HISASHI(ヒサシ、1972年2月2日 - )は、日本のミュージシャンである。ロックバンド・GLAYのギタリスト。本名、外村 尚(とのむら ひさし)。愛称は、トノ。
青森県弘前市生まれ、北海道函館市で育つ。函館市立日吉ヶ丘小学校、北海道函館稜北高等学校卒業。身長168cm。
Radio Carolineのウエノコウジ、THE MAD CAPSULE MARKETSのMOTOKATSU、TERUと組んだバンド「rally」のリーダーも務める。
経歴
- 出生〜小学校時代 1972年2月2日〜1984年3月
幼い頃から、ゲームやメカが好きで、ラジカセなどを分解していた。
自宅には、外科医であった父親のオーディオルームがあった。両親からは立ち入りを禁止されていたが、こっそり入っては満喫していた。特に、部屋の中の数多のオーディオ機器は彼の興味を益々そそった。この背景により、彼にとって音楽はとても身近なものになり、今の彼の基盤ともなっていると言える
生まれは青森県弘前市、その後2歳で七戸町、4歳でむつ市に移り住む。小学校4年生の頃、父親の仕事の関係で、むつ市から北海道函館市に引っ越す。
- 中学時代 1984年4月〜1987年3月
ラジオでエアチェックしたロックミュージックに魅了され、音楽に没頭し、中学2年生の頃には、通販でギターを購入(初心者セットのストラトキャスターモデルと言われている)。音楽雑誌を友人に借りては読み、函館の店に置いていなかったレコードは兄に頼んで札幌まで買いにいってもらっていたことも。そもそも、バンドに興味を持ったきっかけは、1つ年上の兄やその友達に影響されている面があるようだ。父親が病死したのも、この頃のことである。
- 函館稜北高校時代 1987年4月〜1990年3月
積極的にメンバーを集め、「蟻」というパンクバンドを組んだが1年で解散。 高校2年生の頃に、同じ高校に通っていたGLAYのリーダーであるTAKUROと出会い、ツインギターの相棒を探している事を知る。そのツインギターに興味を持ち、GLAYに加入。卒業後は、家族と共に上京した。
実は、当時の先生から「バンドは無理だ」と言われたらしいが、本人は受け入れず続けた。ちなみに、TAKURO曰く高校3年間でノートを1冊しか使わなかったという[1]。
- 上京〜インディーズ時代 1990年4月〜1994年5月24日
アルバイトを転々としながらGLAYの活動を続ける。
1991年には、ベーシストが不在になり、短期間ながらベースを担当していたこともある。よくライブで被っていた魔女帽がトレードマークであった。
- メジャーデビュー後 1994年5月25日〜
1994年 5月25日「RAIN」でメジャーデビュー。
1998年 5月18日“pure soul”TOUR '98 北海道厚生年金会館での公演中に脚を骨折するという惨事が発生。それにより以後5会場が延期になるものの、骨折部分にボルトを入れ、5月30日の大阪厚生年金会館からツアーに復帰する。この事件を、ホテルメランコリー(別冊カドカワ内)というエッセイで語っているほか、「毒ロック」の歌詞でも軽くこの事件を匂わせている。ツアー終了後、入院。
1999年 同郷の一般人女性と結婚。 12月16日メンバープロデュース・ファンクラブ限定ライブの一環として、HISASHIプロデュース「RESONANCE Vol.1」を新宿CODEで行う。このライブで、VJ TEAM"e-メール"と初共演した。(その後、GLAY ARENA TOUR 2000「HEAVY GAUGE」、GLAY DOME TOUR 2001-2002「ONE LOVE」でも共演)なお、このライブには20歳以上限定という年齢制限があった。
2001年 HISASHIが愛用している「binary」とのコラボレーショングッズ、「HISASHI VS binary WネームTシャツ」をファンクラブ限定で発売。
2004年 長年の喫煙を止め、TERUと一緒に禁煙を開始。 だが、大人の嗜好品という理由で未だに禁煙は成功していない。
2005年 8月26日DJを務めるラジオ番組の放送100回を記念して、『FM-FUJI CYBER NET CITY FULL METAL MIX 100回記念スペシャル』を富士急ハイランド園内サテライト・スタジオLAGOONで行う。 11月20日 新木場STUDIOCOASTで行われたcandystripperの10周年記念イベントの音楽・DJを担当。自らギターを弾く場面も。
