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松山市(まつやまし)は、愛媛県の中部に位置する中核市。同県の県庁所在地であり、四国地方で最大の人口を有する。
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中四国で政令指定都市である広島・岡山両市に次いで第3位の人口を有し、全国市人口(都特別区含)で第25位の人口を持つ。四国においては最大の都市であると同時に、総務省統計局の定義による都市圏としては四国で唯一[1]の掲載となる松山都市圏の中心都市であり、中核市にも指定されている。松山城を中心に発展して来た旧城下町で、道後温泉で有名な古くからの温泉地であり、「国際観光温泉文化都市」の指定を受けている。また、俳人正岡子規ゆかりの町であり、俳句や小説『坊っちゃん』『坂の上の雲』などで知られる文学の街でもある。キャッチフレーズは「いで湯と城と文学のまち」。
コンパクトシティ構想により、様々な文化施設が集中して立地している。中規模都市レベルの市街地を有し、道後温泉、松山城、松山総合公園、子規記念博物館、伊予かすり会館、伊丹十三記念館など多様な文化的観光スポットがある。また、スポーツ施設も充実しており、特に松山中央公園には最新設備を導入した坊っちゃんスタジアム、プール設備、競輪場などが密集している。しかし松山城の景観保護の目的のために建築物の高さ制限を行っている[要出典]ことから高層ビルがないため、都市景観はその集積度に比較して地方都市の様相に類似している。なお、市の南部および伊予郡砥部町にかけては、とべ動物園やえひめこどもの城、愛媛FCの本拠地であるニンジニアスタジアムを含む愛媛県総合運動公園など広大な県営の施設群もある。
2005年(平成17年)1月1日、北条市および温泉郡中島町を編入した結果、人口51万人を突破し、その後も微増傾向にある。中心市街地は旧温泉郡に属する。※松山市の繁華街も参照・
松山市は西に瀬戸内海(伊予灘及び斎灘)に面しており、北と東は高縄半島の山々、南は四国山地の一支脈である皿ヶ峰連峰に接している。松山平野の大部分を占めるほか、三坂峠のすぐ下の山間地から、旧・中島町の島嶼部に至るまで広い面積を有するようになった。
典型的な瀬戸内海式気候であり、年中温暖(年平均気温:16.1℃)で降水量が少ない(年降水量平年値:1303.1mm)。四国の他の3県と違い、春から夏にかけて降水量が多く、梅雨の時期にあたる6月が最多である。台風の来襲も南予や四国の反対側の徳島市に比べるとかなり少ない。
冬期は四国のどの県庁所在地よりも降雪日数が多くなる。九州の日本海側にある雪雲が関門海峡を抜け、松山付近までやってきて雪を降らせる。
※市制施行以前の歴史については道後温泉・松山城 (伊予国) を参照。
松山市では、過去いずれの合併も隣接地を編入してきたことや、市長の方針から編入合併を原則としてきた。合併以前の人口は約47万人であったが、政令指定都市の指定基準は(運用上は)おおむね100万人以上[2]とされていたため、考え得る周辺市町村の全てを編入合併しても同指定基準を満たすことはできず、人口増加を理由とした規模の拡大については積極的な動機に乏しかった(仮に、(新)今治市と合併した場合は人口が同指定基準に達するが、この場合は市域が1,000km²近くに拡大するほか、市街地も大きく2分してしまうという問題があった)。
市は、合併協議に入る前の条件として事務の類似性などの3条件を示した。結局、北に隣接する北条市と航路で結ばれた温泉郡中島町を編入合併することとなった。なお合併にあたっては、北条市に対しては北条スポーツセンターの扱いを、中島町に対しては汽船事業や病院事業の民営化などの条件を提示している。
市民サービスセンター(三越松山店・フジグラン松山・いよてつ髙島屋)においては、土休日でも各種証明書の交付や、簡単な市民相談などの業務を行っている。また、年中無休のコールセンターでは市役所での手続きなどの問い合わせに対応している。このほか、ふるさと納税に対応した寄付を呼びかける部署もある。
明治から昭和にかけて松山市には、日露戦争、上海事変、沖縄戦で活躍した松山歩兵第22連隊が松山城三之丸の堀之内に練兵場を構えていた。第22連隊は、温和で堅実な愛媛県人の特質を評価され、劣勢な戦況においても適切な防御戦闘を奮うと定評があった。また、第二次世界大戦末期には本土防空に奮戦した源田実大佐麾下三四三航空隊(2代目。通称:「剣」部隊)が海軍吉田浜飛行場(現・松山空港)に所属したことが有名である。
