| IKKO | |
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| 生誕 | 1962年1月20日(50歳) 福岡県田川郡福智町 |
| 職業 | 美容家 |
| 公式サイト | |
| http://ikkostyle.jp/ | |
IKKO(いっこー、本名:豊田 一幸(とよだ かずゆき)、1962年1月20日 - )は、日本の美容家、タレント。美容家になる前はヘアメイクアーティストとして活動していた。
「IKKO」は本名の「一幸」の音読み「いっこう」に由来する。また本名の名前のみを音読みとした「豊田 一幸(とよた いっこう)」の名義でも過去に活動していた。
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福岡県田川郡福智町(旧方城町)出身。福岡県立西田川高等学校を経て、北九州美容専門学院(現福岡美容専門学校 北九州校)卒業。
高級美容室「髪結処 サワイイ」で8年間美容師としての修行を経て、ヘアメイクアップアーティストを目指して独立。数々の雑誌の表紙をはじめ、1992年に30代で「アトリエIKKO」を設立、主宰しテレビCM、舞台等でヘアメイクとして活躍。特に和装ヘアメイクを通じ、多くの大女優達の支持を受け、IKKO流「女優メイク」を確立する。また、司会者でフリーになった直後の逸見政孝の専属ヘアメイクを務める。逸見が亡くなった際の死化粧も行った。月命日には欠かさず花を贈るなど、現在でも逸見の家族とは親交がある[1]。女性誌の表紙・ファッションページや、テレビ・CM・舞台・バラエティに出演するほか、トークショーも行う。
常に数誌の女性誌の連載を抱えており、現在は「non-no」、「MORE」、「美人百花」など。ディナーショー、トークショーではメイクデモンストレーションを行うなどして、本業美容家としての活動をしながら、自身の持ち歌や山本リンダの「どうにもとまらない」を歌うなど、エンターテイナーとしての顔も持っている。2009年には全国30ヶ所ツアーも開催された。
2006年7月10日、現在全国各地で行われている美容&ファッション&エンターテインメントの集大成的イベント、初の「IKKO WORLD」が地元福岡のホテルニューオータニ博多で開催される。進行、音響照明、舞台、出演モデルオーディションなどすべて自身で手掛け、モデル10名の衣装、メイクもすべて自身のプロデュース。昼夜あわせて1800名の動員数だった。
2006年7月には初エッセイ『超オンナ磨き〜美のカリスマIKKOの幸せを呼ぶゴールデンルール』を出版し、「コンプレックスこそオンナ磨きの原点」として、自分の体験から得た誰でもすぐできる実践的なノウハウを伝授、「新・美のカリスマ」と呼ばれる。世界文化社から出版された、「IKKO 女の法則」、「IKKO キレイの魔法」の合計販売数が30万部を突破している。最新刊は、「脱・コンプレックス」IKKO流 美のゴールデンルール(世界文化社)。
韓国観光名誉広報大使の他、同国の化粧品会社「Etude House」のキャンペーンキャラクターも務める等、活躍の場を海外にまで広げている。また、2007年12月には『どんだけ〜の法則』でavexより歌手デビュー。自身が紹介したBBクリーム、コロコロローラーが人気を博す。
2005年より、IKKOプロデュースの振袖ブランドを展開、販売が開始される。古典的な旧き良き日本を活かしつつ、斬新な小物を取り入れるなどの独自の発想が評価されている。
2006年10月より始まったおネエ★MANS(日本テレビ)に出演。一般人にもわかり易くスキンケアやメイク指導したり、芸能人の変身を行うコーナーを主に担当。エマニュエルウンガロやグッチなどのハイブランドを身につけつつも、お茶目な言動で番組を盛り上げた。
2007年の流行語大賞にノミネートされた自身の「どんだけ〜!」は現在も健在。関西にある大学の国文科の授業でとりあげられたり(2009年、2010年)、教材に掲載されたりした。
2009年5月から9月まで行われた全国30箇所ツアーでは、本業であるメイクの部と、語り、エンターテイメントの歌、踊りの部があった。「メイクの部」では、モデルへのメイクアップと共に、客席の中から選んだ一般人へのメイクが行われた。「語り」では自身の半生を振り返り、「積もる雪」と言うテーマで語られた。しかし30箇所全て同じ話ではなく、その時の観客を見て内容は変えられていた。「エンターテイメント」は、自身の持ち歌「どんだけ〜!の法則」や「ウルトラアゲアゲDancing」、「どうにもとまらない」「こまっちゃうな」などがダンスと共に披露された。その模様は、『今日感テレビ(RKB毎日放送)』や、『カウントダウン・ドキュメント 秒ヨミ!(中京テレビ、日本テレビ)』でも放映された。
