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WP:VP | 百科事典
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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「Wikipedia:憶測は書かない」の内容とページの作成の是非について意見募集
目蒲東急之介です。さて当方は憶測は書かないと言うガイドラインの試作を行っております。現在ある程度の内容まで作成しましたが、あとどう言った内容の記述が必要であるのかやページの作成の是非に関してこの井戸端のサブページでご意見とご反論を募りたいと思いますのでよろしくお願いします。--目蒲東急之介 2012年1月12日 (木) 17:01 (UTC)
- 憶測記述の多いジャンルですがアニメやゲーム・漫画記事、特に登場人物のモデルに関する記述を結構見かけます。--多摩に暇人 2012年1月12日 (木) 17:22 (UTC)
- コメントありがとうございます。上記の記述で思い出しましたが、アニメやドラマのあらすじと言うかストーリーや役柄の説明でどうしても「らしい」「そうだ」と言う記述が必要になる部分については当方は例外的に削除しておりません。これは原作者等の著作者人格権の尊重の観点及び過剰表現・大言壮語を行わないとストーリーや役柄等の説明が成り立たないことによるものです。またもう一つですが当方は犯罪・事件記事に於ける警察などが発表した目撃者情報及び捜査関係者の推測の記述の場合も例外的に「(?)」や「某」、「~らしい」などの表現も例外的に削除していません。理由はこれらの記事で警察発表による目撃者や関係者の推測の記述まで削除を行った場合は事件の説明が成り立たない事や警察発表/報道発表を尊重する必要性からこの部分の削除を行っておりません。
- これに関しては例外的に記述しても良いのかも知れませんがこの件のご意見もお願いします。--目蒲東急之介 2012年1月12日 (木) 17:31 (UTC)
- 拝見した草案には《これらの表現は「例え出典があり検証可能性を満たしていても」記述することはできません。》とありますが、ちょっと違和感があります。これらの表現が「出典があり検証可能性を満たしている」なら、「『…ではないか』との推測がある[出典1]」のような記述は可能なはずです。
- 「憶測記述の多い記事」という節ですが、ただジャンルを列挙するだけならあまり意味無いように思います。ジャンルによらず憶測を含む記事はあるわけですから。しかし、たとえばスポーツ記事に特有の「行なってはならない記述」があるとすれば、それらの補足説明はあってもいいのかもしれません。
- >原作者等の著作者人格権の尊重の観点及び過剰表現・大言壮語を行わないとストーリーや役柄等の説明が成り立たない
- 意味がわかりません。原作者が自分の作品の「ストーリーや役柄等の説明」をするのに「らしい」「そうだ」を使うなどというシチュエーションがありうるのですか? はっきりいわずに何らかの仄めかしを試みている場合ということでしょうか。それなら当該発言を「引用」という形で書けばいいわけで、「例外的」措置ということにはならないのでは? --Kojidoi 2012年1月12日 (木) 19:22 (UTC)
- コメントありがとうございます。下段につきましては以前見たアニメ記事かドラマ記事か忘れましたが記事内のあらすじやストーリーの説明に「~らしい」「~そうだ」とあったので「ここまで消すともしかしたらストーリーや役柄等の説明が成り立たなくなるのではないか?」と思い、そう書きました(私はアニメやドラマには基本的に興味が無いのでストーリー等の説明方法は解りませんが恐らく指摘があるように「はっきりいわずに何らかの仄めかしを試みている」ものなのかも知れません。この説明の仕方はネタバレ防止の為のものなのかどうかは不明ですが)。
- 中段に「たとえばスポーツ記事に特有の「行なってはならない記述」があるとすれば、それらの補足説明はあってもいいのかも~」とあったので皆様にお尋ねしますがどの様な説明方法が良いでしょうか?ご意見をお待ちしております。--目蒲東急之介 2012年1月12日 (木) 19:31 (UTC)
- 試作品ページ自体を拝見した限りでは、Wikipedia:言葉を濁さないへの追記の方が向いていると思いますが、独立したガイドライン(方針?)とする理由をお聞かせ頂けますか? --ろう(Law soma) D C 2012年1月13日 (金) 01:11 (UTC)
- コメントありがとうございます。これは以前からガイドラインにすべきと考えていましたが、特に人気芸能人記事等一部の分野の記事で百科事典的ではない記述の終わりに「~らしい」と言う検証しにくいかできない表現が相当に多く、またやはり人気芸能人記事等に於いて出典のある記述であっても「~らしい」と言う記述が(特にファンサイト等で書く様なもの)で目立っていた事もあり、それを防止する為に検討したものです。単にこれだけの理由ですが。尚Wikipedia:避けたい言葉及びWikipedia:言葉を濁さないに提案して追記する方法でも良いと思います。--目蒲東急之介 2012年1月13日 (金) 15:49 (UTC)
- ろう(Law soma)さんと同じく、独立のガイドラインにする必要性に疑問を感じます。それから、特定の文章表現を取り上げて制限するようなルールを作ることで、安易な機械的置き換え・除去を促しかねないと危惧します。現在の知見が不確実で、出典にも推測として書かれている場合には、ウィキペディアの記事にも推測的な表現を使うのが適している場合があるかもしれません。最悪の場合、それを機械的に断定口調に置き換えるような利用者が現れた場合、大量の不正確な記事が生み出されてしまうおそれがあります。
- なお、もし記事の分野別に避けるべき記述を定めることを目指すのであれば、プロジェクトで議論してローカルルールとするほうがよいと思います。--Trca 2012年1月13日 (金) 12:15 (UTC)
- コメントありがとうございます。Trca様の仰られる通り参考文献や出典にも極稀なケースではありますが「出典にも推測として書かれている場合」事例はあります。当方も正確には覚えておりませんが、随分昔に書籍物の記事で(その書籍物は何かの歴史的人物の特集記事だったかと思うがこれは当方がWikipediaを始める随分昔の事でありはっきりと覚えていないのでこれ以上書きようがありませんが)「~の幼少期に通っていた学校は~学校と言う説がある」や「~の家族の人数は~だそうだとのことである」(この文章も正確には覚えていないがこう言う感じであったと思う)と言う記述を見た事はあります。このように参考文献や出典に憶測的記述で書かれている場合には、断定的記述でないことを明確にする為に「この出典に書かれている文章は推測的記述である」と言う断り書きを入れて挿入しても良いかも知れないですね。
- 「避けるべき記述をプロジェクトのローカルルールで議論して制定する事」は検討時点より全く想定すらしておりませんでしたが、分野によって避けるべき憶測記述の抑制や防止の必要があれば行っても良いのではないかと考えます。ただし現時点では当方より各プロジェクトへの提案は行う事はしませんがそれも良い案でしょうね。--目蒲東急之介 2012年1月13日 (金) 15:49 (UTC)
- 学術分野では、新しい知見を盛り込もうとすれば、どうしても仮説的・推測的な内容を含むことになります。参考文献に推測的な記述があることは「極稀なケース」どころかありふれたことで、そのような場合にいちいち断り書きをつければ煩雑になることが容易に予想されます。私はいまある無脊椎動物に関する記事を準備しているのですが、見つかったのが比較的最近で、しかも調査困難な環境に生息しているグループなので、断言できることはわずかしかありません。もし目蒲東急之介さんご提案のような断り書きを導入すれば、少なくとも10か所程度に同じ文面の断り書きを入れることになり、可読性を著しく損なうでしょう。文章表現が推測的であろうと断定的であろうと出典に基づかなくてはならない。情報源において断言されていないことを断言してはいけないし、明言されていることを濁してはいけない。それだけのことではありませんか。
- 多くの記事で執筆者の推測を反映した推測表現が使われているのはおそらく事実で、そのことが問題である点には同意します。執筆者の憶測であると疑われる表現は、{{要出典}}タグなどを用いて対処していくしかないことでしょう。もちろん手間がかかるのは事実ですが、安易なガイドライン作成によって一挙に解決しようとすることで、さらなる悪化を招くことを危惧します。--Trca 2012年1月14日 (土) 11:06 (UTC)
- 多忙により返答が遅れた事をお詫びします。私は顛末と言うか百科事典に不必要な例えばファンサイト的な記述については要出典等を貼らずとも即座に削除しても良いと考えておりますが、参考文献や出典にて仮説/推測/憶測的記述がある場合は問題はないと思いますね(但しその部分にそれを記述している出典の提示が必要になりますが)。
- ガイドラインの作成については一旦取り下げとします。これは参考文献や出典にて仮説/推測/憶測的記述がある場合は掲載も止むを得ない場合があると言う事を今回の議論で了解した事によるものです。但し百科事典に不必要な執筆者の憶測表現については「Wikipedia:言葉を濁さない」でいずれは行う事になると思います。議に参加して頂いた皆様に深く御礼を申し上げます。--目蒲東急之介 2012年1月28日 (土) 14:44 (UTC)
テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について
プロジェクト‐ノート:放送番組#テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について にて、以前と状況が変わったこともあり、新たに発議させていただきました。最近になり、テレビ番組の記事への視聴率の記載に関連して、荒らしによる数字の改竄がある(現在進行中)ことおよび記事から当該記載の削除を求める事案が出てきました。この件に関し、皆様から広く意見を求めたいと思います。よろしくお願いいたします。特に法律に詳しい方々の意見を是非伺いたいと思います。--Don-hide 2012年1月14日 (土) 23:08 (UTC) 追記しました。--Don-hide 2012年1月15日 (日) 15:46 (UTC)
- 上記議論先で議論した中から一部抜粋します。
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- その日のうちに検証可能な資料が(日報・週報・月報以外で)出てこない場合の速報的な数字の記載について。まず、その日のうちに記述する必要性は全く無いですし、こういった、検証可能性等各種文書を無視した記載を繰り返す編集者は、「方針文書の熟読期間」として短期のブロック対象になるのではないかと思います。--Gohki 2012年1月21日 (土) 07:17 (UTC)
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- テレビドラマの視聴率ですが、直近のドラマ(2011年10月期・2012年1月期)の記事の履歴を見たところ、その日のうちにその多くがIPユーザ(おそらく可変IP)が短時間に書き落としていることが判明しました。これは Web 記事にはならない未明帯のものも、さきに指摘したNHK総合やTBSの数字も含んでいます
(テレビ東京ではプライムタイムにおける連続ドラマの制作を2011年9月で打ち切っていますので、対象外です)。現状ですと、IPユーザに対して注意を促しても、IPを変えられてしまえばどうにも出来ないという状態です(当該IPのブロック、同一ISPともなれば、場合によると広域ブロックという手もなくもないですが…)。--Don-hide 2012年1月21日 (土) 07:46 (UTC) 追記しました。--Don-hide 2012年2月5日 (日) 05:48 (UTC) 再修正しました。--Don-hide 2012年2月5日 (日) 05:56 (UTC)
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- 上記の状態は一向に変化ありません。履歴を見る限り、1日単位で当日に割り振られた特定1つの可変IPによって前営業日の数字がすべて書き落とされるという現象に変化ありません。これについては、プロジェクト:テレビドラマ に近く投げかけを行うことも考えております。--Don-hide 2012年1月28日 (土) 23:31 (UTC)
- そこで、直近の履歴を書きますと、
- IP:61.230.8.83(ノート / 履歴 / ログ / Whois)・IP:61.230.2.125(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:61.230.6.206(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- 2月2日(2月1日放送分、2月2日未明放送分を含む)IP:61.230.2.5(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- 2月3日(2月2日放送分)IP:61.230.0.103(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- のように、いずれも可変IPでの記載が行われている実態があります(1月30日書き込みの分ですが、2つの可変IPで記載されていました)。しかも同一地域の同一ISPからの書き込みということになります。視聴率欄はログインユーザが作成することがあるにしても、数字の記載だけIPユーザだけというのは不自然ではないでしょうか?数字が出にくいとされる、NHK総合・TBS(一部除く)・全局未明帯の各ドラマの数字も含まれており、出典の面から毎回視聴率の記載は問題と考えますが、如何でしょうか?プロジェクト‐ノート:放送番組#テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について にご意見お寄せください。--Don-hide 2012年2月5日 (日) 07:51 (UTC)
- 別途、同所にて次のようなコメントも寄せられています。
- テレビ番組における視聴率の話題が出たので、便乗して問題提起してよろしいでしょうか。 主にテレビドラマにおける平均視聴率の算出の件なんですが、現在、ほとんどの個別記事にて出典元をVR社としながら単純計算での記載が半ば通例となっております。しかしVR社が発表する平均視聴率は加重平均を現しますので、単純計算表記は独自研究に当たると思うのですがいかがでしょう。PJ:テレビドラマにおいても明確なガイドラインがないため、例えば家政婦のミタなどで放送終了直後に私を含め複数のユーザーによって軽い編集合戦が起きました。今後、意味のない編集・独自研究を減らすためにもルール作りをしたほうがいいと思います。
-
- それと視聴率の検証可能な資料なんですが、VR社の日報・週報・月報以外では『週刊ザテレビジョン』が1クール終了の約1ヶ月後に発表される「ザテレビジョンアカデミー賞」記事にて連続ドラマの平均視聴率のみ発表しております。一応ここで数字の得にくいNHK・TBS・テレビ東京・深夜ドラマの平均視聴率だけなら知ることができます。尚、ここでも発表する数字はVR社を出典元にしていますので、加重平均値なことを付け足しておきます。--Ddt28 2012年1月29日 (日) 09:15 (UTC)
- こちらについても、プロジェクト‐ノート:放送番組#テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について にご意見お寄せください。--Don-hide 2012年2月5日 (日) 07:51 (UTC)
- プロジェクトになんら関わっていない、法律素人の鈍骨から愚申をば。簡潔に申し上げますとルール形成と記載除去には賛同の意を示すものであります。
- 視聴率を一読願います。かほどに視聴率の信憑性は非常に曖昧で、しかしどの番組にもついて回るもの。このような編集に適したBotに記載を一任しない限りは、一律記載しない方が無用な混乱と毎回の編集を避けるにはよいと小生は思惟します。
- または、視聴率そのものが特筆性を満たさない限り記載すべきではないと小生は思惟します。その例として、「全国での平均視聴率は**%であったが、○○県に限っての視聴率は**%と極めて高い。これはこのドラマで当県の(名所)が大きく取り上げられたためである。」「当番組の20XX年Y月Z日の視聴率は、(大物俳優)の出演により**%を数え、この日のみ同年の(有名番組名)を凌ぐ視聴率を記録した。」などが挙げられましょう。
- 視聴率はそれ自体が無用な競争を生むという可能性。視聴率はそれ自体が既に他番組との優劣の上に成り立っている数値である。家政婦のミタなどで編集合戦と改竄が起こっていることからも分かるように、検証可能性という点がクリアであれども、それが競争を生むおそれがあれば手綱を取る方がよい。
- そも、視聴率の高低と比較が百科事典的な原動力かといえば、小生は大いに疑問を呈する。短絡的な人間にとって、「視聴率が高い」と「番組内容が面白いと考えている人が多い/前評判が高かった/人気アンケート上位キープ/etc」は同義に近く、WP:NOTに多く抵触するようなゴシップ的な編集が増加する可能性は否定できず。
- あえて小生の私情を言わせてもらえれば、視聴率というYoutubeの再生回数ソート以上にメディアからの示威的・恣意的な表現がしやすい物でWikipediaが踊らされるのは愚行と言わざるを得ません。代弁者と調停者と扇動者が意思の肉弾戦を繰り広げるのは前時代の宗教だけで十分です。--力在領域 2012年2月6日 (月) 19:13 (UTC)
力在領域 氏のコメントですが、プロジェクト‐ノート:放送番組#テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について にとりあえずコピー&ペーストさせて頂きました。議論先が散在すると、議論の見通しも悪くなりますので、これ以降の各氏からのコメントについては、プロジェクト‐ノート:放送番組#テレビ番組(テレビアニメ・テレビドラマも含む。)の個別の記事における視聴率の記載について にて承りますので、ご理解とコメントのほど宜しくお願いいたします。--Don-hide 2012年2月6日 (月) 21:19 (UTC)
著作のリンク先が通常の項目名というのは適切か?
著作などに見られるリンクが、著作の項目ではなく、著作に関する用語の項目へリンクしているのは、本来の著作に対してのリンクとは使用方法が間違っているのではないだろうか。0null0 2012年1月15日 (日) 07:04 (UTC)
- たとえば芥川龍之介の『鼻』が「鼻 (芥川龍之介)」ではなく「鼻」にリンクされている、という状態? せっかくリンク先として相応しい項目があるのであれば、そちらにリンクした方が良いでしょうし、著作についての記事が無いからと用語にリンクしてしまうと、記事の読み手が困惑するかも。--Bellcricket 2012年1月15日 (日) 07:38 (UTC)
そうです。適切なリンク先が存在しないために、書名と同音の項目にリンクされていることが、いかがなものかということです。本来ならば、書名の項目が作られるべきなのですが、それ以前に書名と同じ項目にリンクが張られると、書名から全部リンクしなおしになるし、書名のリンクなんて、そもそもウィキペディア利用者は要求しているんだろうか?という疑問はあります。例えば「ラテン帝国衰亡史」という著述があったとして、リンクに「ラテン帝国」にリンクしても、それは著作とは関係性が低いので、リンクする必然性が非常に低いわけです。これをあえてリンクするというのは、私からするとリンクの過剰使用(あえて言うなら過剰リンク)と言わざるを得ません。少なくとも著作についてのリンクは、控えるべきだと考えています。0null0 2012年1月15日 (日) 08:22 (UTC)誤解訂正0null0 2012年1月15日 (日) 08:24 (UTC)
- 6回リンクのマーフィー法則[1]が崩れはしないかと言うとってもくだらない事を真面目に心配している私です。--Toshi999 2012年1月15日 (日) 08:38 (UTC)
- えーっと、悪戯コメントだと勘違いされてしまったかも知れないと言う懸念を少し感じましたので補足しておきます。以前、出典提示した記事を読んだ時に私もちょっと遊んで見て面白いなと楽しめました。それは有る面、主題に無関係な内部リンクが有ると言う事象は何も著作に限らずWikipedia全体で普遍的に行われているから有り得る事だと、私は認識しています。また、私の場合は、その様な一見、無関係な内部リンクを辿る事で、ランダム閲覧に近いと言うか準関連項目閲覧と言うか、その様な感じで色々な記事を辿る中で興味が湧いた記事をまた読むと言う楽しみ方も有りましたので、まぁ、消極的ながらちょっと否定的な部分も有るな・・と、そんな微妙な否定レベルが端的に分かる様に書いたつもりでした。--Toshi999 2012年1月15日 (日) 09:49 (UTC)
ここで問題なのは、著名な著作が項目として存在しないことが第一義(ここ重要)であり、逆にいうならば、百科事典としてふさわしくない部分に項目名関連でリンクするのはいかがなものかというのもあります。確かに、関連性があるということでリンクをはり、そこから派生していくという、ザッピング的なことについての知的拡散は否定しませんが、それは本来の用途とは異なると私は考えます。著作にリンクするならば、その著作に関する既述をすることが必要ではないでしょうか。0null0 2012年1月15日 (日) 10:38 (UTC)誤記修正0null0 2012年1月15日 (日) 10:40 (UTC)
- 問題は著作名に限ったことではなく、同表記の異義語一般の問題だと思います。同表記の異義語が複数あって、そのうち一部しか記事がないときの対処ということになります。仮に「ほにゃらら」という一般的な語と、「ほにゃらら」という題名の著作があって、記事は前者のものしかない場合を考えましょう。もし、著作のほうに特筆性が期待できず、単独項目ができる見込みがなければ、内部リンクにしないのが最善かもしれません。一方、立項される見込みがある場合には、記事ができた場合を見越して[[ほにゃらら (書籍)]]のような赤リンクにしておくのがよいかと思います。ただし、後者の場合に、[[ほにゃらら (著者名)]]等、異なる記事名で立項されてしまうと少し面倒ですが。
- ここで[[ほにゃらら]]にリンクするのは一般的には不適切でしょう。著作についての情報を求めた読者に、求めるものと異なる情報を提示することになってしまうからです。誤ったリンクが面白く感じられることもないとは言いませんが、情報を提示するという百科事典本来の目的を損なってまで追求しなければならないものではありません。
- 余談ですが、「6回リンク」のゲームは、個々のリンクは関連があるものを繋いでいるのに、最終的に関連があるとは思えない項目が繋がるから面白いのだと思います。--Trca 2012年1月15日 (日) 16:46 (UTC)
- いまいちピンと来ないので確認ですが、0null0さんが仰ってる事は、例えば赤川次郎で示されてる著書マリオネットの罠が、マリオネットの罠になっていたり、現在著書のスタブも無いと思われる「十字路」が「十字路」になっていたら、そりゃあかんだろ。と言う意味ですか?もしそうなら、私的には微妙~な感じで否定も肯定も出来ないです。いや、やや0null0さんの意見に肯定よりかも知れません。 --Toshi999 2012年1月16日 (月) 04:33 (UTC)
出典について
先日、1年ぶりにページを作成しまして、参考文献(出典)に関する節がない記事の作成という形のタグが最初に張られました。気になりまして、過去のログで[2]の内容を調べましたが、書籍ではなくゲームであるため公式ホームページでしかほとんどない状況です。出典明記というタグをどうすれば外せるようになるのでしょうか。ちなみに最近新規で作成したページは、ド田舎ちゃんねる5 〜こちら鈴音学園放送部〜になります。--SLASH-LEO 2012年1月15日 (日) 21:53 (UTC)
コメント タグのうち、出典については、公式ホームページに由来した情報を「Template:Cite web」で、もしゲーム本編に由来した情報があるなら「Template:Cite video game」で出典を示せばいいのではないかと思います。使い方は、それぞれのテンプレートのページから、ツールボックスで「リンク元」を辿った時に表示される記事群(のうち「参照読み込み」と書かれているもの)が参考になるかと。そのような対処によって自身で出典充分だと感じたら、タグ貼付者に聞くか、(聞かずとも)除去でいいのではないかと思います。タグ除去が不適切だと考える人が現れたら編集合戦を行わずノートで話し合う、ということだけ気をつければ、出典付与してのタグ除去なら何ら問題ないと思いますよ。--NISYAN 2012年1月15日 (日) 22:13 (UTC)
コメント まず、「Template:Cite web」や「Template:Cite video game」は義務ではありません。現在、出典の記述漏れを防ぐ程度の意味しか無く、各出典を串刺しにする様な機能が無いからです。使わなくても確実にかけるのでしたらテンプレートは使わなくても良いです。反面、本文中に『<ref>出典</ref>』でつけていくことが重要です。どのページを見て書いたか本文中に反映させたら良いと思います。--Taisyo 2012年1月15日 (日) 22:54 (UTC)
コメント 義務でないことは承知でしたが、SLASH-LEOさん向けのコメントからは漏れていましたね。ご指摘ありがとうございます。まあ当該記事をウォッチリストには入れたので、出典提示に不足している情報があれば、その補完くらいは私も手伝うつもりです。--NISYAN 2012年1月15日 (日) 23:03 (UTC)
コメント いわゆるエロゲーについては実は普通の売れないゲームより文献が手に入りやすい場合があります。さすがに原画集などが出るのは一部でしょうが、ブックオフなどに案外「美少女ゲーム攻略王その34」的な物が有ったりしますので、気長にかかられるとよろしいでしょう(まあ、情報が攻略情報に偏っていて、資料として使いづらい事も非常に多いのですが)。記事冒頭での出典の明記表記は、例えばほとんどの場所が「要出典」でいちいち「要出典」を付けていては著しく可読性を損なう時等に用いられます。って言うかいっこも無いじゃん!・・・みたいな時に。ですから要出典相当箇所が3つなり、5つなり、に減少した時が除去のし時なのでしょう。少なくとも「資料が無くてこれ以上出典が付けられないから要出典は外す」は間違いで、「資料が無くてこれ以上出典がつけられない記述は要出典として他者の協力を仰ぐか、除去する」と、してください。出典が示せないことは原則としてウィキペディアには書けません。もし出典が無いぞと他の方に消されたら、頑張って出典を確保してから、復帰して頂きたく存じます。Cite webはtitle,url,publisherまたはauthor,accessdateだけ入れておけば十分ですが、あくまで任意です(後での整理がもの凄く楽なのでお勧めではありますが)。<ref>[url.html そのページのタイトル]</ref>で、十分に出典明記の義務は果たしています。その際は十把一絡げにトップにリンクするのではなく、例えばstory.html、例えばcharacter.htmlなど、その情報が示されている箇所を具体的に指定して下さい。--Hman 2012年1月16日 (月) 02:35 (UTC)
- みなさま、アドバイスをありがとうございます。現状、公式ページでしか書かれていない内容などを引用部分などを脚注という形で追加させていただきました。また、紛らわしく思う内容なども削除してみました。まだ、足りないと思われる内容があると思いますが、なるべく調べていきたいと思います。よろしくお願いいたします。--SLASH-LEO 2012年1月16日 (月) 10:46 (UTC)
コメント出典提示に協力しようという方がいらっしゃる中で非常に言いにくいのですが、出典が「公式ホームページでしかほとんどない」という状況であれば、Wikipedia:特筆性の基準から言って、本来は記事の新規作成をすべきでなかったということになると思います。おっしゃるような状況であれば、「公式ホームページの宣伝用の情報」+「執筆者が直接ゲームをプレイして得た情報」だけで記事が成り立っていることになります。そのような材料で記事を書こうとしても、「単なる宣伝」あるいは「個人的なレビュー」以上のものにはなりません。Wikipdeiaが目指すような、中立的で信頼できる「百科事典」の記事を書くのは無理だと思います。
- お書きになった記事は結構よくかけているし、ゲームをやる人には非常に有益な情報だと思いますが、Wikipediaの記事としては要求される基準を満たしていないと思います。Wikipedia:特筆性で言うような「対象とは無関係な信頼できる情報源」が相当量見つけてこない限り、最終的には削除されるべきものだと思います。
- ついでに言うと、こういうゲームの解説は、Wikipediaで要求される「検証可能性」や「独自研究の禁止」等の縛りを離れて、攻略・解説サイト等、別のところでお書きになる方が、より良い形に発展する可能性が高いのではないかとも思います。--Dwy 2012年1月16日 (月) 14:54 (UTC)
コメント 公式HPを確認したところ、BugBug・コミック真激・コンプティーク・PUSH!!・パソコンパラダイス・PCエンジェルneoへ雑誌掲載された旨が紹介されており、これらの雑誌記事はWikipedia:検証可能性を満たしうると考えますが、いかがでしょうか。--Himetv 2012年1月16日 (月) 19:37 (UTC)
- 検証可能性は満たすでしょうね。後はちゃんと百科事典としての記事が書けるだけの資料となっているのかという点でしょうか。(平たく言えば「特筆性」を証明できるか、かな)--iwaim 2012年1月17日 (火) 02:06 (UTC)
Language support group for Japanese
The Wikimedia Foundation has brought together a new team of developers who are dedicated to language support. This team is to support all the languages and consequently it is not realistic to expect that the team members can provide proper support for your language. It is for this reason that we are looking for volunteers who will make up a language support team.
