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自動車産業 | 百科事典

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自動車産業(じどうしゃさんぎょう)とは、自動車及び自動車部品の生産、販売、利用、整備に関連した産業をさす[1]

目次

概要

自動車産業は、基幹産業[2]として欧米や日本といった工業国の経済で重要な位置を占めてきた。自動車自体の付加価値率は高くないものの、鉄鋼ガラスゴムプラスチックなどの石油化学品、半導体などの原材料鋳造等の加工技術、電子機器の制御を行うコンピュータソフト、宣伝広告を行うマスコミや販売を行う自動車販売店のほかガソリンスタンド自動車整備工場など関連産業の裾野が広く経済波及効果が大きいためである。しかし、自動車産業の成長に伴って自動車産業依存も進み、政府の政策が自動車産業にばかり有利に傾くようになることでなかなか新産業が育たなくなる弊害が出るようになり、自動車に代わる基幹産業が求められているのが現状である。[3]

歴史

自動車は、その黎明期においては、ガソリン蒸気電気など様々な動力が試みられていた。しかし、当初は蒸気自動車と争っていたガソリン車が技術の発達において抜きん出ただけでなく、油田発見(1901年、テキサス油田)によるガソリンの安価な供給も背景に優位性を確立していった[4]。1910年頃までは特権階級の乗り物であったが、大量生産を前提とするフォード・モデルTの登場により、自動車は大衆化し、モータリゼーション社会が登場した。こうして自動車産業は急速に拡大していくことになる[5]

しかし、増加に伴い自動車全体からの排気ガスの排出や騒音が増え、都市における大気汚染や騒音に加え、排気ガスに含まれる物質がロンドンスモッグ酸性雨といった健康問題や環境問題を引き起こすに至った。また、燃料となる化石資源の枯渇も憂慮されており、化石燃料以外の代替エネルギーや内燃機関に代わる動力が求められている。

なお、自動車の歴史については、自動車#歴史も参照されたい。

各国の状況

米国

米国は世界で最初に大量生産技術を開発し、国土が広く公共交通機関が行き届かない地域が多いことから、自動車の市場規模は大きい。フォードGMクライスラーの「ビッグスリー」を筆頭とした自動車産業は、幾多の合併や淘汰を経つつも常に製造業の中心としてアメリカ産業を牽引してきた。

1980年代には、日米貿易摩擦が発生する。この時期は産業空洞化も議論されたが、その後、再び米国の自動車産業は力をつけていた。

米国における2000年代後半の状況

しかし、2000年代後半になると「ビッグスリーの凋落と外国企業の進出」「環境規制の強化」が、自動車産業を揺さぶることになる[6]

ビッグスリーの凋落と外国企業の進出
ビッグスリーが生産量を削減しデトロイトなどで失業者が生まれる一方で、トヨタ自動車などが工場進出した地域では、新たな雇用が生まれている。「米国には2つの自動車産業がある。1つは成長し、もう1つは縮小する産業だ」(エコノミスト トーマス・クライアー)[6]より引用と評す向きもある。[6]
環境規制の強化
2020年までに平均燃費を35mpgにすることが法律で決まったため、燃費向上のための技術開発費が、各社に重くのしかかっている。自動車業界による法案阻止のロビー活動が失敗し、自動車業界の影響力低下が確認された事例でもある[6]

カナダ

カナダは数年前には7番目だったが順位が下がり現在(2008年の時点)世界で11番目に大きい自動車生産国である。最近、ブラジルとスペインの生産量が初めてカナダを超えた。1918年から1923年にかけてカナダは世界で2番目に多く生産していた。カナダの自動車産業は自動車の初期にまで遡る。カナダでの最初の大規模な自動車の生産は1904年のオンタリオ州Windsor付近のWalkervilleで行われた。Walkerville Wagon Works工場でGordon McGregor と Wallace Campbellによって使いやすい117台の"C"型フォードを生産した。

