| 種類 | 株式会社 | |||
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| 市場情報 | 非上場
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| 略称 | 西武 | |||
| 本社所在地 | 〒359-8520 埼玉県所沢市くすのき台一丁目1番地1 |
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| 設立 | 1894年(明治27年)12月21日 | |||
| 業種 | 陸運業 | |||
| 事業内容 | 旅客鉄道事業 他 | |||
| 代表者 | 後藤高志(取締役社長) | |||
| 資本金 | 216億6,523万2千円 (2005年3月31日現在) |
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| 売上高 | 1,879億42百万円(2008年3月期) | |||
| 総資産 | 690億88百万円(2008年3月31日現在) | |||
| 従業員数 | 3,289人(2004年度末現在) | |||
| 決算期 | 3月31日 | |||
| 主要株主 | (株)西武ホールディングス 100% | |||
| 関係する人物 | 堤康次郎 | |||
| 外部リンク | www.seibu-group.co.jp/railways/ | |||
西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、英称:SEIBU Railway Co., Ltd.)は、埼玉県所沢市に本社を置く民間の鉄道事業者。
東京都北西部から埼玉県南西部に路線を有する鉄道・沿線・不動産事業を行う西武グループの主要企業で、大手私鉄の一つである。また、日本プロ野球・埼玉西武ライオンズの親会社(2009年から)である。
1986年の新宿線田無駅列車追突事故以来、安全性への意識が非常に高く、社員への指導がとても厳しい鉄道会社として知られる。
「西武」の名称は武蔵国の西部に由来する。西武鉄道の路線の利用客は西武鉄道のことを「西武線」と呼ぶことが多い。
目次
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西武鉄道は東京急行電鉄と同じように企業の多角化が大手他社よりも早く行われ、また自社の不動産が大きな利益を上げている。他社に比べ土地の買収が早く西武沿線だけでなく、京浜急行電鉄沿線、千葉房総や伊豆箱根地方にまで及んでいる。七里ヶ浜海岸を私有地として保有していて、海岸を持つ数少ない鉄道会社となっている。 昭和中期には箱根の不動産開発をめぐり小田急グループ(当時の東急系)と「箱根山戦争」と称される縄張り争いが繰り広げられたが、2003年から小田急電鉄と観光地や鉄道沿線事業での提携や、共通商品の開発に乗り出して功を奏している。 鉄道事業での収入より不動産部門の方が主となっているが、2006年のグループ再編により、日本国内のリゾート関係の不動産は兄弟会社のプリンスホテルや西武プロパティーズ(旧西武不動産販売)へ段階的に譲渡されている。
また、大手私鉄では唯一自社所属グループ内に百貨店などの流通系商業店をもっていない。これは、創業者である堤康次郎死後の後継ぎ争いにより、西武鉄道グループ(現、西武グループ)と西武流通グループ(セゾングループ、2000年代に実質解体)の2グループに分裂してしまったため。ただし、2003年のミレニアムリテイリング第三社割当増資時に和田繁明社長(当時)が堤義明会長(当時)へ打診し、西武鉄道が出資を引き受けた。2006年の西武ホールディングス設立に伴うコクドの第三者割当増資時にはミレニアムが10億円出資を引き受け、セブン&アイ・ホールディングスがミレニアム株式を現金で買上げるまでの数か月間は株式の持ち合い状態であった。 西武百貨店の小店舗として登場した西友が西武沿線に多いのは、グループ分裂前に発展過程で店舗と土地を賃貸しているのが、現在まで継続しているからである。しかし、西友との繋がりは未だに深く、西武鉄道の開発するニュータウンや駅改良工事後に、西友の新店舗が開店することが多い。また、西友の小売事業として発足したファミリーマートとは、駅ナカコンビニTOMONYの展開で提携している。
一方で西武鉄道グループとしても、西武プロパティーズ(旧西武商事)を介して、PePeなどの駅ビルやBIG BOX・アウトレットモールといった大型商業施設の運営を行っている。また、「西武観光」称の旅行代理業部門を擁しており、一般客向けには西武線のターミナル駅構内に窓口が置かれている。
近年は東京移住者が増加傾向にある。西武鉄道の利用者の数は減ってはいないものの隣の京王電鉄などと比較すると増加の割合は約3%も西武鉄道の方が少ない(2009年度現在)。他社では利用客の増加に対応し線路の複々線化が活発であるが(特に小田急電鉄)、少子高齢化が進行すれば利用客の減少が近いうちに問題となることを予想し、西武鉄道では複々線化について歯止めをかけている。
お客様センターでの意見・要望の募集も活発で、本当に利用者がこれがあればとても便利と思えるものを真っ先に行い、新型車両の大量生産や連続立体交差化事業に至ってはかなり慎重になり後回しとなっている。平成8年(1996年)から平成11年(1999年)にかけて行われた田無駅の改築以降から駅のバリアフリー化や建て替え工事、待合室の設置などが盛んに行われるようになり、利用者の不満も少しずつ解消しているという。
2007年からはファミリーマートと協業した駅売店「TOMONY」や駅ビル型の中小規模な駅ナカ商業施設として「Emio(エミオ)」に開業させ、駅の改築に合わせて順次展開していく見通しである。
西武鉄道は2006年2月の西武グループ再構築まで長きに亘り、堤家のコクドが株式の多くを保有する同族会社であった。康次郎亡き後は後継者となった堤義明による経営手腕で1960年代以降、プリンスホテル・スキー場・スケートリンクなどのリゾート開発と、ニュータウン/宅地開発などが東日本を中心に大規模に推し進められた。兄弟会社であったプリンスホテル(旧)の不動産物件はほとんど西武鉄道の所有であり、プリンスホテル社は運営のみを行っていた。また、建築には西武建設(旧)を用いるなど内部経済でコクド・西武鉄道グループとしての規模を拡大させ、「西武王国」と言われた。また、1980年代には堤義明は世界の富豪入りを果たした。