This language support team will be asked to provide us with information about their language. Such information may need to be provided either to us or on a website that we will indicate to you. Another activity will be to test software that will likely have an effect on the running of the MediaWiki software. We are looking for people who clearly identify their ability. Formal knowledge is definitely appreciated.
As much of the activity will be concentrated on translatewiki.net, it will be a plus when team members know how to localise at translatewiki.net.
Thanks, Gmeijssen 2012年1月17日 (火) 13:09 (UTC)
SOPA, PIPA?
英語版ウィキペディアにSOPAとPIPAに抗議してブラックアウトする、みたいなお知らせが出てますが、何のことかわかりません。どなたか教えてください。--草刈り機 2012年1月17日 (火) 13:18 (UTC)
情報 ITproに記事が出ていましたので、ご参考まで:Wikipediaが1月18日にサービスを停止、SOPAへの抗議行動 --Penn Station 2012年1月17日 (火) 13:34 (UTC)
- (コメント)アメリカ議会で現在審議中のオンライン海賊行為防止法案(SOPA)に反対するために、24時間停止するという話です。SOPAは「著作権を侵害するコンテンツを掲載しているサイトに対して、一方的にアクセス遮断などの対応を可能とする」もので、この法案が通ると「著作権侵害を申し立てるだけで、ISPに対してウェブサイトのDNSブロッキングを含めて命令できる」ため、インターネット上からそのウェブサイトを抹消することが可能になるというシロモノです。--KAMUI 2012年1月17日 (火) 13:38 (UTC)
- よくわかりました。ありがとうございました。--草刈り機 2012年1月17日 (火) 13:40 (UTC)
- ドイツ語版は英語版に協調して、↓のようなバナーを掲載するようです。ウィキメディア・コモンズもバナー表示を検討中です(commons:MediaWiki:Sitenotice)。
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現在、米国議会でオンライン海賊行為防止法案(以下SOPA)が審議されています。米東部時間1月18日、英語版ウィキペディアは利用者の合意に基づき、白紙化を敢行します。SOPAが成立すれば、著作権侵害が申し立てられたウェブサイトの閲覧を、強制的に遮蔽する検閲権限を米国政府が持つことになります。SOPAはウィキペディアの存続を脅かすものです。
詳細
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- (de:Wikipedia:Initiative gegen den SOPAより翻訳)--Akaniji 2012年1月17日 (火) 14:27 (UTC)--一部修正Akaniji 2012年1月17日 (火) 22:03 (UTC)
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- 考えてみれば現在に至るまでStop Online Piracy Act(SOPA)もPROTECT IP Act(PIPA)(こちらは上院の同種法案)も翻訳されてないってのが・・・これって「アメリカ政府やアメリカの裁判所がインターネット上のコンテンツに対して(基本的に反論を認めず)検閲をやれる」って法案なんですけどねぇ。--KAMUI 2012年1月17日 (火) 21:00 (UTC)
- PIPAは冒頭部のみですが訳出してあります(そこで満足してしまいました)。user:akaniji/知的財産保護法 (2011年)。ご参考までに。--Akaniji 2012年1月17日 (火) 22:03 (UTC)
- 日本語版でも抗議のためにサービスを停止する可能性はありますか?--Wiki-Endows 2012年1月18日 (水) 09:05 (UTC)
- 日本では既にISPによるDNSブロッキングが実施されちゃってるんだし今さらって気がしますがね。--122.21.247.186 2012年1月18日 (水) 10:54 (UTC)
- 現時点で停止する可能性はないと思いますが、itやenのケースみたいに有無を言わさぬ表現規制となる法案が出てくれば停止することもありうるのではないでしょうか。もちろん、井戸端などで議論されることになるでしょうが。--Marine-Bluetalk✿contribs✿mail 2012年1月18日 (水) 12:49 (UTC)
- あくまで停止するしないを決定するのはコミュニティであって財団側からの働きかけなどはないですから、そのような状況になった時に利用者みんなで決めることでしょう。--Vigorous action (Talk/History) 2012年1月18日 (水) 12:54 (UTC)
排除されるべき宣伝的要素
Wikipediaは広告活動の場ではない、という前提から発売前の商品(例えば数か月先にリリースされる音源、公開が予定されている映画)は記載すべきではないと当方は考えています。 宣伝目的でないなら、商品情報の記載を急ぐ理由はないはずです。
しかし、稀に「ルールにそのような明記はない」として記載を急ぐ人もいます。そこで、どの程度の「宣伝的要素」は排除されるべきなのか、ご意見いただきたくお願いします。--Wikied 2012年1月18日 (水) 11:26 (UTC)
- まあ各所でなされている特筆性関連の話題と同じですが、発売前というだけで、判断するのではなく、その商品なり出来事なりについての二次情報が得られているかどうかで判断するのがよいと思います。
- プレスリリースや公式サイトの記述のみで記事を作成することはしない。既に存在している記事中で、適切な情報源と更新がなくとも古くならないような適切な表現で簡潔に加筆するなら、プレスリリースの類が情報源でもいいんじゃないでしょうか。
- でも、んー、たとえば、これまで存在が知られていなかったビートルズの未発表アルバムが発掘されて半年後に出るとか、トヨタが2000GTを現代の技術でもう一度作り直すと宣言したとか、そういうような場合だと、発売前の騒動とか(それなりに合理的な)予想とかというのは、百科事典の記述に含まれるようなことだと思うし、結果として発売されなくとも、記事として存在しててもいいと思うんですね。そして、そういう場合なら、第三者的に、プレスリリース以上のことが新聞や雑誌で扱われているだろう、と。それは「発売前の商品情報の記載」というだけのものではなくなっている。もちろん、これは重大なことなのだから記事を作るべきと、ウィキペディアの編集者が主張するだけではだめ。--Ks aka 98 2012年1月18日 (水) 11:56 (UTC)
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- Wikied氏のこの提案は、ノート:鬼束ちひろ#Wikied氏の編集について を背景にしていると思われます。そこでPooh456が発言した内容と重なりますが、
- Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台ではありません に「5.広告活動 企業や製品に関する記事は客観的かつ偏見なく書かれています。記事の内容は第三者により検証可能でなければならないので、ごく小規模な個人商店や地元企業の記事は通常受け入れられないでしょう。」と示されております。
- そもそも、ガイドラインWikipedia:特筆性により、Wikipediaからは、「ごく小規模な個人商店や地元企業」、あるいは「自称タレント」などについての記事は、Wikipedia:削除の方針#ケース E: 百科事典的でない記事 で「百科事典に記載するほどの著名性・特筆性がない記事」として Wikipedia:削除依頼 を出され、削除されるのが通常です。
- よって、Wikipediaでガイドライン 特筆性 を満たすとされ削除依頼が出されない記事、例えば記事 鬼束ちひろ が、「5.広告活動 企業や製品に関する記事は客観的かつ偏見なく書かれています。記事の内容は第三者により検証可能でなければならないので、ごく小規模な個人商店や地元企業の記事は通常受け入れられないでしょう。」の対象でないのは自明です。
- 仮に、Wikipediaが「商業的な要素は全て排する」という方針を有しており、例えば、「記事 鬼束ちひろ で許容されるのは、経歴や公式サイトへのリンクなどのみ。鬼束ちひろに係る商品についての記述は、宣伝であるので全て排する」となっているのなら、発売前・発売済に係わらず「商品についての記述」は全て排除されるべきです。発売前の商品についての記述は宣伝であり、発売後の商品(発売中の商品)についての記述は宣伝でない、などという考え方はおかしいと考えます。実際は、Wikipediaは「商業的な要素は全て排する」とはなっていず、商品についての記述が許容されております。
- そもそも、Wikipedia:特筆性 を満たし、Wikipediaに立項される主体にとって、「記事の中で(発売前の)商品について言及すること」の(発売前の)宣伝効果がどれほど重要でしょうか?限りなくゼロに近いと思われます。「ごく小規模な個人商店や地元企業」や「自称タレント」であれば、Wikipediaに(発売前の)商品について記述することの宣伝効果は有意に存在するでしょうが、前述のように、「ごく小規模な個人商店や地元企業」や「自称タレント」の記事はWikipediaから排除されますので、そのような検討は不要です。
- 以上のことから、Wikipedia:特筆性 を満たす記事において、「発売後(発売中)の商品」について言及することが問題ないのなら、同様に、「発売前の商品」について記述することも問題とするに足りないと考えます。
- 表現を変えますと、Wikipedia:特筆性 を満たす記事において、「発売後(発売中)の商品」と「発売前の商品」を分けて考える理由はないと考えます。--Pooh456 2012年1月18日 (水) 12:01 (UTC)
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- Ks aka 98氏の考え方ですと、「発売後(発売中)の商品」についても、二次情報がない限り、Wikipediaに「記載」できない、となりませんか?そうでないとすれば、「発売前の商品」と「発売後(発売中)の商品」は何が違うのですか?
- なお、この井戸端の話題を立ち上げたWikied氏は「記載」と書いており、実際、この井戸端の話題の元になったと思われる ノート:鬼束ちひろ#Wikied氏の編集について は、「記事 鬼束ちひろ に、発売前の商品の『記載』をすること」を巡るものです。
- Ks aka 98氏は、Wikipedia:特筆性 によって判断される「記事の作成/存続の是非」を論じておられるように見えますが?なお、「NHKの大河ドラマについては、製作発表の段階で広く新聞等で報道され、二次情報が存在するので、2013年放映予定の 八重の桜 は、製作発表がなされた2011年6月の段階で Wikipedia:特筆性 を満たし、立項可能である(現に立項されている)]といった判断は問題ないと考えます。--Pooh456 2012年1月18日 (水) 12:36 (UTC) / 修正 --Pooh456 2012年1月18日 (水) 13:07 (UTC)
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- まず、つい先日、Wikipedia:井戸端/subj/特筆性を理由とした記載拒否についてでもありましたが、Wikipedia:特筆性は記事自体の特筆性を言っているのであって内容についてではありません。もし、記事を新規に作るという話であれば関係しますが、今回(鬼束ちひろ)はそうではなさそうなので持ち出すべきでは無いでしょう。
- それで、すでに主題が特筆性を持っている上で、既に記述されている情報(データ)と同じ趣旨の確実性の高い予定を書くのは別に宣伝行為にあたりませんし、ウィキペディア上でも概ね許容されている範囲にあると思います。もし、これが煽り文句のあるものだったりすれば宣伝的に該当すると思いますが、それを説明する上で最小限の内容であるなら問題ないと思います。
- ただ、もし独立記事として新規に作成する場合であれば、たとえそれが特筆性のある主題から生じたものであっても、Wikipedia:特筆性が指摘するように二次資料の裏づけが必要です。--EULE 2012年1月18日 (水) 12:41 (UTC)
- Wikiedさんの最初の書き込みでは、井戸端で問いかける元となった記事は案内されていませんし、それについての意見を求めているのでもないですから、ぼくは一般論として述べています。新しく記事を作るのは、「記事への記載」ではないですが、「ウィキペディアへの記載」ではあると思いますけれども。そして後者ではなく前者でしかないというふうには、ぼくには読み取れませんでした。「Wikipedia:特筆性」に従うという前提なら、単独記事にはできないけど、記事内で触れることはできます。2段落目では、「既に存在している記事中で、適切な情報源と更新がなくとも古くならないような適切な表現で簡潔に加筆するなら、プレスリリースの類が情報源でもいいんじゃないでしょうか。」と書いています。また、発売情報だけではなく、それが話題になっているとか、こういうことが期待されているということが書かれることもあるでしょうから、そういう場合には、第三者的な情報源が必要になってくるでしょう。独立記事だけではなく、これは三大方針が求めているものだと思いますけれども。
- 鬼束ちひろの記事で論点となっている編集について、「Wikipedia:特筆性」から削除する必要は無い。僕の考えは、まあ書くかどうかはどっちでもいいです。書いたところで除去しなければならないとも思わないし、発売前の商品の情報が百科事典として重要だとは思いませんから、書かなくてもいいです。編集者の間で、あるいはプロジェクトなどで決めればいい。鬼束ちひろでの問題に限定するなら、ノートで話し合えばよいと思います。
- ただ、宣伝的要素の排除のためという理由でのコメントアウトは好ましくない、とは思います。大言壮語の類であれば、コメントアウトや除去するのがよいと思います。アフィリエイトサイトへの誘導とか、そういうのが「宣伝的要素」だと思うんですね。取るに足らない情報を書き込むというのも、ある種の「宣伝的要素」ではあるけれど、発売前の作品については、取るに足らないかどうかの評価をした上で、判断しないといけないので、「要素」を判断の根拠とするべきではない。「どの程度の「宣伝的要素」は排除されるべきなのか」という問いかけに対して、「要素」で判断しない、と、こたえました。
- この種の議論でいつも思うのですけれど、[3]を見ると、「予定」としてリストアップしているだけで、これはすぐに古くなる表現なので、改めたほうがよいのではないか、ということです。たとえば、「12月25日にFLMEのHPで2月15日にDVDを発売することを明らかにした。」ならば、情報としては古くなるかもしれないけれど、表現は古くなりません。そういう表現として記事中に書かれているなら、それでいいのではないでしょうか。そういう表現ができないのなら、無理に書くこともないと思います。--Ks aka 98 2012年1月18日 (水) 14:07 (UTC)
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- Ks aka 98さん、詳しいご説明を有難うございました。--Pooh456 2012年1月18日 (水) 14:43 (UTC)
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- (編集競合したのですがそのまま)ご意見いただきありがとうございました。参考になりました。--Wikied 2012年1月20日 (金) 15:53 (UTC)
もしWikid氏の主張(発売前の商品は記載すべきではない)が今後の編集上のルールになるようであれば、Pooh456氏が例を挙げている2013年の大河ドラマ「八重の桜」にしてもページごと削除してくてはならない理屈になりますね。NHKは国営放送と言ってもより多くの視聴世帯から課金する事で成り立っている団体なわけですから、放送前の情報をwikipediaに掲載し世間に告知すること=Wikid氏の主張する「宣伝的要素」と同義になるでしょう。
それとWikied氏は議題を提起する際に『稀に「ルールにそのような明記はない」として記載を急ぐ人もいます。』とおっしゃっていますが、わざわざ「稀」などと言う言葉を付けて持論を強調するのは控えて頂きたい。仮に事実であったとしても、傍から見ると自身の対立意見が少数派(マイノリティ)であるような印象操作を行っているように見えます。--Saishusengen 2012年1月20日 (金) 15:50 (UTC)
少し流れと違う事ですけど宣伝的要素で気になったので。ゲーム雑誌、代表例ではファミ通ですが付き合いのある企業やスポンサーの影響を強く受ける商業雑誌です。当然、ゲームレビューで付く殿堂入りや点数などと言った物であっても中立性が疑わしくゲームタイトルの項目で「ファミ通で殿堂入りをした」「○○点」「プラチナをもらった」などを記載するのは中立性に欠ける上にファミ通の宣伝にも繋がっていると思います。特定雑誌をウィキが後押し宣伝しているとも取られ一商業誌のレビューが基準にされる状態は好ましくないかと
- それは中立性に良く見られる誤謬です(FAQ 「偏った意見を削除して良いか」参照)。ウィキペディアの中立性とは、情報源に中立性を求めるものではありません。少なくとも単に事実としてある観点を紹介することは中立性には反しません。ましてファミ通は、批判はあれど有力な媒体であって、それを載せることは特筆性とも合致します。というか、ファミ通への批判はファミ通の記事にも書かれている割と有名な話であって、だからこそ「ファミ通で殿堂入りをした」という記述でも、わかってる人はその辺りの事情を割りさいて読んでるわけです。じゃあ、わからない人もいる、って話になるんですが、それは読む側のメディアリテラシーの範疇であって、「ウィキペディアの内容を丸々信じんなよ」と同等の話です。
- いくつかのゲーム雑誌の評価をあえて無視して(あるいは目立たせずに)ファミ通のレビューのみを大きく取り上げるとか、あるいは、「本作は高い評価を受けた<ref>ファミ通○○号<ref>」という形なら中立性に問題があると思います。そして、出来る限り、ファミ通以外のゲーム雑誌のレビューも平行に載せるのが望ましいのは言うまでもありません。--EULE 2012年1月29日 (日) 17:10 (UTC)
同じ題であるが、邦文版と英文版に大いに乖離がある場合
別の外国語での話も同様かもしれませんが、小生が外の言語を理解しませんので、邦文と英文の場合とします。同じ題であるが、かなり乖離がある場合がありますが、近づける努力が必要でしょうか。一つの理由は画像の問題もありますが、如何皆さんお考えでしょうか。それとも、まったく別の物であるから、いいやという考えでしょうか。つまらないものに悩んでいます。--Ichiro Kikuchi 2012年1月19日 (木) 06:38 (UTC)
コメント 無理に揃える必要はないと思いますが、他言語版にある節が日本語版ではごっそり抜けている、あるいは日本語版がスタブだけど他言語版では立派な記事になっている場合は、翻訳で日本語版に持ち込むこともできます(もちろん、日本語版から他言語に訳してもかまいません)。ただし、日本語版でプライバシー問題となってしまう場合など、同じ内容を書けない場合もたまに存在します。--Jkr2255 2012年1月19日 (木) 06:50 (UTC)
- 小生が関係したのを申し上げると宝暦治水事件を英訳しましたが、写真が全部異なるので印象は相当異なります。--Ichiro Kikuchi 2012年1月19日 (木) 11:52 (UTC)
- (コメント)そもそも「どの言語版」でも内容の違いはあります。というか、結局のところ記事対象に対する興味・理解度が各国・各言語利用者で違うのですからコレはしようがない。試しにドナウ川とかチェックしてみましたが、英語版とドイツ語版でもこれだけ違います。しかし日本語版は立項から8年経ってるのに出典皆無じゃねーか・・・。--KAMUI 2012年1月19日 (木) 11:56 (UTC)
- 皆さんの意見がわかって安心しました。有難うございました。--Ichiro Kikuchi 2012年1月19日 (木) 22:16 (UTC)KAMUIさん ムラージュ有難うございました。
試合結果に出典が必要でしょうか
最近いろんな記事で出典をつけろつけろといわれます。A選手がB選手に勝った。○○大会で優勝した。XX五輪で金メダルを獲得したという記載にも出典をつけなければいけないのでしょうか。試合結果は単純な事実であり、誰が書いても同じになるものです。ニュースサイトを出典にしているものもありますが、数か月でリンク切れになることが多く、多くの記事でリンクが切れてます。世界選手権などの公式サイトは大会が終了して時間が経てば消滅します。すでに消滅している北京五輪の公式サイトのリンクが100件以上で使われています[4]。これらのリンクは消すべきでしょうか。インターネット・アーカイブに修正するべきでしょうか。全豪オープンみたいに毎年行われる大会は1年たてば翌年の内容に変わってしまい、違ってしまいます。すぐにリンク切れになるのに試合結果にも出典をつけなければいけないものでしょうか。--Rain night 2012年1月20日 (金) 08:29 (UTC)
- 当然に出典が必要です。その結果が出鱈目でない事をどうやって確かめるんですか。公式サイトのリンクが切れたら何処にも載っていないような些細な試合の結果は、そもそも百科事典に書く必要がありません。- NEON 2012年1月20日 (金) 08:38 (UTC)
- 新聞(一般紙、スポーツ、専門紙など)や雑誌でもかまわないので(過去の号を確認しうるものなので)、それから出典を取ればさほど問題ないでしょう。--Jkr2255 2012年1月20日 (金) 08:42 (UTC)
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- A選手がB選手に勝った。○○大会で優勝した。XX五輪で金メダルを獲得したという記載にも出典をつけなければなりません。リンク切れの問題があるので出典は紙文献が望ましいのはもちろんですが、検証容易性という観点からは可能なら紙文献とネットからの併用が好ましいと思っています。なんにしてもどんな記述であれ出典をつけるのは当たり前で、それを当たり前と思えないならばwikipedia:検証可能性をきちんと読み直したほうが良いでしょう。「試合結果は単純な事実であり」どんなことでも実際は単純な事実ですよ。NEONさんと同意見ですが、一つのサイトがリンク切れになったら検証のしようが無いような事柄ならば些細なことということです--ぱたごん 2012年1月20日 (金) 10:13 (UTC)
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- ネット上の出典がリンク切れしている場合の対処法としては、その名も{{リンク切れ}}というものがあります。出典としているニュースサイト(例えばasahi.comだとかYOMIURI ONLINEだとか)や記事名、日付などがハッキリしていれば、紙の新聞記事などに出典を差し替え可能な場合がありますし、わざわざ消す必要はなかろうかと。以前、ある記事に付けておいた出典がリンク切れで単純除去されてしまい、以降出典無しな状態になってたりします・・・--KAMUI 2012年1月20日 (金) 10:23 (UTC)
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コメント 「Wikipedia:井戸端/subj/リンク切れは削除してよいのでしょうか?」で書いたことの繰り返しですが、コンピュータ分野における情報には、公式サイト以外に情報が存在しないものがそこそこあります。例えば「Packet Storm」のサイトの役割の詳細や歴史などの情報は書籍をあたってもなかなか見つけられません。(明の)セキュリティ系書籍で「攻撃試験用ツールをここから入手しましょう」とか、(暗の)セキュリティ系書籍で「攻撃ツールの入手に便利なダウンロードサイト」とかの形で取り上げられていることは何度も見ていますが。なので、サイトの役割の詳細や歴史については、今のところ公式サイトの情報(公式サイトのaboutページ)に頼っています。しかし、公式サイトという≪一つのサイトがリンク切れになったら検証のしようが無いような事柄≫である、サイトの役割の詳細や歴史の情報は果たして記事主題に対する≪些細なこと≫なのかというと、ちょっと違うように感じています。「脆弱性情報データベース」の各データベースの情報についても、特徴(NVDのCVSSによる危険度採点など)は他サイトで紹介されていることもありますが、詳細(歴史など)については公式サイト以外の場所ではなかなか得られないのではないかと感じています。コンピュータ分野、とりわけ電子情報を主題とした情報など、分野によっては≪一つのサイトがリンク切れになったら検証のしようが無いような事柄ならば些細なこと≫と単純に言いにくい側面があるように思いますし、「Wikipedia:井戸端/subj/リンク切れは削除してよいのでしょうか?」に寄せられた意見にもあるように、単純に1か0で切り分けられるようなものでもなさそうに思います。--NISYAN 2012年1月21日 (土) 01:49 (UTC)
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- まず、既に言われているように出典があるのが望ましい。リンクについては切れていたとしても閲覧日時を付記しておくことで、ただちに無効ということにはらない。
- それで、それが一般紙に載るくらいのものであれば各新聞社が発行している縮冊版で確認できます。これはまず普通の図書館であれば朝日や読売ならあると思います。--EULE 2012年1月20日 (金) 11:04 (UTC)
五輪のメダルを獲っているということはオリンピックメダリスト一覧や種目別競技記事から確認できます。大会の優勝者や決勝結果は大会記事から確認できます。それでも選手の記事の試合結果ひとつひとつに脚注がいるのでしょうか。脚注を詳しくつけてもリンクが切れれば無意味なリンクにしかならないと思います。現在ほとんどの選手で付いていません。
例としてサマンサ・ストーサーという選手がいます。彼女は2011年全米オープン女子シングルスの優勝者です。試合結果については外部リンクしているWTAやITFの選手プロフィールと英語版から確認しています。彼女が2011年全米の優勝者であるということはリンクしているこのドロー表があり、テニスに詳しくない人でもわかります。このドロー表は英語版からそのまま導入し、英語版の出典の公式サイトはリンク切れする(すでに切れている)のでWTAから出典としてドロー表のリンクをつけてます。リンクしているドロー表の記事から誰に勝った、負けた、スコアやどこまで進出したかがわかります。試合結果の検証は直接脚注をつけなくても、こちらの記事で確認できるものなのです。リンクしている記事が出典です。
プレイスタイルや私生活など(彼女はレズビアンといわれているが正式なカミングアウトがないので記載すべきでない)を書く場合はは出典が必要だと思っています。この記事は現在出典や参考文献の節はありません。外部リンクの節を出典に換えるべきなのでしょうか。--Rain night 2012年1月25日 (水) 08:45 (UTC)
