野島 伸司(のじま しんじ、1963年3月4日 - )は、日本のテレビドラマ、映画の脚本家である。近年、詩・作詞、絵本、小説の分野にも進出している。
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デビュー時より山田太一のような社会派テレビドラマを書くことを希望していた。大多亮にその希望を伝えた際に、(フジテレビの)局風に合わないと却下されている。その後、山田作品を多く制作した東京放送(現・TBSテレビ)に売り込みをかけ、その後長年にわたってコンビを組むことになるドラマプロデューサー伊藤一尋にアプローチ。ふぞろいシリーズなどのヒット作を生んだ金10枠を希望。野島が書くならと、伊藤Pや編成部も快諾した。
1992年の『愛という名のもとに』以降、暴力、いじめ、障害者、自殺問題など、現代社会の暗部を独自の視点で鋭く切り取った作品を多く手がけた。また、過去の作品の中でも、「同情」「偽善」というセリフが多く使われている。そのため、ありとあらゆる不幸が登場人物に苛烈なまでに襲いかかる展開が描かれ、過剰な描写も多い。さらに、作品終盤でヒロインが死ぬ、もしくは死んだように見せる展開も多い。このことには、「ストーリー上の起伏をつけるための口実である」、「興味本位のあざとい手法である」、「軽々しく人の生死をドラマの演出として用いている」などの批判が多い。
このドラマ中のグロテスクな表現は、日本PTA全国協議会のアンケートでも度々問題として取り上げられる事が多い。野島脚本のドラマが高視聴率をマークするようになった1994年以降、野島作品を含めたテレビドラマが「子供に見せたくない番組」ワーストランキングに入るようになった(他の脚本家の作品には、『14才の母』や『ライフ』がランクインしている)。また、1998年の『聖者の行進』(TBS系)は、暴力描写の多さに視聴者からの抗議が殺到し、スポンサーの三共がTBS金曜ドラマ枠のスポンサーを降りるという事態も発生した。ナンシー関は生前、週刊文春のコラムで再三にわたって野島作品を「偽善である」と非難していた。後に週刊文春がこれに同調、「偽善ドラマ撲滅キャンペーン」と称して野島バッシングを繰り広げた。また、キャスティングの段階で、役内容(レイプシーン、いじめ役、近親相姦など)を理由にオファーを断わる事務所もあった(『高校教師』1993年版での観月ありさ、『リップスティック』での木村拓哉など)。
独特のセンスによるドラマのテーマ曲選びが魅力の一つとなっている。1993年の『高校教師』(TBS)では森田童子、1995年の『未成年』(TBS系)ではカーペンターズ、2001年の『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』(TBS系)ではABBAを起用し、それぞれのリバイバル・ブームを巻き起こしている。
タイトルを既存の作品から借用することが少なくない。デビュー作の『時には…』はカルメン・マキのヒット曲(1969年発売、寺山修司作詞)と同名である。『人間失格』(1994年、TBS系)は太宰治の『人間失格』と同名であったため、ドラマスタート前に遺族からのクレームにより『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』と改題された(『たとえばぼくが死んだら』は森田童子の曲名)。この野島の手法について、児童文学作家舟崎克彦は自著のコラムの中で「過去の名作のパクり」「原作を知らぬ少年少女達の共感を煽って視聴率を稼いでいる」と厳しい非難を浴びせている。
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