅~福住駅)が延長開業。
- 1996年
- コンサドーレ札幌設立。
- 1997年
- 豊平区から清田区を分区。
- 北海道拓殖銀行破綻。
- 1999年
- 札幌市営地下鉄東西線(琴似駅~宮の沢駅)が延長開業。
- 2001年
- 札幌ドームが完成。
- 2002年
- 2002 FIFAワールドカップを開催。
- 2003年
- (1月)全国初の自治体コールセンターを設置。
- 九代目市長(公選五代目) 上田文雄就任(平成15年6月~現在2期目)
- 2004年
- 日本ハムが札幌に球団を移転。北海道日本ハムファイターズとなる。
- 2006年
- 札幌市立大学開学。
- 2006年バスケットボール世界選手権を開催。
- 2008年
- 北海道洞爺湖サミットに参加する新興諸国の首脳が来札、レセプション開催
- アイコモンズ・サミット開催
経済
北海道経済の中心となっている。仙台市などと同じく支店経済の傾向が強く、地域企業の基盤は弱いが、第三次産業は十分に発達している。 地元を基盤とした民間の大資本に乏しく、三大都市圏にみられるような私鉄も存在しないため、都市計画・開発は、札幌市や北海道開発庁など、官によるところが大きい。
産業
他の国内主要都市に比べて、労働力、賃料、原材料農産物が安く、これらの特色を生かした産業が発展している。第三次産業の比率が高く、第二次産業の比率が低い。
観光業
豊かな自然を生かした観光業が盛んで毎年二月初旬に行われるさっぽろ雪まつりでは国の内外を問わず多くの観光客が訪れる。平成18年度の来札観光客数は、1410万4千人(札幌市観光文化局調べ)。
食品加工業
市内各所に食品加工業や製菓業が点在している。
情報サービス業
1976年に北海道大学の青木由直教授が設立した北海道マイクロコンピュータ研究会から、BUGやハドソンなど多くのIT企業が派生的に生まれた。近年ではコールセンターやビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業の誘致が盛んで、札幌駅北口には情報技術関連企業が集中している。
農業
主な産物は、たまねぎ、かぼちゃ、すいか、ほうれん草など。特にたまねぎは、札幌が栽培発祥の地であり、丘珠地区などで盛んに栽培されていたが、近年は宅地開発などの影響により生産量は減少している。
鉱業
現在はほとんど行われていない。1971年に閉山した手稲区手稲鉱山では金・銀・銅が採掘されていた。また2006年(平成18年)3月31日に閉山した南区豊羽鉱山は、世界有数のインジウム鉱山であった。
産業集積地
札幌市に本社を置く主な企業
インフラストラクチャー
マスメディア
テレビ・AMラジオ局
※テレビ・FMの送信所は手稲山に、AMラジオの送信所は江別市(江別ラジオ放送所)におかれている。
FMラジオ局
インターネットラジオ局
新聞社
雑誌社
金融機関
- 札幌市に本店を置く金融機関
北海道銀行のATMでは北陸銀行・横浜銀行・荘内銀行のカード出金が無料である。
食品・外食産業
その他
札幌で創業された主な企業
札幌市にかつてあった企業
姉妹都市
海外
1972年共にオリンピックを開催した経緯から姉妹都市となったミュンヘン以外はいずれも札幌市とほぼ同じ緯度にある都市である。
国際交流
地域
行政区
札幌市は以下の10区で構成されている。
- 中央区(施行 - 1972年、人口 - 202,776人)
- 北区(施行 - 1972年、人口 - 272,874人)
- 東区(施行 - 1972年、人口 - 254,021人)
- 白石区(施行 - 1972年、人口 - 201,326人)
- 厚別区(施行 - 1989年、人口 - 129,713人)
- 豊平区(施行 - 1972年、人口 - 209,420人)
- 清田区(施行 - 1997年、人口 - 112,777人)
- 南区(施行 - 1972年、人口 - 153,034人)
- 西区(施行 - 1972年、人口 - 207,331人)
- 手稲区(施行 - 1989年、人口 - 137,603人)
教育
交通
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事・名物・名産品