かつてはBrooks Steam, Redpath, Tudhope, McKay, Galt Gas-Electric, Gray-Dort, Brockville Atlas, C.C.M., や McLaughlinといった多数の地元資本のブランドがあった。1918年、McLaughlinはアメリカの企業であるゼネラルモータースによって買収されゼネラルモータース・カナダにブランド名が変わった。第一次世界大戦によりカナダの自動車産業は発展し、1923年までは世界で第2位だった。しかし、当時は多数の工場で多数の車種を生産する非効率な状況が続いていた。その後1965年にアメリカ合衆国との間に自動車生産流通協定が締結されるまでカナダ製の自動車は高額だった。

1964年に締結された協定または“Auto Pact”はカナダに一つの重要な要素をもたらし、現在ではアメリカによって運営される状況になった。Auto Pactの鍵となる要素は1:1の生産と販売の比率でカナダが必要とする価値を加えることだった。

日本

明治時代、日本の自動車産業は生まれた。当初は輸入のみで、日本で自動車は生産できなかった。その後、個人ベースでは山羽虎夫(1904年)、内山駒之助(1907年)が純国産車を作成する。企業では宮田製作所(現在の宮田工業)が1909年に四輪自動車の試作車を完成。昭和時代になると企業による国産車の生産も始まるが、技術水準は高いとは言い難かった(日本車日本ゼネラル・モータースも参照されたい)。 大正7年に軍用自動車補助法が制定されると国の補助を受けて自動車が購入されるようになり、日本の自動車需要は急速に伸びた、しかし、国産自動車の販売は伸びず、アメリカの自動車ばかりが売れ、国産自動車も部品の多くをアメリカからの輸入に頼った半国産ばかりであった。このような状況からアメリカからの輸入車が増え、対米貿易赤字が膨らんでいく状況に、大日本帝国陸軍の強い圧力により政府は自動車製造事業法(1936年)を制定し、日本国内企業のみに自動車生産を許可した[7]。この法律によってフォードやGMなどのアメリカメーカーは日本から撤退した。さらには海外からの技術導入が困難になり、日本の自動車はこれ以降、純国産化することになったが、技術水準の低さから故障が多く、稼働率の低い自動車ばかりとなった。根本的な解決には敗戦を待たなければならなかった[7]。この際に自動車生産企業と部品企業とが密接な繋がりを持ったことが、戦後のケイレツに繋がっていくことになる[7]。戦後、連合国によって航空機の開発、生産が禁止され航空機の開発に携わっていた技術者が自動車産業へ転職した事により航空機で使われていた技術や設計手法などが自動車の開発にも導入されたことにより大幅に進歩した。[8][9][10]

1970年代以降、各国に日本製の自動車が輸出されるようになった。

1980年代には、プラザ合意による円高などにより、自動車で日米貿易摩擦が発生する。この時期に多くの自動車企業が貿易摩擦解消のために米国など海外に工場を建設し、産業空洞化が議論された。

1990年代には、ケイレツの解消が指摘されるようになった。

日本における2000年代後半の状況

2000年代後半、自動車産業は

  • 国内販売台数が減少
  • 海外販売台数が増加

といった状況にある。海外を中心に全体としては業績を伸ばしているが、海外では徐々に新興国メーカーにシェアを奪われつつあり、競争力強化のため更なる海外移転の動きがある。

産業ピラミッド内では頂点の完成車メーカーと下請け部品メーカー、完成車メーカーと販売企業とで格差がある。カンバンやゲンテイ(原価低減)で在庫やコストを抑え、海外向け販売で収益を確保できる完成車メーカーに対し、部品メーカーは自由な生産調整や価格設定が行えず、販売企業は日本国内向け販売でしか収益を得る場がない。そのため、部品メーカーや販売企業の利益は減少し、倒産する企業が増加している[11]

