| 種類 | 株式会社 | ||||||||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒105-8001 東京都港区芝浦一丁目1番1号 |
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| 設立 | 1904年(明治37年)6月25日 (株式会社芝浦製作所) |
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| 業種 | 電気機器ダイナブック (東芝) | ||||||||||
| 事業内容 | デジタルプロダクツ 電子デバイス 社会インフラ 家庭電器 (主な製品も参照のこと) |
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| 代表者 | 佐々木則夫 (東芝)(取締役・代表執行役社長) | ||||||||||
| 資本金 | 2802億8100万円 | ||||||||||
| 売上高 | 連結:6兆6545億1800万円 単独:3兆2137億6800万円 (2008年4月1日~2009年3月31日) |
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| 営業利益 | 連結:▲2501億5900万円 単独:▲3276億8900万円 (2008年4月1日~2009年3月31日) |
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| 純利益 | 連結:▲3435億1800万円 単独:▲1231億8600万円 (2008年4月1日~2009年3月31日) |
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| 純資産 | 連結:4473億4600万円 単独:6369億5600万円 |
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| 総資産 | 連結:5兆4532億2500万円 単独:3兆5460億3500万円 |
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| 従業員数 | 連結:19万7718人 単独:33,520人(2009年3月末現在) | ||||||||||
| 決算期 | 3月31日 | ||||||||||
| 主要株主 | 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 7.95% 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 5.16% 第一生命保険相互会社 3.56% |
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| 主要子会社 | 東芝プラントシステム(株) 60.0% 東芝テック(株) 52.4% ウェスティングハウス・エレクトリック |
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| 関係する人物 | 田中久重(創業者) 藤岡市助(創業者) 石坂泰三 土光敏夫 岩下文雄 玉置敬三 青井舒一 川西剛 西室泰三 町井徹郎 岡村正 |
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| 外部リンク | http://www.toshiba.co.jp/ | ||||||||||
| 特記事項:各種経営指標は2009年3月期のもの | |||||||||||
株式会社東芝(とうしば、英称: TOSHIBA CORPORATION)は、日本を代表する大手総合家電、電子部品、電子機器、電気機械の製造メーカーである。
目次 |
東芝は製品の製造からサービスに至るまでの間に、多岐に渡る子会社や関連会社を形成しており、東芝グループの中核に位置する企業である。 東芝の事業は家電や半導体などの他にも、重電機、軍事機器、鉄道車両などの重工業分野にも事業展開をしており日立製作所と比較される事が多く、日立製作所、三菱電機とともに 総合電機メーカー3社と呼ばれる。
東芝の製品は冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器など家電製品の国産化第1号の製品が多い事から、白物家電(冷蔵庫、電気洗濯機、電気炊飯器)のパイオニアでもある。
東芝は、三井グループの構成企業であり、二木会(三井グループ傘下各社の社長会)・月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)・三井業際研究所・綱町三井倶楽部に加盟している。現社長は佐々木則夫。