- 別に脚注形式以外が禁止されておるわけでもなかろうし、そのリンクしているとやら言う英語版や大会記事にも当然出典はあろう? ならばどんな形であれ、問題の記事でもその出典を明示すれば良い話ではないかえ。同じ出典を複数の記事で使うてはならぬわけでもなし、リンク先の記述が変わらぬ保証とてなし、ならば同じ記事内で出典明示までするのを厭う理由もあるまいて。己の手間を惜しんで基本の基本を蔑ろにするでないよ。--116.80.88.215 2012年1月25日 (水) 15:13 (UTC)
1人のソックパペット
特定のユーザ達が、Wikipediaにおいて荒らし行為を行っております。 荒らしの内容は次の通りで、工作員と呼んで差し支えない行為です。
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- 被曝等の放射線関連の記事に稲恭宏の出演したTVのリンクを貼る。
- 稲恭宏と反対の学説を唱える学者小出裕章などの記事には、根拠のない中傷の記述を書く。
- 福島第一原発事故による放射性物質の拡散などでは、データを改竄する。
「放射線は安全。福島は問題ない。稲氏の主張は正しい」というイデオロギーを持ち、恣意的な編集を行っている事は明確です。
以下に、問題のユーザ達を列挙します。 ログインユーザは全てソックパペットやブロック破りとして無期限ブロック中です。 少なくとも上8人は、共通のクセがあるので同一人物だと思われます。 もし、これらが全員同一人物であり、IPユーザと一致するのであれば、IPを広域ブロックする事を提案致します。
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- 利用者:Orange Red(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Cpncspnr(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:WhiteTiger2(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Landseaairdragon(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Brtam(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:SpringFieldAF1(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:クラリスセレブリティス(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Reconstruction of the World(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Dogcat21(ノート / 履歴 / ログ):#利用者:Planquiet(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Alisonson(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Ratedose(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:げじげじ(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Inakiti(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:YuuP(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Rohisuya(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:Easteast(ノート / 履歴 / ログ)
- 利用者:OrangeLM(ノート / 履歴 / ログ)
- IP:124.255.1.61(ノート / 履歴 / ログ / Whois) - Dream Train Internet、以下同じ
- IP:124.255.2.80(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.6.190(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.7.23(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.7.111(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.7.185(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.7.227(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.8.175(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.8.217(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
- IP:124.255.9.232(ノート / 履歴 / ログ / Whois)
ここで質問なのですが、私は何をすべきなのでしょうか? チェックユーザ依頼?それともコメント依頼? どなたか御教授頂けれるよう御願い致します。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 10:29 (UTC)
えっと、まずはソックパペットやブロック破りの問題と、福島原発で癌や白血病が増えているかどうかということは切り分けないといけません。wikipediaにおいてソックパペットやブロック破りはいけません。これは論を待つ必要はありません。しかし、はっきり言って福島原発で癌や白血病が増えるなどという事実は(2012.01.21現在)ありません。三流紙や、わけ分からないブログ、危機を煽り立てることで自著の売り上げが上がるライターのみが煽り立てていることです。福島原発で癌や白血病が増えるとしてもこれから2012年以降のことです。今現在癌や白血病が増えているなどと言うデータはありません(あるのは三流紙や、わけ分からないブログ、危機を煽り立てることで自著の売り上げが上がるライターのみが言ってることです)JapaneseAさんがなすべきことは理科の勉強ではないでしょうか--ぱたごん 2012年1月20日 (金) 10:55 (UTC)
- 失礼極まりない言い方ですね。別に私は、福島原発で癌や白血病が増えるなどと一言も申し上げておりません。あなたこそ国語の勉強が必要ですね。誤解がないように申し上げますが、イデオロギーが「放射線安全」だから悪いなどとも言っておりません。逆に放射線は危険だからという考えで、あちこちのデータを改竄して、あちこちに反原発派の学者の出演TVのリンクを貼れば、同様に問題だと考えます。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 11:04 (UTC)
「放射性物質が人体に安全かどうか」という議論や、「○○には○○の勉強が足りないんじゃないか」となじるようなことは、ウィキペディアでやることではありませんので。
上の件については、Wikipedia:進行中の荒らし行為に書いておくのがいいんじゃないでしょうか。書いたあと、さらに1か月以上続くようなら、Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期傘下に移行させてください。チェックユーザー依頼は、未ブロックのアカウントを対処してもらうというような目的がなければいらないと思います。該当のIPアドレス帯域(124.255.0.0/20でしょうか)の広域ブロックを依頼するという手もあるかもしれませんね。--Ohgi 2012年1月20日 (金) 11:25 (UTC)
- Ohgi様、御回答ありがとうございます。検討してみます。私も売り言葉に買い言葉でした。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 11:30 (UTC)
wikipediaは百科事典を作るプロジェクトです。どんな事柄であれきちんとした勉強をする気の無い人は参加するべきではありません。--ぱたごん 2012年1月20日 (金) 11:34 (UTC)
コメントまずはソックパペットやブロック破りの問題と、福島原発で癌や白血病が増えているかどうかということは切り分けないといけません、というのは、そのとおりですね。
そして、ここではソックパペット/ブロック破りのことが論点です。まず、ソックパペット/ブロック破りかどうかというところで、編集傾向から、冷静に判断することが期待されます。
そして、挙げられているアカウント群へのブロックは、ブロック逃れが理由です。「被曝等の放射線関連の記事に稲恭宏の出演したTVのリンクを貼る。」「稲恭宏と反対の学説を唱える学者小出裕章などの記事には、根拠のない中傷の記述を書く。」「福島第一原発事故による放射性物質の拡散などでは、データを改竄する。」とされているものは、荒らしではないように思います。リンクが記事の主題に対して関連性が低いものや、他の出典に比べて重要さや信頼性に欠けるのであれば、それを複数の記事に貼り付けることは避けるべきでしょうけれど、そのような了解をノートで合意というかたちで得るのが好ましいです。小出氏への記述が、中傷なのか、批判的な評価なのかについては、丁寧に判断してください。データを修正することが、修正なのか改竄なのかというのも、明らかに改竄でないことが、誰でも確認できる、信頼できる情報源によって示されなければ、「改竄」と断定するべきではないです。WP:V、WP:NOR、WP:NPOV、WP:BLPなどを案内し、それでもなお理解せず、編集を強行するのでなければ、これらの理由でブロックするのは適切ではないです。安易に荒らしと呼ぶことは、対応を難しくさせることもあります。
ブロック逃れへの対応については、Ohgiさんの説明がわかりやすいと思います。広域ブロックが必要と考えられる場合は、ブロック依頼へ。--Ks aka 98 2012年1月20日 (金) 12:40 (UTC)
- Ks aka 98様、御意見ありがとうございます。利用者:Easteast(ノート / 履歴 / ログ)などはスパマーが理由でブロックされています。他のユーザはパペットが理由ですが同様のスパム行為も行っております、そこでこれらの行為を荒らしと表現しました(この表現が不適切であると言われればその通りかもしれませんが)。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
皆様に広く意見を伺いたいのですが、ぱたごん氏のようにしつこく中傷を続けるユーザに対して私はどう対処すれば宜しいのでしょうか?--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 11:53 (UTC)
- ぱたごんさんは、普段はなにも非がない人を非難するような言動をされる方ではないですので、なにか理由があってこのようなことをおっしゃっているのではないかと思います。とりあえず会話ページで問い合わせてみました。--Ohgi 2012年1月20日 (金) 12:04 (UTC)
- 御手数かけます。私はこの人と議論もましてや編集合戦もした事はないのですが、なぜ仇のように扱われるのか本当に不思議です。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 12:08 (UTC)
- 上でのぱたごんさんのコメントが中傷にあたるかどうかはともかく、礼儀正しく、相手にその発言が中傷にあたるものだということを伝え、いずれかまたは双方が納得いかないようなら広くコメント依頼を出すのがよいでしょう。この場で継続する話題ではないと思います。--Ks aka 98 2012年1月20日 (金) 12:40 (UTC)
- 仰る通りです。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
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- 井戸端で行う議論ではなく、稲博士のノートあるいは、利用者(群)へのコメント依頼あるいは、Wikipedia:チェックユーザー依頼で行うべきもののように思います。--Tiyoringo 2012年1月20日 (金) 12:22 (UTC)
- Tiyoringo様、御意見感謝致します。私の聞きたかった答えそのものです。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
- JapaneseAさん、こんばんは。Ashtrayです。別場所でお名前が挙がっていて驚き、ここに辿り着いた次第です。
- まぁ、何かちょっとした「ボタンの掛け違い」かな、と思います。
- なにぶん原発問題という最もナイーヴな分野で、そこに「工作員」という単語が飛び出し、しかもユーザー名がずらずら並べ立てられていたので、何か誤解が生じたのでしょう。
- 私なんかは、例のあの件で、稲氏のノートの事はよく存じておりますので、色眼鏡を通さず上記のJapaneseAさんのコメントを読むことができるのですが。--Ashtray 2012年1月20日 (金) 12:56 (UTC)
- Ashtray様、ありがとうございます。私も余計な事は書かずに質問だけを書くべきでした。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
福島原発や被曝を論ずるに(それがどこであれ、どんな形であれ、誰であれ)理科の勉強が必要なことはJapaneseA氏や私のみに限らずすべての人に言えることです。JapaneseA氏のそもそもの主張であるソックパペット氏の『「放射線は安全。福島は問題ない。稲氏の主張は正しい」というイデオロギーを持ち、恣意的な編集を行っている事は明確です。』というJapaneseA氏の言い方が否定的文言であるのは明白でしょう。工作員などという言い方ですでに偏見が入っていることも明白でしょう。中立的立場なら「工作員」などと言う訳がないでしょう--ぱたごん 2012年1月20日 (金) 13:04 (UTC)
- 最初からそのように書いて下されば私も理路整然と反論できたのですが...。さて、私の書き方が誤解を招くような書き方だった事は認めます。私が言いたかったのは「問題とされる行動を工作員のように行っている」です。これが逆に稲氏を極端に貶したり、福島を過剰に危険だと言っても、放射線を過剰に危険だと言っても、行動が同じなら、やはり問題としました。決して私と意見が違うからでも、イデオロギーに基づいて編集したからでも、問題としたのではありません。これ以上の議論は私かあなたの会話ページで行いましょう。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
私の書き方が大変に悪かったようですが、私がこの場で聞きたかったのは「今後パペットが現れる事が予想されるので、どのように対処すべきか」です。それに対し、皆様より利用者(群)へのコメント依頼、チェックユーザー依頼、広域ブロック依頼など様々な御意見を頂きました。参考にして検討致します。これにて質問をクローズさせて頂きます。各位様には御礼申し上げます。ありがとうございました。--JapaneseA 2012年1月20日 (金) 13:17 (UTC)
記事:ネットスラングの存続性について。
私は、ネットスラングの記事が独自研究や偏見が多く含まれていると思います。 なので、不特定多数の人間が閲覧するwikipediaで、こういう記事があるのはいかがなものかと思います。 このような記事があると、wikipediaの信頼性が大幅に下がるものと思われます。--讃岐人 2012年1月21日 (土) 00:57 (UTC)
- 削除依頼の提出をご検討ください。ご指摘の内容であれば削除の方針「ケース E: 百科事典的でない記事」の「独自の研究結果の発表」「百科事典的な記事に成長する見込みのないもの」に該当する可能性があります。コミュニティによる審議の結果、削除という結論となれば、管理者により記事が削除されます(逆に審議結果によっては削除されない場合もあります)。依頼の提出方法はWikipedia:削除依頼#依頼の基本手順をご覧ください。以上よろしくお願い致します。--Penn Station 2012年1月21日 (土) 01:43 (UTC)
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- では、削除依頼をしようと思います。アドバイスありがとうございました。--讃岐人 2012年1月21日 (土) 01:50 (UTC)
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- なお初めて依頼提出される場合は、他の事例を見て参考にしてみてください(Wikipedia:削除依頼#今週・先週から参照できます)。また、もし記事の一部分だけに問題がある場合は、記事全体の削除ではなく、その部分を編集で取り除き問題のない部分は残す方が適切ですので、状況によりご判断ください。--Penn Station 2012年1月21日 (土) 02:07 (UTC)
コメント 既に削除依頼や編集除去への誘導があるので、個別の話としては削除依頼あるいは記事のノートでとしますが、単純にネットスラングと言っても性質の異なるものがいろいろあると思います。削除依頼提出の痕跡が見える「インターネットスラング」およびその単独記事群に当たる「Category:インターネットスラング」の各用語、「Category:2ちゃんねる用語」の各用語、「ジャーゴンファイル」およびその収録用語(ビットバケツなど)、「Leet」「クサチュー語」、など。それから、ネットとネット以外で何が違うのかという話もあるでしょう。一覧系記事で言えば「隠語」「業界用語」に記載されている用語、単独記事で言えば「ゴト」「マグロ (鉄道事故)」などの用語、記事内で言及されているケースで言えば「サクラ (おとり)」(「これが転じて」のくだり)など。ネットスラングという大きな単位ではなく、個別にどうあるべきかを見ていく必要があるように思います。--NISYAN 2012年1月21日 (土) 02:34 (UTC) リンク修正 --NISYAN 2012年1月21日 (土) 10:17 (UTC)
新たに人物記事を立ち上げたいのですが、その人名に複数の読み方がある場合、どの読み方を採用すればよいでしょうか?
Rienziと申します。
スイスの絵本作家、「Alois Carigiet」についての記事を立ち上げたいと考えております。日本では、絵本『ウルスリのすず』『フルリーナと山の鳥』『マウルスとマドライナ』などの作品が岩波書店から刊行されています。また、サンモリッツオリンピック (1948年)のポスターを描いたことでも知られています。1966年にハンス・クリスチャン・アンデルセン賞を受賞していますので、特筆性の点では問題ないと考えています。
しかし、この人物の名前は、わかっている限りで3通りの読み方があるようなのです。
一つ目は、70年代、日本に初めて紹介されたときに、絵本作品がフランス語版からの翻訳だった関係で採用された、フランス語読みの「アロワ・カリジェ」というもの、もう一つは、近年、岩波書店が絵本を再刊した際に採用したドイツ語読みの「アロイス・カリジェ」、そして、三つ目は、カリジェゆかりの地を訪問したある方が、現地での発音を確認したところ判明したものとしてブログで紹介している、ロマンシュ語読みの「アルイス・カリジェット」です。(そのブログへのリンクは、スパムフィルターがかかってしまうので貼れません)
カリジェの出身地はロマンシュ語圏であり、カリジェ本人もロマンシュ語話者であったそうです。そういう観点からは「アルイス・カリジェット」が適切だと思いますが、その読み方にする理由の検証が困難(根拠が弱い)です。何しろ、信頼できる情報源が個人ブログのみ、では・・・。
仮に「アルイス・カリジェット」が記事名として不適切であるばあいは、ドイツ語読みか、フランス語読みか、のどちらかになります。(いずれも、岩波書店が採用している読み方です)
日本で人口に膾炙している読み方は、フランス語読みの「アロワ・カリジェ」です。しかし、前述の通り、この読み方はカリジェの出身地や母語などを考慮していません。
記事名における、「読み方」をめぐって、時々論争が起きているのを目にします。新規に記事を立ち上げる前に、どの読み方がウィキペディアの記事としてふさわしいかを確認させていただきたく、ここで話題提起をさせていただきました。
皆様のご意見をお待ちしております。よろしくお願いいたします。--Rienzi 2012年1月22日 (日) 00:42 (UTC)
- 記事名の基準についてWikipedia:記事名の付け方に『認知度が高い』があります。(万能ではありませんが)認知度の高さを測る方法の一つにグーグル検索のヒット件数もあります(絶対の指針ではありません)。その中では『アルイス・カリジェット』のヒット件数が一桁代でした。ただ、候補にない『アロイス・カリジェット』は一定数ありました。後の候補『アロワ・カリジェ』『アロイス・カリジェ』については、ヒット数もそれなりにありました。一つの候補が極端に飛び抜けていないです。個人的には、近年日本で出版された執筆者名で一番使われているのを採用してはと思いますが。近年出版書籍でも名称ブレはありますでしょうか?--Taisyo 2012年1月22日 (日) 01:07 (UTC)
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- (これも絶対の指針ではありませんが)アマゾンでは『アロイス・カリジェ』(参考)を採用しているようです。--Taisyo 2012年1月22日 (日) 01:12 (UTC)
- ドイツ語、フランス語、どちらでもかまわないと思います。英語版の記事をざっくりと読みましたが、チューリッヒで活躍して、1945年に最初に出版した本がドイツ語ですから、ドイツ語を採用するのも問題ないですし、日本に紹介されたときには、フランス語版の本から日本語訳されているわけなので、フランス語名の記事でも問題ないかと。採用しなかったほうもリダイレクト処理して、該当記事に誘導すれば親切でしょう。--Tantal 2012年1月22日 (日) 01:09 (UTC)
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- スイスの絵本作家、「Alois Carigiet」の絵本は、現在、日本では、岩波書店からだけ翻訳出版されているのでしょうか?既に言及されているように、現在、岩波書店では『アロイス・カリジェ』表記を採用しているようです (岩波ブックサーチャー検索結果)。
- 他の出版社から、「アロワ・カリジェ」表記などで絵本が翻訳出版されているとややこしいですが、その事実は現時点では存在しない、という理解でよろしいでしょうか?
- 「2012年現在、日本で、岩波書店が翻訳出版している書籍に採用されている『アロイス・カリジェ』表記を記事の名称とする。
- 岩波書店がかつて採用していた「アロワ・カリジェ」表記は、記事『アロイス・カリジェ』にリダイレクトする。
- 記事『アロイス・カリジェ』の中で、作者名の表記が複数存在すること(かつては岩波書店が「アロワ・カリジェ」を採用していた)に言及する。三大方針を満たす出典があれば、「70年代、岩波書店が日本に初めて Alois Carigiet の作品を紹介したときに、フランス語版からの翻訳だった関係で、フランス語読みが採用された」ことに言及する。
- 「作者の出身地はスイス国内のロマンシュ語圏であり、作者本人もロマンシュ語話者であったので、厳密には『アルイス・カリジェット』が正しい」という件は、三大方針を満たす出典が見当たらないようですので、現時点では記事『アロイス・カリジェ』の中で言及しない。
- でよろしいかと思います。--Pooh456 2012年1月22日 (日) 01:57 (UTC)
- 「Alois Carigiet」はドイツ語版では[kariˈdʑɛt]という発音記号が書かれていて、ロマンシュ語圏出身ということで「カリジェット」を採用しているようです。ノートページに発音についての議論もあります。出典付の説得ができるかはともかく、おそらくこのロマンシュ読みが一番正しいのだろうと思います。個人的には「より正しい」表記にすべきだと思いますが、井戸端に質問されている時点で「無駄な争いを避けたい」という意図だと思うので、であるのならば他の方のおっしゃるようにドイツ読みを記事名とされればよいのではないでしょうか。 U.S.S.Momotaro 2012年1月22日 (日) 11:43 (UTC)
- 検証可能性のみを重視するならば、ドイツ語読みとフランス語読みのどちらを選択しても「中立的な観点」に抵触しうるというジレンマが生じます。多少の「解釈の合成」に目をつぶってもよいのであれば、なんらかのロマンス語の入門書等を典拠として原語発音を記事名として差し支えないと私は思います。類似の議論にノート:ナインチェ・プラウスがあります。これは長い議論の末「ミッフィー」と「うさこちゃん」との折衷案としてオランダ語のカタカナ音写を記事名とするという合意に至っています。--Damena 2012年1月22日 (日) 16:49 (UTC)
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- Wikipedia:中立的な観点 は「偏向した記事を書くな」という趣旨であり、記事の「内容」について主に関係することと考えます。
- 本議論については、Taisyo氏が指摘するように、ガイドライン Wikipedia:記事名の付け方 が存在し、「記事の題名は、まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります。」と示されているのですから、これに従うのが筋です。Wikipedia:中立的な観点 を持ち出して、Wikipedia:記事名の付け方 に反する結果を招くのは本末転倒です。--Pooh456 2012年1月23日 (月) 07:20 (UTC)
インデント戻します。Rienziです。たくさんの方から建設的なご意見をいただけて、大変嬉しく思っております。皆様、ありがとうございます。さて、細かい記事内容はともかく、今回話題となっている「記事名」については、Pooh456さんのおっしゃるように、「日本語話者の大多数にとって、もっとも曖昧でなく、もっとも理解しやすいもの」であることが必要だとすれば、伝統的には「アロワ・カリジェ」というフランス語読みであったにせよ、少なくとも現時点においては、(グーグル検索結果数も含めて)ドイツ語読みの「アロイス・カリジェ」が多数派であるということから、「アロイス・カリジェ」で記事を立てるのが適切かと思います。
しかし、ここで一点確認させていただきたいのですが、記事名そのものが、Wikipedia:記事名の付け方 に沿ったものであっても、その発音の選択(何語で発音するか)によっては、Carigietがロマンシュ語圏出身のスイス人という立場を考慮すると、場合によっては著しく中立性を欠くものになる可能性があります。こうした場合、「独自研究は載せない」「中立的な観点」よりも「記事名の付け方」が優先される、という解釈で、問題ないのでしょうか。(Carigietがフランス語圏、ドイツ語圏どちらかの出身であれば、問題はまったく発生しないのですが・・・)
なぜ、「記事名の付け方」が、「中立性」などのガイドラインよりも優先するかどうかを確認させていただくかといいますと、「記事名の付け方」ガイドラインに沿ったものであったとしても、(故人ではありますが)結果的にCarigietの出自に沿わない記事名になることは、百科事典の記事名として適切かどうか、今ひとつ自信が持てないのです。さらにもう一点申し上げれば、「アロイス・カリジェ」表記が最適だとは思うのですが、この読み方自体が、岩波書店の「独自解釈」である可能性があるのです。「アロイス」はドイツ語読み、「カリジェ」はフランス語読み、と、姓名の発音に整合性がまったくないのです。(厳密なドイツ語読みをカタカナ転写した場合、アロイス・カリジェットがより実際の発音に近いと思います)この点、記事立ち上げ後に、岩波書店方式の読み方が問題にされる可能性はあるでしょうか?