部品メーカーは自動車以外の分野への進出による自動車依存からの脱却、販売会社は「売上増」を前提とした経営から「売上減少」を前提とした経営に転換を図ろうとする動きがあるが、まだ十分な成果が出ている企業はごく一部である。景気悪化に伴い余力があるうちに廃業する場合すらあり、転換を図るだけの体力がどれだけの企業にあるか危む見方すらある[11]。このような問題があるものの、日本は現在、世界最大の自動車生産国である。

世界金融危機による欧米先進国の景気悪化
2007年の金融危機の影響で主要市場であった米国だけでなくサブプライム債券の影響を大きく受けた欧州の消費も大きく落ち込み、自動車の売れ行きが大幅に落ちた。2008年末には国内自動車メーカー各社が赤字決算を発表するなど企業の業績が大きな影響を受けている。
日本国内の非正規雇用問題の顕在化
2008年末には派遣社員契約社員リストラを各社が行う事態に至り、製造業全体に及ぶ派遣切りの動きが起きた。2009年3月までに少なくとも15万人以上が職を失い、総数は更に増加していると見られる。
日本国内販売台数の減少
原因として以下の要因が挙げられる。若者の車離れも参照。
大都市県庁所在地への人口集中により移動手段が公共交通へ変化。自動車がなくても生活できる国民が増えた。
非正規労働者ワーキングプアの増加に伴い経済的に自動車を保有することが困難な国民の増加。特に若年層の賃金低下傾向が著しい。
価値観の多様化により車以外への興味関心が増大。携帯電話携帯音楽プレーヤーなどのほか物以外へに価値を見出す傾向が見られる。
・魅力ある車の減少。頻繁なモデルチェンジにより特徴のない車が増え、魅力ある車が減少。
・人口減少に伴う国内総所得の減少[12]、あるいは母集団そのものの縮小
産業構造の硬直化による産業転換の遅延。経済の柱となる新産業が育っていないため新たな購買層が増加しない。
日本車の品質への懸念
2000年代に入り一部の国内メーカーのリコール数が急増。生産台数とリコール数が同程度になる企業が出現[13]するなど日本車への信頼を揺るがしかねない状況である。
新興国市場の存在感の増大 

先進国とは対照的に経済発展著しい新興国ではサブプライム債券などを用いたデリバティブが普及しておらず、国内需要の伸びが経済を主導していたため金融危機の影響が比較的軽微で済んだ。欧米に替わる主要な輸出先としてBRICsなどの新興国市場が旺盛な需要を背景に存在感を増している。

産業集積地域

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

トヨタ自動車の発祥の地である愛知県豊田市が有名であり、隣接する刈谷市にはデンソーアイシン精機をはじめとしたトヨタグループの部品メーカー各社が本社を置いている。愛知県にはトヨタやトヨタグループ関連の工場が多く集積する。トヨタ以外では三菱自動車岡崎市に工場を持つ。他には、日産自動車のある神奈川県本田技研工業のある埼玉県三重県スズキのある静岡県マツダのある広島県日産自動車九州トヨタ自動車九州ダイハツ九州のある福岡県大分県に自動車産業の集積が見られる。

また、工場周辺地域(愛知県や神奈川県、静岡県など)に、自動車部品など周辺産業が集積している。 これを見ると、太平洋ベルトに沿っていることが分かる。

主な都市

               など

中国

中国では、経済成長に伴い自動車の需要が増加、市場は世界一の販売台数になるまで拡大している。中国国内の自動車関連企業は膨大な数に上り、外国企業も主に合弁で参入している。

中国企業の中にはプラグインハイブリッドカーを開発し世界で初めて発売するなど技術力に差があるものの先進国の自動車メーカーとほぼ対等に競争できるほどに技術力が高まっている企業がある一方で、海外の安全性能試験で0点を付けられるような未だ低品質の製品も見られる。[14])、サービスの悪さなど課題もある。詳細は、中国の自動車産業中華人民共和国の経済#自動車を参照されたい。

一方、自動車修理業は、国内の急速な保有台数の増加に業界が追いついておらず、人手不足状態となっている[15]

