米(こめ、英: rice)は、稲の果実である籾から外皮を取り去った粒状の穀物である。
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玄米は、一般的にはイネの種子と理解されているが、生物学上は果実部分を含み、胚芽・胚乳・果皮から成っている。
稲作信仰に起因し、日本の古神道や神道において、供物として使われる代表的なもので、御神酒(おみき)と御塩(おしお)と併用されることがおおく、その時には「御米(おこめ)」といわれ、地鎮祭や上棟式だけでなく、農林水産の職業の神事から、日本各地の祭りや神事の奉納される供物としても広く使用される。また八十八の行程を経て作られるまたは、八十八の日本の神が宿るので、米といわれるなどの説があり、八十八と書いて米と読むともいわれる。
精製
穀物の一種として米穀(べいこく)とも呼び、厚い外皮の籾殻を取り去ったものが玄米、玄米の表面を覆う糠層(ぬかそう。主として果皮と糊粉層)を取り去ることを精白(精米、搗精)という。糠層も胚芽も取り去った米を白米(精白米、精米)といい、糠を除去したものを精米や白米という。
収穫した稲穂から、種子(穎果)を取り離すことを脱穀(だっこく)という。脱穀によって取り離した種子を籾(もみ。籾米)といい、籾の外皮を籾殻(もみがら)という。籾から籾殻を取り去ることを籾摺り(もみすり)といい、この籾摺り過程を経たものを米という。
品種
品種の別では、粘り気が少ないものを粳米(うるちまい)、多いものを糯米(もちまい)という。粘り気があり短いものを、短粒米(たんりゅうまい)やジャポニカ米といい、粘りがなく細長いものを長粒米(ちょうりゅうまい)やインディカ米という。
英語圏
東アジア以外では一般的に主食という概念が希薄であり、日本語における「米」と「イネ(稲)」という区別が無い。そのため、例えば英語圏ではriceという同一の単語で扱われることに注意が要る。
調理
米は主に水分を加えて加熱調理し、調理するときに糠を砥ぎ落とすこと洗米という。米を炊いたものを飯という。飯の状態にした米の粒を「お米」と呼ぶこともある。広く主食用とされ飯にされるのは、粳米の白米であり、玄米や胚芽米の飯を主食とすることは、あまり多くない。糯米は、蒸して強飯(こわいい)としたり、餅として供される。
年間生産量は6億1000万トンを超える(籾。以下いずれも農林水産省「海外統計情報」より、「FAOSTAT」の2006年統計[1])。 米は小麦(年間生産量6億595万トン)、トウモロコシ(年間生産量約6億9523万トン)とともに世界の三大穀物といわれる。 生産量は増加基調だが、在庫量は需要の伸びを背景に2000年をピークに減少している。在庫率は2006年には20%を割り込んだ[2]。
米の9割近くはアジア圏で生産され、消費される。最大の生産国は中国で、インド、インドネシアが続く。
米の貿易量は、増加傾向で推移している。最大の輸出国はタイで、アメリカ合衆国、インド、パキスタンが続く。上位四か国で、世界の貿易量の7割を占める。 米は他の穀物に比べ、生産量に対して貿易量は少ない(生産量の約7%、なお、小麦は約20%、トウモロコシは約12%が生産量に対する貿易量となっている)。これは、米は基礎食料として国内で消費される傾向が強いため、生産量に占める貿易量の割合が低くなっているためである[2]。そのため、小麦やトウモロコシと異なり、国際的な商品先物取引の対象商品となっていない。国際取引指標は、タイ国貿易取引委員会 (BOT) の長粒種輸出価格。
なお日本国内では、2011年8月8日より東京穀物商品取引所と関西商品取引所で「コメ先物」として商品先物取引の試験上場が開始。
日本の農業において米は、最重要の農産物であり農業総産出額において、単独の農産物として最大の割合を占め続けている。しかしながら、近年、生産額・構成比ともに縮小傾向にあり、生産額は、1984年の3兆9,300億円(年間生産量約1180万トン)をピークとして、2009年では1兆7,950億円(年間生産量約850万トン)程度まで縮小しており、構成比については、1960年代50%前後を占めていたものが、一貫してその比率を落とし、2009年は22.3%となっている。農作物を米、野菜(米、果物を除く耕種)、畜産、果物に分類したときの構成比としては、2000年前後には畜産に、2005年前後には野菜に抜かれ、日本の産業としての農業における地位は年々低下している[3]。
