熱(ねつ、heat)とは、慣用的には、肌で触れてわかる熱さや冷たさといった感覚である温度の元となるエネルギーという概念を指していると考えられているが、物理学では熱とエネルギーは明確に区別される概念である。本項目においては主に物理学的な「熱」の概念について述べる。
熱力学における熱とは、1つの物体や系から別の物体や系への熱接触によるエネルギー伝達の過程であり、ある物体に熱力学的な仕事をすることでその物体に伝達されたエネルギーと定義される[1]。
関連する内部エネルギーという用語は、物体の温度を上げることで増加するエネルギーにほぼ相当する。熱は熱エネルギーともほぼ対応しているが、正確には物体から物体へ熱エネルギーが伝達する過程が「熱」として認識される。
物体間の熱によるエネルギー伝達は、熱放射、熱伝導、熱伝達(対流)に分類される。温度とは内部エネルギーやエンタルピーの測定値であり、熱伝達を生じさせる基本的動きのレベルである。物体(あるいは物体のある部分)から他に熱によってエネルギーが伝達されるのは、それらの間に温度差がある場合だけである(熱力学第二法則)。同じまたは高い温度の物体へ熱によってエネルギーを伝達するには、ヒートポンプのような機械力を使うか、鏡やレンズで放射を集中させてエネルギー密度を高めなければならない。
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熱とは一般に高温を意味することが多い。日常会話において、「熱」という語には主に2種類の用法がある。
「体温」もしくは「正常時より高い体温」を表す語として「熱」を使うことがある。「熱が上がる」「平熱」のように用いられるのが前者、「熱がある」「熱が引く」のように用いられるのが後者である。どちらについても「温度」の概念を「熱」という語で置き換えており、物理学の観点から見れば正しい用法ではないが、日本語としては「正しい」用語である。
熱はエネルギーの移動形態の一つである。スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルは1871年、「熱」の現代的定義を初めて発表した。マックスウェルの熱の定義は4つの規定で概説される。1つ目は熱力学第二法則によるもので、「(熱とは)ある物体から別の物体へ伝達される何か」だという規定である。2つ目は熱を数学的に扱うための「測定値」の規定である。3つ目は、熱が力学的仕事のような物質的でない何かに変換されることもあるため、「(熱を)物質として扱うことが出来ない」という規定である。最後は、「(熱は)エネルギーの1つの形態である」という規定である。
物体間で仕事を通じて移動する以外のエネルギーの移動形態を熱という(伝導・対流・輻射)。「熱」という形態を通して移動したエネルギーの量を「熱量」という。人が感じることのできる「熱さ」「冷たさ」といったものは「温度」であり、日常会話の熱と十分区別する必要がある。なお、熱の移動に関係するエネルギーの出入りを扱う物理学を熱力学といい、種々の基本法則によって支えられている。
熱は必ず高温の物体から低温の物体へと移動する。低温の物体から高温の物体へと自発的に熱が移動することはありえない(熱力学第二法則と密接な関係がある事項である)。熱が移動した際に外部に熱が流出しなかったならば、高温の物体が失った熱量と、低温の物体が接触した物体から得た熱量は等しい(このことを「熱量保存則」と呼ぶことがある)。また、同じ温度ならばみかけ上熱の移動はなく、この状態を熱平衡という。
熱力学第一法則によれば、孤立系のエネルギーは保存される。従って系の持つエネルギーを変化させるにはその系から外界に、あるいは外界からその系にエネルギーを伝達しなければならない。ある系にエネルギーを伝達する方法は、熱と仕事しかない。ある物体に仕事を行うということは定義上[1]、その系にエネルギーを伝達することに他ならず、それによってその物体の外部パラメータ(例えば、体積、磁化、重力場における重心の位置など)が変化する。熱はそれら以外の手段による物体へのエネルギー伝達である。
熱平衡に近い複数の物体の場合、温度という観念が定義できるなら、熱伝達は物体間の温度差に関連する。それは複数の物体が相互熱平衡状態に近づく不可逆過程である。
「熱い」や「冷たい」という形容詞は相対的な言葉であり、ある物体とその周囲との温度の差を一般に表している。
現代の熱の定義をいくつか以下に示す。
運動エネルギーと熱の関係は次のように定義される。
定義によっては、温度差がないところでも熱の移動がありうる。
国際単位系の単位(すなわちSI組立単位)は J (ジュール)であるが、かつては cal (カロリー)で扱われていた。アメリカでは今でもカロリーや英熱量が使われている。1999年10月以降、計量法により計量単位としてのcalの使用が禁止され、さらに2002年4月以降、中学校学習指導要領で cal の単位が廃止されたことにより、現在では J で統一されている。しかし、今なお物理学の世界においても、慣習的に cal が用いられることがある[8]。熱移動量の単位はワット (W = J/s) である。
熱伝達で移されるエネルギー総量は一般に Q で表される。その正負は、ある物体が外界に熱を放出する場合は Q < 0 (-)、ある物体が外界から熱を吸収する場合は Q > 0 (+) となる。単位時間当たりの熱流 (heat transfer rate) は次のように表される。

