| 赤ひげ Red Beard |
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| 監督 | 黒澤明 |
| 製作 | 田中友幸 菊島隆三 |
| 脚本 | 井手雅人 小国英雄 菊島隆三 黒澤明 |
| 出演者 | 三船敏郎 加山雄三 山崎努 |
| 音楽 | 佐藤勝 |
| 撮影 | 中井朝一 斎藤孝雄 |
| 編集 | 黒澤明 |
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| 公開 | 1965年4月3日 |
| 上映時間 | 185分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 日本語 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
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| IMDb | |
『赤ひげ』(あかひげ)は、1965年に東宝、黒澤プロダクションにより製作された日本の映画。白黒作品。
目次 |
山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』を、黒澤明監督が「日本映画の危機が叫ばれているが、それを救うものは映画を創る人々の情熱と誠実以外にはない。私は、この『赤ひげ』という作品の中にスタッフ全員の力をギリギリまで絞り出してもらう。そして映画の可能性をギリギリまで追ってみる。」という熱意で、当時のどの日本映画よりも長い2年の歳月をかけて映画化した黒澤ヒューマニズム映画の頂点ともいえる名作。前半はほぼ原作通りに進むが、後半はドストエフスキーの「虐げられた人々」を取り入れて構築されている。完成した作品を観た山本周五郎をして「原作よりいい」と言わしめ、興行も大ヒットを収めたが 、黒澤はこの作品の制作費の調達のために抵当に入れていた自宅を売却することになる。
当初、1964年末封切の予定であったが、制作の遅れから不可能となり、代わりにゴジラシリーズの「三大怪獣 地球最大の決戦」が制作された。
国内のみならず、海外でもヴェネチア国際映画祭サン・ジョルジュ賞などを受賞。主演の三船敏郎もヴェネチア国際映画祭最優秀男優賞を受賞したが、同時にこれが黒澤映画における最後の「白黒映画作品」「三船出演作品」「泥臭いヒューマニズム作品」となった。翌1966年、黒澤は東宝との専属契約を解除し、海外の製作資本へと目を向けることになる。
主人公の青年、保本登(加山雄三) が小石川養生所へ続く坂を上り角寸の巨大な門をくぐっていく場面から映画が始まる。養生所の責任者である新出去定(にいできょじょう:三船敏郎)に会うように言われてきた保本だが知らない間に養生所の医師として働くように段取りがつけられていた。
長崎へ遊学(留学)した保本は、帰ってくれば父の友人である天野源伯が推薦し幕府の医学機関へ出仕と天野の娘で許嫁のちぐさ(藤山陽子)との結婚が決まっていた。だが、ちぐさは保本の遊学中に他の男と恋仲になり子供まで生んでいた。納得できない保本だが幕府からの辞令であるため勝手に出て行けない。ストライキを起こし新出が自分を追い出すまで勤務にもつかず不貞寝を決め込む。
新出が不在の夜、養生所の敷地に建てられた寮の座敷牢に閉じ込められた若い狂女(香川京子)が保本の部屋に忍び込んでくる。何人もの男を殺した娘と知りながら喩えようもない美しさに惑わされ隙を見せた保本が殺されかけるが間一髪で新出に救われる。怪我を負った保本を新出は叱らず「恥じることはないが、懲りるだけは懲りろ」と治療をする。
勤務に復帰した保本は新出の往診に同行する。松平壱岐(千葉信男)や和泉屋徳兵衛(志村喬)といった実力者の上前をハネて裏長屋にすむ最下層の人間たちの治療費にあてる新出は同時に社会が貧困や無知といった矛盾を生み人間の命や幸福を奪っていく現実から目を逸らしていなかった。
天野の娘で許嫁のちぐさ(藤山陽子)に裏切られるなど心の傷を負っていた保本は成長を遂げちぐさの妹であるまさえ(内藤洋子)との結納の席で天野の推薦で決まった幕府への出仕はせず小石川養生所で勤務を続けたいが同意してくれるかとまさえに問い彼女の気持ちを確かめる。
ラスト、保本は新出と小石川養生所へ続く坂を上りながら己の決意を伝えている。自分が決して尊敬されるべき人物でなく無力な医師でしかないと新出は語り、保本の情熱を無軌道なものと拒絶するが保本はあきらめず、最後に新出は保本へ忠告する。
「お前は必ず後悔する」
「試してみましょう」
保本へ背を向け小石川養生所の門をくぐっていく「赤ひげ」。その背後の巨大な門は丁度、二人の人間がしっかりと手をつないでいるかの様にも見え二人の未来を暗示している。
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