1957年から東証一部に上場していたが、2004年に発覚した証券取引法違反事件により同年12月に上場廃止処分となり、その後のコクド・西武鉄道・プリンスホテル間での事業領域の再構築と不採算物件の売却が行れるなど、大きな転換期となった(後述)。
2004年2月に総会屋の求めに応じて土地を安く譲渡させる形での利益供与が発覚し(西武鉄道総会屋利益供与事件)、総会屋側と利益供与に関わった西武鉄道と西武不動産販売の役員合わせて11人が商法違反で逮捕・送検される事態となった。これにより、同年4月14日に旧西武鉄道グループ・西武ライオンズ(当時)のオーナーで西武鉄道・コクド会長を務める堤義明と戸田博之西武鉄道社長が記者会見を開き、西武鉄道会長・社長職の引責辞任を発表する。同族資本として残った最後の大手私鉄であった。小柳皓正専務が昇格する形で西武鉄道社長に就任した。
約6か月後の同年10月13日に堤義明コクド会長が急遽記者会見を開き、有価証券報告書虚偽記載(2004年3月期決算の有価証券報告書上でコクドが保有する西武鉄道の保有株数を22%過少申告していた)事を公表。コクド会長職なども辞任表明をした。実態的には、西武鉄道株式〔西武株式〕のコクド持株分の多くを西武鉄道グループ各社の従業員持株会・OB関係者と堤義明コクド会長ら1000名以上の個人名義に偽装し、コクド・伊豆箱根鉄道など上位10名(社)の西武株式保有分のみで東証の上場廃止基準である80%を超えていたことを伏せて株式公開していた。1000円台の堅調な値動きをしていた西武株式は発表翌日からストップ安となり、東証・証券取引等監視委員会・東京地検も西武鉄道・コクド幹部への事情徴収などの調査に乗り出した。
西武鉄道は連鎖的に同じ事態が発覚した伊豆箱根鉄道とともに株式名簿管理を証券代行会社へ委託せず自社内で行っていた(東証上場企業では当時3社のみ)が、株式の電子化(2009年開始)では、証券保管振替制度によって株券をほふりの参加者(証券会社・信託銀行等)口座を通じて預託(移管)するが、株主名義人の本人確認が必要となるため、もともと電子化が導入された時点で名義偽装が発覚する虞が高かった。なお、この株主偽装は上場当初の1957年から存在したと言われている。
いっぽう、発表前の同年9月前後に西武鉄道とコクド(プリンスホテル等)を通じて取引関係のあるキリンビール・サントリー・東京コカ・コーラボトリングなどの複数の飲料メーカー、王子製紙、ワコール、日立グループ、三菱電機、小田急電鉄、鹿島、前田建設、クレディセゾンなど30企業に対し、西武株式8千万株を虚偽記載であることを伏せたまま売却した。10月の虚偽記載公表後の株価下落による損失を招いたことで、株式買い戻し(購入代金の返還)請求が起こされたとともに、売却を打診したコクド・西武鉄道の幹部や堤義明前会長に対してはインサイダー容疑であわせて捜査が行われた。
これらの事態によって、東証は11月16日に『虚偽記載という不適切な情報開示』と『公益・投資者保護』を理由に西武株式の上場廃止を決定し、11月17日に整理ポスト入りさせ、12月16日を以て取引を終了し、翌17日で上場廃止となった。伊豆箱根鉄道においても、西武鉄道が50%超を持株保有していると2000年度分からの有価証券報告書を訂正し、上場廃止となった。上場廃止となるのは、今までは企業の倒産(会社更生法・民事再生法申請などの法的整理)や、M&Aに伴うものなどが通例であったものから、きわめて異例の事態であった。2006年のライブドア事件においても酷似のケースで上場廃止となっている。
2005年3月3日に堤義明前会長は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載とインサイダー取引)容疑で東京地検特捜部に逮捕され、同年10月に有罪判決となったが2009年10月に執行猶予期間満了となった。
この事件に際しては、コクドの幹部社員と小柳皓正西武鉄道前社長が相次いで自殺したことが報じられている。
株式問題と並行して、2004年11月に西武鉄道とコクドは共同で『西武グループ経営改革委員会』を発足させ、2005年1月にはコクドの事業部門と西武鉄道などを新設する持株会社の傘下に入れるなどのグループ再構築を発表した。また、旧経営陣は退任し、メインバンクであるみずほコーポレート銀行(旧第一勧業銀行)副頭取で西武グループ発足後に西武鉄道の代表取締役社長となる後藤高志らが迎えられた。
再編スキームとして、
資本再構成によって、西武鉄道は鉄道事業主体の普遍的な民鉄会社となり、西武グループの再編が完了した。
西武鉄道株式については有価証券報告書の虚偽記載が上場廃止の理由であったため、当時の小柳皓正社長は「ジャスダック上場に総力を挙げる」としていたが、2009年時点でも見通しが経っていない。2006年のグループ再編後は株式移転により西武ホールディングスの子会社となっているが、同社株主には上場廃止前と同等に西武鉄道の株主優待乗車証などが謹呈されている。
西武グループ発足後は後藤高志代表取締役社長が西武鉄道の新しい体制を築きあげ始めた。
この新体制の鉄道事業において特徴的なのが自社のイメージチェンジである。2007年、西武鉄道が中核となる西武グループのスローガン「でかける人を、ほほえむ人へ。」が表すように、現在は他社と同じく、量はもとより質の向上にも力を入れるようになった。同年には社内に「スマイル&スマイル部」が開設され、鉄道ファンや子供に対するイベントを、年間多く実施・企画し沿線の人にもっと西武線と親しんでもらおうと考えている。
その第一陣として登場したのが西武のイメージトレイン30000系(スマイルトレイン)である。今までの西武鉄道を思わせる「硬い」雰囲気に一線を画し「ソフトさ」をイメージしている。
2007年2月には、西武鉄道とプリンスホテル・伊豆箱根鉄道など再編後の西武グループ各社が手掛ける物販・ホテル・リゾート各施設でのポイントサービス「プリンスポイント」と「プリンスポイントカード」を共同で導入。2006年9月に先行する形で提携カード「SEIBUプリンスカード」の発行がクレディセゾン・西武鉄道・プリンスホテルの提携によって開始された。同カードではクレジット決済による定期券購入が可能となり、2007年3月開始の「PASMOオートチャージサービス」へも対応している。 なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。