米は、日本の戦後農業政策の根幹であったため、原則として輸入がなされなかったが、ウルグアイ・ラウンドにおいて、関税化を延期する代償としてコメにおいては他品目よりも厳しい輸入枠(ミニマム・アクセス)を受け入れ、1993年以降、年間77万トンの輸入を行っている。
米は、世界中で食用されている。利用例は、以下のとおり。
詳細は「稲作」を参照
米作(稲作)は、原産地の中国・インド・ミャンマーが接している山岳地帯の周辺での陸稲栽培から始まり[要出典]、まず中国南部、東南アジアへと広まったとされている。その後中国中・北部、南アジアに、そして日本へと伝わった。
稲作は日本においては、縄文時代中期から行われ始めた。これはプラント・オパールや、炭化した籾や米、土器に残る痕跡などからわかる。 縄文時代中期に、中国から台湾、琉球を経て九州南部に伝わり、その後九州北部、中国・四国へと伝わった[要出典]という説がある。 大々的に水稲栽培が行われ始めたのは、縄文時代晩期から弥生時代早期にかけてで、各地に水田の遺構が存在する。
米は、食料として重要である一方で、比較的長期に保存ができるという特徴から、日本においては経済的に特殊な意味を持ち、長らく税(租・あるいは年貢)として、また、石高制に代表されるように、ある地域の領主や、あるいは単に家の勢力を示す指標としても使われた(これはタイにおけるサクディナー制やマダガスカルのメリナ人など、米食文化において広く見られる)。江戸期中期以降、貨幣経済が発達すると、それとの調和を図るべく、札差業が発達、米切手の発生や堂島米会所に代表される、近代的商品取引システムの生成が見られた。明治期に入り、経済価値の交換機能は貨幣に集約されたが、明治国家の財政は初期において地租によって支えられていた。
一方で、米はこのような経済作物性から、一般庶民までにはなかなか行き渡らず、主食とはいえ国民が雑穀米ではなく、全米飯を容易に食することができるようになったのは、1939年米穀配給統制法等が制定され、米の流通が政府により管理されるようになってからである。なお、同年には、第二次世界大戦の物資不足を補い、かつ、ビタミンB1など の栄養供給に資するため、政府より米穀搗精等制限令がだされ、七分搗き以上の白米を流通に付すことが禁止された。これらの米は、食味が劣るとして、家庭内で、一升瓶に玄米を入れて、棒で搗き、精白することも行われた。さらに、1940年には、中国や東南アジアからの輸入米(いわゆる外米)を国産米に混ぜて販売することが義務付けられたが、このときの輸入米は精白米であった。1942年食糧管理法が制定され食糧管理制度が確立、米の流通は完全に政府が掌握するようになった。これは、戦時統制体制が終戦により不要になった後も、終戦直後には流通システムの不全を解消するため、高度経済成長に入ってからは、日本の農業政策の根幹として、1990年代まで続くことになる。
1970年代には、全国で米余り現象がおき、政府備蓄米などに古米、古古米が多く発生し、減反政策が取られた。また、米の消費拡大のために、それまで主食はパンだけであった学校給食に米飯や米の加工品がとりいれられるようになった。古米は、アフリカなどの政府援助にも使われた。
1983年には米の不作となり、政府が放出しようとした1978年度産の超古米に規定以上の臭素が検出され安全性に問題があるとされたため、翌1984年に韓国から米15万トンの緊急輸入が行われた。
1993年は全国的な米の不作となり、翌年にかけて平成の米騒動が起こったため、タイなどから米の緊急輸入が行われた。インディカ種を食べなれていない人には不評であったが、この時以来煎餅などの加工用の米の輸入が一般化した。
一方、1970年以降は米の生産を減らすように減反政策を行っており、米不足や事故米の発生を招くなど、米政策が一貫していない。
