J-POP(ジェイポップ)は、FMラジオ局のJ-WAVEによって作られた、日本のポピュラー音楽を指す言葉である。「J」はJapanのJ。これにポップ・ミュージックの「POP」を組み合わせたもの。
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J-WAVEの斎藤日出夫常務(現・代表取締役専務)がレコード会社の邦楽担当者らと会議を行い、「J-POP」という言葉が誕生した[1]。この名称はマスメディア上のカテゴリーのひとつとして誕生し、それにふさわしい音楽を売り手側が分類しているという点において、グラム・パンク・グランジ・オルタナティブ・ロック・ヒップホップなどといった他の音楽ジャンルと異なる、大きな特徴といえる。
一般に使用されるようになるまでにはしばらくの歳月を要し、定着したのは1993年から1996年頃にかけてである。なお、1993年という年は日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が始まった年であり、「Jリーグ」は同年の「新語・流行語大賞」に選ばれている。
1982年に登場したCDおよびその再生装置の爆発的な普及により音楽市場が一気に拡大し、売り上げは右肩上がりを続けて1991年に初の4000億円台を記録すると、1998年の6074億9400万円まで史上最高を更新し続けた[2]。生産量も1991年に3億枚を突破、1993年に4億枚を突破する[3]など成長を続ける中で、個人としても1977年に阿久悠が記録した1172万9000枚の売り上げ記録を、1993年に「負けないで」(ZARD)の作曲などで知られる織田哲郎が16年ぶりに更新した。
J-POPという言葉はこの頃からようやく一般の雑誌などでも見かけるようになり[4][5]、一般庶民にもそれらの媒体を通して徐々に浸透していった。
CDをはじめとしたデジタル技術は音楽制作現場においても革変をもたらした。デジタル技術による音楽制作は人・時間・予算の大幅な削減を可能にし、楽曲の大量生産が可能となった[6]。また、シーケンサーやサンプリング・シンセサイザー、MIDIなどの技術により楽器を実際に弾く事無く楽曲を作成する事も可能となり、その技術にいち早く注目し実際に成功を収めたミュージシャンとして小室哲哉がいる。しかし、制作環境のデジタル化に伴いそれまで製作現場で実際に楽器を演奏していたスタジオミュージシャンの仕事が激減するなどの弊害も生まれている。こうした制作環境の変化に伴う大量生産による音楽制作は確かにミリオンヒットが出現する確率は高まるが、没個性化・質の低下が進み、音楽が消耗品として見られるようになるなど、批判の声もある[7]。ソニー・ミュージックエンタテインメント(当時)の坂本通夫は、1991年を音楽業界の転換点として「音楽が作品から商品に移り変わった時」と語っている。
そして1992年ごろから「ミリオンセラー」という現象が続発するという事象が発生しはじめる。1991年のミリオンセラーは9作品(シングル・アルバムの合算数。以下同様)、1992年は22作品、1994年にはその数は32作品を記録した[8]。また、トップ10のアーティストだけで年間売り上げシェアの4割を占めるなど、先の楽曲の大量生産と相まって一握りの成功者と、その他という図式が出来上がるようになった。
90年代の日本の音楽史を語る上で重要なキーワードとしてKDDというものがある[9]。カラオケ(K)、ドラマ(D)、大幸システム(D)の頭文字を取ったもので、ヒット曲を生み出すための要素とされた。特に長戸大幸の考え出した広告会社や企業と直接提携し作品を制作するシステムは市場において圧倒的な強さを誇り、1993年には長戸の会社ビーイング所属のアーティストが売り上げ1位、2位、4位、5位を占めた[10](ビーイングブーム)。
2000年代に入るとシングル盤の売上が減少しだし、2003年の「世界に一つだけの花」(SMAP)を最後にオリコンの集計で200万枚を超える売上を記録したシングル盤が現れなくなった(2011年現在)。また、2000年代後半に入るとミリオンセラーのCD自体が減少するようになった(日本レコード協会の認定で2008年と2009年の2年連続、オリコンの集計で2008年から3年連続でミリオンセラーとなったシングル盤がなかった[11][12])。
その一方で、音楽配信(デジタル・ダウンロード)の売上が増加するという事象が発生する。日本レコード協会の発表によると、同協会が集計の公表を開始した2005年から2008年まで有料音楽配信の売上金額は上昇を続け[13]、2006年にはシングルCDの生産実績を上回った[14]。但し2009年の売上は前年とほぼ横ばいで[15]、2010年には前年を割っている[16]。
2000年代における音楽ソフト(パッケージ)売上の減少は、「CD」や「レコード」という「音源記録媒体」を購入する時代から「音源そのもの」だけを購入するダウンロード販売が主体の時代へと移行したことを示しており、音楽産業に限らないコンテンツ産業全体におけるデジタル化と高技術化の生んだ現象である。実際、日本レコード協会の発表によると、パッケージと有料音楽配信を合計した売上金額で2005年から2007年まで3年連続で前年を上回っていた[17]が、2008年には前年をやや下回った[13]。
またインターネットの敷居が下がり、個人で利用しやすくなったことにより、ファイル共有ソフトやウェブサイト上での不正アップロードが横行するのも要因であるが、こちらは有料音楽配信もその被害を受けていると考えられる[18]。
2010年になるとシングル盤ばかりかアルバム盤もミリオンセラーとなる作品が少なくなっている(2010年発売のアルバム盤でミリオンを突破したのは2作のみ[19])。さらに2010年のオリコン年間シングルランキングはAKB48と嵐の2組のみでTOP10を独占するなど、特にシングル盤においてアイドルグループとその他アーティストとの売上の格差が大幅に拡大した。一方で、日本レコード協会が発表した2010年のRIAJ有料音楽配信チャートの着うたフル年間チャート[20]では、AKB48の楽曲は「ヘビーローテーション」の12位が最高であり、嵐の楽曲は登場していない。
これらの理由には、一般にAKB商法と呼ばれる、特典を付けることにより熱心なファンが同じ商品を複数買うように誘導する手法が現れたことが挙げられる(詳細は当該項目を参照)。
「ジャパニーズ・ポップス」という言葉(「ジャパニーズ・ポップ」とは言わない)が同じ意味で用いられる事がしばしばある。JFN系キー局であるエフエム東京(TOKYO FM)では、「J-POP」という名称をライバル局から生まれたものとして、特に1990年代のいわゆる「J-POP絶頂期」には極力使わず、代わりの名称としてこの「ジャパニーズ・ポップス」という名称を多用した。同局ではその時期恒常的に「J-POP」をより多く取り上げ(=放送に乗せ)ていたが、その統一タイトルも「ジャパニーズ・ポップス・リフレイン」というもので、JFN系列局もこの名称についてはキー局の意向に多少影響を受けていた。
別途J-ROCKという言い方も内容的にはJ-POPと重なる意味で一時使われたがJ-POPの様には普及しないままとなっている。「日本の」という意味でJ-RAP、J-SOUL等何にでも「J-」を付ける使い方が一時期頻繁に見られた。これらの言葉は現在はほぼ廃れており、「J-POP」がこれらのジャンルの楽曲も内包する言葉であるという見方が主流となっている。
方言としてZ-POP(ジーポップ)が有る。JFL系列のラジオ局ZIP-FM(愛知)とJFN系列のエフエム熊本(FMK)が用いる言葉で、局限定である事(ZIP-FMは放送エリアである名古屋周辺を「ZIP CITY」と呼ぶ)、局による選曲方針の違い等が有るものの、J-POPとほぼ同意義である。
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