もともと西武軌道が使用していた社章で、西武の"西"をモチーフにしている。2007年4月1日に西武鉄道とその子会社の社章が新社章に変更されたため現在の西武鉄道では使用されていないが、一部既存車両の側面にまだ旧社章が取り付けられている形式が存在する。しかし、これも現在徐々にではあるが取り外しが進行中である。 また、西武グループ再編をした2006年3月27日以前の西武鉄道の子会社(西武建設や西武観光など)では現在もこの社章を使用している。
新生西武鉄道を象徴する一環として2007年4月1日から使用が開始されている。西武鉄道のシンボル。旧社章と同じように、西武の"西"をモチーフにしている。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、さまざまなものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる「実り」=「地域・社会の発展」を表現。カラーリングでは、グリーンで「自然との調和」、濃いブルーで「信頼」と「安心・安全」、明るいブルーで「新しいことへの挑戦」をイメージしている。2008年4月からは既存車両側面に表示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。
西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道が、新宿線系統の路線を開業した西武鉄道(旧)を合併してできた会社である。
武蔵野鉄道は、1911年(明治44年)10月18日に鉄道免許を取得し、1912年(大正元年)5月7日に設立、当初は巣鴨駅を起点とする計画であったが東京府が池袋駅を起点にするよう指示したため1913年(大正2年)4月に計画が変更、1915年(大正4年)4月15日に現在の池袋線の一部である池袋 - 飯能間を開業した。1922年(大正11年)に池袋 - 所沢間、1925年(大正14年)に飯能までの全線を電化し、1929年(昭和4年)9月10日に吾野まで開業させた。なお豊島線は1927年(昭和2年)に、狭山線は1929年(昭和4年)に開業している。
一方、1924年(大正13年)箱根土地(後のコクド。現在のプリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の北豊島郡大泉村に大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の大泉学園駅)を建設の上寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は1928年(昭和3年)村山貯水池(多摩湖)及び小平地区一帯を開発すべく、多摩湖鉄道を設立。4月6日に国分寺 - 萩山間を開業し、1936年(昭和11年)12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。
1932年(昭和7年)に箱根土地社長の堤康次郎(滋賀県出身)が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道の株式を買い集め、再建に乗り出す。1934年(昭和9年)8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(1937年(昭和12年)まで)。1935年(昭和10年)には電力料金11万円滞納を理由に東京電燈から制限送電を受け、経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。1938年(昭和13年)、大口債権者である東武鉄道の初代社長初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。
1940年(昭和15年)3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津及び浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得し、過半数を確保、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来するものである)。
西武鉄道(旧)は、1892年(明治25年)8月5日に設立し、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた川越鉄道に始まる。川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 - 川越駅(現在の本川越駅)間を開業後、1920年(大正9年)6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電は1906年(明治39年)4月16日に川越久保町 - 大宮間の大宮線を開業させた川越電気鉄道がその前身である。
1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 - 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除き2009年現在でもその旧社章を使用しているが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)6月1日に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年8月15日に西武鉄道(旧)に社名を変更した。
1925年(大正14年)安比奈線南大塚 - 安比奈間開業。1927年(昭和2年)4月16日に東村山 - 高田馬場間を複線で開業。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。同年には、東村山 - 川越間を電化し、高田馬場 - 川越間の直通運転を開始した。