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みかんに代表される農業や、日本最古の道後温泉や日本有数の現存天守を有する広大な松山城などを中心とした観光業、化学繊維を中心とした製造業などが基幹産業である。空港や港湾付近の沿岸部には工業地帯が広がり、帝人グループ最大の生産拠点を擁するなど、工業生産額は四国地方で上位となっている。
情報・通信については、四国を統括している主要な機関として総務省四国総合通信局、NTT西日本愛媛支店、日本郵政四国支社、NHK松山放送局(四国統括局)等があり、その関連で情報通信の基盤整備も進んでいる。
四国最大の人口を持つ都市として、サービス業など第三次産業も発達しており、周辺の市町をも圏域とする利便性の高い商業集積が見られる。また、四国でも数少ない人口増加中の都市であるほか、瀬戸内海を挟んで広島大都市圏との交流も盛んである。国土交通省の生活圏間流動(2005年)[3]の中でも、松山を出発地とする目的地別順位では広島が1位(398万人/年[4])となっており、広島との交流の多さがデータでも見て取れる。
データは2005年[要出典]。
※松山市の繁華街も参照。
愛媛県内を放送対象地域とするテレビ局はNHKほか民放が4局あり、テレビ東京系列以外のキー局系列の番組が視聴可能である。また、NHK松山放送局は四国4県の基幹局となっている。
地上デジタル放送は行道山送信所において2006年(平成18年)10月1日に放送開始したが、その準備段階として、同年6月21日午前10時から「映像の再生に必要な制御信号を含めた試験電波」の発射を開始したのに続き、8月4日からは「地上アナログ放送と同一番組の試験放送」を開始していた。
| 放送局名 | アナログ放送 | デジタル放送 | |||||||
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| チャンネル | 開局 | 空中線電力 | 送信所 | リモコンキーID | チャンネル | 空中線電力 | 送信所 | ||
| NHK松山第1 | 963kHz | 1941年(昭和16年)3月9日 | 5kW | 針田町 | |||||
| NHK松山第2 | 1512kHz | 1946年(昭和21年)9月1日 | |||||||
| 南海放送ラジオ | 1116kHz | 1953年(昭和28年)10月1日 | 井門町 | ||||||
| NHK松山FM | 87.00MHz | 1969年(昭和44年)3月1日 | 1kW | 城山 | |||||
| FM愛媛 | 79.70MHz | 1982年(昭和57年)2月1日 | 行道山 | ||||||
| NHK松山総合 | 6 | 1957年(昭和32年)5月29日 | VHF5kW | 城山 | 1 | 16 | 1kW | 行道山 | |
| NHK松山教育 | 2 | 1962年(昭和37年)6月1日 | 2 | 13 | |||||
| 南海放送 | 10 | 1958年(昭和33年)12月1日 | 4 | 20 | |||||
| テレビ愛媛 | 37 | 1969年(昭和44年)12月10日 | UHF10kW | 行道山 | 8 | 27 | |||
| あいテレビ | 29 | 1992年(平成4年)10月1日 | 6 | 21 | |||||
| 愛媛朝日テレビ | 25 | 1995年(平成7年)4月1日 | 5 | 17 | |||||
NHK松山放送局と南海放送は市内中心部に、他のテレビ局は比較的郊外に立地[5]している。
松山港からは中国(特に広島へはスーパージェットなどが頻繁に運行されている)・関西・九州地方への航路が開かれ、松山空港からは東京・大阪など日本国内のほか大韓民国・中華人民共和国への定期便が就航している。また高速道路やJR四国の予讃線などもあり県外・県内の移動の拠点となっている。このほか市内には、伊予鉄道の路面電車や路線バスが多数運行されている。
貨物輸送ではJR貨物の貨物駅や運送会社の支社・営業所などが立地している。
伊予銀行や愛媛銀行などの地元金融機関の本店・支店のほか、都市銀行や近隣県に本店を置く地方銀行の支店・ATMが設けられている。また、四国の直営店の統括機能を有するゆうちょ銀行松山支店も立地している。
多くの保険会社の支店・営業所がある。また近年は大手保険会社の集中事務センターの誘致に成功[要出典]している。