その単位はワット (W) となる。熱流束 (heat flux) は単位面積の断面を通過する単位時間当たりの熱流と定義され、q と表記される。その単位は W/m2 となるが、若干異なる記法を用いることもある。
詳細は「内部エネルギー」を参照
熱は系の内部エネルギー U とその系がなす仕事 W とに関係し、熱力学第一法則によれば次のようになる。

すなわち、系の内部エネルギーは仕事によっても熱力学的系の境界を越えた熱流によっても変化する。より詳細に言えば、内部エネルギーとは系内の微視的形態のエネルギーの総和である。それは分子の構造や分子の活動度と関連し、分子群の運動エネルギーと位置エネルギーの総和と見なすことができる。それは次のような種類のエネルギーで構成される[9]。
| 種類 | 内部エネルギー (U) の構成 |
|---|---|
| 顕熱 | 分子の運動エネルギー(分子の交換、回転、振動。電子の交換とスピン。原子のスピン)と対応する系の内部エネルギーの一部 |
| 潜熱 | 系の相と対応する内部エネルギー |
| 化学エネルギー | 分子内の化学結合と対応した内部エネルギー |
| 原子エネルギー | 原子核内の核力に伴う莫大な量のエネルギー |
| エネルギー相互作用 | これらの種類のエネルギーは(伝熱、質量移動、仕事など)系に蓄えられるものではないが、系の境界をまたいで作用するとき認識され、その過程で系の利得または損失の一部となる。 |
| 熱エネルギー | 顕熱と潜熱の総和 |
粒子の乱雑な並進・回転・振動などによる運動エネルギーの総量を熱運動のエネルギーと呼ぶ。このエネルギーを「熱エネルギー」と呼ぶこともあるが、「熱」と「熱エネルギー」という用語は混同しやすいので注意が必要である。 熱運動のエネルギーと、粒子間の相互作用によるエネルギーとの和を、物質の内部エネルギーと呼ぶ。
定圧の理想気体に対して熱が移動すると、内部エネルギーが増大し、体積が制限されていなければ体積の変化(系の境界に対する仕事)が起きる。第一法則に立ち返り、仕事の項を「境界 (boundary) に対する仕事」と「その他 (other) の仕事」に分けると、次のようになる。

ΔU + Wboundary はエンタルピー H であり、熱力学ポテンシャルの1つである。エンタルピー H と内部エネルギー U は共に状態関数である。熱機関のような循環過程では、1サイクルが完了すると状態関数が初期値に戻る。一方 Q も W も系の属性でないとき、循環のステップ上で総和が0になるとは限らない。熱の無限小の表現 δQ は、仕事に関する過程の不完全微分を形成する。しかし、体積が変化しない過程などでは δQ が完全微分を形成する。同様に(熱の移動がない)断熱過程では、仕事の式は完全微分を形成するが、熱の移動を伴う過程では不完全微分となる。
「熱容量」も参照
ある物体(系)の温度を1K上昇させるのに必要な熱量を熱容量といい、また、ある物質1kgの温度を1K上昇させるのに必要な熱量を比熱容量(「比熱」は学術用語として用いない)という。
詳細は「理想気体」を参照
ピストン内の理想気体のような単純な圧縮可能な系では、エンタルピーと内部エネルギーの変化はそれぞれ定圧熱容量と定積熱容量とに関連付けることができる。定積の条件下では、初期温度 T0 から最終的な温度 Tf に変化させるのに要する熱 Q は次の式で表される。

