| 松田聖子 | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | 蒲池法子 |
| 出生 | 1962年3月10日(48歳) |
| 血液型 | A |
| 学歴 | 久留米信愛女学院中学校・高等学校〜堀越高等学校卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | アイドル歌謡曲 ポップス J-POP |
| 職業 | シンガーソングライター、女優 |
| 活動期間 | 1980年 - 現在 |
| レーベル | CBS・ソニー→ソニーレコード (1980年 - 1995年) マーキュリー・ミュージックエンタテインメント→キティMME (1996年 - 2001年) ソニー・ミュージックレコーズ (2002年 - 2008年) ユニバーサルシグマ (2009年 - ) |
| 事務所 | ファンティック |
松田 聖子(まつだ せいこ、1962年3月10日 - )は日本の歌手、女優、実業家である。
目次 |
本名:蒲池法子(かまちのりこ)。1985年以降は神田法子(かんだのりこ) ※1997年の離婚後は生家の蒲池姓に戻るはずだったが、神田姓にしたことについてはエピソードの婚氏続称を参照のこと。
所属事務所はファンティック。福岡県久留米市荒木町出身。身長160cm。体重42kg。血液型A型(身長・体重は公式サイト08.12.25のデータより)。
松田聖子は1980年代を代表するアイドル歌手である。1970年代を代表するアイドルだった山口百恵(1950年代後半生まれ)が引退した1980年に、「サンデーズ」より「裸足の季節」でレコードデビュー。間もなくヒット曲を連発し、髪型「聖子ちゃんカット」や生き方に関しても話題を集めた。大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2007年2月)となっており、「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。
歌手としては1980年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコンシングルチャート(週間)1位を獲得。この記録は現在では抜かれてしまったが、まだ記録意識の無い頃のものだっただけに記録を意識した最近のものよりもそのエポック性は高い。
楽曲の制作に松本隆、財津和夫、呉田軽穂(松任谷由実)、大瀧詠一、大村雅朗、細野晴臣、南佳孝、尾崎亜美、矢野顕子、佐野元春、玉置浩二、安藤まさひろなどといった一流のメンバーが関与していたのもさることながら、「キャンディ・ボイス」と言われる松田聖子ならではの歌声と表現力が多くの人を魅了してきた。
他に、大江千里、小室哲哉、土橋安騎夫、奥居香(現:岸谷香)、いまみちともたか(チャックムートン名義)、米米クラブといった当時のソニー系若手ミュージシャンたちも作曲に起用されている。
アイドル時代の人気は圧倒的であり、様々な伝説を残した。当時の人気の高さを端的に示す言葉としては「聖子ちゃんカット」と「ぶりっ子」が挙げられる。聖子ちゃんカットとはその名の通り、彼女の髪型を真似た髪型であり、当時の若い女性の間で大流行した。そればかりか、当時の女性アイドルの写真を見ると、どれも多かれ少なかれ松田聖子の影響を受けた髪型やファッションとなっているのがわかる。「ぶりっ子」とは、当時の人気漫才コンビの春やすこ・けいこや山田邦子が、聖子が意識的に自分をかわいく見せようとしていることをからかった言葉であり、当時の流行語にまでなった(詳細は本項の#エピソードの節、及びぶりっ子の項目を参照)。
1985年に俳優の神田正輝と結婚し、一時休業するが間もなく復帰。現在も歌手としての活動を続けている。神田正輝との間に生まれた長女はSAYAKA(現:神田沙也加)として歌手デビューしており、現在はミュージカルや舞台女優として活動。
1990年代に入ると、作詞、作曲やアルバムのプロデュースにも自ら取り組むようになり、アイドル歌手ではなく、いわゆる「アーティスト」、あるいはシンガーソングライターとしての活動を展開していく。幼少時からピアノを習うなど、もともと音楽家としての基礎的な訓練を受けていたことが、彼女の1990年代以降の活動の下地となったと思われる。作詞、作曲に関してはアイドル時代から手がけており、アルバム『ユートピア』では「小さなラブソング」を作詞、アルバム『Canary』で同名曲を作曲したのをはじめ、「とんがり屋根の花屋さん」(アルバム『SEIKO・TOWN』)、「時間旅行」(アルバム『SUPREME』)などの曲を作曲している。
1990年代のアルバム『1992 Nouvelle Vague』から『FOREVER』までの6枚はセルフ・プロデュース、全曲作詞作曲が基本となり、シングル曲でも「きっと、また逢える…」「大切なあなた」「輝いた季節へ旅立とう」「さよならの瞬間」などをヒットさせる。特に、1996年発表の「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」は、彼女自身シングルで初めてミリオンセラー(100万枚突破)を記録し、現時点で最大のヒット曲となった。また、この時期には「私だけの天使〜Angel〜/あなたのその胸に」(1997年)など、長女への母性愛をテーマとした楽曲もいくつか発表している。
作詞家としては、極めて個人的な感情を赤裸々にさらけ出す歌詞、あるいは非常に前向きな歌詞を書くことが多い。その一方、作曲家としては長調の曲を好む傾向がある。また、最大のヒット曲「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」が典型であるが、同主調や平行調、あるいは属調や下属調などの近親調に転調することをアクセントに使うことが多い。
また松田聖子は『ディナーショーの女王』として知られ、そのチケットは女性歌手の中では最も値段が高い部類に入る。東京のグランドプリンスホテル新高輪やホテルニューオータニ大阪の48,000円のチケットは即日完売で、名古屋会場では4人セットで220,000円という価格のものも存在するほどである。
最初はアイドル歌手、そして音楽家として活動を続ける松田聖子であるが、デビューから四半世紀を過ぎ、結婚、出産、二度に渡る離婚を経てもなお、「アイドル」というスタンスを保ち続けている稀有な存在である。
2007年4月9日、「松田聖子的生き方」とそれに共感する同世代の女性たちに焦点を当てたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル『松田聖子 女性の時代の物語』が放送され、放送後も『朝日新聞』の天声人語(4月15日付)にも取り上げられるなど話題を呼んだ。同番組によれば、現在ファンの中心となっているのは「雇用機会均等法」世代の30代〜40代の女性であり、女性ファンの多さは「松田聖子的生き方」に共感する者が増えたためであるとしている。
一方で、嫌いな女性著名人のアンケートで上位になることも多かった。週刊誌『SPA!』では「1998年度の男が許せない女」1位、『週刊文春』では「2005年度女が選ぶ嫌いな女」5位となった。
また、著名人にも熱狂的なファンを持っており松たか子、高嶋ちさ子、中川翔子(母親もファン)、石橋貴明、中居正広、山咲トオル、岡村靖幸、平井堅、角田信朗、YOU、藤井隆、はるな愛、米良美一、上原さくら、大林素子、森永卓郎、クリス松村、渡瀬マキなどが松田聖子ファンであることを公言している。
日本人でアメリカのビルボードTop100にチャートインしたアーティストとしては3番目の順位である。Right Combinationが最高位54位。(1963年-坂本九「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」1位、1979年-ピンク・レディー「Kiss in The Dark」37位。)
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