2009年 1月からMUSIC ON! TVにてレギュラープログラム『RX-72 〜HISASHI (GLAY) VS 茂木淳一〜』がスタート。幅広い趣味を持つことでも有名なHISASHIを中心に、“モノ”をテーマにしたプログラムとなっている。 4月17日 デビュー15周年を記念して行われるメンバープロデュースライブの中のひとつとして、HISASHIプロデュース『GLAY THE GREAT VACATION -extra- RESONANCE Vol.2』をディファ有明で行う。また、このライブはYahoo!動画にて生配信された。7月にデザイナーの片山勇のドキュメンタリー映画『イサム・カタヤマ=アルチザザル・ライフ』が公開。映画全編のサウンドトラックをTAKUROとタッグを組み「AUDIO 2 AUDIO」名義で担当した。(AUDIO 2 AUDIOの音源はCD化されていない)
2011年 映画『EXILE PRIDE』のサウンドトラックをAUDIO 2 AUDIOとして担当。
使用ギター
Tokai
TALBOは長年愛用しているギターで、1999年、2001年、そして2004年に行われたGLAY EXPOでは、「TALBO自慢コンテスト」を開催している。
- Tokai TALBO PLATINUM BLACK
- 97年頃から、最も多く使われているTALBO。3本所有している。1997年当初は通常のPLATINUM BLACK仕様だったが、翌年ペグ、ストリングセイバー、ブリッジ、ノブに至るまで真っ黒に変更された。通称「黒タルボ」。中には光線銃を内蔵したものもあり、「ビリビリクラッシュメン」のソロで披露するのが定番になっている。
- ボディはアルミニウム製。ネックはメイプルネックでローズ指板、22F 648mm ロングスケールで、1997年当初はTokaiロゴが入っていたが、翌年になってロゴなしに変更。ピックアップはフロントがFernandes SUSTAINER、センターがBill Lawrence L-250、リアがDiMarzio PAF Pro。ペグはGotoh Mugnum-lock。ナットはSchaller ロック式。
- Tokai TALBO CLEAR
- Tokai TALBO PLATINUM BLUE
- Tokai TALBO CRYSTAL
- Tokai TALBO CRYSTAL BLUE
ZEMAITIS
2002年頃から使い始め、最近では多くの曲で使用している。中には一千万円もの値がつくものもある。
- HISASHIの現在のメインギター。完全オーダーメイドで、複雑な彫刻を施したアルミ・プレートがボディ・トップに貼られている。ブリッジやテールピースも一つ一つアルミの削り出しによって作られた、ハンドメイド・ギターである。ハイ寄りの出力に特徴があり、ボディの鳴りをメタルプレートが押し付ける感じがダイレクトに伝わるという。ホンジュラス・マホガニー製ボディで、ネックもマホガニー。24F 635mm スケール。
- HISASHI自身インタビューで
「いつも100%の自分でステージに上がりたいけど、“100”じゃダメ。“120”くらいじゃないと覚醒が起こらない。その“20”をZEMAITISに託してる。そのくらい信頼のおけるギターになった」
と語っている。
- 上記と同様のハンドメイド・ギターで、ボディ・トップ一面にシェル(白蝶貝)が敷き詰められている。手に入れた当初は、トラスロッド・カバーが無かったが、後で取り付けられたという。ボディ、ネックは同様のマホガニー。
- ZEMAITIS PEARL FRONT
- ZEMAITIS INLAY FRONT
その他
- 99年頃まではコリーナ製・'82年製のものをTALBOと並んでメインギターの1つとして使っていたが、『pure soul』ホールツアーにてネックが折れてしまったため、以降あまり使われなくなった。
- Journeyman #015
- Journeyman HSS-02
- GTZ Heart&Soul
- GTZ Cross Bone 6's
- Gibson Les Paul Custom
- ニューヨークでStratocaster、Jaguarと共に購入。購入後、ピックアップカバーを外している。
- '55年製。
- '65年製。
- MIDIギター。『ONE LOVE』収録曲「嫉妬」のPVなどで使用。
- ヘッドが存在しないので、チューニングを安定させたまま、アームアップ/ダウンが可能なギター。2ハムバッカー・レイアウト。
- Gretsch DUO JET
- Jerry Jones Electric Sitar
- 『HEAVY GAUGE』収録曲「Will Be King」用に購入したエレクトリックシタール。近年では「Winter,again」のアコースティック・バージョンなどで使用。
- G-Life DSG Life HISASHI CUSTOM