こういう場は不慣れなもので、うまくコメントできずすみません。もう一度まとめ直しますと、「アロイス・カリジェ表記にした場合、発音言語の選択については中立性が損なわれるが、記事名の付け方についてのガイドラインには違反していないため問題ないと見てよいか」「アロイス・カリジェ表記はドイツ語とフランス語が混在しており整合性がないが、岩波書店やアマゾンなどのお墨付きがあたえられている以上、このまま採用しても問題ないか」この二点について、改めて皆様のご意見・コメントなどをいただければと思っております。(わたくし、過去に、ある教育思想に関して、記事名、記事内容双方において壮絶な論争を経験しており、同じ轍を踏みたくない、との思いから、記事名の段階から慎重にやらせていただきたいと思っております)--Rienzi 2012年1月23日 (月) 13:26 (UTC)
- Rienziさんのまとめについて、いくつかコメントを述べさせて頂きます。
- (1) 記事名そのものが、Wikipedia:記事名の付け方 に沿ったものであっても、その発音の選択(何語で発音するか)によっては、Carigietがロマンシュ語圏出身のスイス人という立場を考慮すると、場合によっては著しく中立性を欠くものになる可能性があります。こうした場合、「独自研究は載せない」「中立的な観点」よりも「記事名の付け方」が優先される、という解釈で、問題ないのでしょうか。
- 私見ですが、Wikipediaの三大原則である Wikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:中立的な観点、Wikipedia:検証可能性 は、法律の世界の「一般法」であり、「記事名の付け方」は、同じく法律の世界の「特別法」であると考えます。一般法・特別法 をご覧頂ければ分りますが、特別法と一般法との関係は、特別法が優先することとなっています。「記事名の判断」については、Wikipedia:記事名の付け方 という「特別法」に専ら従えば良い、と考えてはどうでしょう。
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- (2)「アロイス・カリジェ」表記が最適だとは思うのですが、この読み方自体が、岩波書店の「独自解釈」である可能性があるのです。「アロイス」はドイツ語読み、「カリジェ」はフランス語読み、と、姓名の発音に整合性がまったくないのです。(厳密なドイツ語読みをカタカナ転写した場合、アロイス・カリジェットがより実際の発音に近いと思います)この点、記事立ち上げ後に、岩波書店方式の読み方が問題にされる可能性はあるでしょうか?
- これは、Wikipediaにおいては「問題にするべきではない」と考えます。
- 何故かというと、
- A) 「アロイス・カリジェ」表記が、現時点で、Wikipedia:記事名の付け方 に最も沿っているのは明白である(この前提が崩れると、また変ってきますが)。
- B) 「アロイス・カリジェ」表記は、岩波書店という Wikipedia:独自研究は載せない が示す「評判の良い報道メディア」で採用されている。Wikipedia:独自研究は載せないで「ピューリッツァー賞クラスのジャーナリズムやノーベル賞ものの研究でさえも、それがウィキペディアで最初に発表されることになるのであれば、掲載を拒否せざるを得ないのです。もしあなたがウィキペディアという知の集大成に加えるべきだと考える情報をお持ちでしたら、まずそれを査読制度のある雑誌か評判の良い報道メディアで発表し、その後中立的な観点の流儀にのっとり、あなたの業績を証拠として示すのが最良の道です」と示されているように、Wikipediaでは「内容が正しいこと」以上に「出典が確かであること」が重視されています。「岩波書店のお墨付きが与えられている」以上、「岩波書店のお墨付きが間違っている可能性」を考慮する必要はなく、また「考慮するべきではない」と考えます。
- C) Wikipedia:独自研究は載せないに抵触しない日本語の文献で、Alois Carigietについて言及されており、「アロイス・カリジェ」以外で表記されている可能性はあるでしょう。その場合も、(A)によって、記事名は『アロイス・カリジェ』とし、記事の中で「『アルイス・カリジェット』表記(鈴木一郎『欧州の児童文学』 第一書房、2012年、100-110頁)、『アロワ・カリジェ』表記(田中次郎『スイス文学夜話』 第二書店、1965年、10頁)も確認できる」などと記すのが妥当でしょう。正しい姓の発音が「ローズヴェルト」であったことが比較的良く知られているFranklin D. Roosevelt(en)が、日本語版Wikipediaでは フランクリン・ルーズベルト で立項されていること、現代の日本で、本当は正しい筈の「ローズヴェルト」表記を見ることが稀であることが参考になるでしょう。--Pooh456 2012年1月23日 (月) 15:25 (UTC)
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- 「Wikipedia:中立的な観点」を持ち出して、「Wikipedia:記事名の付け方」 に反する結果を招くのなら、それは本末転倒ではなく、「Wikipedia:記事名の付け方」か、記事名を選ぶプロセスのどこかに齟齬があるか、記事名の付け方で特例的に中立的な観点をオーバーライドしようという事情を見逃しているか、ではないかと思います。また、「記事名の付け方」が、「中立性」などのガイドラインよりも優先するわけではないです。
- まず、検証可能性からは、「アロイス・カリジェ」または「アロワ・カリジェ」以外は難しい。「アルイス・カリジェット」は、外形的には、もっとも信頼性に乏しいものになってしまいます。
- 岩波書店(あるいは翻訳者)の解釈は、外形的に判断する限りでは一定の信頼を持つべき、ひとつの解釈であって、独自研究ではありません。姓名の発音に整合性がまったくないことが問題とされたとしても、ウィキペディアの方針では、間違いであったとしても、そうするしかない。問題とするなら、それは岩波の問題であって、ウィキペディアの問題ではないわけです。これに対して、ウィキペディアの編集者に過ぎないRienzi さんの「アルイス・カリジェット」が好ましいというののほうが、独自研究になります。:::「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」(独自研究は載せない)と考えるなら、ロマンシュ語読みを用いることはありえますが、少なくとも1)カリジェの出身地はロマンシュ語圏であり、2)カリジェ本人もロマンシュ語話者であることの情報源と、3)ロマンシュ語読みとして他のカナ転写が考えにくいということを示す必要はあると思います。
- ウィキペディアの中立的な観点は、(誰かにとっての)政治的中立さや文化的中立さを指すのではなく、世の中にあるがままに書くことを求めるものです。カナ転写の状況は、「アロイス・カリジェ」>「アロワ・カリジェ」>「アルイス・カリジェット」なので、ウィキペディアの中立的な観点からは、アロイス・カリジェになります。
- 記事名を選ぶ上では、一般に通用している表現を採用するというのは、ひとつの方便です。記事名が常に正確でなければならないわけでもない。ピカソのフルネームを項目に使っていない百科事典はお話にならないというものでもない。多くの人が、アロイス・カリジェで検索するなら、それで記事にたどり着くのも、落としどころです。
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- と、書いたところで、ブログというのをちょっと読んでみた。記事名で表記のことを説明するならば、
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- 以前はアロワ・カリジェと表記されたが(脚注で岩波の絵本の古い版)、アロイス・カリジェ(脚注で岩波の最近のものを版まで、NHKサービスセンター編『アロイス・カリジェ展』などを挙げる)と表記されることが多い。元スイス政府観光局局次長の鈴木光子は[5]、カリジェの生地であり[6]ロマンシュ語圏であるトルンでの発音は「アルイス・カリジェット」と聞こえると述べている[7]。
- という感じになりそうです(実際にはインラインでこのリンク方法は避けるべきですが)。個人ブログとはいえ、リンク先にあるような経歴であれば、記事中で取り上げてもいいと思いますがいかがでしょう。このように、一般的な表記を記事名としつつ、本文で、Rienzi さんが懸念されるような、言語や文化の面から好ましくない表記だけが紹介されるということを避け、現地の発音を重視する人(旅行者のような)や、「ロマンシュ語圏出身のスイス人という立場を考慮すると、場合によっては著しく中立性を欠く」と考える人にも、適切な情報を提供することがでるのではないでしょうか。--Ks aka 98 2012年1月23日 (月) 16:19 (UTC)
インデント戻します。Rienziです。Pooh456さん、Ks aka 98さん、コメントいただきありがとうございます。児童文学関連の文献や人名事典などもあたってみたいとは思いますが、Ks aka 98さんが示してくださったような、記事名はもっとも知られており、岩波のお墨付きのある「アロイス・カリジェ」とし、「アロワ・カリジェ表記→岩波の古い版を根拠」「アルイス・カリジェット→鈴木光子氏の報告を根拠」とする形で、近日中に記事を立ち上げたいと思います。ここまで、コメントをくださった全ての方に、深く感謝申し上げます。なお、今回こちらで話題提起をさせていただいて、皆様からのコメントを拝見しながら思ったことは、「スイス人の人名」もしくは「複数公用語がある国の人名」については、明確なガイドラインが必要ではないかということです。記事名のつけ方に関しては、ハンガリー語圏、アラビア語圏の出身者については細かく規定されています。スイス人の場合、言語・文化圏が複雑にからむデリケートな問題であることから、やはり、明確なガイドライン作成が必要と考えます。これについては、井戸端で別途話題提起をさせていただくのがよいでしょうか?それとも、「記事名の付け方」のノートページ(あるいは、私のユーザーページから派生した作業用ページ)の方が話題提起の場所としては適切でしょうか?--Rienzi 2012年1月24日 (火) 03:18 (UTC)
- Rienziさんへ。とりあえず、記事『アロイス・カリジェ』の新規作成と充実にエネルギーを注がれては如何でしょう?
- 新しいガイドラインの作成は大変ですよ。私は、最近、Wikipedia:井戸端/subj/映画の内容を紹介するページにおいて、史実を持ち出し指摘する記述する事の是非を皆様にお聞きします。 に関わって、「新しいガイドラインを作成できないか」という話になったのですが、具体的な議論 Wikipedia‐ノート:独自研究は載せない#『映画の内容を紹介するページにおいて、史実を持ち出し指摘する記述する事の是非』ルール作りの合意形成にご協力下さい に移行してからは停滞しております。--Pooh456 2012年1月25日 (水) 04:05 (UTC)
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- Pooh456さん、コメントいただきありがとうございます。そうですね。まずは「アロイス・カリジェ」の記事立ち上げに集中したいと思います。ガイドライン作成は、やっぱり大変ですか・・・。まずは、百科事典の記事としてふさわしい内容を盛り込めるよう、検証可能性が保証された情報をうまくまとめたいと思います。--Rienzi 2012年1月25日 (水) 08:27 (UTC)
「現状維持に理由は要らない」は正しいのか?
各所にお知らせしているのでご存じの方も多いかと思いますが、Wikipedia‐ノート:ネタバレにおいて、乱用・誤用が目立つネタバレ系テンプレートを一旦全て剥がし、テンプレートが必要な記事があれば貼り直してもらうことで対処しようという提案をしています。該当する記事数は約1万5千、全記事のおよそ2%です。このことは決定事項なのですが、後から異論が出たため議論に移行しているので、現時点では事実上作業は停止しております。
① 「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」として、現状を変えることに反対するという意見がありました。「現状を変えるべき」という意見は、過去何度も「廃止提案」という形で出ており、ある程度の理解が得られた物も存在しており、無下に否定することはできないと思います。一般論として「現状維持に理由は要らない」という意見は正しいのでしょうか。私は「現状維持に問題ありという指摘がある中で現状維持したいのであれば、現状維持で良いという根拠を示すべき」だと思うのですが。(「出典を出すのは書きたい人」というルールと混同?)
② また、「『乱用・誤用が目立つ』という根拠が無い」という指摘もあったのですが、この根拠は過去の議論を見れば分かることだと思います。過去の議論を全て追えとは言いませんが、それにしたって議論に参加する上で押えておくべきポイントというのは存在するはず。そういったものを全然確認しない状況での「反対」は、真っ当な反対意見として扱うべきなのかという点も疑問に思います。自分が理解できないということをもって反対とするのは誤りなのではないか、と。
③ なお私は、「お互いが揚げ足取りに終始するのは無意味だから、色々な意見があることを認めた上で、その中で最善策を提案すべき」と考えて、既知の案の中では最善であろう「一旦全剥がし」を提案しました(議論の経た今でも「既知の案の中では最善」だと思われます)。これは何度も明確に述べているのですが、なかなかご理解いただけないようで困っております。自分ではよく分からないので質問したいと思いますが、このような考え方による提案は間違っているでしょうか? 私は、「変えるべき」という意見も「そのままで良い」という意見もどちらも存在し一定の理解を得られていることは事実であり、そうであればきちんと両方の意見を聞いた上で折衷案を模索するべきだと考えているのですが。
井戸端に持ち込むべき話なのか迷いましたが、議論とは無関係に一般論としてどうなのかを聞いてみたかったのでこちらへ伺いました。ノートでのあの水掛け論には参加したくないが、井戸端で一般論なら答えても良いぞという方もいらっしゃるかもしれないとも思います。宜しくお願いします。--Starchild1884 2012年1月22日 (日) 21:32 (UTC)
コメント 「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」という発言はありませんので、こちら元の発言を載せておきます。
- 「現状を変えないこと」に理由は要りません。
- 「『現状を変えるべき」という提案に必要なのは「変えるべき理由」ですが、反対に必要なのは「変えるべき理由の否定」であって「変えないべき理由」ではありません。「変えないべき理由」を用いて「変えるべき理由の否定」を行うことはありますが両者はイコールではなく、「変えないべき理由」以外で「変えるべき理由の否定」が行われることも多々あります。
- 1つ目の発言については誤解が生じても仕方ない部分はありますが、2つ目の発言があれば「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」などということを意味していないことは容易にご理解頂けると思います。
- なお現状は「問題があるからA案で解決しなければならない」という提案に対して「本当に問題があるのか? あるのであればその問題とはどのようなものなのか?」ということを確認している段階です。この段階で「問題が何であるか」を理解するための説明を求めても応じて頂けなければ「現状を変えるべき理由」が共有できず、「A案に反対するなら何か対案を出せ」や「問題を解決しなくていい理由を示せ」といわれましてもそもそもできるわけがありません。--マクガイア 2012年1月23日 (月) 11:11 (UTC)
コメント わざわざ「議論とは無関係に一般論として」「ノートでのあの水掛け論には参加したくないが、井戸端で一般論なら答えても良いぞという方もいらっしゃるかもしれない」と書いているのに、リンク先のノートの議論を持ち出して、広く意見を聞く機会を潰さないで下さい。--Starchild1884 2012年1月30日 (月) 22:19 (UTC)
- 議論をひと通り見てきましたが、主に議論に加わっている3名について、あまりにも議論(物事の進め方といったほうが良いかも)に対するスタンスが違いすぎて、決まるものも決まらない様に見えます。(誰が良いとか悪いとかという話ではありません)114.145.136.235 2012年1月24日 (火) 23:32 (UTC)
コメントマクガイアとは過去にいくつかの議論をした経験があるが、彼の議論の進め方はいわゆる「いつまでも納得しない議論者」のやり方なので、妥協点あるいは一致点を議論で見つけ出すというスタンスをとることができない。彼と議論するだけ無駄だと思う。--Afaz 2012年1月31日 (火) 07:29 (UTC)
コメントWikipedia‐ノート:ネタバレにおいて、懸念していたことが起こりつつあります。Wikipediaのルールに照らしあわせれば、頭痛氏とマクガイア氏の2名が納得しない限り、物事は進められないのでしょうか。 114.145.136.235 2012年2月2日 (木) 10:54 (UTC)
コメント 「マクガイア氏はいつまでも納得しない人物である」というコンセンサスでも得られれば話は別ですが、そうでない限り無下にはできないと思います。今のところそれは目的ではないです。--Starchild1884 2012年2月9日 (木) 21:40 (UTC)
コメント 結局のところ、上記マクガイア氏ご自身により訂正の入った「現状維持に理由は要らない」も、一般論として正しいのでしょうか? 第三者のご意見をお伺いしたいです。私にはマクガイア氏が自分で納得しているだけにしか見えないのですが。--Starchild1884 2012年2月9日 (木) 21:40 (UTC)
コメントWikipedia‐ノート:ネタバレの議論には参加していませんが、ずっと眺めている者です。私個人の考えですが、「現状を変えないことに理由はいらない」は全ての場合にあてはまるものではないと思いますが、「変えるべきという主張」に対して求められているのは、「変えないべきという主張」ではなく「変えるべきという主張の否定」だという意見は正当だと思います。もっと言えば、「変えるべきという主張」に対しては、「変えないべきという主張」をしてもよいが、「変えるべきという主張の否定」でも何ら問題はないと考えます。つまり、積極的な現状を維持する理由が必ずしも必要なのではなく、「変えるべきという主張の否定」のような消極的な現状を維持する理由を挙げるだけでも問題はないと思います。そうでなければ、「現状を維持する明確な理由は見つからないけれども、少なくともこの提案が通ったら誤った結論になる」という人の主張が全く通らないことになります(Wikipedia‐ノート:ネタバレの議論がそうだと言っているわけではなく一般論です)。もちろん、誤った結論に辿り着くことは望ましくないわけですから、このような人の主張が全く通らないというシステムは不適切だということになるのではないでしょうか。--F@ST 2012年2月10日 (金) 03:28 (UTC)
コメント ご意見ありがとうございます。しかし、F@ST氏の仰るような場合でも、「変えるべきという主張の否定」で合意、少なくとも賛意を得る必要があるのではないかと思います。意見を言うことは当然構わないが、その主張が賛意すら得られていないのであれば、そのような意見を理由に議論を停滞させる/議論の停滞を正当化するのは誤りなのではないか、ということです。賛意のない意見が「全く通らない」のは当然だと私は思います。
- 「現状を維持する明確な理由は見つからないけれども、少なくともこの提案が通ったら誤った結論になる」というような意見を出した場合でも、他者から「その通りである」という賛意を得て初めて意義が生じるのであって、一人で言っているだけの場合は無意味だと思います。そうでないと、「いつまでも納得しない人物」に対して対抗手段をとれません(もちろんコメント依頼などで「いつまでも納得しない人物」認定をして退場願うという手段はありますが、コメント依頼提出の面倒さはF@ST氏もご存知かと思います)。--Starchild1884 2012年2月10日 (金) 22:02 (UTC)
コメント 「合意または賛意が必要」という気持ちはわからないでもないですが、それだと「賛同する人の数が多ければよい」ということになってしまわないでしょうか。議論においては少数意見が的を射ているということも少なくはないと思いますので、「合意または賛意が必要」と言い切ることには私としてはためらいがあります(合意・賛意を得ているに越したことはないでしょうけれども)。複数の主張が存在すれば議論が多少停滞するのはやむを得ないのではないかと思います。
- 少数意見には2種類あると思います。1つは、ただ単に主張している人物が「いつまでも納得しない人物」である場合です。この場合は、手間はかかるかもしれませんがコメント依頼で「この人物は議論を停滞させることを目的としている」という認定を得るしかないと思います。もう1つは、「純粋な少数意見」です。この場合は、「純粋な少数意見への反論」をしていくべきだと思います。真に取るに足らない主張であるならば、その主張を論破することも容易なのではないでしょうか。逆に、なかなか論破できない少数意見なら、例え主張者が1人であっても無視することは適切ではないと思います。--F@ST 2012年2月11日 (土) 13:00 (UTC)
コメント 「賛同する人の数が多ければよい」ということにはならないと思います。少数意見が的を射ているならばそれに賛意が出るはずで、賛意が無いならばそれは的を射ていないのだと思います。また、的を射ていると考えている少数意見を認めてほしいならば、それはその発言者が努力して賛意を得る作業をすべきだと思います。その努力を怠って、ただ「この少数意見を認めろ」と繰り返すだけだとしたら、それは少し変です。
- 「論破」に関しては、F@ST氏の意見に一定の賛意を表明します。ただ、「例え主張者が1人であっても無視することは適切ではないと思います」というのは、少し「1人の主張者」に誤解を生じさせる可能性がある気がします。「意見を無視しない」というのは「意見を全面的に受け入れる」ということではないので、「意見を全面的に受け入れない限り賛成しない」と言われるのは困ります。歩み寄りの姿勢が無いのであれば、それはもう発言内容に関わらず「いつまでも納得しない人物」なのではないでしょうか。--Starchild1884 2012年2月12日 (日) 22:43 (UTC)
コメント Wikipediaでの議論の場合、「賛意を得ていない」のか「賛同する人がその議論に気付いていないだけ」なのかがわかりにくいため、現時点で賛意が出ていない主張でも的を射ていないと断言できるかというと難しいように思います。あと、これはWikipedia‐ノート:ネタバレの議論をしばらく眺めている立場としてですが、議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい状態であるように思います。雰囲気として入りにくいというだけではなくて、弁が立たない人はついていけない状態だと思います(仮に少数意見に賛成でも「賛成です」の一言だけ書き込むわけにもいかないでしょうし)。そういう点で少数意見のままなのではないかな、という印象も受けました。
- 「意見を全面的に受け入れない限り賛成しない」という主張は確かに強引ですから、被主張者が十分に歩み寄りを見せたのであれば、「いつまでも納得しない人物」なのかもしれません。ただ、やはりその判定はコメント依頼によるべきだと思いますし、なんと言いますか、コメント依頼による結論が出る前にマクガイアさん・頭痛さん (もう名前を出してしまいますが)に対して「いつまでも納得しない人物」扱いをするのは議論を進めるうえでも得策ではないのではないかと思います。たしかに両名が反対意見を唱えているため、議論は停滞していますが、まだ彼らが「いつまでも納得しない人物」と決まったわけではないのですから、「あなたたちのせいで停滞している」のような扱いはしないほうがよいのではないでしょうか。--F@ST 2012年2月13日 (月) 03:00 (UTC)誤解を招くかもしれないので微修正--F@ST 2012年2月13日 (月) 06:30 (UTC)
コメント 「議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい」というのは、確かにその通りで申し訳なく思います。ただ、私が「一旦剥がす提案」を開始した時点でも過去ログは膨大で、議論を開始するにあたり大変難儀して過去ログを読んだりしましたから、これはもう、Wikipedia‐ノート:ネタバレに限らずウィキペディアの議論の問題と言わざるを得ません。議論に深入りせずとも、きちんとした理由とともに賛否を付ければ無下にされることは無いと思います(仮に誰かが無下にしても、他の誰かが拾うだろうという意味)。実際、Wikipedia‐ノート:ネタバレでもそうなっています。
- 「いつまでも納得しない人物」かはどうかコメント依頼を出さねば決定できない、というのは確かにその通りなのですが、何と言いますか「そういう風に受け取る人が多数いる」時点でもう駄目だと思うんですよ。コメント依頼を出す手間をかけさせる(出すことを検討させる)時点で駄目だと言いましょうか。実際、私は、議論の本筋に関係ないことでコメント依頼を出すことを検討しなければならないことを苦痛に感じています。マクガイア氏に関しては、ここでも114.145.136.235氏とAfaz氏が、Wikipedia‐ノート:ネタバレでは風の旅人氏がマクガイア氏の態度に苦言を呈している状況で、何も私一人だけが騒いでいるというわけではありません。特に、「現状維持に理由は要らない」などというはっきりしない理由で反対するのではなくきちんと反対理由を述べて賛意を得れば水掛け論をせずとも済むではないか、という今のような場合では、そういった方向で意見調整するのを頑なに拒むのは宜しくないのではないか、と。人の時間をいたずらに消費させているわけですから。
- 頭痛氏は「反対者がいるから反対」という意見であり、対話相手としてはその意見はどうかとは思うもののそれはそれで一貫しているので、私は特に彼に関しては特別視していません。--Starchild1884 2012年2月13日 (月) 21:15 (UTC)
コメント Wikipedia‐ノート:ネタバレが「議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい」状態であるのは、これからどうこうできる問題ではないですが、事実として入りにくい状態であることは間違いないので、そういう理由から少数意見のままであるのかもしれません。
- 「そういう風に受け取る人が多数いる時点でもう駄目だと思う」という考えは理解できます。ただ、気持ち的にはそうだと思いますが、やはりコメント依頼を経て結論が出ていない以上は駄目というわけにもいかないと思います。あと、「現状維持に理由は要らないなどというはっきりしない理由で反対するのではなく」ということですが、マクガイアさんは「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らないなどということを意味していない」と述べていますし、この点については両者の間に誤解が生じているのではないかと思いました。Starchild1884さんの「提案に反対の主張をするなら対案を出すべきだ」という考え方は議論の促進にも繋がりますし、個人的に、物事を解決する際にはそれが理想なのだろうとも思いますが、「対案まで出さなくても、その提案に反対だという意思表示とその根拠があれば、主張として十分ではないか」とマクガイアさんは言いたいだけなのではないかなと私は感じました(「現状維持に理由は要らない」という言い方が語弊を生んでいるのではないかと)。
- 頭痛さんについては、上のほうでお名前が挙がっていました関係上、並べて記した次第です。今回の件で特別視されていないのであれば、私のほうで特に深い意味をもって挙げさせていただいたわけではないので気になさらないでください。--F@ST 2012年2月14日 (火) 13:37 (UTC)
藤崎八旛宮秋季例大祭の英訳はBoshita Festivalでいいか
藤崎八旛宮秋季例大祭の英訳をBoshita Festivalとしましたが、これでいいでしょうか。わだかまりがある人もおられると思いますが。英語版で討論すべきかもしれませんが、日本の事なので。--Ichiro Kikuchi 2012年1月26日 (木) 13:34 (UTC)
- 定訳はないのですね? 私ならFujisaki-hachimangu grand festivalかFujisaki-hachimangu autumn festivalとします。藤崎八旛宮秋季例大祭の記事の記述を読む限りでは「ボシタ祭り」はそもそも正式な名称ではないようですが。
- なお、井戸端よりはWikipedia:執筆・翻訳者の広場の方が適切かと思います。--アルビレオ 2012年1月26日 (木) 14:14 (UTC)
- 有難うございました。検討いたします。--Ichiro Kikuchi 2012年1月26日 (木) 20:08 (UTC)