ブランドタグラインは「TOSHIBA Leading Innovation>>>」(2006年10月2日制定)[1]。
東芝の薄型テレビはハードディスクとネットワークと連携し、テレビの映像を簡単に録画できる液晶テレビ「REGZA」を主軸としこれまで低かった同社の液晶テレビのシェア率を徐々に伸ばしているものの2008年度国内の液晶テレビシェア12%は4位であった。2009年に中国で液晶テレビの不具合が多発し、集団訴訟がおきている[2]。次世代の薄型大画面テレビではSED方式をキヤノンとの合弁会社により共同開発するも東芝の出資会社であることに特許係争先の米Nano-Proprietary社が難色を示し、問題の早期解決を図るため東芝としての出資分をすべてキヤノンに売却した。しかし東芝からの従業員の出向は継続しており、SED方式のテレビは東芝からも発売を行う予定としている。
HDD&DVDレコーダでは2001年に世界に先がけて製品化(RD-2000)を実現し、RD-Styleとして次々と新機種を発売。バグ、動作速度、機能性ともに順次改良されてゆく。その後、地上デジタル放送に対応するためシステムを一新しブランド名をVARDIAに変更。
NECとともにHD DVDを開発、ソニーのBlu-ray Disc(BD)と熾烈な規格争いを演じるが2008年2月19日、BDとの規格争いに破れ撤退を発表。損失処理に必要な金額は、1000億円以上とされている。詳細はHD DVD#東芝のHD DVD事業終息発表後の各方面の動きを参照。
2009年8月10日、BD参入に向けてブルーレイ・ディスク・アソシエーション(BDA)への申請を行っているとされるが、BDに負けたら土下座をすると発言した当時のDM社社長藤井美英の土下座は行われておらず[3]、東芝側から土下座発言についての見解は一切出ていない。
その後、東芝は正式にBD陣営に参入、先にBDドライブ搭載の「dynabook」(ノートパソコン)を発売した。さらに、2010年2月にBlu-ray対応レコーダー「VARDIA」を発売することを発表した。
2003年12月には世界最小となる0.85インチハードディスクドライブを開発。百円玉よりも小さな直径の円盤に数ギガバイトの容量を持つ超小型磁気ディスク装置で、「世界最小のハードディスクドライブ」として2005年版のギネスブックに掲載された。2005年以降の量産を目指し携帯電話などのモバイル機器に利用できる大容量記憶装置として期待されている。 また、自社開発の4ギガバイト0.85インチハードディスクをau向けのCDMA 1X WIN対応携帯電話「MUSIC-HDD W41T」に採用。
オーディオ部門では、かつては「ボストン」や「Aurex(オーレックス)」のブランド名で商品展開をしていたが、撤退した。(その当時から東芝が持っていた音響技術は、更に進化し、現在の東芝製AV機器でも活かされている事は言うまでもない。)現在はハードディスク搭載のMP3プレイヤー、gigabeatをリリースしている。このgigabeatは、内部ソフトウェアにLinuxを使用しており、2002年にGPL違反を指摘され、ソースコードの公開に踏み切っている。また、マイクロソフトが販売しているZune(日本公式未発売)のハードウェアの開発・製造も行っている。
メモリーでは、1985年に世界初となる1メガビットCMOSのDRAMを開発。メモリー開発分野で世界トップとなる。だが、1990年代に入ってから韓国など海外に技術者が流出し、DRAMではサムスン電子にシェアを奪われてしまった。当初は半導体技術者が極秘にサムスン電子に技術提供をしていたが、のちに東芝と契約し技術提供を行い、半導体技術を学び東芝を抜くという皮肉な結果になってしまった。
東芝は舛岡富士雄を中心にフラッシュメモリの開発を進め、1980年NOR型フラッシュメモリを、1986年NAND型フラッシュメモリを発明した企業である。
DRAMでの技術流出の反省からNAND型フラッシュメモリ開発では国内製造で徹底して秘密主義と集中投資の方針を貫き、[4]世界シェア2位の確保に成功(2006-2008年)。[5]iPod nanoなどフラッシュメモリ型オーディオプレーヤーやSDメモリーカードなどへフラッシュメモリを提供している。
CPUでは、ソニー・コンピュータエンタテインメント・IBMと3社共同でプレイステーション2用のCPU「エモーションエンジン」を開発。その協力関係は、現世代機プレイステーション3用のCPU「Cell」開発においても続いている。
電子部品関係では、戦前の1930年頃〜1960年頃まで「マツダ」ブランドが付けられた真空管が業界で一級品とされていた名残からか、とりわけトランジスタなどの個別半導体(ディスクリート)が強く、世界トップのシェアを持つ。
コンピュータに関しては、1950年代に真空管を使用したTACのハードウェア開発を発端とし、TOSBACの名で製品をリリースしていた。