- DAITAプロデュースのブランド「G-Life Guitars」によるギター。ピックアップ部分にサスティナーを搭載しているため、従来のG-Lifeシリーズのギターとはコントロール部のスイッチの配置が異なる。[2]
参加作品
- SPEED BALL / D.I.E. (1996年3月15日)
- 「無為自然」にTAKUROと共にギターで参加。
- Mind Drum / TOSHI NAGAI (1996年11月30日)
- 「Inguz」にTERUがドラム、HISASHIがギター、JIROがベースで参加している。
- FRAGILE / D.I.E. (1998年4月1日)
- 「SUPER HYPER CRAZY WOMAN」にギターで参加。
- D.O.S.Drum / TOSHI NAGAI (1999年7月21日)
- 「Laissez-moi Tranquille!」にTAKURO、HISASHIがギターで、JIROがベースで参加。
- 明日に架ける橋 / JUNKO (1999年7月31日) (VHS)
- 「明日に架ける橋」に、TAKUROがギターとオルガンで、HISASHIがギターとサウンド・プロデュース、ミックス、JIROがベース、Toshi Nagaiがドラム、D.I.Eがピアノとキーボードで参加。
- SAKURAドロップス/Letters / 宇多田ヒカル (2002年5月9日)
- 「Letters」に、Charと共にアコースティック・ギターで参加。
- PARADE〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜 / V.A. (2005年12月21日)
- 「悪の華」にrallyとして参加。
- IN THE MOOD / 氷室京介 (2006年10月20日)
- 「SAY SOMETHING」にTAKURO、JIRO、Toshi Nagaiと共に演奏で参加。TERUもコーラスで参加している。
- 20th Anniversary ALL SINGLES COMPLETE BEST JUST MOVIN' ON 〜ALL THE-S-HIT〜 / 氷室京介 (2008年6月11日)
- 「Keep the faith」にギターで参加。
- 激情/sickbed / STEALTH (2010年10月31日)
- 「激情」「EREANOR」にギターで参加。
- アルストロメリア / STEALTH (2010年12月24日)
- 「激情 -Loud Sonic Electra-」「GREEN WAY」「EREANOR -Completed burst-」「SHADY」にギターで参加。
その他
- 兄弟は兄1人。名は薫。
- お腹にいるときは医者が女の子としていたため、親は「みどり」と名づけていた。そのため、自分でも時折「みどり」の部分を認識している。[3]
- ピッキングハーモニクスをよく好んで使用する。
- アニメや漫画・自動車・バイクやパソコンなど、幅広い趣味を持っている。好きなアニメは『機動戦士ガンダム』『涼宮ハルヒの憂鬱』など。『GLAY ARENA TOUR 2007 LOVE IS BEAUTIFUL』では、『涼宮ハルヒの憂鬱』の涼宮ハルヒがプリントされたピックを使用していた。
- 紀里谷和明監督と親交があったことから、TAKUROと共に『CASSHERN』に出演(虐殺される民間人役、2004年)。この時、間違えて「TAKURO!」と叫んでいるが監督はOKを出した。これに対し、TAKUROは実際に感極まってしまったという。
- TAKUROとは音楽の嗜好が正反対で、TAKURO曰く「GLAYの中でのライバル」。また、TAKUROは自分が何か提案した時に反論してくれるのがHISASHIであると語っている。また、「彼は短い小節のなかで印象的な音を選ぶのが天才的にうまい。僕も聴いててギターを弾きたくなる」と賞賛している。
- JIROと決して仲が悪いわけではない。バンド結成から10年近く経ってようやく2人きりで飲みに行ったと語っていた。
- 音楽番組などでは発言回数が少ないが、GLAY×EXILEとしてライブトークに参加した時、EXILEのリーダー・HIROは「今回、一緒に仕事をしてみて、一番印象と違っていた人は誰ですか?」という質問に対し、「HISASHIさんですかね。結構寡黙なイメージがあったんですけど、しゃべって、おもしろい方だったので。」と語っている。
- 日本テレビの音楽番組『FUN』にて、GLAYが松山千春と共演した際に、「HISASHIはものすごくピュアだ。こいつのピュアさが、(バンドを)支えているのかもしれない」「こいつが辞めない限りGLAYは解散しない」と、松山に評された。