1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 - 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、都電杉並線#歴史を参照のこと。
1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。
1944年(昭和19年)6月、戦時下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。
また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で東京湾へ捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」[1]「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。
この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿すべてを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。
しかし衛生面などで問題が続出してしまい、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年(昭和28年)3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。
なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。
戦後、西武鉄道の復興は他社に比べ目覚ましいものだった。大手他社が国鉄モハ63形の割当てにより体制を整えようとしている中、西武鉄道では国鉄の戦災車や事故車、これらが枯渇すると老朽廃車となった木製車を大量に譲り受け、自社(当時は復興社のちに西武建設経営)の所沢車輌工場で改造、修繕や木造車体の鋼体化を実施した。これにより、モハ63形新製割当ての見返りに従来車を地方私鉄に供出する義務から解放され、輸送力増強を成し遂げたのである[2]。国鉄の改造車ばかり走っていたことから、利用者からは「第2の国鉄」とまで呼ばれていた。徐々に車両数が増えると車体を新造するようになったが、台車や機械類は国鉄から譲り受けたものだった。
しかし、昭和29年(1954年)からようやく車体の完全新造が始まった。この時、登場した351系(登場当時501系)はこれから長きにわたる西武電車の基本デザイン「湘南デザイン」を確立した。この時の西武線を走っている電車と言えば、雑多な形態の電車を連結して、武蔵野台地を駆け巡るという印象が強かった。戦後の西武鉄道の方針は「質より量」で、車両の高速化はいち早く実施されてはいるものの他社では昭和20年代終盤から登場したいわゆる高性能車の導入はせず、他系列との併結を考慮し性能の統一化を図ることから、一貫して旧来の吊り掛け駆動の増備を続けていた。その後登場した西武初の高性能車とも言えるカルダン駆動の601系・701系電車にしても、旧来の吊り掛け駆動車との併結が前提で、機能的には動力伝達方式をアップデートしただけの代物であり、吊り掛け駆動車と併結することによってカルダン駆動本来の性能を発揮できていなかった。電動車の台車は新製されるようになったものの、付随車の台車は国鉄から譲り受けた旧式な釣合梁式のTR11系の改造品であった。従来車との混用を考慮しない、電気制動を可能とした真の意味での高性能車が導入されたのは、西武秩父線開業を控えた、実に昭和40年代中盤のことであった。
昭和38年(1963年)11月1日からは、他社ではまだ6両編成が最長で、しかも18m級車両で編成を組んでいた時に、西武鉄道では池袋-所沢間に日本の私鉄で初めて10両編成を走らせ、単位輸送力を確保した。乗車率が最大で200%を軽く超えていた時代のことであり、西武鉄道の「質より量」という方針が初めて結果につながった瞬間となった。
昭和44年(1969年)には他社より一足早く、自社のイメージの確立に乗り出し、現在でも利用者の西武鉄道のイメージである「黄色い電車」の第1号となる101系[3]が登場する。その後101系で冷房試作車が登場、翌年集中式冷房の採用が決定したのをきっかけに在来車両の高性能化[4]及び冷房化が急ピッチで施行されるようになった。昭和60年(1985年)3月末現在の電車保有数は912両で、うち97%が高性能車、冷房化率も91%で関東大手私鉄中第1位に位置するようになり、20年前の「質より量」と言っていた西武鉄道と比較すれば一転したことがわかる[5]。戦後、復興の際の経営戦略が非常にユニークで他鉄道会社と異なっていることから、現在の沿線イメージ、会社イメージ共に他の関東圏私鉄と比較するとやや異質の存在として見られていることが多い[6]。
昭和61年(1986年)に西武鉄道本社は東京都豊島区から埼玉県所沢市へと移転した。同時に西武グループ本社も移転している。多くの関東圏鉄道会社は現在も東京23区内に本社を置く場合が多いが、このように中心機能を東京の中心地から離した例は、ほかに京王電鉄がある。本社移転の狙いは、本線が2本交わる所沢駅を中心とした都市開発を行い、沿線の開発・活性化を実施しやすくするためである。また、沿線の状態や輸送サービスの実態も確認しやすくなる。京王電鉄も同じような狙いで本社移転をしている。
現有路線の総延長は179.8km、旅客営業キロは176.6kmで日本の大手私鉄では4番目に長い営業キロを持つ。成立や運転系統により、池袋線系と新宿線系におおむね大別できる。また、本線(池袋線・新宿線)から完全に独立した路線として多摩川線がある。路線図(公式サイト)
西武鉄道の路線では他の大手私鉄に比べ比較的、路線の連続立体交差化が遅れており、未だに開かずの踏切が多く点在する。拝島線は小川駅 - 玉川上水駅の間が高架線となっている。また現在、同線で萩山駅 - 小川駅間の府中街道の箇所で高架化工事(単独立体)を実施している。池袋線はすでに桜台駅 - 練馬高野台駅までが高架化され、現在は練馬高野台駅 - 大泉学園駅付近までの高架化工事が実施されている。新宿線は高田馬場駅 - 西武新宿駅までと西武柳沢駅 - 田無駅までが高架化済である。山間部を走る西武秩父線には自動車の踏切は存在しない。同線が道路と交差するときは巨大コンクリート橋かガーター橋で道路を跨いでいる。連続立体高架ではないが、池袋線北飯能信号所 - 武蔵丘信号所間と西武秩父線横瀬駅 - 西武秩父駅間が高架線となっている。