韓国

韓国の自動車産業は生産台数において現在では世界で5番目で輸出市場において6番目に多い規模である。50年前に日本とアメリカから部品を輸入して組み立てる事から始まった。ヒュンダイ、キアグループは現在ではトヨタに次いでアジアで2番目に大きい。1988年に年間国内生産台数が100万台を超えた。1990年に複数の自社開発車種を生産し能力を実証するだけでなく、10年以上にわたり社会資本に大規模な投資を行った。彼等の自動車の品質は近年、大幅に向上し国際市場での評価を得る事が出来た。

インド

インドでは、経済成長に伴い自動車需要が増加しているが、全体の3/4程度が二輪車である。二輪車はホンダ系、インドのバジャージ・オート・TVSモーターのシェアが大きい。自動車は日系のマルチ・スズキ、インドのタタ・モーターズ、韓国のヒュンダイの3社が主要メーカーである。

インドでは今までの販売対象より低所得の層をターゲットにした機能を減らし価格を抑えた自動車が出現している。日本円で30万円以下のタタ・ナノのように既存の価格を打ち破る製品が発売されており、こうした市場に進出しようとする自動車メーカーも少なくない。

バングラデッシュ

イラン

2001年の時点において13の国営と民営の企業がイランにある。イラン・ホドロとSaipaが94%を生産する。イラン・ホドロは最も普及しているブランドである。他に自動車の製造会社にBahman グループ, Kerman Motors, Kish Khodro, Raniran, Traktorsazi, Shahab Khodro等があるがそれらを合わせてもわずか6%に過ぎない。[16]これらの自動車会社はバイクや乗用車、トラック等、幅広く生産する。2006年の時点でイランは世界で16番目に生産台数が多い。700万台を保有し、10人に1台の割合で普及している。(トラックやバスを含む)[17][18][19]2005年に自動車生産台数が100万台を記録し2009年3月に輸出額が10億ドルに達する計画である。[20][21]

マレーシア

マレーシアにおいて自動車産業はおそらく最も着実に成長している市場の一つで世界への(アメリカとヨーロッパ以外へ)輸出が必要となる。 自動車会社の一覧は以下を参照:
- プロトン Edar (PeRusahaan OTOmobil Nasional), マレーシアの自動車生産の先駆者
- プロドゥア (PERusahaan Otomobil keDUA), エンジンはダイハツの車種を元にしている。
- ブフォーリ & TD2000, マレーシアを拠点として"アンティーク カー"を生産する。(元々はオーストラリアから来た).
- DRB-ハイコム (Diversified Resources Berhad - マレーシアのBerhadの重工業)

タイ

タイでTRとして知られるThaiRungThai Rung Union Car Public Co. Ltd. (TRU)によって生産される。会社は1967年にバンコクで設立された。元々の社名はThai Rung Engineering Co. Ltd.で1973年にThai Rung Union Car Co. Ltd.に変更した。TRUは1994年に証券取引所に上場した。TRUの事業は設計開発、自動車部品の生産、産業機材の生産、自動車組み立てと金融である。 複数の廃盤になったランドローバーのエンジンを搭載したTRのバンはタイで設計された車体とプラットホームを組み合わせていた。近代的なTRのバンは小型または中型のトラックを元にしてSUVや7席の多目的車になった。

トルコ

トルコの自動車産業はトルコ経済において重要な位置を占める。1959年にはコチ財閥とフォードとの合弁であるOtosanが設立され、1961年にアナドルの量産が始まった。コチ以外にもサバンジュオヤックなどの財閥と海外メーカーの合弁による自動車が生産されている。2008年の時点でトルコは1,147,110台生産してヨーロッパで6番目で世界で15番目の生産数である。

パキスタン

パキスタンの自動車産業は長年にわたり成長し続けているが上位には入らない。

生産される期間が長く大量に生産されるが車種が少ない。その為、購入者は選択肢が限られる。競争において幸運なことに競争相手は少なく、輸入車は高額である。現在ではいくつかの世界的な規模の企業が組立工場を地元の企業と共同で設立している。