四国に本店を置く地方銀行・第二地方銀行すべてが市内に支店を持っている[6]。また、都市銀行は長らくみずほ銀行のみ設けられていたが2009年1月、三井住友銀行の支店が開設された。
本店・本社を置く証券会社
支店を置く証券会社
3000年の歴史を有するといわれ、文献上、日本最古である道後温泉や日本で最後の完全な城郭建築(現存天守)である松山城、四国八十八箇所の一つである石手寺など観光施設が豊富であり、多くの観光客を集めている。また、しまなみ海道開通時には、しまなみブームと呼ばれるほど観光客が増加した。2008年度の推定観光客数は504万5千人(前年度比0.6%減)、宿泊客数は79万4千人(同2.9%減)[7]となっている。
松山の見どころを巡回する「マドンナバス」が、完全予約制で毎日運行されている。また、松山城や道後温泉本館などの入場券と一日乗り放題の市内電車や中心部のバス路線の乗車券がセットされた「松山城下めぐりきっぷ」が伊予鉄道から発売されている。
観光に関する問い合わせに対応するため、財団法人松山観光コンベンション協会が年中無休の電話窓口を設けている。
このほか、県や市のスポーツ施設も多数あり、プロ野球公式戦などが年に数回行われる。
松山市の人口が増加していることもありマンション需要が伸びているため、不動産会社が次々マンションを建設している。またオフィスビルの需要も、コールセンター等の進出で伸びており、ビル建設も増加している。
近年、市内の高校が定員超過となっているほか、私立の中高一貫校では受験競争が激化する兆候がある[要出典]ことなどから、日能研、東進衛星予備校、ITTO個別指導学院、明光義塾などの全国規模の塾や予備校が進出し、市内の小規模塾や大手塾(寺子屋グループなど)と競合している。
支店を置く保険会社
空港や港近郊の沿岸部には工業地帯が広がっている。化学繊維、石油化学、トラクターなどの農業用機械製造、電気機械器具製造、ボイラー・水処理関連機器等の機械製造業、その他機械部品製造が主要な製造業である。
ウンシュウミカンの生産が盛んで、イヨカンの代表的な産地の一つでもある。特産品・伝統工芸として、姫だるま、竹細工(日本三大産地)、伊予絣(同)、油揚げ(松山揚げ)などが有名である。
松山は、夏目漱石の小説『坊っちゃん』の舞台になっている。この小説は、漱石自身が松山中学(現在の愛媛県立松山東高等学校)に赴任した時の体験を下敷きとしている。松山赴任時、漱石は大学予備門で同窓だった正岡子規との交流も持った。
漱石は『坊っちゃん』で、松山を「不浄な地」(新潮文庫版131ページ)としているなどかなりひどく書いているが、実際は明治時代の地方に対する世論の考え方を反映したもので、単に松山を批判したものではない。漱石自身も松山中学では非常に優遇されており、小説の内容と自身の体験談とが必ずしも一致したものとはいえない。松山市及び市民は観光の一つとしている他、今日でも松山には「坊っちゃん」や「マドンナ」の名が付いた施設や商品が多い。
近年は「坂の上の雲」(歴史小説)を軸としたまちづくりも進められ、司馬遼太郎記念財団認定商品も販売されている。
記紀の古より湧き続ける道後温泉に代表される温泉が市内各所で湧いており、源泉から離れた銭湯も引き湯で温泉を入れている所も数多くある。
松山は能楽が盛んであり、市内に能楽堂がいくつかある。
※観光の性格が濃い祭事・イベントは、#観光の節も参照。
野球
サッカー
国の文化財を挙げる。
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| 松山市と全国の年齢別人口分布 | 松山市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 松山市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
※小児の夜間の急病に対応するため、松山市保健所の隣に松山市急患医療センターが設置されている。
市内にはかつて62の小学校があった。しかし、近年児童数の減少により統廃合が目立っている。なお、太字の学校は登校時に制服もしくは標準服の着用が義務付けられている。
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松山市では、規定を満たし採用された大学・短大へ進学希望する者に貸与される奨学金制度「松山市奨学生」が設けられている。
など