西武鉄道の路線では西武有楽町線を除く全線でATSを使用している。このうち、新交通システムの山口線を除く全線ではAF軌道回路方式連続速度照査式ATSを、山口線では点制御による多情報変周式車上パターン式ATSをそれぞれ採用している。西武有楽町線では西武線で唯一のATCを採用していて、方式は車内信号閉塞式を採用している。
山口線と西武有楽町線を除く全線で使用されているAF軌道回路方式連続速度照査式ATSは他のATSと比べて比較的高性能で、軌道(線路)を回路としているためATCの初期型よりも高性能ともいわれている。同社のほかに阪神電気鉄道・阪急電鉄・山陽電気鉄道・相模鉄道で採用例がある。西武鉄道ではこれをパターン式で使用しており、また過去同社線ではAM系自動空気ブレーキ車や貨物列車が走行していたことから、ブレーキ性能別に制御する必要があるため、ATS作動時には常用ブレーキは作動(制限速度までの減速)せず、すべて非常ブレーキが作動する(電車は完全に停止する)ようになっていて運転士にはかなりのプレッシャーがかかっている。曲線などの速度制限でもATSが作動するように現在全車両を対象にATSの更新工事を行っている。分岐上では軌道によって信号を送ることができないためここだけは線路間に設置された地上子を使って車上子に信号を送っている。ATSはサイレントで停止信号でも警報は鳴らない。
西武有楽町線で使用している車内信号閉塞式ATCとは、簡単にいえば0km/h(停止信号)と制限速度(進行信号)しか表示しない新しいタイプのATCである。他のATC(D-ATCで例を挙げる)では前を走る電車に近付くほど制限速度が遅くなり、最終的には停止信号により停止するといういわばATSの高性能タイプと似たシステムになっている。これに対し車内信号閉塞式ATCは、前の電車に近付いたときだけ停止信号を表示し、それ以外の時は路線の制限速度を表示するだけである。少しずつ減速する他のATCでは、減速するたびに後ろの電車がどんどん詰まってしまうが、車内信号閉塞式ATCは前の電車ぎりぎりまで速い速度で詰めることができるので高密度な運行ダイヤを立てられるという特徴をもっている。
駅構内での案内放送とは、ここでは列車の接近予告自動放送のことをさす(2005年更新)。基本的に声優が上りは豊田真由美・下りは関根正明が担当しているが、駅の設備上の都合では異なる場合がある。自動放送の例を挙げる。
停車電車接近の場合は、「まもなく、○番ホームに(種別)、(行き先)行きが○両編成でまいります。黄色い線の内側でお待ちください。(もう一度繰り返し)」。当駅から次駅まで通過駅がある場合はこれに続いて、「この駅を出ますと次は○○に停まります」。地下鉄直通列車の場合は続いて、「この電車は、○○線内は(種別)になります」、途中接続電車がある場合はこれに続いて、「この電車は途中(終点、)○○で、(種別)、(行き先)行きにお乗り継ぎができます」となっている。この電車がある駅に先着するときは「○○へお急ぎ(お出で)の方はこの電車をご利用ください」が後に続く。また、後続電車の方が早く着く駅がある場合は続いて、「(終点、)○○へお急ぎの方は、次に○番ホームから発車する、(種別)をご利用ください」となる。最終電車は後に「この電車は最終電車です。」と放送される。
通過電車接近の場合は、「○番ホーム、ご注意ください。電車が通過します。黄色い線の内側までお下がりください(もう一度繰り返し)」と放送される。
当駅止まり電車接近の場合は、「まもなく、○番ホームにこの駅止まりの電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください。(繰り返し)」の後、「この電車にはお乗りになれません。」と放送される。
回送電車や試運転電車が通過せず、ホームに一旦停車する場合は、「まもなく、○番ホームに電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください。(繰り返し)」の後、「この電車にはお乗りになれません。」と放送される。
また、西武鉄道ではオリジナル発車メロディーを使用している(一部駅を除く)。使用を開始したのは1994年で、最盛期には50以上もの種類が存在していた。駅・ホームごとに異なっていて主要駅にしか導入されていなかったが、現在は各駅停車の停車駅にも導入されている。しかし、種類は6種類まで絞り込まれている。私鉄の中では京阪電鉄や阪神電鉄などと並んで発車メロディーの採用は早かった。一部駅では旧オリジナル発車メロディーを現在も引き続き使用している。オリジナルメロディーはメロディーが短いため発車メロディーと認識している人が少ない。上井草駅、大泉学園駅、西所沢駅(1,2番線)、西武球場前駅、本川越駅ではご当地ソングを採用したご当地発車メロディーとなっている。
「発車メロディー#西武鉄道」も参照
車内の案内放送とはここでは車内で流される自動放送のことをさす(2008年更新)。車内自動放送は本線通勤車用、特急車用、山口線用、多摩湖線用、多摩川線用の5種類が存在する。自動放送は2008年に更新され、これまで日本語だけであったのがさらに英語も加えられた。日本語の声優は以前と変わらず高橋満里子が、英語の声優はクリステル・チアリが担当している。更新前の自動放送と比べ日本語はかなり簡略化されたが、これは電車に同乗している車掌によってわかりやすい情報を提供するためだとしている。
特急車用を除いて自動放送は基本的に、日本語では列車種別案内、次駅停車案内(優等列車の場合は次々駅停車案内も放送される)、乗換案内、出口案内などを行い、英語では出口案内以外の日本語放送と同じことを案内する。山口線用では西武ドームで試合が行われる日、また土曜・休日は西武園ゆうえんちの宣伝放送[7]がそれぞれ流れる。特急車用の自動放送では日本語と英語で列車種別案内、座席案内、車内設備案内、禁煙案内、次駅停車案内が放送される。停車駅接近時は、両国言語で停車駅接近案内、出口方向案内、乗換案内が放送される。また終点の時は忘れ物注意発起も放送される。