ドイツ

ガソリンエンジンの自動車はカール・ベンツによって発明された。さらに現在大半の自動車で使用される4サイクル内燃機関はドイツのニコラウス・オットーによって発明された。さらにディーゼルエンジンも同様にドイツ人のルドルフ・ディーゼルによって発明された。

ドイツはポルシェやメルセデス、アウディ、BMWのような高性能、高品質の自動車で有名で彼らは積極的に技術革新を取り入れる。ダイムラーベンツの前身であるダイムラー・モートレン・ゲゼルシャフトは世界最古の自動車工場でダイムラーベンツは合併により1926年に出来た。1998年にはアメリカの自動車会社であるクライスラーを買収し、2007年に多大な損失を抱えて売却した。

イギリス

かつてはレイランドなど多数の中小メーカーが存在したが、1970年代以降は技術的な停滞に加え、慢性的なストライキによる生産効率の悪さがたたり、国内メーカーは、ケーターハムアリエル (自動車)などのバックヤード・ビルダーに近い会社を除き、GMやフォルクスワーゲンなどの海外企業に買収されるか倒産した。現在では知名度の高いベントレーなどブランド名が、他社の高級車部門として存続している。またロータスランドローバージャガーなどは、タタ・モーターズ(インド)やプロトン(マレーシア)など、かつて植民地だった国の新興メーカーが傘下に収めている。

他の自動車メーカーから独立しているアストンマーチンも、CAFEなどの規制強化により、アストンマーチン・シグネットのような規制対策車を販売している。

またロイヤルエンフィールドなどのオートバイ産業も、自動車と同じくブランドが売却されたか廃業したメーカーが多い。

フランス

フランスの3大自動車メーカーはプジョールノーシトロエンである。

スウェーデン

スウェーデンの自動車製造会社はサーブ・オートモービルボルボである。

イタリア

イタリアの自動車産業はGiovanni Agnelliによって1899年にフィアットが工場を建設した時に始まった。50社もの自動車会社が出来ては消えていった。その中には1900年に設立されたIsotta Fraschini、1906年設立のランチア、1910年設立のアルファ・ロメオ、1914年設立のマセラッティ、1939年設立のフェラーリ、1963年設立のランボルギーニがあった。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間と1970年代の経済危機によりこれらの大半のブランドはフィアットや外国の企業へ売却された。現在ではイタリアの自動車産業は超小型車からスポーツカー等の高級車まで幅広い製品を誇っている。2009年6月の時点においてフィアットはクライスラーの20%の株式を保有する。

ロシア

ロシアの自動車産業は直接携わる人数が約60万人で総労働人口の1%に相当する。2010年の時点においてロシアは世界で15番目に大きな生産国で世界の生産台数の約7%を占める。2008年には1,469,898台生産したが世界金融危機により生産台数は減少して2009年には595,807台の小型車を生産した。 アフトヴァースGAZは小型車を生産する大規模な企業でKAMAZは大型車を生産する。外国の11社がロシアに進出して生産している。

ソビエト

オランダ

スパイカー・カーズネッドカーがある。

スペイン

2009年にスペインの自動車産業は350万台を生産しGDPの3.5%と被雇用者数の約9%を占める。スペインは世界で第8位の生産台数だが2008年から2009年にかけて自動車生産が落ち込んだ。政府の多くの政策が放棄された事により10年前から低迷が始まった。その結果全てのスペインの自動車のブランドが失われ、現在では外国の企業がブランドを保有する。現在のスペインの主要な工場はフォルクスワーゲングループの子会社のSEAT, S.A.である。

ルーマニア

オーストラリア

オーストラリアではTarrant Motor & Engineering Co.によって1897年に自動車の生産が始まった。[22]最初の主要なオーストラリアの自動車会社はフォード・モーター・オブ・オーストラリアでホールデンがそれに続く。