- DAITAとは「同世代のギタリスト」であることに加え、「アニメ好き」ということで交流がある。また、GLAYファンクラブ会報Vol.19では「DAITA君はサンライズ仲間」と語っている。
- 愛車は白のポルシェ・911であり、車色が白でホイールが黒という点が気に入っているらしい。また、無類の車好きでありグランツーリスモ製作者、ポリフォニー・デジタル社代表取締役である山内一典氏とも対談し、初めての車はランチア・デルタであったことを話した。また、自身が大好きな映画だと語る『バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ』に登場する劇中車・デロリアン社のDMC-12を手に入れようと奮闘したこともある。反面、徳大寺有恒との対談では「デロリアンを手に入れてしまったら、欲しいものがなくなっちゃうんじゃないか」という不安も明かしている。自身のテレビ番組でルノー社の5(サンク)ターボも好きで、専門店まで探しに行った事を話し、自身の所有するロスマンズカラーのFLY社製ルノー5ターボ ラリー コスタブラバ '85のスロットカーを番組内で披露した。
- 自らTwitterでマツダRX-7(FD後期型)を写真付きで「車内&ボディ洗車完了!ハシる」とつぶやいていた。写真から確認できる改造点はドアミラーをガナードミラー、ラジオアンテナをロッド式からヘリカルアンテナへ交換しているのが確認できる。後のツイートでアルミとバンスポを交換しているのも確認できる。
- 2006年頃から帽子をかぶることが多くなり、2007年頃からステージに登場する際には杖を持っていることが多くなった。
- メディアへの感心が非常に高く、自身のプロデュースライブをネット生中継した他、ニコラジ生中継への出演、RX-72のDVD発売記念イベントをUstreamで生中継した。2011年7月30日のファンクラブ限定ライブ「We Love HAPPY SWING」では、ステージ上からウィキペディアを読み上げた。
レギュラー番組
- 『HISASHI'S CYBER NET CITY FULL METAL MIX』(FM-FUJI 毎週土曜日22:00〜) 2008年3月終了
- 『RX-72 〜 HISASHI (GLAY) VS 茂木淳一 〜』(MUSIC ON! TV 毎週金曜日 24:30~25:00 土曜日 22:30~23:00)
書籍
- ありがとう(1997年7月、シンコーミュージック)
音楽雑誌「GiGS」で連載されていたコラムの書籍化。 書籍化にあたり、ギター・機材のコレクションやインタビュー、撮りおろし写真が加えられた。 独特のHISASHI節が満載の1冊となっている。
脚註
- ^ GLAY MOBILE MEMBER MESSAGE
- ^ ギター・マガジン2012年1月号
- ^ 「うちの母親が俺がまだお腹にいる時にずっと女の子だと思い続けてたみたいなんですよ。それで名前も決まってて、俺女の子だったら“みどり”になってたんですよ。で、服とか全部“みどり”って入ってて。でも生まれてみたら男の子でガッカリ(笑)そこらへんで昔から意識する所はありますよね。」(『ヴィシャス』・1997年7月号・シンコーミュージック)
関連項目
外部リンク
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GLAY |
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| TERU (Vocal) - TAKURO (Guitar) - HISASHI (Guitar) - JIRO (Bass) |
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| シングル |
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| アルバム |
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| 映像作品 |
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| デモテープ |
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| その他の楽曲 |
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| 関連項目 |
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