また国策として、日本電気(NEC)と組み、メインフレームの製造(ACOSシリーズ77、実際にはACOS-6シリーズ)を行なっていたが、比較的早い時期にメインフレームの開発/製造からは撤退した。日本電気と共同で設立したSI会社、「日電東芝情報システム」(のちに、NEC東芝情報システム、通称NTIS)で、ACOSシリーズのSI事業を中心にした事業を行なっていたが、2004年4月に東芝との合弁を解消している(但し、あまりにもNTISという名前が知れ渡ってしまっていたため、略称を変更しないで会社名を「NECトータルインテグレーションサービス株式会社」と変更している)。
Unixサーバ・ワークステーションとして、古くからSun Microsystems社の製品をOEMでの販売をしている。大・中規模サーバ系(Sun Enterpriseなど)は UX series、デスクトップサーバ・ワークステーションは AS series というブランドである。ASシリーズでラップトップワークステーションの開発および販売も行っていた。
パーソナルコンピュータでは、8ビット機として「PASOPIA」(パソピア)シリーズ、16ビット機として「PASOPIA16」、独自に日本語化したラップトップ型PC/AT互換機「J3100」シリーズ、ノート型のPCで一世を風靡した「DynaBook」(ダイナブック(現在は「dynabook」)。海外向けはSatellite)を生み出し、1993年から2000年までノートPCシェア7年連続世界1位という偉業を達成した。また、「Libretto」(リブレット)(現在は「libretto」)など、小型のノートPCの分野では現在でも世界的に人気が高く、先日20周年記念モデルが発表発売された。デスクトップPCについては企業向けのEQUIUM(エクィアム)を除き撤退している(個人向けPCのブランドは、「BREZZA(ブレッツア)」であった。)。また、2007年度のノートPC世界出荷台数は1270万台、シェア9.0%、4位となっている。また、小型HDD分野に強く、自社ノートPC以外にも2.5型HDD、1.8型HDDを供給している。最近ではiPodのHDDにも1.8型HDDが採用されている。また、日本語ワープロは同社の青梅事業所(当時は青梅工場)にて国産第1号機 (JW-10) を生み出している。この経緯はNHKのプロジェクトX〜挑戦者たち〜にも取り上げられている。その後、企業向けにTOSWORD(トスワード)、個人向けにはRupo(ルポ)シリーズを販売した(現在は販売終了)。但し東芝製携帯電話の文字変換ソフト「モバイルRupo」として、名称自体は存続している。
東芝グループでの社会・インフラ部門の中核をなしており、東芝グループ内での評価が非常に高く、今後も活躍が期待されている。医療機器関係では、X線CTなどの医用機器のメーカーである。海外メーカー(フィリップス、シーメンス、GE)とともに君臨している。CTの国内シェアは1位であり、世界トップシェアを目指している。 内視鏡部門は2002年4月、フジノンの内視鏡部門とでフジノン東芝。
重電部門では発電用のタービン、発電機、復水器などの大型機器を製造する他、ジェネラル・エレクトリック(GE)社からライセンスを受け日立製作所と共に日本における沸騰水型原子炉(BWR)のサプライヤーとして東京電力をはじめとする日本の発電事業者にBWRを販売しているほか、小型原子炉の開発も進めている。GE社とは核燃料の製造販売や将来型原子炉の共同研究などを通じて深い繋がりがある。
また2005年に発表されたBNFLによるウェスティングハウス(WH)社の原子力部門売却に応札し、三菱重工業などを抑えて落札に成功した。WH社は加圧水型原子炉(PWR)の世界的メーカーとして知られており、発電炉の主流としてPWRを据える欧州などに販路が広がる可能性がある。またWH社からライセンスを得て国内でPWRを販売する三菱重工業との関係が注目される。
防衛省関連の製品として、地対空ミサイルなどを開発・製造している。なお、製造には川崎重工業の協力を得ている。
鉄道車両(ただし電気機関車と、電車用VVVFインバータ制御装置や空調、補助電源、電動機、制御装置、列車選別装置、マスター・コントローラーなどの電装品のみ)も手がけていて、日本では阪急電鉄/阪神電気鉄道(神戸電鉄・北神急行電鉄を除く阪急阪神東宝グループ)などの各鉄道事業者や東海旅客鉄道(JR東海)などのJRグループ各社をメインユーザーとする。とりわけ、補助電源装置において納入実績がとても高い。
電装品では日本では初めてIGBT素子を用いたVVVFインバータ制御装置を製造(営団06系電車を参照)した。また103系(試験用改造車)やE331系などで見られるDDMや同期電動機など新技術の開発も行っている。
府中工場内には103系電車2両が試験用として存在している。