中国は、2000年代後半時点において世界最大の米生産・消費国である。生産は、約7割がインディカ種約3割がジャポニカ種となっている[2]。
経済発展による所得向上からジャポニカ種の消費増加、地方都市間の人口移動による新たな消費層の発生などを背景に、消費量は増加傾向にある。一方で、1990年代後半に豊作だったことから作付け面積が減少、中国政府は2004年に援助政策に乗り出している[2]。
日本で法的には、農産物検査法による公示の「農産物規格規程」や、JAS法に基づいた告示の、「玄米及び精米品質表示基準」[5]に定められている。
イネ科植物にはイネのほかにも、コムギ、オオムギ、トウモロコシなど、人間にとって重要な食用作物が含まれる。
イネ科イネ属の植物は、熱帯に二十数種が知られているが、このうち栽培種は2種のみである。 一つはアジアイネとも呼ばれるサティバ種(Oryza sativa L.)で、アジアに起源を持ち、現在、世界の稲作地帯のほぼ全域で栽培されている。 もう一つはアフリカイネとも呼ばれるグラベリマ種(Oryza glaberrima Steud.)で、アフリカに起源を持ち、西アフリカのごく一部で陸稲で栽培されている。乾燥や病害虫に強いが、改良が進んでおらず収量は少ない。
サティバ種は、3つの亜種に分かれ、それぞれの米は次のような特徴がある。
「イネ」を参照
水田で栽培するイネを水稲(すいとう)、畑で栽培するイネを陸稲(りくとう、おかぼ)という。水稲と陸稲は性質に違いがあるが、同じ種の連続的な変異と考えられている。面積当たりの収量は水稲の方が多い。水稲は連作障害が殆ど無い。 現在、日本の稲作では、ほとんどが水稲である。
農産物規格規程で水稲と陸稲に分けられている。
玄米及び精米品質表示基準で、「うるち」と「もち」に分けられている。農産物規格規程には、それらに加えて醸造用の計三種がある。
国産は、農産物規格規程に、品位の規格と、「産地品種銘柄」として都道府県毎に幾つかの稲の品種が予め定められている。玄米は、米穀検査で、品位の規格に合格すると、その品種と産地と産年の証明を受ける。 輸入品は輸出国による証明を受ける。
日本国内での米の銘柄(品種)の包装への表示は、玄米及び精米品質表示基準に定められている。 原料玄米の産地、品種、産年が同一で証明を受けている単一銘柄米は、それらと、「使用割合100%」を表示する。 ブレンド米は「複数原料米」等と表示し、原産国毎に使用割合を表示し(日本産は国内産と表示)、証明を受けている原料玄米について、使用割合の多い順に、産地、品種、産年、使用割合を表示できる。 証明を受けていない原料玄米については「未検査米」等と表示し、品種を表示できない。情報公開より偽装防止を優先しているともいえる。
精白等の加工による分類。玄米及び精米品質表示基準では、玄米、精米、胚芽精米に分けられている。
米の生産(稲作)には病害虫の防除や稲の生長のため、殺菌剤、殺虫剤、除草剤など各種の農薬が使用される。薬品には玄米中への残留農薬の基準がある。
米は稲穂の状態をそのまま食用とはせずに、精製を行って食用とするのが基本である。精製のプロセス(一般にこの作業を調製という)は一般に以下のようになっている。
短粒種の白米は、日本等では、ぬかを洗い流した(洗米とか「米を研ぐ」という)のち、調理する。粳米は炊いて飯とし、糯米は蒸して「蒸し飯」もしくは蒸した後に搗いて餅として食べることが多い。中国などでは、粳米を蒸す場合もある。 米を炊くことを炊飯(すいはん)、あるいは炊爨(すいさん)という。「蒸し飯」を、お強(おこわ)、あるいは強飯(こわいい)とも呼ぶ。これは、蒸した飯が炊いた飯よりも「こわい」(「硬い」の古い言い方)ことに由来する。 長粒種の粳米は、煮る(湯取)事が多い。
古くから、飯を乾燥させたものを「干し飯」(ほしいい)、あるいは「糒」(ほしい)といい、携帯保存食として用いた。現在では、この干し飯と同じ物をアルファ化米(加水加熱して糊化(アルファ化)させた米)といい、同じく携帯保存食や非常食などとして用いる。