- 英語版で記事の項目名を決める時の基準は「(信頼できる情報源で用いられている)最も一般的な英語の名前」でして[8]、「正式名称」であるかどうかは関係ないことになっています[9]。もう一つの基準「読者にとって曖昧でなく、理解しやすい名前」という意味で(藤崎八幡宮って、あちこちにありそうですから)、私なら、Fujisaki-hachimangu grand festivalやFujisaki-hachimangu autumn festivalより、Boshita Festivalの方を選ぶと思います。--Dwy 2012年1月28日 (土) 00:35 (UTC)
-
- (順序前後しますがつながりからここに書きます)前回の私の訳は、藤崎八幡宮の英語版記事en:Fujisaki-hachimanguがすでに存在していたこともあります。確かにこの英語版記事が無ければいきなりFujisaki-hachimanguを出すのは良くないかもしれませんが、すでに存在する記事名を使わないのは却って読者にわかりにくくなると思います。なお、やはり日本語の記事の記述でも「ボシタ祭り」が一般的とは読めませんでした。--アルビレオ 2012年1月28日 (土) 11:21 (UTC)
- アルビレオさん、こんばんは。熊本の人はボシタ祭りといいますが、正式な文献にはオフレコのような感じです。なお、Boshita Festivalとした文献もありましたが、(これが初出というわけではない)、記録しませんでした。--Ichiro Kikuchi 2012年1月28日 (土) 11:50 (UTC)
- 皆さんご議論ありがとうございます。似たような問題ですが不知火 (妖怪)を英訳しましたが、原因が判っているので、Shiranui (Optical phenomenon)としましたら当然繋がりません。いろいろ検討したら不知火には繋がりました。妖怪の方がおかしいのですが、皆様いかがでしょうか。--Ichiro Kikuchi 2012年1月28日 (土) 01:28 (UTC)
- 熊本市のサイトでも「ボシタ祭り」なる用語は使用しておらず[10]。The Great Festival of Fujisaki Hachimangu Shrine を使用しています。--hyolee2/H.L.LEE 2012年1月28日 (土) 11:57 (UTC)
- 熊本市のサイト云々は別に気にするところではないと思いますが、結局は英語圏での知名度……たとえば、英語圏での日本文化の本や旅行ガイドあたりが最優先でしょう。Boshitaは(それがどちらの立場にとってどう、とは一概に言えませんが)、特にはっきりした根拠がなければ、避けるべき不適切な呼称だと思います。あと、『熊本の人はボシタ祭りといいます』とのことですが、どちらかといえば、現在ではそれほど一般的という訳でもない……知らない人は多分いないけれど、でも通常使うことはあまりない「稀に耳にする程度の俗称」に過ぎないような気がします。--氷鷺 2012年1月28日 (土) 12:34 (UTC)
- Ichiro Kikuchiさんがごらんになったものと重なるかもしれませんが、ガヴァン・マコーマックが書いたものの中に、known as “Boshita-sai,” [11]とあるのを見つけたので、一応お知らせしておきます。その名称の由来についても(probablyとは書かれていますが)Ichiro Kikuchiさんが記事に書かれたものと同じ解釈をしているようです。--Ak from the villa 2012年1月28日 (土) 13:05 (UTC)
- (追記)ウェブ全体を検索するとBoshita-saiやBoshita-matsuriよりもBoshita Festivalのほうが多く見られるようですが、日本人以外が書いた文献ではもしかすると -matsuriなどのほうが多いかもしれません[12]。マコーマックの論文や他の文献などで、「ボシタ祭り」の呼称が持ち出されている前後の文脈や全体のトーンを見ると、やはり「滅ぼした」に由来する(かもしれない)呼称を国際的な呼称とするには抵抗があるために、Festivalとせずに-saiや-matsuriのまま日本人が使用した(している)名称として持ち出しているのかもしれないなと思います。(もちろん、祭の呼称を-saiや-matsuriとすることは他にもよくあることではあるのですが。)これなどを見ると、「紙の文献であれば」注釈なしの使用は避けたほうが無難な呼称かもしれませんね。ウィキペディアではどうするのがよいかは、よくわかりませんが。--Ak from the villa 2012年1月28日 (土) 14:20 (UTC)
- 文献有難うございました。ガヴァン・マコーマックさんの文献は知りませんでした。主に南京事件を論じておられて、偏見とまではいきませんが、一方的な印象があります。熊本の人は以前も、現在も、滅ぼしたでないと主張していいと思いますし、お囃子は中止したので、Boshita Festival が判りやすいと思います。外国人はそのような印象はないと思いますが、あちらで討論が必要でしょうか。--Ichiro Kikuchi 2012年1月28日 (土) 14:31 (UTC)
- 作成から2か月を経て、特に記事名が問題視されている様子もないので、今このタイミングで討論する必要はなさそうに思います。いざ討論を始めようとしても人が集まらないときは集まらないですし。備えだけしておけばいいんじゃないかと個人的には思います。マコーマックの論文はタイトルのインパクトも強いので、ソースとしては使いにくいですね。Boshita Festivalでいいか、という議題については先に書いたようによくわかりませんが、もしも自分が作成する立場だったら、せっかく作った記事が万一いたずらに荒れてしまったら悲しいし面倒でもあるので、Fujisaki-hachimangu... のほうをタイトルにして、ボシタのほうはalso known asとかで逃げちゃってたと思います。いずれにしても英語版のほうで人が集まってあれこれ意見を聞ける状態になってから対処するのでもよいのではないでしょうか。--Ak from the villa 2012年1月28日 (土) 15:08 (UTC)
- (追記)たびたびすみません。議題から若干それてしまいますが、今、英語版のほうの記事を読んでみてひとつだけ気になったことがありました。"we should understand that we destroyed Korea" のような時の we は、they, Japanese などにしないと違和感があります。誰を指示しているのか曖昧なので。それだけです。失礼しました。--Ak from the villa 2012年1月28日 (土) 15:32 (UTC)
- Ak from the villaさん、ご指摘有難うございました。訂正いたします。記事名が気になったのは、書いた時でなくて、1月14日以降で、邦文版も英文版もその時から大幅に訂正していますし、また、上の警告を気にしていたわけです。--Ichiro Kikuchi 2012年1月28日 (土) 22:43 (UTC)
コメント ノート:藤崎八旛宮秋季例大祭#英訳はBoshita Festivalでいいかを作成して、ここの議論を紹介しました。一般論としての記事の英訳はどうするべきかについてはここで議論を続けてよいでしょうが、特定の記事についての議論は個別のノートページでしましょう。--アルビレオ 2012年1月28日 (土) 23:09 (UTC)
他言語版への仮リンク
他言語版への仮リンクに関してのガイドラインはありますか? 便利な側面もあるとは思いますが、たとえば、アルメニア人虐殺問題やハリル・クートなどを見るとコテコテ貼りすぎのように感じてしまいます。リンク自体を隠して日本語だけ残すとか、数的や割合的に赤色リンクの減らすとか、そういったガイドラインがあれば教えてください。それと、日本語版って無意味な内部リンクが多いですね。Wikipedia:内容に関連するリンクだけを作成も弱い感じです。詳しい利用者の方々、よろしくおねがいします。Takabeg 2012年1月30日 (月) 22:38 (UTC)
- 仮リンクに関するガイドラインは、私の知る限りはありません。Takabeg さんがすでに認識しておられる通り、Wikipedia:内容に関連するリンクだけを作成に準ずることになるのでしょう。私個人は、Takabeg さんの挙げられた2例が特に問題とは感じませんでした。「コテコテ貼りすぎ」と感じられる理由としては、「1.見た目が悪い」「2.関連が薄い」の2点が想像されます。1について、私個人はTemplate‐ノート:仮リンクで述べた通り、見た目は二の次で機能が大事だと思っています。また、赤リンクだということは、たまたま現段階で日本語版に記事が存在しない、というだけのことであって、赤リンクと青リンクを区別する理由はない、と思います。Wikipedia:赤リンクもご参照下さい。2について、私の感覚としては、「a. 当然リンクを貼るべきもの」「b. 貼るべきでないもの」「c. まあどちらでもよいもの」の3種類があり、確かに c に属するものにリンクを貼って回る行動がよく見られます。少しイラっとすることもありますが、b にリンクを貼るのでなければまあいいや、と鷹揚に構えることにしています。そもそも、ガイドライン等でシロクロはっきりさせるべき、という論調はあちこちで見られるのですが、私はグレーゾーンがあってしかるべき、だと思っています。シロとクロの領域を増やそう、という議論はあってもよいかもしれません。--白駒 2012年2月1日 (水) 23:24 (UTC)
- どうもです。自分のほうは、少しイラっとすることはないのですが、仮に無意識にイラっとしているのだとすると、その原因は、やはり、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版と並ばれてしまっているところだと思います。「なんちゃら語版」の代わりに原語での表記とかできるなら、3文字分の領域を使って、少しは情報を伝達していることになりそうなのですが。なんとかならないものでしょうか ?Takabeg 2012年2月2日 (木) 10:49 (UTC)
- 技術的には何とでもなるでしょう。しかし、その改変に私は反対です。現状の方が他言語版へのリンクであることが明確であるからです。日本語版に記事がない場合に限って原語(しかもその言語である必然性は通常ない)表記を表示するのも不自然な気がします。どうしても煩わしいのでしたら、ツールボックスの「印刷用バージョン」をクリックすれば、「ほげほげ版」の表示なしで読めます。--白駒 2012年2月3日 (金) 16:12 (UTC)
- 表示の問題なら、(英語版)を(en)にすれば少しはマシになるような気もします。程度問題ですが。--引越センター 2012年2月8日 (水) 13:57 (UTC)
- 他言語版へのリンクを関連項目の節にまとめるのもひとつの手でしょう。--有足魚 2012年2月5日 (日) 04:49 (UTC)
謎の赤リンク
最近、大量の赤リンクが井戸端の目次直後に現れます。どうも他の言語へのリンクが誤って本文内に出てきている模様です。履歴を見ると平成24年1月31日 (火) 08:54(JST?)のTakabeg氏の編集以降そうなってるようです。(といってもTakebeg氏の投稿が悪いと言ってるわけではありません。)こちらの環境はWindows7にFirefox 3.6.26です。他にも変な赤リンクが見られる方いらっしゃいますか?--引越センター 2012年2月1日 (水) 21:42 (UTC) あれ?自分の書き込みで直ったようです。--引越センター 2012年2月1日 (水) 21:47 (UTC)
- interwikiリンクの機能がおかしくなることが最近たまにあるようです。日本語版だけでなく、他の言語版でも同じです。以前も早朝に遭遇しました。誰かの編集とか特定のページの問題ではなく、サーバやソフトウェアのメンテかバグだと(何のアナウンスもありませんが)思います。他言語リンクが機能しないのですごく不便ですが、しばらくすれば直ります。U.S.S.Momotaro 2012年2月1日 (水) 22:03 (UTC)
- bugzilla:34128で報告され、直ったようです。--Kusunose 2012年2月2日 (木) 02:55 (UTC)
私の知らないルール
すみませんWikipedia:投稿ブロック依頼/特別:投稿記録/114.145.108.206に関して3点、私の存じていないルールが提示されました。ぜひとも第3者様の御意見を伺いたいのです。各ログインユーザ様へのコメント依頼でも良かったのですが、私のルール無理解ですのでログインユーザ様にご迷惑をかけないように、ここで質問させて頂きます。
1点目:クロスロード様の御発言「IP氏は特にこれといって大きな記事の執筆や活動をしているような様子は無いが、カテキン氏・ノースマン氏お二方は自衛隊関連の記事執筆において貴重な情報等を元に記事の発展に寄与している点を考慮するとIP氏は分が悪いでしょう。なので私は賛成に回ります」ですが、このような理由で賛成・反対の有効票となるのでしょうか?
2点目:このような編集[13]は許されるのでしょうか? またカテキン様は「誹謗中傷系の書き込み、一定期間を経過し用済みと判断したものについては削除します。」と記載されていますが、「一定期間を経過し用済みと判断したもの」を削除しても良いのでしょうか?
3点目:上記2点目の質問の回答がNGだったとした場合、このように第3者が他人の会話ページで削除された記事を復活させる行為[14]は許されるのでしょうか? --JapaneseA 2012年2月2日 (木) 08:04 (UTC)
コメント2点目と3点目について。利用者‐会話ページはその利用者の所有物ではありません。もちろん誹謗中傷やプライバシー侵害、著作権侵害などは早急にしかるべき対処は必要になりますが、このような編集は許されません。したがって、3点目、(誹謗中傷やプライバシー侵害、著作権侵害や宣伝などの目的利用)などの場合を除いて、利用者‐会話ページからのテキストの除去の差し戻しは正当だと思います。--ぱたごん 2012年2月2日 (木) 10:01 (UTC)
コメント1点目については、有効票か無効票かについて言えば有効票です。ただし、クロスロードさんのご意見は投稿ブロックの方針にはまったく該当しないものです。本来、投稿ブロックという他者の制限、特に広域ブロックという影響の大きな項目については方針を重視する必要がありますが、それに基づいて判断を下す管理者がクロスロードさんのご意見を判断に加えることはないでしょう。Wikipediaは多数決で決まるわけではないので、方針にそぐわない理由による有効票に影響力はありません。2点目と3点目については、ぱたごんさんと同意見のため省略します。--Sikemoku 2012年2月2日 (木) 10:22 (UTC)
皆様、御回答ありがとうございます。 ぱたごん様、以前論争した私に対して御回答下さり、敬意を表します。 むじんくん様、拝見しました。私は ぱたごん様と同じ見解だったのですが、それに矛盾したルールもあるのですね。 Sikemoku様、なるほど、安心しました。
この場はクローズし、むじんくん様が御案内下さったノートへ行きます。--JapaneseA 2012年2月3日 (金) 15:50 (UTC)(すみません署名忘れてました)
他言語版の翻訳の際に要約の欄に翻訳と入れなかったのですが
すいません。よろしくお願いいたします。英語版より国際医学生連盟を翻訳しましたが 要約の部分に翻訳であると書くのを忘れてしまったまま投稿してしまいました。 この場合は一度削除していただく必要があるのでしょうか。追記をする事で対応可能なので しょうか、ご教授ください。--Hanabishi 2012年2月2日 (木) 11:31 (UTC)
コメント 他の人の編集が入っていない(もしくはBotが言語間リンクを貼った程度)なら、{{sd|全般8}}でいったん削除してもらってから立て直すのがいちばん手っ取り早いです。あとから補完することもできますが、その場合は一度削除依頼にかけることになります(過去版を見えなくするだけで、記事自体を削除するわけではありません)。--Jkr2255 2012年2月2日 (木) 11:41 (UTC)
- 早速有り難うございました。記事にはテンプレートをつけましたが別途他の場所での削除依頼が必要でしょうか?あわせて教えていただけたら幸いです。--Hanabishi 2012年2月2日 (木) 12:30 (UTC)
- 削除していただきました、ありがとうございました。--Hanabishi 2012年2月2日 (木) 12:44 (UTC)
法令・特許などを出典にする場合
前から記事を書いていて気になったことがあるので、少し話題として提起してみます。
ウィキペディアの記事を書く上で、法令や特許といった、官公庁が出している公開情報を出典とする場合があります。例えば、
- 殺人を犯した場合、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる(刑法199条)。
というように書いた場合、この「刑法199条」に、さらに出典を付ける必要はあるのでしょうか。法律名と条文番号がわかっていれば、内容は(どんな本やサイトで調べようと)一意なはずなので、じゅうぶん検証は可能ですし、国の法令データシステムや官報といった公式のものはともかく、それ以外の出典を付けてしまうと、逆に「それでないと確認できない内容なのかな」という疑念すら抱きかねません(考え過ぎかもしれませんが)。
もちろん、憲法第9条と自衛隊の関係のような、法文そのものではなく解釈が問題になるようなケースでは、解釈の側に出典が必須なのは間違いないところです。--Jkr2255 2012年2月2日 (木) 12:38 (UTC)
- とりあえず、刑法199条に関する記事やwsへのリンクなどは必要でしょう。もしくは、そういった「法令を確認できるリンク集」みたいなのを整備して、テンプレートでそれへのリンクページを生成するようなものを作っておけばなお良いのではないでしょうか。解釈の要るものはともかく、法令文章をそのまま載せるのであれば「出典」としてのリンク等は不要でしょう。--青子守歌(会話/履歴) 2012年2月2日 (木) 13:50 (UTC)
コメント Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料における「なお、(1)専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説、(2)分析、総合、解釈、評価にあたる主張を全く行わない記事、のような場合には、ウィキペディアの記事がもっぱら一次資料に基づいていてもかまいません。」に該当するケースだと思います。分析・総合・解釈・評価などを伴わなければ、最低限、法律名・条番号など一次資料(法令の条文や特許等)を特定する情報が正しく記載してあれば問題ないと思います。但し、閲覧者は必ずしもその対象国(例えば日本)の事情に詳しくない場合もありますので、「その正確性を簡単に検証できる」か否か判断に迷う場合は、その一次資料にアクセスするための追加情報(公式文献・公式サイトなど信頼性の高いところが望ましい)も必要に応じて併記した方がよりよいと思います。--Penn Station 2012年2月2日 (木) 15:17 (UTC)
コメントないからといって書いた人に怒鳴り込む必要はないけど、書く側としては情報源を提示したほうがいい。しなくてもいい、というものではないと思います。
- 1)この刑法199条として書かれている条文が、正しく条文なのかを判断する上で情報源を示されていることは好ましい。ウィキペディアでは、「官公庁が出している公開情報」を見て書いているとは限らないわけです。出典ないし検証可能性を満たすための情報源と言うのは、書いた人が何を見て書いたのかを示すものであって、読者に確認してもらうための案内ではないですから、「それでないと確認できない内容なのかな」と思うかどうかは関係ない。誤字などを含んでいた場合、執筆者のせいなのか、元となる情報源に間違いがあったのかがわからない。
- 2)案内についていうと、その刑法199条を、読者が自分で確認したい場合に、どうすればいいか、百科事典の読者が常に承知しているとは想定すべきではないでしょうから、案内として、その条文を参照できる元を示すことが望まれます。そこでは、執筆者が見たもの、執筆の上で参考にしたものを挙げるのではなく、広く閲覧可能なものや、信頼性が高いもの、オリジナルに近いものなどを選んで掲載することになります。刑法ならまあある程度はわかるとしても、もっと知られていない法律もあるわけですし。だから、参照先を示す必要はある。
- 3)条文は、作られたときから、将来にわたって不変のものではありません。数年前に書き換えられているかもしれないし、来年書き換えられるかもしれません。六法なら何年のものか、法令データシステムなら、いつ閲覧したものかを書き記しておく必要があります。つまり、どんな本やサイトで調べようと一意ではない、のです。
- なお、文脈しだいですけど、例示されているようなものが本文にある場合は、条文そのものなのか、説明として書いているのだけれど、他の表現を用いる必要がなかった、思いつかなかったのか、という区別ができません。括弧書きの「刑法199条」がcitationの参照先とも読めてしまう。
-
- 殺人を犯した場合には、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる(刑法199条)
- という書き方も成立するはずですよね。あと、百科事典としては、条文がそのまま書かれているのは、将来的には修正されるべき状態で、逐条解説などを情報源として、条文そのものの参照先として、法令データベースなどを示すというのが好ましい。法令だけで書かれてる状態は記事の初期段階というか。。
- 独自研究の方針は関係ないと思う。「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」ではないですし、「もっぱら一次資料に基づいていてもかまいません」が、それは情報源となる一次資料を示さないことを認めるものではありません。--Ks aka 98 2012年2月4日 (土) 10:52 (UTC)
- 最後の文節に関して。おそらく誤解あるようですが「情報源となる一次資料を示さないことを認める」という話はどなたも言及されていないのでは。また「解説」とは「よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。」(広辞苑第六版)ですので、社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章は、いずれも広い意味で解説に含まれると考えています。--Penn Station 2012年2月5日 (日) 07:28 (UTC)
- 「情報源となる一次資料を示さないことを認めるものではありません」てのは、独自研究の方針は関係ない、ということを言う説明です。
- 独自研究の方針は、検証可能なだけでは駄目で、二次資料も必要ですよ、というのが主旨です。その例外が「分析、総合、解釈、評価にあたる主張を全く行わない記事」で、だからこの場合は一次資料があれば、二次資料はなくてもいい。というのが、Penn Station さんが書かれている理屈だと思うんです。でも、「この「刑法199条」に、さらに出典を付ける必要はあるのでしょうか。」という問いに対して、「二次資料はなくてもいい」というのは、求められていない答えだと思うんですよ。憲法九条の「条文」の出典に、芦部憲法を持ち出さないといけない、という意見が出てくる余地はないと思う。だから、ロジックとして、独自研究を持ち出すのは、関係ないんじゃないか、というのがぼくが書きたかったこと。これは独自研究ではなく検証可能性の話じゃないか、と。
- 「独自研究の方針は関係ないと思う。」ではじまる段落では書かなかった、ぼくとPenn Station さんの意見の違いとして、Penn Station さんは「法律名・条番号など一次資料(法令の条文や特許等)を特定する情報」と書かれているけれど、ぼくは執筆者が見たものを示すべきと言っている。それは一次資料でも二次資料でも関係なく、「見たもの」(ただ、条文の情報源としては、芦部憲法のような二次資料ではなく六法全書とかの一次資料がいいと思う)。で、ぼくの場合は「法令」という資料はなくて、その法令が載っているものが資料、という感覚なのですね。そこを踏み込んで議論するつもりはなくて、自分の意見は自分の意見として書いたのですが、そこに踏み込むとしても、独自研究のなかの話ではなくて、検証可能性とか情報源の扱いの話ではないか、と思います。
- もうひとつのほう。「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章は、いずれも広い意味で解説に含まれる」と思いますけど、記事に掲載された「条文そのもの」が、「よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。」ではないですよね。条文をベースにして、「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章」なら「解説に含まれる」と思います(法律の条文をどう読むかというのは、それだけで解釈を含むことも多いですが)。「条文そのもの」が「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章」だというのは、確かに社会の倫理や慣習によって築き上げられたものとして法があり、その一部としての条文が、社会の倫理や慣習を分析して説明しているという面はあるけど、これを百科事典を書く文脈の中で「解説」とはいわないと思う。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 15:23 (UTC)
コメント刑法に関して私が最近見た中では、カルネアデスの板にある刑法37条の記法が良いと思います。法文そのものはウィキブックスを参照できます。これを簡単に書くテンプレートが欲しいですね。
- なお、Ks aka 98 さんのコメントにあるように、法律の条文は変わることがあります。特に刑期については結構変わることがあったと記憶しています。いつの時点の条文なのかは必要な情報ですね。
- 私としてはここで紹介したように刑法199条の形の記述にしてほしいですが、「刑法199条」と書いてあれば出典としては必要最低限ではあると考えます。「殺人を犯した場合、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる」が法律の条文の内容を表しているが、条文そのものではないことはすぐに検証できるので。--アルビレオ 2012年2月5日 (日) 07:54 (UTC)
嘘の出典提示の是非と悪質性
質問 「Wikipedia:出典を明記する」の運用と、嘘の出典提示の是非についてお聞きしたいと思います。
ウィキペディアでは出典の重要性が随所で語られていますが、近年、出典を巡る諍いも散見されます。最近見かけた例ですと「出典として文献Aを明記し、記述を追加した。ところが、他者が文献Aを検証したところ、そのような記述は全く存在しなかった」というパターンがございます。
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- 例:『宇宙完全動物図鑑』を出典として挙げたうえで「イヌは爬虫類である」との記述が加えられた。他者が『宇宙完全動物図鑑』を検証したところ、該当頁にそのような記述はなかった。
このような場合、執筆者の行為は「Wikipedia:出典を明記する」の趣旨を明らかに逸脱しており、容認しかねる行為のように思いますが、いかがでしょうか。原因としては、下記のようにいくつかのパターンが考えられます。
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- 執筆者は文献Aに該当記述がないことを知っていたが、故意に出典として挙げた。
- ⇒ 出典元を偽り虚偽の記述を執筆しており、悪質である。
- 執筆者は文献Aを検証しておらず、不用意に出典として挙げた
- ⇒ 参考にした事実はないのに参考にしたたと偽っており、悪質である。
- 執筆者が文献Aを検証したのは事実だが、勘違いしてしまった。
- ⇒ 文献Aを理解する能力が欠けており、百科事典を執筆するに足る技能を持っていない。
私の個人的な見解としては、いずれのパターンも問題あるように見受けられます(3番目は情状酌量の余地があるかもしれませんが)。出典が重視されるウィキペディアにおいては、かなり重大な荒らし行為の一つではないかと思います。故意性があろうとなかろうと、原則的にNGとなる編集行為だと思っています。しかしながら、それを指摘されても余り反省する様子のない利用者も散見されるため、自分の見解とコミュニティのみなさんの見解と齟齬がないか心配になってきました。そこで、ここで確認したいと思います。
なお、参考になるかどうかはわかりませんが、以前「出典として文献Aを明記したが、それは真っ赤な嘘であり、実際は文献Aを参照していなかった」「実際に参照したのは文献Bだったが、出典には挙げず文献Bを意図的に隠していた」という事案がありました。
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- 例:『宇宙完全動物図鑑』を出典として挙げたうえで「イヌは爬虫類である」との記述が加えられた。しかし、執筆者が実際に参考にしたのは『宇宙完全動物図鑑』ではなく『宇宙完全トンデモ論文事典』であったが、その事実を隠していた。
ご参考までに(例文中の書名などは全て架空のものです)。--Nnkrkrhhdi 2012年2月5日 (日) 05:12 (UTC)