ちなみに、数年前まで車掌が車内放送でよく鼻に掛けた声で案内する姿が目立ったが、これを初めて実施したのは西武鉄道だとされている。しかし、記録が残っていないので定かではない。これは一般客と声が混じらないよう目立たせるためや、当時の電車のスピーカーの性能が悪かったため高音でないと聞こえなかったためだったとされている。
比較的自社グループ(西武グループ)の広告が多く、全体を10として3割は西武グループの広告といった形だ。他は沿線の企業や大手企業の広告などさまざまである。ドアには特徴的な広告と、「開くドアーにご注意」と書かれたドア開注意発起とが一体となったドアステッカーが貼られており、これは使用が開始されてから、約35年間変わらず使われていたが、2009年春よりこのタイプの広告の印刷を中止、同年9月1日から順次新しいタイプに張り替えられている。同時にドア開方向表記も張り替えられ、西武鉄道のコーポレートカラーを採用した新しいタイプになった。ドア開注意発起はなくなり矢印表記のみとなって、また広告とは分割され独立している。
1989年より1999年まで、西武グループの西武園ゆうえんちのアトラクション、「ルーピングスターシップ」の写真のステッカーが車両の中央部の窓の一部に張られていた。また、JR東日本が2000年より採用していた客用ドア窓ガラス上の広告を2002年より採用。
30000系の登場で2008年より動画広告を始めている。ドア上に設置された液晶式ディスプレイ(愛称:スマイルビジョン)によって放映されている。登場時は自社の広告が割合を占めていたが、2009年頃から増え多数の乗客の情報源となっている。動画広告のため効果は大きい。
3000系、6000系そして9000系や20000系などを利用した一社広告貸切電車を2005年より走らせている。大手企業も多いが西武不動産や埼玉西武ライオンズなど西武グループの会社の貸切広告もあった。2009年7月には夏に合わせ車内広告を大手飲料水メーカー(数社)の広告で統一し、中吊り広告や客用ドア上の広告は自社ホームの自動販売機の利用を促すという、季節を利用した電車を走らせていた。
車体に広告を直接貼り付けるラッピング広告電車も走っている。利用電車はおもに3000系、9000系、6000系(50番台)、20000系などである。登場当時は自社の広告から始まったが、次第に依頼が増えて大手飲料水メーカーや沿線の大学など、様々な車体広告を見るようになった。
現在、利用者のイメージする西武線と言えば黄色い電車が武蔵野台地を爽快に走るイメージが強い。ここでイメージされる「黄色い電車」の登場は意外にも古く昭和44年(1969年)に登場した101系がはじめ。以後、平成11年(1999年)に9000系の最終新造車の登場まで受け継がれた。黄色(以下、西武イエロー)で西武イエローが都会感を、ステンレスのドアと正面下の左右に張られたステンレス板が近代感を出している。落ち着いてかつまとまったデザインの電車が走るというのが印象的で、近年は関東圏私鉄電車の個性がなくなりつつある中、オリジナルで個性があり利用者の好感度は高い。1992年に営業運転を開始した6000系をはじめ、20000系などは他社とデザインの共通傾向があり特徴性をなくしている。しかし、平成20年(2008年)に営業運転を開始した30000系では他の鉄道会社の電車とは全く違ったやさしくソフトな電車をイメージして造られている。車内設備や外観デザインが高評価を呼び平成21年(2009年)には、鉄道車両で初めてキッズデザイン賞を受賞している。
「西武ダイヤ改正」も参照
西武鉄道には平行ダイヤ区間(複々線でのダイヤ構成)が池袋線のごく一部にしかないため、ラッシュ時のダイヤは非常に複雑に、そして巧みに構成されている。特に池袋線ではその特徴がよく表れていて、全国でも珍しい千鳥停車が行われている。これは種別・行き先を問わず、どの電車も乗車率を平均的にするために行われる複雑なダイヤとなっている。通勤・通学で毎日利用する人は慣れてくれば間違えないが、あまり池袋線を利用しない人にとってはとてもわかりにくい。最盛期には10もの種別が設定されていたが、現在は練馬駅 - 練馬高野台駅間の複々線完成と、東京地下鉄有楽町線との直通運転開始に伴い8種別まで数を減らしている。新宿線でもかつて千鳥停車を実施していたが、現在は廃止されている。しかし、平成20年度(2008年度)に実施されたダイヤ改正で急行より速い「拝島快速」が設定されたが、池袋線では快速より急行が速い種別となっているため、これもまた利用者を混乱させている。
西武鉄道では以下の種別の列車が運転されている。ここでは、各駅停車のみ走行する多摩川線・国分寺線・多摩湖線(萩山駅 - 国分寺駅間)・山口線・西武園線・豊島線と休止線の安比奈線を除外して記述する。下記種別は2008年に更新された種別・行き先プログラムに存在するもの。また種別の説明については、2009年現在のダイヤに基づく。運行している列車種別数は9種で、これは京阪の10種に次ぎ、阪急・東武と並ぶ種別数である。
2009年3月現在、特急列車用84両、通勤用1,185両、新交通システム用12両、電気機関車3両の計1,284両を保有する(緊急予備車・休止車両・保留車を除く)。各系列の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照のこと。戦後長らく所沢車輌工場において大手私鉄では珍しい新造車両の自社製造を続けていたが(一部車両メーカー製も並行して導入された)、1999年をもって終了し、それ以降は外部の車両メーカーからの調達のみとなっている。
現在運用されている電車の制御装置はすべて日立製作所製である。ただし新2000系のVVVFインバータ制御試験車のみ三菱電機製となっている。
東京急行電鉄・京王電鉄と同様に営業運転から離脱した旧型車両を地方中小私鉄に譲渡するケースが多い。譲渡先には流鉄、近江鉄道、三岐鉄道、伊豆箱根鉄道などがある。
現在、他社で運用上の固定編成化が進む中、未だに柔軟で経済的な車両両数で、その運用に合った運行を続けている。2008年には30000系から2両固定編成が登場している。
VVVFインバータ制御・回生ブレーキ搭載装備通勤車
界磁チョッパ制御・回生ブレーキ搭載装備通勤車
自動空気ブレーキ搭載通勤車
「西武山口線#車両」も参照
| キロ程 | 普通運賃(円) | 通勤定期運賃 3か月(円) |
|---|---|---|
| 初乗り4km | 140 | 15,110 |