飯として炊くときよりも多目の水を加えて、米を煮た料理を粥という。このとき加える水の量により、全粥(米1に対して水5~6)、七分粥、五分粥、三分粥(米1に対して水15~20)などと呼ばれる。また、粥から固形の米粒を除いた糊状の水を重湯(おもゆ)といい、病人食や乳児の離乳食に用いられる。
栄養分をそぎ落とさないように、胚芽部分を残した胚芽米や分搗き米、玄米をそのまま炊いて食べる場合もある。最近では発芽玄米も食べられている。胚芽部分には脚気を予防するビタミンB1が豊富に含まれる。
籾殻を取る前に、水に長くつけ、蒸しあげてから籾摺りをしたものを用いる地域もある。タイ、マレーシア、シンガポールなどの国のほか、日本では和歌山県などでこの習慣があった。干し飯のように、熱い湯や茶をかけてやわらかくすることができるほか、炒って食べる場合もある。
黒米や赤米は、白米に混ぜて炊くことが多い。研いだ白米に対して3~10%程度(好みに合わせて分量を調節)を洗わないでそのまま入れて炊く。
餅(もち)については、餅の項目を参照。
米の調理には次のようなものが利用される。(汎用加熱器具を除く)
東南アジアを中心として粉食も一般的で、ライスヌードルとしても広く食用にされる。
米を牛乳で煮込んだプディングは、東は南アジアから西は西ヨーロッパまで広く見られるデザートである。例えばドイツではミルヒライスといい、英語圏ではライスプディング、スペイン語圏ではアロス・コン・レチェまたはアロス・デ・クレマと呼ばれる。また、トルコにもストラチ(或いはストラッチ)と呼ばれるミルク・ライス・プディングがある。
東南アジアでは、米をマンゴー、ささげ、緑豆、里芋、スイートコーンなどと煮込んだ粥状のデザートがあり、ココナッツミルクをかけて食べる。
日本には、餅米を蒸して搗いた餅菓子、白玉団子、ちまき、ぼたもちなどがある。中国や朝鮮半島には、芝麻球やシルトックなど上新粉や白玉粉から作る餅菓子がある。
空手挌闘家アンディ・フグが生前、日本滞在中に自ら考案したストロベリーヨーグルト練り掻き混ぜ米飯(バナナをトッピング)を気に入り、頻繁に作っては喜んで食べていたというエピソードがある。調理再現HP
古くはイネ科の植物の穀物について広く「米」という単語が用いられていた。古来、稲が生産されていなかった華北(漢字発祥の地)では、長くアワ(粟)に対して用いられていた。中国後漢の許慎が著した漢字の解説書『説文解字』において、「米…粟實也。象禾實之形」(禾=粟)と書かれ、米即ちアワの実であると解説されている。現在の中国語では、イネ科の植物にとどまらず、米粒のような形状をしたものも米と呼ぶ例が多い。例えば、「海米、蝦米」は干した剥きエビ、「茶米」は烏龍茶などの粒状の茶葉などを指す。
『米』という漢字自体は籾が四方に散った様子を描いた象形文字である。しかし、この字形から「八十八」と分解出来ると見立てて米寿等の言葉に利用されている。また、日本では水稲を作る際の手間の多さを「籾から育てて食べられる様にするまでに八十八の手間がかかる」とたとえられている。
『岩波 古語辞典』は、「うるしね」(「しね」は“稲”の意の古語)の項で、“米”を表す日本語「うる(ち)」(粳)、マレー語 'bəras',アミ語 'fərats'; 'vərats',古代ペルシア語 'vrīzi',古典ギリシャ語 'oryza',イタリア語 'riso',英語 'rice' などを、すべてサンスクリット 'vrīhih' にさかのぼるものとしている。
なお、新聞やテレビのニュースにおいては、米国(アメリカ)の略である「米(べい)」との混同を避けるため、「コメ」とカタカナで表記するのが一般的になっている。
2004年データ
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1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. |
11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. |
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