機関車については、過去に電気機関車のEF58形、EF60形、EF63形、EF65形、ED61形(のちにED62形に改造された)、ED72形、ED73形、ED75形などを製造したほか、電気式ディーゼル機関車のDF50にも東芝製が存在した。また、東芝標準型といわれる凸型車体の電気機関車を製造しており、数多くの機関車が各地の私鉄に納入されている。また、中には国鉄に買収された機関車もある。代表的なものでは、ED35形、ED37形などがある。1990年代以降は日本ではEH10形以来の8軸電気機関車・EH500形やEH200形、電気式ディーゼル機関車であるDF200形のインバータ制御装置部、中国やアイルランドなどの日本国外向け電気機関車などを製造している。かつてはJRからED76形電気機関車を譲り受け、1048(とうしば)号と改番し、インバータ制御の試作車として試験を実施したことがあった。この他中国では大連機車車輛(旧・南満州鉄道沙河口工場)と合弁会社を設立する等、積極的に日本国外へ進出している。
また鉄道車両以外では自動券売機や自動改札機などの駅務機器から、電力設備や電子連動装置なども手がけている。
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阪神電気鉄道9300系 阪神電気鉄道では一部の形式で東芝製の制御装置が採用されている。 |
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携帯電話では、自社製の高性能3Dグラフィックアクセラレータ「MOBILE TURBO T4G」(一部のワンセグ対応機種は「MOBILE TURBO T5GP」が搭載される)を多くの機種に搭載している。また、グループ企業である東芝モバイルディスプレイ(旧 東芝松下ディスプレイテクノロジー)社製のポリシリコンTFT液晶ディスプレイもユーザーからの評判が高い。
携帯電話で初めて搭載した機能は、J-フォン(現ソフトバンクモバイル)のJ-T08(2002年12月発売)のQVGA液晶や、auのA5304T(2003年2月発売)のアプリをダウンロードできるBREW、auのW41T(2006年2月発売)の0.85インチHDD、auのW56Tの「KCP+」によるマルチプレイウインドゥ機能がある(2008年2月発売。同社のW56Tの実質的な兄弟機種のソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製端末W54Sと同時発売。ただし日本語入力システムなどの機能が一部異なる。ちなみに「KCP+」の基本ソフトウェア(OS)自体はKDDIテクノロジーおよび三洋電機(大阪、現:京セラ SANYOブランド)との共同開発によるものである)。
現在、NTTドコモ、KDDI/沖縄セルラー電話のauブランド、ソフトバンクモバイル、ウィルコム、イー・モバイルの5つの携帯・PHS全キャリアに端末を供給している。このうち、NTTドコモ向けには、T2101V以降7年間端末供給が途絶えていたが、2009年6月20日にdocomo PRO seriesとして発売されたスマートフォンのT-01Aで供給が再開された。しかし発売直後に一部の地域にダイヤル不具合が発覚し、発売を一時中止することとなった[6]。かつてはツーカー向けにも端末を供給していたが、ツーカーのサービス終了に伴い、供給を停止している。2008年2月には、イー・モバイルにも参入する事を発表した(イー・モバイル向けの第1号機は音声用端末の「H11T」)しており、ドコモへの再参入により、事実上東芝はシャープと同様、携帯・PHS全キャリアに端末を供給する事となった。すでにサービスを終了したキャリア(ツーカー・アステル・ドコモPHS)を含めた全キャリアに供給実績があるのは唯一、東芝だけである。ただし、ドコモに参入していない状態が長く続いたため、2008年上半期時点の国内シェアは5位と低迷している。
ソフトバンクモバイル向け端末には待ち受けキャラクターとして「くーまん」が採用されており、またau向け端末にはW53T以降のCDMA 1X WIN対応端末には待ち受けキャラクターとして「トウシバ犬」が採用され、このうちbiblioとT002に限り待ち受けキャラクターとして「デコレ村ソーダ」が採用されている。
2008年4月よりスタートしたドラマ『ケータイ捜査官7』では、同社製の『SoftBank 815T』が改造され人工知能が付いた携帯電話が登場する。 その後、SoftBankから『フォンブレイバー 815T PB』として発売されている。また、製作にも協力している。
日立製作所がハイエンド機に力を入れているのに対して、東芝は普及型端末からハイエンド(高機能)機まで(ただしau向けの機種は2008年以降の機種よりKCP+の関係もあってか法人向けのE08Tを除き、ほぼ高機能機のみの展開となっている)幅広く手がけている。一方ソフトバンクモバイル向け端末では国際ローミングに消極的な姿勢を見せており、2007年夏モデル以降はスマートフォンのX01T以外の全機種が国際ローミング非対応となってしまった。2008年夏モデルでは3Gローミングのみ対応(GSM非対応)となっている。