| 5-8 | 170 | 18,360 |
| 9-12 | 200 | 21,580 |
| 13-16 | 230 | 24,830 |
| 17-20 | 260 | 28,050 |
| 21-24 | 290 | 31,300 |
| 25-28 | 330 | 35,400 |
| 29-32 | 360 | 38,620 |
| 33-36 | 390 | 41,840 |
| 37-40 | 420 | 45,060 |
| 41-44 | 450 | 47,840 |
| 45-48 | 480 | 50,190 |
| 49-52 | 510 | 51,330 |
| 53-56 | 540 | 52,470 |
| 57-60 | 580 | 53,610 |
| 61-64 | 610 | 54,750 |
| 65-68 | 650 | 55,890 |
| 69-72 | 680 | 57,030 |
| 73-76 | 720 | 58,170 |
| 77-81 | 750 | 59,310 |
| キロ程 | 料金(円) |
|---|---|
| 1-35 | 350 |
| 36-50 | 410 |
| 51-65 | 510 |
| 66km以上 | 620 |
西武鉄道は1枚の通勤定期券で2つのルートを利用できる特殊連絡定期券を発売し、乗客の需要喚起を促している。 この定期券は西武鉄道発行のPASMO定期券限定となるが、都心側のターミナル駅の利用が可能で、途中接続駅での乗り継ぎも容易になる。
西武鉄道は、沿線に秩父や川越といった有名観光地があり、観光客向けに「フリーきっぷ」を発売している。
西武鉄道は、2003年に小田急電鉄と業務提携を結んでいることから、小田急線各駅で発売している各種フリーパスも発売している。この乗車券には西武線乗車駅から西武新宿線西武新宿駅までの往復乗車券が追加されている。
その他、JR青梅線奥多摩方面へのアクセス用に奥多摩ハイキングフリーきっぷの設定がある。
また、山手線西側に発着する鉄道会社としては、京王電鉄と共に東京メトロ線内フリーの“○○東京メトロ”パスの提携がない。
さらにはシーズン限定の切符として以下の3つの切符の設定がある。
いずれの切符も西武鉄道の駅員が配置されていない小竹向原駅では購入することができない。
2010年度までに全駅(営業線のみ)バリアフリー化を目標に掲げ、下記を含めるバリアフリー化事業を行っている。
1992年の高田馬場駅ホーム・駅舎改良工事の開始以降、駅のバリアフリー化工事や駅舎の橋上化・建て替え工事が活発に行われるようになった(小竹向原を除く。ただし、さらにさかのぼると1977年の現在の西武新宿駅の駅ビル(新宿プリンスホテルビル)完成時にきっぷ売り場と改札口の間の階段横にスロープが設置され、西武最初のバリアフリー化が行われている。このスロープは30年経った2007年に改修された)。設備改良の主な内容は、スロープなどの設置による段差の解消を前述通り1977年の西武新宿駅の一部から、エレベーター設置を1987年開業の航空公園駅から、エスカレーターの設置を1991年の本川越駅から、改札脇にお客様オープンカウンターの設置を2001年の所沢駅から、待合室の設置を2006年の新所沢駅から、トイレの多機能化(だれでもトイレ)、ホーム屋根の大型化、案内表記の改修・追加、コンコースにLED式発車案内表示器の設置を1998年の高田馬場駅からなどである(ホームのみにはすでに主要駅のみで発車案内表示器が1980年3月のダイヤ改正より幕式による発車案内表示器が設置されている。その後、1993年と2005年にそれぞれ当時最新のLED式に更新された)。近年では一日の利用客が5000人以下の駅でもバリアフリー化が実施されている。駅売店の改良も行われているが、近年は駅ナカコンビニTOMONYに置き換える場合が多い。Emio(エミオ)などの駅ナカ商業施設の建設も進められ、利用者の充実性・利便性の向上も図られている。
多機能トイレは使用後の臭いを抑えるため、芳香剤を置かなくても自然換気だけで広範囲の換気ができるよう工夫されている。また、利用者にこのトイレの清潔感や明るさを感じてもらうため、照明配置を工夫して明るくしたり、造花や絵画を飾るなどの工夫がなされている。
ホームには2台以上の大型総合案内板が1987年より設置されている(一部駅を除く)。これには最上部に駅名表(LED式電灯付)、下部に西武鉄道路線図、停車駅ごあんない、時刻表、急行・準急・(普通→)各停それぞれの所要時間がまとめて入っている。その後、2008年より全て新コーポレートカラーに合わせたデザインとなっている。駅名表のみのものは、1987年の航空公園駅から使用している簡易的なものと2008年の新コーポレートカラーに合わせたデザインのものなど約5種類存在する。池袋線(一部駅を除く)は副都心線開業にあわせホーム番号・方面を表記する看板をすべて新しいものに交換し同一デザインとしている。他の駅でも駅設備の改良と共に交換をしている。しかし、池袋線では厚型であったが、その後他駅で設置されたものは薄型となり英語表記のほかに、韓国語、中国語の表記もされている。1970年代に導入された旧ホーム番号表記看板が現在、鷺ノ宮駅、武蔵関駅、狭山市駅、入曽駅、南大塚駅、石神井公園駅の下りホームの一部、西武秩父線の一部駅に残っているがこれも2010年代初期までには取り替えられる予定になっている。
西武鉄道ではすべての駅(小竹向原を除く)に自動体外式除細動器 (AED) と列車非常通報装置、列車進入警報装置が設置されている。これらの設置は2008年度中に終了した。2007年には遠隔放送装置を導入し、総合司令室より全駅または指定駅への遠隔放送により正確な情報を迅速に伝達することが可能になった。また、「あなたの駅でも定期を」をモットーに、自動定期券発売機の設置を進めている(小竹向原を除く)。また、2009年10月頃より一部駅の自動定期発売機にクレジットカード対応とするためのシステム追加が行われている。
線路面では低騒音化や乗り心地の改善に力を注いでいる。1975年より線路のロングレール化が実施されている。分岐(ポイント)での横揺れや騒音を軽減するため、普通分岐器から弾性分岐器への交換を進めている。1996年までF級電気機関車のE851形が走行していたこともあり線路の基礎がしっかりして、他社より乗り心地が良いと利用者から言われることが多い。民家が隣接しているところには防音壁を設置し対策している。2000年頃から架線柱のビームを丈夫で寿命が長いパイプ式への交換が進んでいる。
