洗濯機(せんたくき)は、洗濯を半自動または全自動で行う機械。洗濯槽の回転を手動で行う手動式洗濯機も存在する。現代の日本においては、単に「洗濯機」と言うと「電気洗濯機」を指すことが通例である。家事労働の省力化に貢献し、日本の近代化を支えてきた機械の一つである。なお、本項は、特段の断りが無いものは主に家庭用の洗濯機についての記述である。
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電気式洗濯機は1908年、アメリカで発明され[1]、日本国産第一号は1930年に東芝の前身である芝浦製作所から販売された[1]。その後、1953年に三洋電機から現在の洗濯機の原点とも言える噴流式洗濯機が低価格で発売され[2]、一気に普及した。
白物家電と呼ばれている家電製品の代表格である。他の白物家電の例に漏れず、日本では一部の高付加価値製品を除き、アジア圏での海外生産品が多数を占めている[3]。
固定資産としての法定耐用年数は6年だが、家庭での平均的な使用年数は8.4年[4]である。テレビ受像機、エアコン、冷蔵庫とともに2001年より家電リサイクル法の対象となり、廃棄する場合には、適切な処理が義務付けられ、粗大ゴミとして処分できなくなった。
一部では農作物や、タコなどの魚介類を洗うために使われることも多い[要出典]が、故障を誘発する原因となるのであまり推奨されない使い方である。
| ドイツの野外博物館での手回し式洗濯機の実演 |
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洗濯には布をこする必要があり、そうすることで汚れを布から浮かせ、石鹸を布地に浸透させる。以前は川縁の岩に衣類を打ち付けたり、こすったりすることで洗濯していたが、その後波状の溝をつけた洗濯板が使われるようになった。古代ローマでは、"fuller" と呼ばれる人たちが発酵した尿などの入ったバケツに洗濯物を入れ、それを足で踏んで洗濯した[5]。
洗濯という重労働を何とか低減させるため、洗濯する機械が開発されてきた。最初は、容器に水や洗濯物を入れ、容器ごと手で回し、中身を攪拌する方式だった。電力が欧米で普及するのは1930年代で、それ以前には1気筒の低速なガソリンエンジンなどがよく使われていた。
洗濯はお湯を使った方が汚れが落ちやすい。石鹸の入ったお湯は貴重だったため、そのまま何度も再利用されていた。まず汚れの少ない衣類を洗い、徐々に汚れのひどいものを洗っていく。初期の洗濯機は木製だったが、金属製のものができると、洗濯槽を下から火で加熱できるようになった。このため、一日中洗濯しても洗濯水を暖かく保つことができた。
イングランドでは、1691年に初の洗濯機および脱水機に類する特許が成立している[6]。また、1752年1月の "The Gentlemen's Magazine" というイギリスの雑誌に初期の洗濯機の絵が掲載されている。ドイツでは Jacob Christian Schäffer が洗濯機を考案し、1767年にその設計が出版されている[7]。1782年には、イギリスで Henry Sidgier が回転ドラム式洗濯機の特許を取得している。
洗濯後、洗濯物から石鹸水を除去する工程は全く別の工程だった。元々はびしょぬれの衣類を手で絞っていた。この仕事を助けるため、2つのローラーにばねで力をかけ、そこに衣類を通してローラーを手で回すという手絞り機(または手回し脱水機)が開発された。これには1枚ずつ衣類を入れてやる必要があった。元々は独立した機械だったが、洗濯機に組み込まれるようになり、搾り取った石鹸水が洗濯槽に戻って再利用できるような構造になった。
アメリカ合衆国では1797年、ニューハンプシャー州の Nathaniel Briggs が "Clothes Washing" と題した特許を取得している。特許事務所が後に火事で焼け落ちたため、彼が具体的にどういう発明をしたのかは分かっていない。洗濯機に手絞り機を組み込んだものは、1843年セントジョンの John E. Turnbull が取得した "Clothes Washer With Wringer Rolls" という特許が最初である[8]。
回転による脱水が一般化するのは、電動機が開発されてからである。回転で脱水するには高速で強力な回転力が必要であり、脱水機は洗濯機とは別の装置として作られた。洗濯した衣類を洗濯槽から脱水槽に移して脱水していた[9]。このような初期の脱水機は、中身が偏っていると脱水槽自体が危険なほど揺れるという問題があった。この揺れをなんとかしようと様々な試みがなされている。まず、若干のアンバランスを吸収する緩衝フレームが考案され、さらに激しい揺れを検出して脱水機の回転を止める機構が考案された。この場合、人間の手で中身を均等にして再度脱水する。最近では、液体を封入した環を使い、それを脱水槽と同時に回すことで全体としてバランスが取れるようにしていることが多い。
電気洗濯機は20世紀初めにアメリカで登場している[10]。アルバ・ジョン・フィッシャーが1910年に電気洗濯機の特許を取得しており[11]、電気洗濯機の発明者とされることが多いが、フィッシャー以前にも電気洗濯機の特許が存在していた[12]。
アメリカでの電気洗濯機の年間販売台数は1928年には913,000台に達した。しかし、世界恐慌が発生したために販売台数が減少し、1932年には出荷台数が約600,000台となっている。洗濯機の設計は1930年代に改善が進み、安全性を考慮して電動機などの機械が筐体に覆われるようになった。1940年には、アメリカの電力供給を受けている2500万戸の60%が電気洗濯機を所有していた。