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コメント Nnkrkrhhdiさんこんにちは。Rienziと申します。虚偽の出典を提示するという行為は、それが「故意」「不用意」「錯誤」そのいずれであっても、きわめて悪質であると考えます。脚注をつけ、一見しっかりした出典をつけているように見せかけて、虚偽の出典に基づく記述を行うユーザーは、その内容を問わず、荒らし認定し、警告→必要とあればブロック、という対処で問題ないかと思います。特に、虚偽の出典の提示に関し、反省や謝罪のないユーザーに対しては、強硬な姿勢で臨んでかまわないかと思います。『湊ヒロム』の記事のようなケースなど、「出典はあるが、その出自を偽装する」行為は、許されるべきではありません。私が遭遇したケースでは、「出典はあるが、出典掲載希望者(私)がドイツ語話者ではないことを理由に、徹底してその提示を拒否した」というケースがありました。当該記事本文は、秘匿された出典や合成された情報の固まりであるとの判断から、削除されています。→ノート:ヴァルドルフ学校/過去ログ1をご参照ください。また、当該記事の事実上主たる執筆者であったユーザーは、荒らし認定され無期限ブロックされています。また、最近遭遇したケースでは、「出典付きで記述を行ったが、記事に記載した情報には意図的な秘匿(シュタイナー学校に有利な内容、ロビー活動団体に不利な内容のカット)があった」というものもありました。(→ノート:シュタイナー教育)すでに挙げられている三つのパターンに加え、以下の2パターンも、「出典の明記違反として対応する」という姿勢が必要かと考えております。
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- 執筆者は文献Aに該当記述がある事を知っていたが、文献の存在をにおわせつつもその提示を拒否した。(出典の意図的な秘匿)
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- 執筆者は文献Aに該当記述がある事を知っており、出典を明記して記述を行ったが、自分の都合の良いようにカットを行った(独自研究・情報の合成)
- 長文失礼いたしました。--Rienzi 2012年2月5日 (日) 05:43 (UTC) ...発言の一部に、行き過ぎた表現があったとみられ、一部の方に不快感を与えてしまった形跡がありますので、取り消します。--Rienzi 2012年2月6日 (月) 16:38 (UTC)
コメント 当然ながら誤った出典情報を掲載するのは問題がありますので、修正を求めるか修正されない場合は別の出典への置換または当該記述の除去も必要だと思います。Rienziさんの挙げられている出典提示の拒否も同様です(恣意的な一部内容の隠蔽も場合によっては悪質ですが、問題のレベルが若干異なる気がします)。話がこじれた場合は当該議論へのコメント依頼を行うか、同じ利用者が同じ問題を繰り返す場合は利用者に対するコメント依頼も検討すべきでしょう。
- なお上記パターンの2つ目には「この文献には該当記述がある筈だ」(あると思っている)という不用意な場合の他に、「この文献に該当記述があるかないか知らないけれど、それっぽい文献なので、出典提示要求を避けるためにとりあえず出典として挙げておく」という意図的な場合もあり得ると思います。--Penn Station 2012年2月5日 (日) 09:00 (UTC)
コメント 単純に「錯誤」であるのなら、それを認めた上で余程繰り返されない限りは、特に問題は無いと思います。間違いは誰にでもあるのですから。意図的な虚偽記述はもちろん許されるものではなく、Wikipedia:投稿ブロックの方針#対象行為の例示にも「6.事実に反し、ウィキペディアの価値や信頼を損ないかねない記事の投稿」とあります。継続度と改善を求める対話の趨勢によっては速やかにブロックを検討せねばなりません。虚偽出典の提示は一見正常な編集と見分けが付きにくく、非常に深刻な破壊行為です。--Hman 2012年2月5日 (日) 12:11 (UTC)
コメント まず、意図的なのか、不用意に挙げたのか、うっかり間違ったり読み違えたりしたのか、はたまた情報源というものを軽視しているのか、というのは、編集履歴や差分だけからはわからないことも多いです。どの程度の対応関係を求めるかってのも、人によって、記事の性質によって違うところもありますし。安易に「荒らし」とか「悪質」とか呼んではいけないと思う。
- 不用意に出典として挙げるのは勘弁してくれ、文献もちょっと丁寧に読もうな、ということを伝えたうえで、繰り返されるなら、コメント依頼でもブロックでも。意図的なのが明らかな悪戯の類や、立派な講釈をたれながら編集強行されるような場合は、管理者伝言板やブロック依頼で。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 15:46 (UTC)
質問 非常に興味深いトピックスを見かけたので、ひとつ質問をさせていただきます。ある可変IPユーザーについてですが、
- 2年以上にわたって大量(少なくとも500は超えているんじゃないでしょうか)の記事を投稿している。
- 記事の加筆にあたって参考文献の書籍を参照したところ、その中には「虚偽の出典を提示」「出典を秘匿した記事」に該当するものが相当量(自分で確認しただけでも30超)存在する。
- 最初に会話ページで出典の提示を求めるが、返答無し。
- 次に、記事中の要出典範囲を付けた箇所に参考文献に記載されている書籍の具体的なページ数を注釈で付記するように伝える。返答はあるが、記事を改善をするとの回答は無し。ページ数の付記も無し。
- その方が取得したと思われるアカウントを発見、文体と編集分野を見て同一人物の可能性が高いと考える。
- 上記のIPと同一人物かどうか、以前にブロックを受けた人物のソックパペットではないかと質問する。
- 上記のIPと同一人物かどうかについては、明確な回答無し。ソックパペットであることは否定する。
- 会話ページに「新規の記事の立項・既存の記事の加筆をする前に、過去に編集した記事を改善していただきたいのです」と書くが、この呼びかけに返答は無い。
- 当該人物は依然として記事の立項、加筆を行っている。私とは別の人物に虚偽の出典を提示したと指摘されている。
- 当該人物がアカウント取得以前に立項・加筆した記事を見るが、やはり虚偽の出典が提示されている。
- 私はこの方を意図的に虚偽の出典を提示している悪質な行為を行っている人物と見做しているのですが、客観的に見て上記の人物の行為は「意図的」「悪質」と判断できるのでしょうか。また、この方に過去に投稿した記事の虚偽の出典の除去と秘匿している出典の提示を行わせ、行動を改善させる方法はあるのでしょうか。--オオミズナギドリ 2012年2月6日 (月) 13:06 (UTC)
- 管理者伝言板に報告をするか、コメント依頼でオオミズナギドリさんが問題視をしている行為について具体的に取り上げて、ほかの方の意見を伺ってみてください。--海獺 2012年2月6日 (月) 14:27 (UTC)
- 「コメント依頼で〜」とのことですが、いかんせん私はウィキペディアの編集歴がそれほど長くは無く、コメント依頼の意義・目的・利用法が今一つ理解できていない私には無理です。管理者伝言板についても、今回のような長期にわたる事例を報告するには向いていないように思えます。--オオミズナギドリ 2012年2月6日 (月) 15:28 (UTC)
- 「虚偽の出典を提示」「出典を秘匿した記事」が「意図的」かどうか、その行為が「悪質」かどうかはともかく、対話拒否とか、検証可能性の方針の無理解あるいは意図的な無視として、管理者伝言板に報告されたらブロックされると思います。ソックパペットである可能性があれば、どのアカウントのソックパペットと疑われるのかも書いてもらえれば、ブロック逃れでブロックされることもあるでしょう。長期的であっても、今もそのような編集がなされているなら、そこでブロックすることで、一時的に抑制することはできますし、全体像として、ウィキペディアへの被害が深刻なら、レンジブロックやISPへの連絡という手段もあります。そういう風に、問題があると思われる行為について、広く意見を求めることで行為の妥当性や対応策を聞くために、コメント依頼を用いることは、コメント依頼の目的に合致しています。コメント依頼や伝言板で情報を共有することで、対応する人の数も増えますし、管理者の権限を用いることで、システム的な対応をとることもできます。行動を改善させる方法があるかどうかはわかりませんが、オオミズナギドリさんほかの対応で改善されないなら、これ以上の労力をかけても改善できないと考えることも許容されると思いますよ。--Ks aka 98 2012年2月6日 (月) 16:50 (UTC)
- 依頼を提出しました。(Wikipedia:コメント依頼/虚偽の出典が提示された記事を大量に投稿するユーザーについて)これでいいのでしょうか……。--オオミズナギドリ 2012年2月7日 (火) 14:44 (UTC)
コメント 切り分けましょう。ウィキペディアの目的は信頼される百科事典を作ることです。出典として機能していないものを改善していくことと、機能していない出典を提示する行為や提示した人物の意図・目的を推し量ることは、切り離して考えたほうが良いと思います。このセクションのタイトルにそのまま答えるならば、「それが嘘の出典ならば、ウィキペディアの目的に反している状態なので、まず記事の内容が改善されるべきです。是非などというレベルではありません。行為そのものが悪質かどうかは記事とは切り離して考えましょう」ということになります。Nnkrkrhhdiさんが、行為そのものや編集者の意図にフォーカスしているのであれば、悪質なのかどうかはこの場所で判断することではなく、コメント依頼で具体的差分を参照しながらの判断になると思います。--海獺 2012年2月6日 (月) 14:27 (UTC)
質問 便乗で質問させてください。最初の質問の方とは違った意味になりますが、存在そのものが疑われる「虚偽の疑いがある出典」があった場合の判断と対処について教えてください。ある項目の記事内に、ニュース記事を出典とした二つの事柄についての記述があるのですが、片方の記事内の記述が、もう片方の出典に使われたニュース記事(ネットで確認できます)とそっくりな文構成になっています。そして、そのそっくりな文体の記事の出典となっているニュース記事は、リンクもなく、タイトルや中身で検索して出てくる最古のものは、2ちゃんねるのコピペです。そのコピペもWikipediaの出典に記載された配信日付から4年も前のものです。配信元やそのリソースの通信社で検索しても該当するような記事が出てきません。(詳細は、Kotoitoさんがわかりやすくまとめてくださってます[15]。)配信元の通信社にメールで確認を入れてみましたが、残念ながら返答がありません。このような出典は、虚偽であると判断して削除しても構わないものでしょうか?それとも、もっと虚偽かどうか判断するために確認できることがあれば、教えて頂けるとうれしいです。本件はコメント依頼でも出しているのですが、コメントがつかないので、井戸端で質問させて頂きました。不適切だった場合は平にご容赦ください。--Masal2010 2012年2月11日 (土) 20:04 (UTC)
- 時期の矛盾があるようですので、その記述をした方が文字通り検証できる出典として2010年のダイレクトなソースを出していただければ問題がないと思います。しかしながらざっと読んだ限りKotoitoさんの検証により、いったん除去して検証がされてから復帰でもよいと思います(混乱があるといけませんので付記しておきますが、「削除」とは管理権限を使用して過去版でも閲覧不能にすること、「除去」とは現在版から取り除くことを指します)。--海獺 2012年2月12日 (日) 02:02 (UTC)
- 海獺さん、ありがとうございます。存在が疑われる出典のニュース記事は、ノートに理由を書いた上で一旦除去し、出典に該当する本文には要出典のテンプレートをつけて、引き続き確実な出典を呼びかけてみます。一週間しても何も出ない場合は、本文も除去して、他の文章に置き換えしようと思っています。出典の中に類似の調査があり[16]、出典にはついていないですが、その調査を元にしたニュース記事もあり[17]、そのニュース記事を出典として文章を置き換えても、前後のつながりはおかしくならないような内容です。この対処に問題がありましたら、恐れ入りますが、ご指摘のほどお願いいたします。それから、削除と除去の違いについて、ご教授ありがとうございます。よく調べもせず適当な言葉を使ってしまい、お恥ずかしい限りです。--Masal2010 2012年2月12日 (日) 19:39 (UTC)
「公式サイト」からの「自著持ち込み」
具体的事例を踏まえての質問ですが、一般論として皆さんのご意見を伺いたいと思います。
人物Aについての記事が、その人物の「公式サイト」の記述と酷似しているため削除依頼を出したところ、自分がAの公式サイト作成者であると名乗る人物Bから自著作物の持ち込みであるという主張があり、「公式サイト」の当該ページに、ウィキペディアへの言及が記載されました。
一般的に「公式サイト」は、当事者が作成していると解し、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないに照らして、こうした場合は削除すべきではないかと考えますが、ここでは人物Bは、自分はAではないと主張しています。仮にそれを事実であるとしても、職務著作と見なせれば、同様の対処が出来ると思うのですが、具体的にどのような手続きが望ましいのでしょうか?
逆の見方をすれば、「自分は、公式サイトの作成者であり、本人ではない、著作権侵害ではなく、自身の記事を作らないには反しない」という人物Bの主張は、どのような情報が提示されれば適正なものと認められるべきなのでしょうか? (私自身には、およそ適正な主張であるとは思えないのですが)--山田晴通 2012年2月5日 (日) 13:09 (UTC)
コメント Wikipedia:自分自身の記事をつくらないは、それ自体が削除の理由とはなっていないので、きちんとライセンスの処理ができ、なおかつ特筆性など別途な問題がないのであれば、存続としても問題ありません。ただ、公式サイトの場合、そのコンテンツをCC-BY-SAとして(誰もが改変可能、再配布可能な形で)公開してしまっていいのか、という問題があります(特に、同じページに「All rights reserved」など、CCでない著作権表記がなされている場合)。--Jkr2255 2012年2月5日 (日) 14:21 (UTC)
コメント「Wikipedia:自著作物の持ち込み」に従っている場合はCC-by-saになることも承諾済みと解してかまわないはず。(わかってなさそうな人には確認とった方がいいのかもしれないけど、それはまた別の話)--iwaim 2012年2月6日 (月) 02:17 (UTC)
コメント一般的に「公式サイト」は、当事者またはその関係者が作成していると解し、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないに照らして、こうした場合は基本的に推奨されないが、常に削除すべきではない。人物Bが、自分はAではないと主張している限り、Bが単独でAの公式サイトのコンテンツをCC-BY-SAで許諾する権限を持つと考えるのは難しいが、公式サイトに記載されているのであれば、その規模や運営実態にもよるが、Aもその事実を知り、許諾していると考えられるため、少なくとも著作権侵害のみを理由として削除するには及ばない。
- といったところでしょか。
- 「自身の記事を作らないには反しない」というのは、著作権関係ないです。「公式サイトの作成者」であるからこそ、いかに当人が「客観的に事実関係のみ」を主張したとしても、ウィキペディアでは中立的なものとしては受け入れられない。当事者や利害関係者は(権利持ってても)ウィキペディアで記事を作るな、という文書(それと、間違いは直せる、の二本立て)。権利侵害であれば削除ですが、権利侵害でなければ存続ではなく、特筆性やらなんやらで削除で合意すれば削除。ただし、「Wikipedia:自分自身の記事をつくらない」は直ちに削除理由にはならない。著作権だけで言えば、著者が「客観的に事実関係のみ」と言っているなら、創作性がないと本人が認識しているということで権利侵害とは考えないということもできるかもです。
- 本題のほうですが、Aの公式サイトにおいて作成者Bが作った著作物を考えると、職務著作物ならBは通常許諾できる立場にはないです。たとえば大企業のウェブページのコンテンツを、ウェブ広報室の職員が商用利用・改変を認めるライセンシングの権限を持っているとは考えにくい。そのサイトに、他の人が権利を持つ著作物があって、それを許諾しようとしちゃっていることもあります。
- 基本的には、そのサイトで、そのコンテンツをCC-BY-SAとGFDLのデュアルライセンスでリリースしてると書いてもらって、ウィキペディア上でもそれを伝えてもらえるなら、受け入れちゃうという考え方でいいと思います。ただ、正しく権利者であっても、改変と商用利用を認めないとウィキペディアには掲載できないんで、というのは伝えたほうが親切だと思います。細かいところは法的にも確立していないので、詳しくはライセンス読んで自分で決めてくれ、と。
- もちろん、サイトの規模やコンテンツの状況を見て、信頼性を評価しないといけないですけれど。それは、許諾者が権利者でない場合に、後にウィキペディアの記事を削除しないといけない可能性があり、それには労力が必要だから。ただ、版指定削除導入前のように、その後の加筆が損なわれるわけではない。あとは、権利者と許諾者が違ったとしても、その両者の問題なので。
- 削除依頼の場では、どの程度信頼できるかということや、どの程度その記事、表現が必要かということを勘案して、削除か存続かを、コミュニティで決めればいいと思います。山田晴通さんが「およそ適正な主張であるとは思えない」なら権利侵害のおそれがなお払拭できないとして削除票を入れる。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 16:49 (UTC)
- 応答が遅くなりましたことをまずお詫びします。また、コメントをいただいた皆さん、ありがとうございました。
- 「「Wikipedia:自分自身の記事をつくらない」は直ちに削除理由にはならない。」というのは、確かにそうですが、なかなか厄介な論点であるように改めて思いました。
- とりあえず、Ks aka 98さんがご指摘のように、「CC-BY-SAとGFDLのデュアルライセンスでリリースしてると書いてもらって、ウィキペディア上でもそれを伝えてもらえる」ように記事作成者に呼びかけ、それが確認されれば、削除依頼をいったん取り下げようと思います。ともあれ、どう対処すべきかよく分からないことも出てきそうですので、引き続きアドバイスを頂戴できれば幸いです。--山田晴通 2012年2月11日 (土) 10:50 (UTC)
Template:ISPとはどういう意味なのか?また、添付された後も編集を行なっていても大丈夫でしょうか。
Template:ISPがIPでの会話ページに貼られていました。これはどういう意味でしょうか。「もし、このIPアドレスから荒らしがあり、それが続く場合~」と書かれていますが、荒らしを一切行なってはいませんし、テンプレートが貼られた直後に青ざめて取り乱してしまい、慌てて取り消してしまった最後の編集では書き方や出典に不備があった以外は普通の編集です。こういったテンプレートは編集に不備があった程度で貼られてしまうものなのでしょうか?テンプレートの文に書かれている通りにアカウントを作成したのですが、テンプレートが添付された後も普通にIPでの編集を行なっていても大丈夫でしょうか?その点が気になっています。お教えください。--幻魔888 2012年2月6日 (月) 01:57 (UTC)
- Template:ISPはIPユーザーに対して注意事項を説明するためのものです。荒らしの件もいわば事前の警告のようなものですので、Template:ISPが貼られたからといって荒らし扱いされているわけではありません。もちろん編集は普通に行うことができます。アカウントとIPの併用はWikipedia:多重アカウントをよく確認して、不適切な使用にならないように注意してください。--でぃーぷぶるー2 2012年2月6日 (月) 02:09 (UTC)
分かりました。それを聞いて安心しました。家族共用のワイヤレスネットワークでインターネットに接続しているもので、貼られたことで慌ててしまいましたが、安心しました。アカウントを作ったのはテンプレートの文に従ってのことなのですが、以後不適切な使用にならないように十分に気をつけます。--幻魔888 2012年2月6日 (月) 02:29 (UTC)
出典を提示できない場合
Wikipedia:井戸端/subj/嘘の出典提示の是非と悪質性の関連で、以前から悩んでいることがあるので質問させてください。
私は2011年12月頃から地方自治体の記事に歴代首長の一覧を追加しています。一覧を作成するにあたって、主に『栃木県町村合併誌』(栃木県)、『栃木県町村会七十年史』(栃木県町村会)、『栃木県歴史人物事典』(下野新聞社)を参考にしているのですが、『栃木県町村合併誌』は1950年代の発行、『栃木県町村会七十年史』は1991年6月18日に発行、『栃木県歴史人物事典』は1995年7月27日に発行された本です。なお、『栃木県町村合併誌』と『栃木県町村会七十年史』は首長の就任日とともに退任日も載っていますが、『栃木県歴史人物事典』は就任日のみで退任日は載っていません。
発行以降に就任した首長については当然のことながら本には掲載されていません。しかし、南河内町、上三川町、烏山町、岩舟町、黒磯市の記事で出典の本に記載のない事項を一部記載してしまいました。例示すると南河内町では坂本信亥氏の退任日と宇賀持正紀氏の事項は出典の本に記載がありません(記載する前に出典の本に記載がない部分については下野新聞の縮刷版などで内容を確認しています、他の自治体も同様)。
当時は深く考えなかったのですが、問題のある行為だったと後悔しています。この場合、どう対応すれば良いでしょうか。近年首長が交代した自治体だと全首長の一覧を載せている文献もなかなか見当たりません(なお、栃木県内ではここ数年で首長の世代交代が進んだため、『栃木県歴史人物事典』発行当時に現職だった首長で2012年2月現在でも首長を務めている人物は1人もいません)。このまま新たな出典を見つけられなければ、出典に記載がない部分を除去されても仕方がないと思います。みなさんのご意見をいただければありがたいです。よろしくお願いします。--まさふゆ 2012年2月6日 (月) 08:58 (UTC)
- 下野新聞の縮刷版を出典として付け加えればいいんだけれど、それではだめなのかな?--Ks aka 98 2012年2月6日 (月) 09:12 (UTC)
- コメントありがとうございます。上であげた自治体のうち岩舟町以外は任期途中で首長が辞職・死亡した例がないため(たぶん就任日と退任日は問題にならない)、縮刷版でも大丈夫じゃないかと感じています。岩舟町については合併問題で2008年以降町長が任期途中でたびたび交代しているため就任日と退任日が問題になるかなと。とりあえず縮刷版を出典として付けておいて、将来的に自治体史が刊行されて、その中で歴代首長の一覧が掲載されていれば、それを出典にするという方法も考えられますね。--まさふゆ 2012年2月6日 (月) 10:10 (UTC)
プロジェクト文章をもっと整備しませんか
Wikipedia:検証可能性・Wikipedia:独自研究は載せない・Wikipedia:中立的な観点はWPの三大基本方針なのですが、英語版と比べてほとんどメンテナンスされていないように思いました。特にWikipedia:中立的な観点は「以下のエッセイでは」と、翻訳元がエッセイであった時代のままです…。
いま、ぼちぼち翻訳してノートで査読を求めているところなのですが、どなたか着手してくださる方おりませんでしょうか…。--Tondenh 2012年2月6日 (月) 14:47 (UTC)
- こんばんは。はじめまして。最近のいくつかの方針文書のノートでのご提案、拝見しております。英語版から取り入れられる部分は積極的に取り入れていく方向でプロジェクト文書を整備することに賛成です。というより大歓迎です。当分の間まとまった時間がなかなか取れず反応も遅くなってしまうと思いますが、自分にできることがあれば、協力させていただきたいと思います。--Penn Station 2012年2月6日 (月) 15:05 (UTC)
- ありがとうございます。どこでPJ文章の査読をお願いすれば分からなかったので、Wikipedia:コメント依頼とプロジェクト:プロジェクト関連文書の両方を使っているのですが、これでよかったですかね。。--Tondenh 2012年2月7日 (火) 14:27 (UTC)
- 三大方針については現行のものでもそれほど問題はないとは思っています。もちろん、よりよくする行動は素晴らしいと思います。方針系だとWikipedia:著作権関連の方がひどい有様なので、そちらも余力があれば検討してみてください。--iwaim 2012年2月10日 (金) 06:07 (UTC)
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- 著作権周りですか…クリティカルな上に、英語版とあまりに構成が違うので取っかかりが掴めないです…。当初はWikipedia:剽窃の翻訳から着手したのですが、その文章から参照されている著作権関連とWikipedia:出典を明記する記事が日本語版にほとんど訳されておらず、方々の翻訳に手を出すことになってしまいました。。--Tondenh 2012年2月10日 (金) 08:31 (UTC)
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- もっと突っ込んだことを書けば、Wikipedia:剽窃に着手したのは、文献なしの執筆はWP:NORとWP:V、文献を読んでそのまま書けばWP:CPという状態をなんとかしたいと思ったのです。--Tondenh 2012年2月11日 (土) 16:45 (UTC)
Google Books日本語版ってどの程度使える物でしょうか
利用者‐会話:Takabeg#Google Booksについてからの派生となります。Google Booksが、その内容を収録している範囲にあっては、問題なく(もちろん著作権等の他種の問題は別として)使用できることは確かなのでしょうが、プレビューが使えなかったり、スニペットだけだったりすることも多いので(著作権者ともめたこともありましたし)、改名のように数が問題となる場合これに依存することは危険だと思います(補強する材料にはなると思います)。
ただ、これに関して日本語版Wikipediaとしてこれは便利だ! とかこれについてはダメだろう……となるところはどのようなものがあるのか、この際お聞きしようと思ってこの説を作りました。よろしくお願いします。--open-box 2012年2月8日 (水) 08:04 (UTC)
- 実質的には使い物にならないと思います。日本の出版物は原則的には除外されていて[18]収録数、収録範囲ともに英仏ほかとは比べ物にならないですし、メタデータの扱いについての指摘[19]もあり、保護期間切れのものなどもあるとしても、OCR上の困難もあります。たとえば「新書」でみるとこんな感じ。用例調査として用いるなら、最近の言葉ならグーグルで上手に調べて数桁の差がでるかどうか見る、古い用例でいいなら近代デジタルライブラリー、学術や報道で使われるようなものなら、ciniiやjournal@rchiveか(全文検索もできます)、NDLの雑誌記事検索あたりを見るのがよいと思います。--Ks aka 98 2012年2月8日 (水) 18:35 (UTC)
- Ks aka 98さんのご意見を読む限りでは、こちらの想定よりもまだ弱いのでしょうか……。運良く収録されている物を利用するぐらいは行けると考えていたのですがって、OCR結果は笑えてきました。いや、これは困りましたね。上手くスキャンされていないものは、『こりゃだめだ』と無意識のうちに除外していたようです。--open-box 2012年2月8日 (水) 22:39 (UTC)
質問者は、ノート:ヘド・ターコルー#改名提案で、私が「ノーマルのグーグル検索 」を批判し、「グーグルブック検索は数段マシですが」と言ったことに対して、過度の反応を示したようで、利用者‐会話:Open-boxでも書いたことを繰り返すことになりますが、ノーマルのGoogle検索にはインターネットの様々なものがヒットするのであてになりません、Google booksも様々な問題をはらんでいます。Google Booksの検索結果をmax値には、やはり様々なものがヒットしてしまいます。これはGoogleがノーマルのGoogle検索の結果をおりこんでいるからです。ただし、Google Booksの検索結果のminimum値には、そうしたものが引っかかってきませんので、少なくともWikipedia:信頼できる情報源以外のものを排除してくれます。つまり、Google検索は非常にリスクが高く、Google Booksのmax値はノーマルGoogleと同様にリスクが高く、Google Booksの検索結果のminimum値はそれらよりは優れているものの、日本語の書籍を対象にした場合、網羅的ではない欠点があると言えます。Takabeg 2012年2月8日 (水) 20:21 (UTC)
発音についての原則は?