PHSはアステルグループとウィルコム(旧DDIポケット)に端末を供給。2001年発売のDL-B01以降供給が止まっていたが2007年にWX320Tでウィルコムに再参入。そちらのUIは日本無線と共通の物となっている。
2009年5月20日、東京都日野市の日野工場での携帯電話製造を同年10月に打ち切り、日本国内での携帯電話生産を終了する事を発表した。また、全機種を海外で生産し、その内自社生産分は、中国で生産するスマートフォンのみとなる。[7]
略号は「T」または「TS」(後者はNTTドコモのPDC端末のみで使用)
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au向け端末・W41T 国内初のHDD(4GB)搭載(2006年) |
au W52T 東芝製初のWVGA液晶・ワンセグ携帯 |
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テレビマスター(東芝では「APC装置」と呼ぶ)を作っており、主にフジテレビ(地上波・BS・CSの3波統合型マスターを導入)やFNN・FNS系列局(NNN・NNSクロスネット局のテレビ大分を含む)、BSデジタル各局を中心に民放局に多数納入している他、放送大学にも納入している。(かつてはNHKにも納入していたが、現在は、地方局のアナログ系テレビ運行装置とラジオ運行装置のみ。)その他、テレビ・ラジオの送信機やサテライト装置(中継装置)なども製造している。かつてはテレビカメラも製造していた。
東芝は日本の電機メーカーではソニーと並んでエンターテインメント分野に積極的に取り組んでいた。そのうち音楽ソフト(レコード)部門は1960年10月1日に東芝音楽工業株式会社として分離独立し、同社は米国のキャピトルEMIの出資を経て1973年10月1日に東芝EMI株式会社と社名を変更した(正式社名は東芝イーエムアイ株式会社)。また、2003年10月1日にアミューズよりアミューズピクチャーズを買収して東芝エンタテインメントと社名を変更し、ワーナー・ブラザーズに資本参加するなど、映画の制作・配給分野にも進出した。かつてはワーナー・ブラザーズと日本テレビの合弁企業「トワーニ」を設立したが、解散している。
東芝は三井グループ内では独立色の強い企業ではあったが、戦前の三井財閥時代から「軽工業や第三次産業(エンターテインメント産業は第三次産業に属する)には強いが、重化学工業には弱い」といわれてきた三井にとって東芝及び東芝傘下の東芝EMIや東芝エンタテインメントを通じてエンターテインメント産業に力を注ぐことは「エンターテインメントに強い三井」のアピールとなるため、2000年代前半までは東芝は三井グループの一員として、この色彩を強めるものと考えられていた。
しかし、その後東芝本体は経営資源を主力となっている半導体事業や原子力事業に集中し、中核ではないコンテンツ・エンターテインメント分野などの事業は他の事業との相乗効果が見られないと判断、切り離す方針を採る。2006年12月にはこの方針と英EMIグループの日本事業強化に伴う株式買い取り提案とが合致し、2007年度上半期中に保有する東芝EMI株をEMIグループに全株売却し、音楽事業から撤退すると発表(譲渡後、同年6月30日付で社名を「株式会社EMIミュージック・ジャパン」に変更)、更に2007年4月には東芝エンタテインメントの全株式を、5月1日付で博報堂DYメディアパートナーズに譲渡すると発表(譲渡後、同年6月1日付で社名を「株式会社ショウゲート」に変更)し、エンターテインメント分野からは完全撤退をすることとなった。
過去に2本、東芝自身が製作委員会に参加したテレビアニメ作品がある(下記参照)
現在は子会社の東芝ライテックに移された事業だが、1890年に日本で初めて一般白熱電球の生産を開始し、また1953年には、国産初の蛍光灯の生産も開始した。とりわけ蛍光灯に関しては1954年の丸形蛍光灯「サークライン」、1980年の電球形蛍光灯「ネオボール」に代表される新しいタイプの商品を多く生み出している。また、NHKと共同で蛍光灯の電波妨害を防止する技術も開発している。
東芝は2008年4月、東芝ライテックと共に、2010年を目処に一般白熱電球の製造・販売を中止する予定であると発表した。ただし、ミニクリプトンランプ、ハロゲンランプ、反射型ランプなど、現在の電球形蛍光灯やLED照明等に置き換えができないものは除くとしている。また、調光用途等に一般白熱電球を使用する顧客向けに、当面少量の販売を継続するとも発表した。
なお、この電球製造中止予告を取り上げた企業広告シリーズ「電球への思い」編が、第38回フジサンケイグループ広告大賞のメディアミックス広告大賞を受賞した。
家庭用扇風機は、主に工作のしやすさを理由として、長く3翅のものが主流であった。三角形に由来する形状は、四角形に由来するそれに比べて、歪みを取る事が容易で、中心点を取り易いメリットがあった。