ニュージーランド

ニュージーランドにはもはや乗用車の組み立て産業は存在しない。彼らは外国企業と競争することが出来なかったので国内産業の保護への転換は国内の組立工場の閉鎖につながった。ニュージーランドで最大の自動車会社はトヨタ・ニュージーランド、フォード・ニュージーランドとホルデン・ニュージーランドである。

エジプト

自動車産業の始まりは1960年に遡る。社会主義時代、政府は農業経済から工業経済への転換を目指し、最初のエジプト製の自動車が生産された。外国の企業との競争に勝てなかったのでまもなく生産を終了した。特に、社会主義の終焉と資本主義への移行が原因だった。1985年にゼネラルモータースが革新的な生産工場をエジプト国内に建設するまで組立工場は無かった。

当初3工場で大半の部品を輸入していたエジプトの自動車組み立て事業は23年間で成長し16事業で26の組み立てラインを持ち、乗用車、軽商用車、トラック、バスの生産同様に300工場が主要な部品を生産するようになった。GMと同様にBMW、日産、大宇がエジプトにおける主な生産社である。 エジプトでのBMWの組立ラインは、ドイツ国外で唯一BMW7シリーズが生成される工場である。

2004年まではエジプトの自動車市場と共に地元での自動車組み立てと部品製造は拡大を続けてきた。エジプト自動車製造協会(EAMA)のMoham-med El-Hadaryはエジプトの自動車市場は2004年にはわずか合計72,417台を生産しただけだった。と述べた。2007年には227,488台を生産し314%増えたと述べた。最も増えたのは乗用車で2004年の55,471から2007年には179,178台まで323%増えた。この傾向が続けば2012年には444,000台に到達すると期待される。[23]

ブラジル

ブラジルの自動車産業は2009年に350万台生産した。現在のブラジルにはフィアットやフォルクスワーゲンやフォード、ゼネラルモータース、日産、トヨタ、MAN、三菱、メルセデスベンツ、ルノー、ホンダ、ヒュンダイ等、世界で大きい自動車会社の殆どが進出しており、同様にトロラーマルコポーロ (企業)アグラレランドンのような新興国の企業もある。