2009年夏には、大塚製薬主催の「ポカリスエット みんなの全力応援CP」[2]のIKKO賞の講師として、全国6ヶ所をメイク指導に訪れた。2009年8月、「IKKOの女アゲアゲツア〜!」(goomo)というwebサイト上の番組が配信された。
世界文化社から出版された「IKKO女の法則」「IKKOキレイの魔法」両著書が併せて30万部を突破した記念として、2009年8月、BEST HIT賞を受賞する。記念品として、IKKOをイメージしたという妖精をモチーフにした、ラリックのグリザリードというクリスタルのオーナメントが贈られる。お祝いとして各3千部限定で、金帯のつけられた両著書も店頭に並んだ。
2009年9月、著書「IKKOのキレイを磨くin韓国」が、ガイドブックとしては異例の販売15ヶ月で6万部を突破した。達筆で、著作や連載誌には自筆で格言を載せる。2009年9月2日から9月7日まで名古屋栄三越デパートで行われた「IKKO WORLD 美の扉」でも書のみのブースが存在した。また自身がキャラクターを務めたSchick Quattro4 for womenの商品やロッテレモビタのど飴の包装ひとつひとつにIKKO格言がついている。2009年格言付きカレンダーも発売した。
韓国観光名誉広報大使の任命、ソウル観光大賞受賞や、ETUDE HOUSEのプロデュースに携わるなど、韓国コスメを日本に広め、日韓交流の橋渡しをした民間外交官としての活躍が認められた。2009年ソウルにSTAR AVENUE LOTTE TOWNがオープンすると、並み居る韓流スターと肩を並べ、STAR AVENUEに単独ブースIKKOメイクルームが出来たり、等身大のパネルの展示や手型が飾られている。2009年10月には、韓国ETUDE HOUSE店内に、「ドリーミングハウス」というIKKOの軽井沢の別荘をイメージしたミニチュアハウスも完成。
2009年10月1日より開局したDATVのオープニングセレモニーに、2009年10月8日には釜山で行われたアジア最大級の映画の祭典、国際映画祭のオープニングセレモニーに出席。また2009年10月より2010年3月まで、『IKKO’SセキララTV』という自身の単独番組が放映された。
2010年3月19日に福岡PARCO4階に「Pink by IKKO」というセレクトショップをオープン。 一部商品を使ってのデモンストレーションが人気を呼んでいる。また、IKKO本人が来店することもある。この店の制服には、IKKOが幼い頃より憧れていたJALの制服の一部を改良したスチュワーデス姿が採用されている。
2010年4月28日、「GORGEOUS」という香水をプロデュース、発表する。大の香水好きでも知られ、ファンから同じ香りを纏いたいとの要望が強かったため。キャッチフレーズは、「忘れられない、離れられない。」地域限定ではあるが、「GORGEOUS」香水のCMも放送された。
2010年5月からはトヨタ・パッソのwebサイト上の「ハナ女子大」にて講義を開講。乙女達の悩み解決のために特別講師として出演。
本業のみならずモデルにも挑戦。2007年「神戸コレクション」にオオトリとして出演。2009年「神戸コレクションプリュス」「福岡アジアコレクション」に出演。「神戸コレクションin神戸」の第2回目のシークレットゲストとして出演。2010年「GirlsAward」に出演。
2010年9月に表参道・青山で行われた「VOGUE」主催のFASHION'S NIGHT OUTのオープニングセレモニー内ファッションショーにてオオトリを務める。
2010年10月、自身の経験からも魅力的な自分であるために、メイクアップやスキンケアはもちろん、身体そして心の健康の重要性を説き、幅広い層より圧倒的な支持を得た理由により、『輝く瞳』推進委員会から「瞳の黄金比率」親善大使に任命される。
2011年11月、出身地である福岡県福智町より、観光大使に任命された[3]。
2008年以前
2009年
2010年
2011年
他多数
出演年月不明
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