東芝は、よりモータの出力を効率的に使えるとして、1970年末期より、一部の特殊な機種を除き、4翅へと変更、「4枚羽の東芝」のキャッチコピーで、他社の製品より優れているイメージを前面に押し出した。定格回転数を下げることにより、モータ発熱の抑制、静粛性を高める事が可能であった。反面、交流モータの制御が未熟であったこの当時、歪みによる回転特性の悪化というデメリットもあったが、この時期以降、日本の部品製造精度が諸外国に比べて飛躍的に高まった為、問題とはならなかった。
現在、電子運転制御によるよりきめ細やかな制御が可能となったことから、これに対応する為、他社では一枚あたりの面積を削った5翅プロペラが主流となったが、東芝製扇風機は宣伝上の意味を失った現在でも、4翅プロペラを踏襲している。 現在の工場は主に中国であり、設計・製造は東芝ホームテクノが担当している。
戦前の芝浦製作所時代のものが現在でも多数現存しており、骨董家電として人気が高い。
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※は筆頭提供スポンサーの時のクレジットに使用していたもの
1970年代〜1980年代には、松下電器(現:パナソニック)のテーマソング「明るいナショナル」に対抗して「光る東芝の歌」のテーマソングが東芝日曜劇場(現:日曜劇場)などの東芝一社提供スポンサー番組の冒頭に流れていた。現在でも、社会人野球の応援歌として使用されている。
2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会のパソコン、PCサーバーなどのIT機器の提供、その保守体制の構築をサポートする「オフィシャルITパートナー」(東芝の「オフィシャルITパートナー」は2002年開催の日本・韓国大会に引き続き2大会連続)である。また、2007ラグビーワールドカップでも「オフィシャルエレクトロニクススポンサー」を務める。さらに、2009年10月29日に開かれた、プロ野球ドラフト会議では、初の冠協賛企業となっている。一方で、かつてはオリンピックのスポンサーに立候補していたものの、全て松下電器(現パナソニック)に権利を奪われたという前歴がある。
2007年6月、東芝テックが、ポイントカード業務を請け負っていた松坂屋ストアとパレ(ともに名古屋市)の顧客情報(住所、氏名、電話番号、会員番号など)合計3万0901件を、ファイル交換ソフトshareによりウィルス感染、インターネット上に流出させた。また、2006年、東芝のWinny経由のウィルスによる情報流出のほか、東芝ファイナンス、東芝ソシオシステムサポートなども顧客情報流出事件を起こしているほか、2007年8月、東芝病院(東京都品川区、太田裕彦院長)では、患者ら5万1156人分の氏名や生年月日、検査データなどが入ったノートパソコンが行方不明となっている。
東芝が東京電力、東北電力から原子力発電所の定期点検を請け負った際、18歳未満のアルバイト6名が原子力発電所内の放射線管理区域で働いていたことが明らかになった。6名はいずれも住民票を偽造するなどして就労していた。東京電力福島第一原子力発電所、東北電力女川原子力発電所・東通原子力発電所の3発電所の定期点検にて、東芝の下請け会社が6名のアルバイトを働かせていたためだが、こうした行為は、下請け企業の労働基準法違反である。
詳細は「東芝の労働事件」を参照
2009年5月21日、日本共産党の仁比聡平により、東芝の関連会社が契約社員を不当に扱っていると指摘を受ける[8]。
2009年7月2日、東芝と子会社の東芝メディカルシステムズによる11億円の所得隠しが発覚し、追徴課税を約4億5000万円支払うこととなった[9]。
「東芝クレーマー事件」も参照
1999年に東芝製ビデオデッキの不調を訴え、修理を依頼したところ、東芝の担当者は、購入者に対し「クレーマー」と暴言を吐いた。暴言を録音した音声がWEBサイト上で公開されたことから、多数の消費者の共感と同情を得て、不買運動へと発展した。
西室泰三会長が議長を務める地方分権改革推進会議の運営をめぐり、鳥取県の片山善博知事は2003年6月9日、西室議長の議事運営について「民主的ではない。地方に対し悪意に満ちている」と厳しく批判した上で、東芝との取引見直しを指示したことを表明した。余談だが、鳥取県は三洋電機の山陰地方の拠点として有名(三洋電機コンシューマエレクトロニクス(旧社名:鳥取三洋電機))。
創業者の一人、初代田中久重(1799年-1881年)は、からくり人形「弓曳童子」や和時計「万年時計(万年自鳴鐘)」などを開発し、「からくり儀右衛門」として知られる。 初代久重が東京・銀座に工場(諸器械製造所)を興し、弟子であり養子の田中大吉(後の2代目久重(1846年-1905年)が東京・芝浦に移転させた。 この工場の技術者の中に、後の沖電気創業者・沖牙太郎や池貝創業者・池貝庄太郎、宮田工業創業者・宮田栄助らがいた。
※複数社提供TV番組のみ
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