一方定圧の条件下で体積が変化することを許すと、熱は次の式で表される。

固体や液体などの圧縮できない物質では、仕事がなされないので2種類の熱容量(すなわち、定圧に基づく Cp と定積に基づく Cv)の違いはなくなる。
「比熱容量」も参照
比熱とは、単位質量またはモルの物質の温度を1度変化させるのに要するエネルギー量と定義される。比熱は対象とする物質とその状態に依存する属性である。燃料を燃焼すると、その分子はより内部エネルギーの低いものへと変換される。そのエネルギーの変化が熱となる。ある相から別の相へと変化するとき、純粋な物質は温度を変化させずに熱を解放または吸収する。相転移の際の熱伝達量を一般に潜熱と呼び、それは主としてその物質の種類と状態に依存する。
1原子の分子からなる気体(ヘリウムなど)の比熱は温度によらずほぼ一定である。水素などの2原子分子の気体の比熱は温度に多少依存するようになり、3原子分子(例えば、二酸化炭素)はさらに依存が強くなる。
十分低温な液体では、量子効果が重要になる。例えばヘリウム4のようなボース粒子の挙動がある。その場合、ボース=アインシュタイン凝縮点を境として比熱は不連続に変化する。
固体の量子挙動はデバイ模型によって適正に表される。デバイ温度より十分低い温度の固体格子では、その比熱は絶対温度の3乗に比例する。低温の金属では、伝導電子の挙動を考慮した第二項としてフェルミ分布関数などを必要とする。
モル熱容量と比熱容量は、体積や分子数といった状態量ではなく系の内部自由度に依存している。
一方、熱容量自体は示量状態量であり、したがって系内の分子数に依存する。熱容量は質量 m と比熱容量
の積で表される。

あるいは、モル数とモル熱容量
から次のようにも表される。

詳細は「エントロピー」を参照
1856年、ドイツの物理学者ルドルフ・クラウジウスが熱力学第二法則を定義し、そこで熱 Q と温度 T から次のような値を考えた[10][11]。

そして1865年、この比をエントロピーと名付け、S と表記するようにした。

従って、熱の不完全微分 δQ は TdS という完全微分で定義されることになる。

言い換えれば、エントロピー関数 S は熱力学的系の境界を通る熱流の定量化と測定を容易にする。
詳細は「伝熱」を参照
一般に伝熱を扱う工学分野として機械工学と化学工学がある。「熱」の定義にはエネルギーの移動が含まれているが、「伝熱」という用語は工学などの場面で古くから使われてきた。伝熱は様々な機器や過程の設計・運用にとって重要な要素である。
伝熱は、熱伝導、熱放射、対流といった機構でなされる。それぞれの機構について挙動を説明する別個の物理法則が発見されているが、実際のシステムではこれらが複合的に作用することがある。システムの伝熱を近似的に推定するための様々な数学的方法が開発されてきた。
仕事は熱に変換することができ、摩擦による摩擦熱がその最も典型的な例である。しかし、熱を仕事に変換するのは容易ではない。熱を仕事に変換する装置は熱機関と呼ばれている。また熱機関による熱から仕事への変換効率のことを熱効率といい、通常η(イータ:ギリシア文字)で表される。熱機関に与えられた熱を Q、得られた仕事を W とすれば、η = W / Q となる。熱機関においては、いかなる装置でも高温の熱源から低温の熱源への熱の流出を完全に防ぐことはできないため、η = 1 となる(すなわち、与えた熱を完全に仕事に変換できる)熱機関は存在しえない(熱力学第二法則)。このことは永久機関の存在の不可能性とも関連がある。
過去、熱に関してはその源として熱素なるものの存在が信じられていた(カロリック説、または熱素説という)。しかし、これは後にランフォード伯らによって否定された。ランフォード伯が、大砲の製作現場の金属の削り取りにおいて際限なく熱が発生することに矛盾を見出だした、という逸話はよく知られている。熱素説が正しければ、摩擦による熱の発生はいつか停止するはずなのである。
物質の化学反応や状態変化に伴う熱容量の測定に用いられる。温度計と断熱容器で構成される。外部から熱が入ったり出て行かないように断熱容器になっている。
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