いわゆる全自動洗濯機は、洗濯槽と脱水槽が1つになり、水の出し入れが自動化され、洗濯から脱水まで自動的に行うようになっている。1937年、ベンディックスが初の全自動洗濯機の特許を取得し[13]、それを使った洗濯機を同年発売した[14]。この洗濯機は現代の全自動洗濯機の基本機能は全て備えていたが、サスペンション機構がなかったため、動き回らないよう床に固定する必要があった。
第二次世界大戦中、アメリカ国内の洗濯機メーカーは軍需に徴用されたが、全自動洗濯機の開発は続けられ、戦後間もなく全自動洗濯機を発売した。ベンディックスは1947年、改良型の Bendix Deluxe(当時249.50ドル)を発売。ゼネラル・エレクトリックも同年、全自動洗濯機を発売している。他社も1950年代初めまでに次々と全自動洗濯機を発売している。中には2槽式で、洗濯槽から脱水槽に洗濯物を手で移さなければならない半自動洗濯機もあった。
電気掃除機で知られるフーバー社は、マイコン制御が登場する以前にカートリッジ式で洗濯パターンをプログラム可能な全自動洗濯機 Keymatic を製造していた。洗濯機のスロットにプラスチック製の鍵状のカートリッジを挿入すると、それにしたがって洗濯パターンを決定するものである。しかし、ダイヤル式で設定する他の洗濯機に対して特に優れているわけでもないため、成功したとは言い難い(カートリッジは失くしやすいという問題もあった)。
初期の全自動洗濯機は機械式タイマーを使い、タイマーシャフトに一連のカムがあり、様々なスイッチを時間で操作していた。1950年代、これが電子式タイマーになり、設定の自由度が格段に向上した。
ヨーロッパでは1950年代まで電気洗濯機は一般化しなかった。これは、第二次世界大戦の戦禍により、ヨーロッパの消費者市場が1950年代後半まで回復しなかったためである。当初はローラーによる手絞り機構付きの電気洗濯機が主流だった。1960年代には2槽式が主流となった。全自動洗濯機が主流となったのは1970年代になってからのことである。
初期の全自動洗濯機では、洗濯槽/脱水槽の回転速度は機械的手段か電動機に供給する電力を可変抵抗器で加減することで制御していた。1970年代には上位機種から電子制御が一般化していった。1990年代になると、タイマーの代わりにマイクロコントローラを採用した機種が登場する。これが今では一般化している。ファジィ制御も洗濯機にいち早く採用されている。
最近では衣類乾燥機の機能まで1台でこなすものもある。
2008年、リーズ大学は約280mlの水だけで洗濯できる洗濯機を開発した[15]。なお同年10月31日を以て三菱電機は(売り上げ不振で赤字が続いたことから)洗濯機の生産より完全撤退している。
2009年、カトリック教会の半公的な新聞である L'Osservatore Romano が、洗濯機が女性を家事の苦役から解放したという意味で、女性解放における重要なマイルストーンだったと表明している[16]。
以上の2方式の操作方法は一時期ボタン操作式(マイコン制御)のものもあったが、現在に至るまで回転スイッチ式である。
槽と同じ程度の高さのある大型の羽根をゆっくり反転させて水流を発生させる方式で、初期 - 1950年代まで利用されていたもの。構造的に大型となるため日本では業務用の一部に限られるが、アメリカでは現在も主流。 日本では1922年(大正11年)年に初めて輸入され、1930年(昭和5年)に東芝が国産初の電気洗濯機として製造。終戦直後は日本のメーカーも進駐軍向けに製造していたが、1947年(昭和22年)に「日本人メイドの人件費が安く、しかも上手に手で洗ってくれる」という理由で納入が打ち切られた。これ契機に一般向けにも発売されたが、5万円以上(ローラー絞り器なし 当時の日本人の大卒初任給は22,000円)と非常に高価だったため普及しなかった。
横を向いた円筒状の洗濯槽を回転させ、洗濯物が上がっては落ちを繰り返すことにより叩き洗いをすることで汚れを落とす方式。クリーニング店・コインランドリーの洗濯機ではこの方式が良く使われている。洗濯物の痛みが少なく、水の使用量も少ない。 重量が重いために家庭用では乾燥機付き洗濯機に限られる。また奥行きが大きいことから置き場所の考慮も必要である。 家庭用のサイズだと高温多湿の日本では脂肪を含んだ汗や泥汚れが充分に落ちづらいという点で不利。1950年代には日本でも製造されていたが、当時は家庭用としては主流とならなかった。現在はポンプアップと電子制御を併用することで日本でも実用可能となった。
洗濯槽の底部(初期には槽の側面)にパルセータと呼ばれる羽根を持ち、それを高速回転させて激しい水流を発生させて汚れを落とす方式。1960年代以後、現在まで長年の主流方式。ごく初期のパルセータは小型のものが主流であったが、現在ではほぼ洗濯槽いっぱいの大きさとなっている。昭和 - 平成初期に建てられたアパートや賃貸マンションに住む者は洗面台の入り口が55cm - 59cmと狭小のため、室内にドラム式が設置できないことから、このパルセータ式を購入することが多い。また、下記の異型パルセータによる攪拌方式と区別するため、通常のパルセータ方式を「渦巻式」と呼ぶこともある。 日本では1953年(昭和28年)8月に三洋電機が初めて製造。定価は28,500円(当時の大卒初任給は17,000円)と、比較的買いやすい値段だった。
洗濯槽の底にある振動板を高速で振動させて汚れを落とす方式。汚れの落ちが悪く振動がうるさいため、全く普及しなかった。
国産一号機の洗濯機:Solar(1930年)(東芝科学館)
「家庭電化製品それぞれの戦後史」『家電製品にみる暮らしの戦後史』 久保道正、ミリオン書房、1991年。ISBN 4-943948-46-4。2012年1月16日閲覧。
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