本人の発音と一般の表現が食い違う場合は、一般の表現でいいでしょうか。例:ハンナ・リデルは英国ではリデールと発音されるとあります。邦文文献はみなリデルです。福田令寿はご本人の著書によると、よしのぶとありますが、一般にれいじゅと発音されています。横井太平は文献により たいへい と だいへい があり、どちらがいいかよくわかりません。--Ichiro Kikuchi 2012年2月10日 (金) 00:56 (UTC)
- Wikipedia:検証可能性等を参照のうえ、Wikipedia:信頼できる情報源に載せられている表記を基本としてください。それが複数存在する場合には、多く使用されていると思われる方を、議論の上で決定してください。--ろう(Law soma) D C 2012年2月10日 (金) 04:51 (UTC)
IP利用者の会話ページにある謎のカテゴリ。
Category:愛知県の古墳を見てたまたま気がついたのですが、このカテゴリがあるIP利用者の会話ページに設定されているようです。
が、件の会話ページの方で編集画面を見てもこのカテゴリは付いてません。どうなってんでしょう?--KAMUI 2012年2月10日 (金) 11:21 (UTC)
こういカラクリになっていますTakabeg 2012年2月10日 (金) 11:24 (UTC)
- なるほど、理解しました :) --KAMUI 2012年2月10日 (金) 11:51 (UTC)
コメント依頼をなどの手順を踏む、という紳士協定的な取り決めはあるものの、明確な基準なしに行われているWikipedia:進行中の荒らし行為/長期の運用についてルール化などによる改善が必要ではないかと思うのですが、みなさんはどうでしょうか?
現状における問題点として例えば「議論で対立しているユーザーの一人が多重アカウントなどでブロックされたのをいいことに、対立しているユーザーの一部をそのソックパペット扱いして疑わしいユーザーリストにのせてしまう」、「素行の悪いIPユーザーの編集を投稿ブロックされた気に入らないユーザーの行為として押し付ける」など私怨による嫌がらせ行為のようなことが容易に可能であり、実際に散見されます。
最近の具体例(といっても私が巻き込まれてしまっているものですが)としては、LTA:Kuloleにおいて私『IP:118.17.132.195(ノート/履歴/ログ /Whois)』を含む複数のユーザーが利用者:Truesight氏、利用者:Goldsaint氏らによって無根拠にソックパペット扱いされている事例が挙げられます(なお私は利用者:Kulole氏の多重アカウント行為を擁護しているわけではありません)。
ルール化の必要性や現状の問題点について皆さんのご意見を一筆お書きください。というかこういう事例に巻き込まれた場合どう対処すべきでしょうか。--118.17.31.124 2012年2月10日 (金) 13:50 (UTC)
コメント 意見以前の問題として、“Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期”というものが、個人の思惑で勝手に認定できる?ということを知って、びっくり仰天しました。--すたすた坊主 2012年2月10日 (金) 14:15 (UTC)
コメントWikipedia:安易に荒らしと呼ばないという意味で、いきなりLTA:Kuloleのページを立ち上げたこと自体が不適切だったと思います。荒らし呼ばわりを正当化できるだけのしっかりした証拠が提示されない限り(LTA:Kuloleやそのノートでの議論を見る限り、その可能性は低そうですが)LTA:Kuloleは削除が相当でしょうし、GoldsaintさんやTruesightさんは確固たる根拠もなくあらぬ疑いをかけたことについて謝罪を行うべきだと思います。--Dwy 2012年2月11日 (土) 14:47 (UTC)
- 初稿者です。コメントありがとうございます。『IPユーザーなのでそこまで気にする必要もないか?』という思いも無いわけではありませんが、他のLTAを見ていても稀にですが同じような状態が散見されますので、やはり『巻き込まれたらそのまま泣き寝入り』という現状は問題ありそうですね。他にも運用に関する意見などをお持ちの方はコメント下さい。--118.17.31.124 2012年2月13日 (月) 15:01 (UTC)
- 不適切なLTAページは削除依頼で削除が検討されるべきでしょう。これまで野放しだった新規作成も、ブロック依頼などで合意が形成された場合に限るべきなど、一定の歯止めが必要かもしれません。--miya 2012年2月13日 (月) 16:24 (UTC)
コメント こんばんは。存じている方が御二方いらっしゃいますね(118.17.31.124様とmiya様には はじめましてです)。「一生懸命に議論を尽くしてきた相手陣営が分身の術で実は1人だった」となれば荒らし扱いしたくなる気持ちはわかります(私も経験があるのでパペットリスト)。かと言ってLTAとして扱って良いかと言えば疑問を感じます。私の相手はスパマーも兼ねているので荒らし確定なのですが、Kulole氏がやった事は「荒らし」というわけでもないように思えますが。ただTruesight様の心情はよくわかりますし、疑心暗鬼になっている部分もあるのでしょう。 さて、現状の仕組みでは「誰でもLTAに認定できて、削除依頼以外に解除する方法がない」のでしょうか? だとすれば問題ですね--JapaneseA 2012年2月14日 (火) 16:24 (UTC)
WikiWomenCamp, Argentina, May 2012
改名議論の混乱に関して3件のご意見を拝聴
面倒ごとは嫌なので深入りしたくないのですが・・・改名議論の解決をめぐって下記の議論と混乱があります。要は投票で多数となった意見で改名しようというものですが、経緯を眺めても疑問点だらけです。そこでご意見を伺いたいと思います。(敬称は省略しました申し訳ありません)——以上の署名の無いコメントは、Danbukuro(ノート・履歴)さんが 2012年2月11日 (土) 05:35 に投稿したものです(Don-hide 2012年2月11日 (土) 06:37 (UTC)による付記)。
特に議論のある場所(他にも改名の火種はあり)
議論の時系列
- ノート:九州の役
- 改名提案2010年10月30日 (土) 15:06 (UTC) 約1年4か月前
- 投票提案2010年12月10日 (金) 20:54 (UTC) 約1年2か月前
- 投票提案2011年11月20日 (日) 16:26 (UTC) 約3か月前 再提案
- 投票合意2012年2月- 協議中?
- ノート:小田原の役
- 改名提案2011年5月7日 (土) 14:29 (UTC) 約9か月前
- 投票提案2011年12月9日 (金) 02:36 (UTC) 約2か月前
- 投票合意2012年2月- 協議中?
新規・経験の浅い・ブロックされたアカウントの介入(2月初旬時点の状況)
- ▼武田征伐・紀州征伐・九州の役・小田原の役、征伐に介入している新規アカウント群
- 編集 99回(記事81回)利用者:高円寺藩
- 登録2009年4月13日 (月) 12:46 、初投稿2009年4月13日 (月) 12:52
- 編集194回(記事141回)利用者:小判キング
- 登録2010年2月28日 (日) 13:50 、初投稿2010年2月28日 (日) 13:56
- 編集220回(記事154回)利用者:貫鉄
- 登録2010年7月6日 (火) 16:47 、初投稿2010年7月6日 (火) 16:49
- 編集137回(記事117回)利用者:明銘
- 登録2010年10月16日 (土) 06:01 、初投稿2010年10月16日 (土) 06:02
- 編集 91回(記事83回)利用者:Babel5330
- 登録2011年7月31日 (日) 02:42 、初投稿2011年7月31日 (日) 02:56
- 編集 19回(記事18回)利用者:一鉄
- 登録2011年10月6日 (木) 10:55 、初投稿2011年11月7日 (月) 04:31
- 編集 35回(記事0回)利用者:Tenseki
- 編集 21回(記事0回)利用者:多賀城佐
- 登録2012年1月29日 (日) 04:10 、初投稿2012年1月29日 (日) 04:16
- Tensekiさんの投稿ブロックを自身のものと誤認した上で2012年2月11日 (土) 09:14にブロック解除依頼を提出。
- 編集 20回(記事0回)利用者:Yayoinokoe
- 登録2012年2月8日 (水) 07:31 、初投稿2012年2月8日 (水) 07:32
- 管理者伝言板2012年2月9日 (木) 09:00に報告の上、2012年2月10日 (金) 12:11 から理由:「荒らし」で1週間の投稿ブロック。
- 編集5 回(記事0回)利用者:流れ木
- 編集23 回(記事0回)利用者:Danbukuro
- 登録2012年2月11日 (土) 05:26、初投稿2012年2月11日 (土) 05:28
- ▼四国攻めの改名投票者のうち、投票直近に資格取得し投票直後に活動停止したアカウント
- ▼過去に各改名議論に参入したブロック中のアカウント
これらの状況を受けて3件のご意見を拝聴
1.議論や投票に多重アカウントの介入が予想されるか?
2.これに対抗する手段は?通常以上に投票資格を引き上げることは妥当か?
3.通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)
- どちらの記事も主題は「戦いの総称」で、征伐・攻め・役などの改名候補があります。予断がなければ改名提案とは定義を変えずに記事名を変更するものです。
- 提案者によると記事の範囲について「「征伐」というのは上下関係・大義名分を字の如く示し、実際そのように使用されている[20]・「征伐へ戻すということは厳密に言えば、記事の範囲が「戦役・政治事象になること」を意味するので現実的には「征伐≒役」となりますから、定義上の細かい問題を解決するには本文の冒頭で、説明すれば良い話[21]」と記事の範囲を変える提案であることを認めています。
- これは他の候補が歴史学的な出典を提示したのに反して、提案者が専門書として提出した『小田原征伐』」・『九州征伐』の著者神田伯龍が明治の講談師であり、出典が娯楽メディアの作品であることにも象徴されています。
- しかし準備された投票条件には定義を変更することは明記されておらず、投票者はただ単に記事名を変更する改名投票だと誤解して投票するでしょう。似たような問い合わせで対話を求めた利用者:Tensekiは変更内容の回答を拒否されてブロックで沈黙寸前です。
- そこでご意見を伺います。改題を伴う改名は事前に変更部分を公表せずとも良く、投票結果が多数なら提案者が自由に書き換えてよいか?それとも投票多数の場合は定義を変えることはできずに改名有効となるのか?
- 投票多数なら主題変更は有効
- 投票は改名に対するものなので改題は不可
4.コメント
コメント まず、私は歴史の話にはかなり疎く、「九州の役」「九州征伐」「九州平定」「九州攻め」のどれが記事名にふさわしいか意見を述べられるほどの知識がないことをあらかじめ申し上げた上で、純粋に「投票方法(投票内容)の是非」という観点だけで申し上げます。
- おたずねの1点目。「議論や投票に多重アカウントの介入が予想されるか?」という点ですが、これは投票資格を相当に慎重に見極めない限り介入はあり得る(逆に言えば多重アカウントの介入を許さない方法での投票資格を策定すべき)と考えます。今回の件でいえば「投票要綱決定時に○回以上の編集」とありますが、逆に言えば投票要項が決まらないように延々と議論を先延ばしできれば、その間に編集回数を稼ぐことが出来ますから、あまりいいルールではないように思います。これを避けようと思ったら「投票に移行する」と決めた時点での編集回数を資格にする方法があります(私は「広島市民球場」の記事名改名の際にこの方法をとりました)が、本件は投票に移行すると決めてからずるずると1年以上も議論が続いており、客観的に見て「遅きに失した」感が否めません。
- おたずねの2点目。「これに対抗する手段は?通常以上に投票資格を引き上げることは妥当か?」という点ですが、前にも述べたとおり「投票に移行する」と決めてから議論が膠着状態になっているという、いささか本末転倒な状況に陥っている感がありますので、一旦「(記事改名のための)投票提案そのものをリセットする」こととして、一から議論を立て直すべきではないかと考えています。本件で言えば、単に記事名を改名するのではなく、冒頭部の記述方法(定義文、冒頭の注意喚起テンプレートの記述など)も含めてセットで考えるべきではないかと考えていますが。
- おたずねの3点目。「通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)」ですが、これも2点目に対する意見で述べたとおりで、一旦本投票をリセットする前提で述べるならば、「記事名」「記事名の定義文」「冒頭部における注意喚起」をセットで考えるべきではないかと思ってます。その場合には、投票を含めて冒頭部の記述方法については「合意を得て定めている」(再議論なしに安易に冒頭部を書き換えることを認めない)ことを明記する必要があるでしょう。
- いずれにしても、本件は歴史の解釈という非常に微妙な問題ではあるわけで、加えて「ウィキペディアは多数決主義ではありません」という公式な方針があるわけで、投票を拙速に考えるべきではなく、また単に記事名の改名の是非だけに収れんするわけでも無く、記事名と定義をセットで議論しなおしてみるべきではないかと思う次第です。--Bsx 2012年2月11日 (土) 08:02 (UTC)
コメント 記事名について複数の候補があり、そのどれも一長一短であって優劣を定めがたいのであれば、その議論がうまく行かないのは当然です。それでも記事名はひとつしか付けられないのですから、どこかで妥協しなければ仕方が無いことでしょう。こういったことは過去の議論でも指摘されていることだと思うのですが、それにしてもこの記事の主題でこんなに議論が長期化するのは不思議だと感じます。第三者が見て関わりたくないと思われるような状態になっている時点で、その議論は失敗していると言えます。投票するにしても議論を仕切りなおすにしても、当事者間で決着をつけなければならないという意識を捨てなければ、また泥沼化するのではないかと思います。こういう場合、自分たちがやらなくても、他の人間が必要だと思えばやってくれるだろう、と考えることも悪いことではないでしょう。--有足魚 2012年2月11日 (土) 14:18 (UTC)
報告 勝手ながら、テーマと可読性を鑑み、上のアカウントユーザー一覧を登録日時系列に並び替えた上で、追加分と新事実(被ブロック等)とブロック理由追加の修正を入れさせていただきました。多重アカウントを問題にされるのであれば、投稿ブロックの原因を明示しておきませんとミスリードしかねませんので。追記加筆に問題があるというのであれば、問題の理由を明確にした上で、このコメント以外の、私が修正したユーザー一覧の分は元に戻していただいても構いません。
- さらに訂正は入れませんでしたが、提案者のDanbukuroさんがアカウントユーザーの方々に対して「参加」でなく「介入」と表現されたこと、過去に参加されたユーザーの方々をピックアップする上で、別時代の改名議論の中で「ヤマト王権」だけを選択していること、「3.通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)」において一方の改名候補のみを俎上に乗せ、問題としていることに提起されたテーマとは別の強い他意と作為性を感じました。--ジャムリン 2012年2月11日 (土) 16:30 (UTC)追記--ジャムリン 2012年2月11日 (土) 19:44 (UTC)
- コメントありがとうございます。それから特に他意はないのですが、ジャムリンさんのは当事者としての意見として拝聴いたします。当事者が話し合ってもなかなか解決しないものですね。記事主題の範囲(主題に入らない範囲)、記事に書く範囲(記事の包括範囲)、記事のタイトル(省くだけ省いたときに残る主題)、これらの混同がイメージ選考で議論が繰り返される要因なの課も知れませんね。できればこういう不毛なリソース投入を記事発展に転換できないものかと考える次第です。この件に限らず、これからもできるだけ第三者からの解決向けた意見が出れば良いな、と思います。--Danbukuro 2012年2月12日 (日) 02:11 (UTC)
-
- ご存知でしょうが、既に長い議論の果ての平行線で「Wikipedia:井戸端/subj/政権側が起こした戦役・事象の改名について」や「Wikipedia:コメント依頼/九州の役・小田原の役の改名について」で第三者の方も意見も募ったあとにそこで出された意見を踏まえての投票に向かったわけです。尚、多重アカウントの投票への参加については、投票参加の条件にCUに反対しないという条項が合意されております。
- 改題についてでもですが「小田原の役」は新規立項時は「小田原征伐」であり、その後加筆編集されたのちの現行記事内容も「前史」や政治的状況、そして「戦役」を包括した態を成しており、むしろ定義文に齟齬があるともいえます。そのような記事の現行状況について省いたことは意図的なことでしょうか?ここでまた第三者の方の意見を募ったことで解決に向かえば結構なことですが、解決手段として投票に向かっているのです。投票実行が決定した後になって、結局はブロック至る問題行動をもって新たに「乱入した」複数の方々の問題の解決の方法を模索するのでしたら判ります。ですが、ここで他の方から出された意見を持って、Danbukuroさん、あるいは別の新規アカウントの方、休眠していたアカウントの方、IPユーザーの方が新たに議論に参加されても、正しい議論経過を元に判断された意見ではないことで、また混乱の繰り返しになることを個人的には危惧しております。--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 06:57 (UTC)
コメント 「面倒ごとは嫌な新規利用者」がわざわざこのタイミングでこのような議論を始めるというのは、とても奇怪です。Danbukuroさんは他にアカウントをお持ちではないでしょうか?それは明瞭に示して頂かないと、ブロックされる可能性もあることを指摘しておきます。--秋田城之介 2012年2月12日 (日) 03:48 (UTC)
- 秋田城之介さんも当事者の方ですね。私はこのアカウントしか使っていません。話がそれるのでここではこの話題はここまでにしておきます。--Danbukuro 2012年2月12日 (日) 06:20 (UTC)
-
- 多重アカウントや新規アカウント登録ユーザーによる「介入」の件を問題にしているのは、Danbukuroさんの方です。ご自身も新規アカウント登録ユーザーであるのですから、ましてこうして該当議論に参加したのですから「2012年2月12日 (日) 06:28」「2012年2月12日 (日) 06:28」他者から見れば当然提起した事案に含まれる存在であることをご自覚願います。尚、議論に参加されたことで、上記一覧にDanbukuroさんの追加させていただきました。--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 06:57 (UTC)追記--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 07:09 (UTC)
- Danbukuroさんが他のアカウントをお持ちで無いなら、ブロックされる可能性はありません。そのことを踏まえたうえで質問です。こちらで新規利用者を列挙するというのは、そこに何らかの問題があるからでしょうか?また、新規利用者の基準をどこに置かれているのでしょうか?--秋田城之介 2012年2月13日 (月) 16:44 (UTC)
安易な「皮肉」表現をやめませんか。
今日もカローラ2の記事で、あきらかにおかしい皮肉という表現をコメントアウトしたのだが、ウィキペディア上で用いられている皮肉が明らかに用語上おかしい場合が散見されているので、出来れば皮肉という言葉は避けるべきだと思うのだが、いかがだろうか。0null0 2012年2月11日 (土) 07:39 (UTC)
- やめませんかとか避けるべきだと思うのだが、いかがだろうかなどと言われても正直困ってしまいます。はっきり言って、そうですねとしか返答のしようがありません。・・・ちょっと真剣に考えてみましょうか。明らかに用語上おかしい場合なら、削除するか別の表現に置き換えるといいでしょうね。だって明らかにおかしいんですから。一方、用語上おかしくない場合なら、基本的にはそのまま残しておくべきでしょう。だっておかしくないんですから(他の問題があれば別ですけど)。・・・他に何か対処の方法があるのでしょうか・・・。まさか用語上おかしくない場合も含めて「皮肉」表現を一律に削除しようと考えているのですか?あるいは方針文書で「皮肉」表現の使用を全面的に禁止しようと考えているのですか?・・・もしそうであるならば、明らかに努力の方向性を間違っているので、やめるべきであると強く忠告させていただきます。とてつもない労力の無駄ですし、引用なんかで「皮肉」表現が適切に使用されている場合もあるでしょうしね(面倒なので、実例はパス)。・・・うーん、深読みしすぎで単なる「呼びかけ」なのかもしれませんね。「節電にご協力をー!」みたいなノリで。でも、安易に「皮肉」表現を使っちゃうような人は、こんなところを読んでないので無駄ですよ・・・。あ。ひょっとするとこの回答も皮肉なのかしら。--211.121.220.41 2012年2月11日 (土) 13:37 (UTC)
- 問題提起の仕方がずれていると思います。「皮肉」という特定の単語だけ取り上げたのでは本質を見失う恐れがあります。その言葉そのものが悪いのではなく、中立性を旨とするウィキペディアで編集者個人の見解を織りまぜてしまっている点がまずいわけです。--Kojidoi 2012年2月11日 (土) 19:04 (UTC)
イラストの使用
写真が用意できないので、回路図や簡易模式図をイラストレーターで描いて、投稿し、記事で使用するのは大丈夫ですか?--私が田中の中の田中です 2012年2月11日 (土) 07:59 (UTC)
- もちろん、写真でなくても説明に必要な図やイラストなら、本文に入れて問題ありません(自分で描くならライセンスの問題もないでしょうし)。なお、イラストレーターで作図なされる場合、SVGとして出力すれば、ウィキペディア上でもベクトルデータとして使うことができます。--Jkr2255 2012年2月11日 (土) 08:16 (UTC)
ありがとうございます。--私が田中の中の田中です 2012年2月11日 (土) 09:08 (UTC)
童謡などの著作権について
先ほど、きらきら星の削除依頼を出したのですが。以前も同様の依頼を出したことがあります。歌謡曲に関しては、著作権意識が高いので記載が少なく、また記載があっても削除が早い傾向があるのですが、童謡に関しては著作権切れしていると思われている理由か、放置傾向にある様に思います。また、個人的に執筆したみなと (唱歌)に関しては、当初の作詞作曲に関しては著作権切れしているのですが、補作詞の方が著作権が生きている例も存在しています。それらの楽曲に対し「テンプレート:音楽著作権情報」などの添付を行って、著作権意識を高める必要があるのでは無かろうかと思います。どの様な方法で、どんなテンプレートにするか意見を頂きたいと思います。
また、ファイル:鉄道唱歌.oggの様に、作詞・作曲の著作権は切れていても、演奏者の著作権が生きているのでは無かろうかと考えるのもあります。その様な著作権に対する考え方についても、なんだかのガイドラインが必要に思います。
さらに、自ら演奏したり歌唱したりする分は著作権問題はない認識でおりますが、初音ミクの様なボーカロイドソフトを使用した場合。楽器のソフトなど(自由に使えるのがあれば、記事作成にプラスになると思います)、情報を頂きたいと思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- なんだかこうやって横から書くことで、全体的に読みづらくしてしまっているのではないかと一抹の不安を拭い去れないのですが……。私のこの文章は、お好きに編集していただいて構いません。さて――
- 自ら実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間内である場合:著作権管理団体の管理楽曲の場合は、利用者ご本人(もしくはウィキメディア財団が)著作権管理団体に使用料を支払わない限り、著作権の侵害となります。著作権管理団体の管理楽曲ではない場合――すなわち作家自身もしくは作家から権利を譲渡された音楽出版社(以下「著作権者」)が自己管理している楽曲の場合――は、著作権管理団体からではなく、著作権者からじかに許諾を得る必要があります。
- 自ら実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間を終了していた場合:たとえば「春の海」を実演してWikipediaに投稿できるかどうかといえば、問題なく投稿できます。「春の海」は、作家の宮城道雄先生の没後の翌年から起算して50年を経過し、著作権が消滅しました。
- 他人が実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間を終了していた場合:たとえば、ビクターが1930年12月に録音した「春の海」をWikipediaに投稿できるかどうかといえば、問題なく投稿できます。まず、「春の海」の著作権はすでに消滅しております。次に、ビクター音源の「春の海」はレコード発行の翌年から起算して50年が経過し、著作隣接権が消滅しました。
- 初音ミクの様なボーカロイドソフトを使用した音源の場合:そのボーカロイドソフトが正規版である限り、ボーカロイドソフトのメーカーの許諾は基本的には必要ありません。その他は上記の場合と同一です。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:56 (UTC)