四国最大の人口を有する都市として利便性の高い各種の運輸手段があり、特に空港利用者数は四国最多であるほか、中四国でも広島空港に次ぐ実績を有し、年々増加の傾向にある。また、人口50万強という人口規模としては利便性の高い公共交通機関が伊予鉄道の電車・バスを中心発達しており、市内の主だった拠点の多くに公共交通だけでたどり着くことができる。このほか、比較的コンパクトな中心市街地を自転車で移動する希望者に対応するため、有料の観光レンタサイクルポート(JR松山駅前・大街道商店街・松山城ロープウェイ東雲口駅舎・道後温泉駅前)も開設されている。他にも観光振興策の一環として、2007年7月から原動機付自転車を対象に「道後・松山市」の雲型ナンバープレートを発行している。
就航している会社(コードシェアを含む)
東京(羽田)、名古屋(中部・小牧)、大阪(伊丹)、福岡、鹿児島、沖縄(那覇)の各空港への路線が就航している。
過去には札幌(新千歳)、大阪(関西)および熊本の各空港への路線が就航していた。
大韓民国のソウル(仁川)および、
中華人民共和国の上海(浦東)の各路線への航路が就航している。なお、国際定期航路が複数就航しているのは四国地方で唯一となっている。
JR予讃線松山駅は中心市街のやや西寄りにあることもあり、市街の中心により近い伊予鉄道の松山市駅(通称:市駅)が中心駅の役割を担っている。同駅からは同鉄道の郊外線が3方向に発着しているほか市内電車(軌道)の拠点停留所にもなっている。さらに、都市間高速バスを含む路線バスの発着点でもあるなど、公共交通の一大拠点を成している。
このような立地や拠点性に差異が生じた経緯の一つとして、現在の市駅が1888年(明治21年)に開業したのに比べ、国鉄予讃本線(現・JR予讃線)が松山駅まで延伸したのは1927年(昭和2年)と遅かったことが挙げられる。なお、市駅はもともと松山駅を名乗っていたが、国鉄松山駅が開業することになったさいに駅名を改称させられた経緯がある。※詳しくは、松山市駅#歴史を参照。
なお、四国内各駅の乗降客数順位(JRおよび私鉄各社を含む)は、松山市駅・高松駅・徳島駅・松山駅の順となっている。
現在、2017年に開催が予定されている愛媛国体にむけて松山駅の高架化や貨物駅の移転などの事業が行われている。
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伊予鉄道により市内各地に路線バス網が張り巡らされている。ちなみに15分間間隔以上で運行されている一般バス路線は四国地方では松山市以外には存在しない。
また、他社により宇和島・大洲・久万高原・今治・西条・新居浜などの県内各都市へ向かうバス路線も開設されている(南予方面は一部高速道路経由)。
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松山自動車道やしまなみ海道の開通により、高速バスも市内に営業所を持つ乗合3社(伊予鉄道、JR四国バス、宇和島自動車)とその共同運行会社により多数運行されている。松山の発着場所は伊予鉄道とJR四国バスおよび共同運行便でない場合、松山市駅または松山駅のいずれかのみになることがある。
近年は、2008年秋の福岡線開設、2009年1月の名古屋線2往復化(既存のJRバス以外に伊予鉄道が参入)および、同年7月には従来松山市内では客扱いをしていなかった宇和島自動車の横浜・池袋・大宮線が同社松山営業所に停車するようになるなど、路線網の充実が著しい。
道路交通は、国道11号、国道33号、国道56号、国道196号が松山市中心街に集中し、広域的な交通拠点ともなっている。松山自動車道のインターチェンジ(松山IC)は市の南部、国道33号線の伊予郡砥部町寄りにある。
瀬戸内海に面した都市であるため、本州や九州および離島とを結ぶ旅客航路が充実している。また四国最大の工業港(松山外港)を有し、多数の貨物航路も寄港している。松山港は定期旅客航路数・定期コンテナ貨物航路数共に四国一の規模を誇る。
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※旧・中島町の観光地等については、忽那諸島を参照。
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This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. Last update: 2010年3月21日 16:15:20:JST