歩行者用、自動車通行可能な踏切共にすべての踏切で遮断機及び警報器が自動化されている。踏切の遮断機・警報器や起動装置などのメーカーはすべて京三製作所となっている。2008年度には自動車が通行可能な踏切242踏切に、踏切支障報知装置(非常ボタン)と踏切支障検知装置の設置を完了した。列車の運転士が運転中に踏切遮断機の作動を確認する線路脇に設置されている表示灯は、他社では見られない特殊なものとなっている。他社では電球色で「×」印の表示灯が一般的だが、西武鉄道では踏切の警報灯と同じ上下点滅式のLED表示灯となっている。2005年より比較的大きな踏切では道路と歩行者用通路を明確にし歩行者の安全を確保するため、歩行者用通路が緑色で塗りわけられている。なお、警報音は設置当初から数十年以上手鳴らしによる「カンカンカンカン」という西武独自の独特な音のものであったが、1990年頃より2世代前、1992年頃より1世代前のものへ変更が始まり、一時期現行のもの含めすべての警報音が重なった時期もあったが、2008年に1世代前と現行の4代目の2つのみに統一された。なお、現在の2つは列車接近警報装置の警報音としても使用されている。
形式ごとの性能に統一性がないため、運転士は系列ごと[8]に性能や操作、感覚を記憶しなければならない。本社訓練所には、2000系と20000系の運転(車掌)シミュレーターがあり定期的に運転士はここで訓練する。
西武鉄道の車掌で特徴的なのは、乗務中は原則として運転席に座ることを禁止としていることである。現在は自動放送を簡略化し、車掌が直接わかりやすく通過駅や接続電車などの放送をさせるようにしている。電車の折り返し時や停車時間が長い駅では毎度車掌が車内に入り車内温度を確認する。また、始発時初めの放送するときには乗務員室扉を開き車内の音量が適切か確認させるように指導されている。
西武鉄道では、グループビジョンのグループ宣言に、「常に、自然環境・地球環境への配慮を忘れません。」と掲げている通り、以下のような環境保全活動を行っている。(以下は、大まかな例であり環境保全活動の極一部。)
鉄道会社としては初めてSEGES(シージェス)の認定を受けた森林「飯能・西武の森」を保有している。認定ランクは5段階評価中3段階目。認定を受けた会社としては最大級で、面積は約77ヘクタール。地域市民の憩いの場として、また自然体験を始めとする環境教育の場として使用されている。2008年9月より5ヵ年計画で整備をする予定である。
2007年に電車から架線に戻された回生電力の貯蔵を行う「環境配慮型蓄電装置」を日本国内で初めて吾野変電所および正丸変電所に導入した。これにより電力使用量の削減につながった。また、変電所では2001年より整流器の冷媒を代替フロンから環境に影響のない純水に切り替えている。2008年より変電所で定期的に交換される蓄電池の再利用を行っていて、廃棄物の削減を図っている。
2005年度以降にリニューアルされた駅や建て替えを施行した駅の一部では、太陽光発電システムの導入が行われたり、風力発電システムの導入が行われるなどしている。案内表示看板内の照明をLED化することで消費電力の大幅な削減を図っている。駅の構築でVOCの発生を抑えるため、鉄骨材の塗装をやめて溶融亜鉛めっきを取り入れている。また、信号踏切等の設備の塗装では低VOC塗装を使用している。2009年度から一部駅でホームや駅前ベンチの緑化が行われた。旧駅舎に使用されていた古レールを活用し、駅の案内表示の柱に使用している。
鉄道車両では、軽量化などによって消費電力の削減を図り、新型車両についてはこれが置き換える旧型車両に比べ約半分以下の消費電力となっている。また、車内や車体のリサイクル性を高めるため新型車両ではリサイクル可能な素材の採用などがなされている。冷房装置の冷媒を代替フロンに置き換えることによって、オゾン層破壊への影響を低減させている。また、使わなくなった一部車両を地方中小私鉄に譲渡して、解体にかかる環境負担を低減させると共に省資源化を図っている。廃棄物対策として、車両部品の非アスベスト化や電子機器プリント基板の非鉛化を図っている。
線路内の法面の緑化を行い環境保全と景観向上を図っている。また、一部社員を地域の清掃活動や自治体とタイアップした植栽ボランティア活動に定期的に参加させている。この活動により社員が環境に対する意識を高めてもらおうとしている。
武蔵横手駅の線路脇事業用地ではヤギ(雄のそら君と雌のみどりちゃん)の放牧による草刈りを2009年8月頃より試験的に開始している。これにより、従来社員が草刈り機を使用して行っていた草刈りを省くことができ、草刈り機の燃料費の削減、またこれに伴う環境負荷の低減につながることを期待している。
乗車券類のリサイクルを行い再資源化を図っている。また同じように電気関係工事で発生する銅屑、鉄屑などのリサイクルも行っている。
2009年4月には日本政府が進める地球温暖化防止プロジェクト「チーム・マイナス6%」に加盟している。
西武鉄道では幾多のオリジナルキャラクターを駅や電車内で使用している。2004年頃から西武鉄道が保有する電車の各形式がキャラクター化されている。2007年度より「グットマナーをありがとうシリーズ」で各動物をキャラクター化している。同年度から西武鉄道が毎月1日に発行する「西武鉄道 かわら版」内のマナーを呼びかけをする欄で毎年度違うキャラクターを製作している。ちなみに2007年度はマナーかるたをテーマとして中学生の「たけしくん」、2008年度は小学生探偵の「サトローくん」、2009年度は学習型のマナーロボット「マナっボットくん」であった。また、沿線祭りの宣伝ポスターで解説などをするキャラクターとして「まつりちゃん」がいる。
多摩都市モノレールでは運転士養成の設備が整っていないため、西武鉄道に運転士の養成を委託している。西武鉄道社内で養成を受けているときは西武鉄道の制服を着用しているため、一般客が見分けることはできない。
「西武グループ」を参照
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