国別の生産台数

順位 国/地域 2010年[24] 2005年[25] 2000年[26]
世界全体 77,609,901 66,482,439 58,374,162
01 中華人民共和国の旗 中国 18,264,667 5,708,421 2,069,069
欧州連合の旗 ヨーロッパ連合 16,904,436[27] 18,176,860[28] 17,142,142[29]
02 日本の旗 日本 9,625,940 10,799,659 10,140,796
03 アメリカ合衆国の旗 アメリカ 7,761,443 11,946,653 12,799,857
04 ドイツの旗 ドイツ 5,905,985 5,757,710 5,526,615
05 大韓民国の旗 韓国 4,271,941 3,699,350 3,114,998
06 ブラジルの旗 ブラジル 3,648,358 2,530,840 1,681,517
07 インドの旗 インド 3,536,783 1,638,674 801,360
08 スペインの旗 スペイン 2,387,900 2,752,500 3,032,874
09 メキシコの旗 メキシコ 2,345,124 1,624,238 1,935,527
10 フランスの旗 フランス 2,227,742 3,549,008 3,348,361
11 カナダの旗 カナダ 2,071,026 2,688,363 2,961,636
12 タイ王国の旗 タイ 1,644,513 1,122,712 411,721
13 イランの旗 イラン 1,599,454 817,200 277,985
14 ロシアの旗 ロシア 1,403,244 1,351,199 1,205,581
15 イギリスの旗 イギリス 1,393,463 1,803,109 1,813,894
16 トルコの旗 トルコ 1,094,557 879,452 430,947
17 チェコの旗 チェコ 1,076,385 602,237 455,492
18 ポーランドの旗 ポーランド 869,376 613,200 504,972
19 イタリアの旗 イタリア 857,359 1,038,352 1,738,315
20 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 716,540 319,755 339,632
21 インドネシアの旗 インドネシア 704,715 500,710 292,710
22 マレーシアの旗 マレーシア 567,715 563,408 282,830
23 スロバキアの旗 スロバキア 556,941 218,349 181,783
24 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ 472,049 525,227 357,364
25 ルーマニアの旗 ルーマニア 350,912 194,802 78,165
26 ベルギーの旗 ベルギー 338,290 928,965 1,033,294
27 中華民国の旗 台湾 303,456 446,345 372,613
28 オーストラリアの旗 オーストラリア 243,495 394,713 347,122
29 スウェーデンの旗 スウェーデン 217,084 339,229 301,343
30 スロベニアの旗 スロベニア 205,711 187,247 98,953
31 ハンガリーの旗 ハンガリー 167,890 152,015 137,398
32 ポルトガルの旗 ポルトガル 158,723 226,834 245,784
33 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン 156,880 94,437 52,264
34 パキスタンの旗 パキスタン 109,433 153,393 102,578
35 オーストリアの旗 オーストリア 104,814 253,279 141,026
36 ベネズエラの旗 ベネズエラ 104,357 135,425 123,324
37 オランダの旗 オランダ 94,106 102,204 98,823
38 ウクライナの旗 ウクライナ 83,133 215,759 31,255
39 エジプトの旗 エジプト 69,060 123,425 78,852
40 フィリピンの旗 フィリピン 63,530 64,492 38,877
41 モロッコの旗 モロッコ 50,000 33,992 31,314
42 ベトナムの旗 ベトナム 32,920 31,600[30] 6,862[31]
43 コロンビアの旗 コロンビア 28,350 109,333 79,921
(in 2002)[32]
44 ベラルーシの旗 ベラルーシ 16,650 26,995 19,324
45 フィンランドの旗 フィンランド 6,500 21,644 38,926
46 セルビアの旗 セルビア 6,470 14,179 12,740
47 エクアドルの旗 エクアドル 5,950 32,254 41,047
48 チリの旗 チリ 4,700 6,660[30] 5,245[31]

脚注

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  1. ^ 日本自動車工業会ホームページでは、「自動車産業は製造・販売をはじめ整備・資材など各分野にわたる広範な関連産業を持つ総合産業です。」と紹介されている
  2. ^ 『日経ビジネス「2001東京国際自動車会議」』
  3. ^産業連関表
  4. ^ 『2.自動車の誕生から産業化への道のり』独立行政法人 環境再生保全機構
  5. ^ 『3.産業化の進展とモータリゼーション』独立行政法人環境再生保全機構
  6. ^ a b c d 「沈みゆく米デトロイト 過去の危機とは事情が違う」『日経ビジネスオンライン』2008年2月7日付配信、日経BP社
  7. ^ a b c 『5.工業化への道のり』独立行政法人環境再生保全機構
  8. ^ 前間 孝則『技術者たちの敗戦』草思社、2004年7月、ISBN 9784794213365
  9. ^ 前間 孝則『マン・マシンの昭和伝説―航空機から自動車へ〈上〉』講談社、1993年7月、ISBN 9784062059985
  10. ^ 前間 孝則『マン・マシンの昭和伝説―航空機から自動車へ〈下〉』講談社、1993年7月、ISBN 9784062065818
  11. ^ a b 「土俵際の国内クルマ販売 自動車業界の「アキレス腱」、春闘の隠れた論点に」『日経ビジネスオンライン』2008年3月3日付配信、日経BP社
  12. ^ 藻谷浩介『実測!ニッポンの地域力』日本経済新聞出版社、2007年9月、ISBN 9784532352622
  13. ^ http://www.mlit.go.jp/jidosha/carinf/rcl/index.html
  14. ^ 「このままでは日本は中国に追い抜かれる 日産の生産現場で何が起きているのか(2)」『日経ビジネスオンライン』2008年3月24日付配信、日経BP社
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関連項目


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