著作権情報テンプレートについて
「テンプレート:音楽著作権情報」の様なテンプレートの他、「テンプレート:音楽著作権有効」・「テンプレート:音楽著作権無効」と有効・無効で分ける。さらに、作詞・作曲でも分ける方法があると思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- きらきら星にIsamitさんにより以下の様な注意書きが追加されました。
- 以上を、そのままたたき台にして以下の様なテンプレートを提案します。
- <変数1>には作詞・作曲・日本語訳詞など、<変数2>には詳細説明がある場所を入れます。また<変数2>以降は省略可能としてはと思います。
- また、著作権有効・無効で分ける場合は、無効側のテンプレートは以下の通りになると思います。
- 管理しやすい方法に合わせた形になると思います。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 01:02 (UTC)
-
- 修正版です。一テンプレ方式で、著作隣接権に対応した形にしています。
-
- --Taisyo 2012年2月12日 (日) 13:59 (UTC)
演奏物の著作権について
今回提案に出したファイル:鉄道唱歌.oggですが、演奏者西日本旅客鉄道の著作権が有効なのでは思っています。もっとも、PD音源を活用しているのであれば問題ないですが。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- Taisyoさん、お久しぶりです。西日本旅客鉄道には著作権そのものは無いはずですが、現行の著作権法では、著作隣接権保護期間は50年なので、そのあたりで判断する必要があるようです。Takabeg 2012年2月11日 (土) 15:04 (UTC)
- 確かに、西日本旅客鉄道が著作権者は無いですね。けど普通に演奏時期を考えたら、50年過ぎている可能性は低い様に思います(演奏の著作権は有効である)。もっともオルゴールですので、どの様な入手経緯なのかは気になりますが。著作権的には、下手でも自分で演奏して貰えた方が楽です。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 15:17 (UTC)
- はい、自分で演奏というのが楽ですよね。Commons には、予防原則というのがありますので、怪しいなっと思ったら、削除依頼を出してみてください。Takabeg 2012年2月12日 (日) 01:33 (UTC)
ファイル:鉄道唱歌.oggを拝聴いたしました。本作の権利に関する詳しい事情は西日本旅客鉄道に伺ってみなければ分かりませんが、ひとまず西日本旅客鉄道が外部の作曲家に発注して制作した楽曲であると仮定するならば、(著作権の保護期間内は)Wikipediaへの投稿はNGです。列車内や駅構内で西日本旅客鉄道の音源を無断で録音した場合は、「作曲家の著作権」と「西日本旅客鉄道の著作隣接権」を侵害しています。また、残念ではありますが、ご自身で演奏された音源の場合でも、作曲家(JASRACに信託した楽曲であればJASRAC)の許諾なしでは、作曲家の著作権を侵害してしまいます(ただし西日本旅客鉄道の著作隣接権は侵害しません)。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:02 (UTC)
- 鉄道唱歌の著作情報について。一般的な作詞・作曲者の大和田建樹および多梅稚については、保護期間が経過しパブリックドメイン運用が可能になっています。おそらく、「西日本旅客鉄道の著作隣接権」の問題が一番だと思います。「やくも車中録音」なので。もっとも、「車中で聞こえるエンジン音」などに関しては著作権問題はありませんが。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 02:12 (UTC)
Taisyoさんのおっしゃるとおりです。著作者たち、つまり作詞者の大和田建樹は1910年に、作曲者の多梅稚は1920年に(別ヴァージョンであれば、作曲者の上眞行は1937年に)、それぞれ亡くなっていますし、三木佐助が著作権を譲渡されて著作権者となったことはあるようですが、著作権は著作者の死後50年を経過したと認められる時において消滅しますので、現行の日本国の著作権法によれば、作品そのものはパブリクドメインです。実際、JASRACの作品データベース検索サービスにも登録されていません (見落としたのかもしれませんが)。本件の場合、著作権はクリアできていて、問題となってくるのは、著作隣接権のほうです。ただ、このファイルはセーフっぽいですよ。確信にいたるには、もう少し調べる必要があるので調べてみます。Takabeg 2012年2月12日 (日) 02:20 (UTC)
- また、一般論になりますが、Commonsでは原著作権者の国と合衆国の双方においてパブリックドメインではないとアップロードできないという原則がありまして、最近こういう議論が行われています。多梅稚は1920年に亡くなっており、アメリカでは著作権保護期間が死後95年後だと言われたり、いや、それはGATT条約より以前だからいいんじゃないのとか言われたり、ちょっとややこしくなってきますが、これで、Commonsにあるファイルのかなりの部分が失われるのは間違いありません。実際にはCommonsにアップロードしてはいけないにもかかわらず、日本国の地方公共団体の旗や章のうちパブリックドメインになっておらず、しかも著作者および著作権者が明確に表示されているものをはじめ、ただ単に管理者の主観的希望で削除されないものもありますから、一概には何ともいえません。少なくとも、私にはファイル:鉄道唱歌.oggを削除依頼に出す意思はありません。Takabeg 2012年2月12日 (日) 02:35 (UTC)
ファイル:鉄道唱歌.oggの作家が、明治後期から大正初期にかけての作家であるとは存じ上げませんでした。確かに、それならば間違いなく著作権は消滅していますね。仮にアップロード者ご自身で実演(制作)された音源であれば問題ありません。仮に西日本旅客鉄道の音源であれば、西日本旅客鉄道がその音源を駅構内などで公表した翌年から起算して50年を経過したものであれば問題ないかと。どちらなのか私には判別がつきませんが……。
Commonsの議論も、存じ上げませんでした。保護期間が95年……。英国の香港統治並みですね……。--Isamit 2012年2月12日 (日) 03:13 (UTC)
- 隣接権というのは、実演家,レコード製作者,放送事業者及び有線放送事業者に付与されるものですから、西日本の場合、隣接権そのものが発生しないのでは?Takabeg 2012年2月12日 (日) 05:58 (UTC)
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- いえ、その「レコード製作者」がまさにJR西日本になりますので、著作隣接権は間違いなく発生します。著作隣接権は、第一義的にはおっしゃるとおり、音を最初に固定化した者に発生します。そのため、まさかJR西日本が音源制作まで自社ではやっていないでしょうから、まずは外注先の制作会社に「レコード製作者」としての著作隣接権が発生します。その後、その制作会社は、できあがった音源をJR西日本に納品(すなわち権利を譲渡)しますので、著作隣接権は制作会社からJR西日本に移転したと推定するのが自然です。--Isamit 2012年2月12日 (日) 08:24 (UTC)
- JR西日本に問い合わせるチャンスをお持ちのかたがいたら、質問して確認していただきたいのですが、志願者、できたらツテのある方 (Commonsで、本件ではなく別件で、日本の組織に問い合わせた方々はいらっしゃいまして、無視されるケースも多々あるようですので)はいらっしゃいますか?Takabeg 2012年2月12日 (日) 08:32 (UTC)
聞いたところ、国鉄のときから使われているゼンマイオルゴールのタイプのようですが(JRになってから電子音が出たので、電子音の鉄道省歌などに関してはJRが著作権者だとは思いますが)、この場合国鉄から著作物の引継ぎがあったと考えるべきでしょうか?もし仮にゼンマイタイプだとしたら、鉄道唱歌を鳴らす機器に関しては1964年に登場していますから、この音源のオルゴールが仮にも1964年前後のタイプであるのであれば(車両の部品や機器を融通しあうことはよくあること)、Isamit 2さんのおっしゃられる[西日本旅客鉄道がその音源を駅構内などで公表した翌年から起算して50年を経過したものであれば問題ない]にあたるのではないでしょうか?--220.144.119.143 2012年2月12日 (日) 13:36 (UTC)
- やくも (列車)は、国鉄型の国鉄381系電車が使われています。おそらく、1982年あたりに製造された車両がほとんどだと思います。オルゴール。夜行列車などに使われているのは知っていました。もし、最古のオルゴールが1964年だとしたら、それでも著作隣接権は生きていることになることになると思います。さらに古いのがあるとしたら別ですが。最近、新幹線などでは電子音の良い日旅立ちが流れていますね。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 13:59 (UTC)
- 220.144.119.143さん:まず、「著作権」と「著作隣接権」はそれぞれに異なります。著作権は前述のとおり消滅していますので、著作隣接権の問題になってまいります。「電子音の音源」は比較的新しい音源でしょうからひとまず置いておくとしまして。「オルゴールの音源」の著作隣接権は、車輛の部品や機器には左右されません。「レコード製作者」が「オルゴールの音源」を公表した翌年から起算して50年を経過していなければ、「オルゴールの音源」の著作隣接権は消滅することができません。さて、ここで「レコード製作者」が当時の国鉄だった場合、現在は誰になるのかということですが、当然ながらJR西日本が引き継いでいると推定するのが自然です。仮に、その「オルゴールの音源」が1964年内に公表された場合、2014年12月31日までは著作隣接権が存在することになります。--Isamit 2012年2月12日 (日) 14:38 (UTC)
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- 補足説明をすると『鉄道唱歌のオルゴール音源メディア』ではなく『鉄道唱歌のオルゴールそのもの』の可能性が高い様に思います。こちらを見たらどの様な物か何となくわかると思います。1964年と言えば新幹線0系電車でしょうか。国鉄151系電車の頃からオルゴールは有りそうに思いつつも(もし、それだったら1958年なので著作隣接権は消滅しています)。鉄道車両オルゴールの歴史を知らないので何ともで有りますが。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 14:57 (UTC)
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- 本件とは事情が若干異なりますが、著作隣接権が議論の対象となったDRの事例として、B, C, Dなどが参考になるかもしれません。Commonsでは、1年以内に切れる場合には消さないで残してしまう選択をする管理者もいます。また、時限付で削除しておいて切れたら(1月1日に)復活される選択をする管理者もいます。もちろん後者のほうが公正なのですが。。。Takabeg 2012年2月12日 (日) 15:09 (UTC)
著作隣接権の開始は八幡電機産業が、オルゴールのドラム部分を初製造したときからと思います。沿革を見ていると、1964年からのように思います。--Taisyo 2012年2月13日 (月) 22:55 (UTC)
- 仮に、1964年に八幡電機産業が制作した原盤(ドラムのマスター)が使われた音源であれば、その音源の媒体がオルゴールになろうがCDになろうが音楽ファイルになろうが関係なく、製造時ではなく公表時から50年です(※50年間一度も公表されなかった場合は、製造時からでOKです)。また、著作隣接権は、八幡電機産業からJR西日本に譲渡されていると推定されます。ただし、1964年に制作した原盤は古くなったので、新しく原盤を制作してオルゴール音源を製造しようと考えることは大いにありえる話です。新たに制作された原盤を使用して製造された音源であれば、それはそれで新たに著作隣接権が発生します。たとえば2000年に制作された原盤を使用して製作したオルゴール・CD・音楽ファイルの著作隣接権は、2050年12月31日まで有効です。--Isamit 2012年2月14日 (火) 02:58 (UTC)
- 著作隣接権の独自解釈がひとりあるきしてしまうのもアレですので、申し上げておきますと、著作隣接権というのは、その立法趣旨からもわかるように著作物を公衆に伝達するという役割をもつと見なされた人にだけに付与されるものです。たとえば、出版社にも著作隣接権を付与すべきかすべきでないかをめぐる議論は今でも続いています。また、オルゴール製作者にも著作隣接権が付与されるはずで、その保護期間は、音が「固定」されてから50年間です。しかし、JR西の行為がその種の事業者として認められているか知りませんし (それでツテのある人に聞いてほしいと申し上げました)、また、果たして、本作を利用した目的が「著作物を公衆に伝達するため」とは考えられがたいですし、万が一、JR西が「著作物を公衆に伝達するため」に本作を採用したと主張しても、その判断はかなり主観的なものになってきますので、私は判断しかねます。八幡電機産業からJR西日本に譲渡とされたという可能性もありますが、そうであっても、音が「固定」されてから50年間となります。Takabeg 2012年2月14日 (火) 03:45 (UTC)
まだ、勘違いがあるようですので。元々の前提が悪かった部分もあるのですが(鉄道唱歌のオルゴールをJR西日本が使っている)、そもそも『日本国有鉄道』が使っていた物で、それを引き継いで使っているということです。また、JR西日本だけではなく他の旅客会社でも同様の機械を使っています。いくつか考えがあるのですが、八幡電機産業は製造はしても知的所有権までは放棄していない(別の会社の商品で音源協力をしている参考)。日本国有鉄道が著作隣接権を持ち組織消滅と共に無効になった。日本国有鉄道分割後はJR各社が引き継いだです。一番考えられるのは八幡電機産業が著作隣接権を持っていると解釈するべきだと思います。その他、同様の問題のある音源はファイル:TEC-0-bell instrument.oggも同様に思います。--Taisyo 2012年2月14日 (火) 13:34 (UTC)
- いつごろ固定されたものですか?Takabeg 2012年2月14日 (火) 13:55 (UTC)
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- はっきりとは言えませんが、放送装置が使用された時点が固定時期と解釈して良いのではと思います。だとしたら1965年頃でしょうか。正しいことが言えないのは申し訳ないですが(機器の製造開始が1964年として)。--Taisyo 2012年2月14日 (火) 13:59 (UTC)
- 装置が製造された時点が「固定時期」になります。ちなみに元は何かの曲なのですか (無知で申し訳ないです)?そうであれば、こういう意見もあって、著作権そのものが切れていない場合で著作物性が認められた場合は、著作隣接権ではなく、著作権そのものが争われると思います。また、レコード製作者、オルゴール製作者などの音源を製作することをナリワイとする事業者には著作隣接権が付与されますが、国鉄やJRが演奏家、レコード (とそれに類するもの)製作業者 (八幡電機産業もこれに入ると思われます)、放送事業者、有線放送事業者などでない場合(調べてみると、もしかしてそういう事業もやってるのかもしれませんが)、著作権者になりえても、著作隣接権者たり得ないはずです。Takabeg 2012年2月14日 (火) 14:08 (UTC)
- 日本の隣接権について、
- 古いオルゴールを、新たに作り直しただけでは、最初に固定したものの複製であって、新たに権利が生じるわけではありません。
- 公衆が再生できるような場所にオルゴールを設置しているなら、それは「公衆に伝達するという役割」のために著作物が固定されていると考えられます。
- ただし、レコード製作者の権利は、「著作物を公衆に伝達するという役割をもつと見なされた人にだけに付与されるもの」ではありません。業としてなされる必要はなく、素人である個人でも製作者になりえます(中山p.446.)。
- オルゴール製作者は隣接権を持ちます(RIAJの解説[23]や著作権条文プラス[24]。後者は行政書士のサイトのようです)。
- 保護期間満了は、公表時から50年。
- 米国著作権法では、隣接権の概念がなく、録音物(sound recordings)は著作物とされ(第102条a-7)、レコード製作者の権利があるが([25]、なお「法律上は原則として実演家及びレコード製作者の共同著作物であると解釈されている」との見解もあり。「著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告―マルチメディアに係る制度上の問題について」平成七年二月/1995年2月[26]2 実演家・レコード製作者の経済的権利(一)放送・送信に関する権利<国際的動向>)、放送などによる公の実演に関する権利は認められていないが、デジタル転送の方法により公になされる(publicly by means of a digital audio transmission)」レコードの排他的実演権が1995年に創設されています([27]・[28]p.236.・106条・114条)。むしろわかりやすい解説は「著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究「諸外国の著作物等の保護期間について」報告書 平成20年2月」PDFp.87 かな。保護期間もこちらでわかります。--Ks aka 98 2012年2月14日 (火) 17:34 (UTC)
楽器ソフトについて
楽譜を打ち込んで使えるソフトがあれば便利だと思いますが。著作物の著作権問題のないソフトがあれば教えて頂きたいと思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- ボーカロイドについては初音ミクやがくっぽいどの「エンドユーザー使用許諾契約書」にもあるように、この契約に則る限り「商用・非商用問わず利用可」と判断できるかと。また、DAWで出力した自作の音楽データにソフトウェアメーカーが権利を主張したと言う話は聞いたコトがありません。商用ソフトという点が気になるってならRosegardenやLMMSを使えばいいと思いますが。--KAMUI 2012年2月11日 (土) 13:17 (UTC)
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- ボーカロイドは商用利用も多いですので、著作権問題はほとんど無いのではと考えてはいました。あと、ウインドウズユーザーなのでLMMSになりますが、実際に使ってみたいとも考えています(みなと (唱歌)の演奏追加など)。もっとも、単純なメロディーですけど。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 15:17 (UTC)
打ち込みソフトはただの道具であり、楽曲(歌詞および旋律)の作者ではないので、その道具を使って生み出されたご自身の作品に、打ち込みソフトのメーカーの著作権は発生しないと思います。もちろん、道具ですから、他人の作品を打ち込むこともできるわけでして、この場合は(著作権の保護期間内は)その人の著作権が有効のままです。打ち込みソフトを使おうが、紙とペンで五線譜を書こうが、道具はあくまでも道具でしかありません。なお、ソフト自体はメーカーの知的財産なので、コピーしたらもちろんNGです。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:11 (UTC)
- 楽器系のソフトに関しては、ほとんどの場合は著作権の問題は少なそうです。先ほどの初音ミクの件。商用利用に対して、一部の項目で許可を求めているので、完全商用利用を求めているウィキペディアのライセンス的に問題が有りそうです。声提供者の著作権も有りそうですし。あと「Softalk」と「棒読みちゃん」についても、「AquesTalk」のライブラリーを活用している関係上、難しいのかなと考えます。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 11:21 (UTC)
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- ウィキペディアにアップロードされるファイルは、GFDLとCC-BY-SAを満たす必要があります。初音ミクのエンドユーザ使用許諾を見る限りでは、3条に使用許諾が必要な場合と言う項目があり、無条件に使用が許可されているわけではありません。著作権の問題と言うより、Taisyoさんが書かれているように、ソフトのライセンス(契約)の問題ではありますが。-- Daisydaisy 2012年2月14日 (火) 13:43 (UTC)
どんぐりころころではUTAUというソフトで作成された音楽ファイルが掲載されています。--118.108.158.229 2012年2月12日 (日) 15:10 (UTC)
- 使用許諾契約書がある場合は、使用者が、それに従う必要があります。著作権の問題ではなく、契約の問題です。ミクの場合は契約を守る限り、ソフトウェアの使用者が演奏作品をCC-BY-SAやGFDLで公開することはできないはずなので、まあ、削除するのがよいでしょう。wmf:Resolution:Licensing policy/jaを使うという手はあるかもですが。--Ks aka 98 2012年2月14日 (火) 17:34 (UTC)
著作隣接権
現時点で著作権に関したルールなどは整備されていますが、著作隣接権に関するルールなどは不十分に思います。こちらを参考に考えていく必要がある様に思います。--Taisyo 2012年2月13日 (月) 22:42 (UTC)
検索ボックスの不調?
私の環境だけに起因するものなのか分かりませんが、先月から度々検索ボックスにおける全文検索が効きません(特徴としては不自然な読み込みの遅さみたいのが見られますね。これを書く前は英語版では機能していたのですが、投稿直前にもう一度確認したら同様に機能しなくなりました)。「全ての井戸端ログから検索」も同様に機能しておらず、過去にも同様の議論があったのでしたら申し訳ないのですが、これは既知の問題(=原因が分かっており時間と共に正常に戻る問題?)なのでしょうか?--タールマン 2012年2月12日 (日) 06:56 (UTC)
出典のない記述の扱いについて
「AとBとCでは○○である」という記述があり、ABCは公式サイト上の情報等で、アクセス可能だとします。この場合、当方は「○○である」という部分が出典に基づいていないなら削除対象と考えているのですが、ごくまれに異論もあるようです(具体例、加藤桃子#エピソード、ノート:加藤桃子)。具体例のノートには、「出典が出るまで記載を維持する」という意見があるのですが、極めて異様なものに思えてなりません。
「AとBとCでは○○である」という記述は独自研究ではないのか、また、このような記述をコミュニティはどう扱うべきなのか、広くご意見いただきたくお願いします。--Wikied 2012年2月12日 (日) 14:30 (UTC)
- 独自研究ではないような気がしますが、Wikipedia:特筆性に引っかかってくるものはありますね。「取るに足らないようなもの」と見なされる情報が無差別に収集され満載されている感がありますし、使われているのも、自前のサイトなど二次資料ではないものが多いですから。Takabeg 2012年2月12日 (日) 15:27 (UTC)
- 先ほど、Wikiedさんは、検証可能性を満たさない記述ということで「削除」を実行されましたが、ノートの使用をお奨めします。実際、検証は可能です。しかし、「その日の収録で○○を着ていた」的なものは取るにたらない情報の部類に入るので、私も削除そのものには賛同します。Takabeg 2012年2月12日 (日) 15:35 (UTC)
コメント女流棋戦への参加時の服装のところでしたら、マイナビオープンサイトでは確認できませんでしたし、「加藤桃子女流王座が五番勝負を振り返る」では掲載されている写真がどの場面のものか明らかではないようですから、「女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している」は検証困難なものと思われます。これらが確認できるならば、たとえば12/15の里見香奈女流三冠-加藤桃子女流王座戦や10/6の島井咲緒里初段-加藤桃子奨励会1級戦[29]、第1期五番勝負第5局および記者会見[30]でチェックの服を着ていたとするのは、独自研究ではないと考えます。ただし、検証可能で、独自研究ではないとしても、WP:NOTから、「ワンピースを着用している」ことを書く必要はないとして、除去が適当だと考えます。--Ks aka 98 2012年2月12日 (日) 16:18 (UTC)
Wikied氏が立ち上げた議論、ノート:加藤桃子#瑣末な記述 が、この井戸端でのWikied氏の議論提起の背景ですので、簡単に説明します。
1) 「2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している」記述については、両棋戦の公式ブログ(マイナビ女子オープン公式ブログ、リコー杯女流王座戦中継ブログ)で、「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」として、検証可能です。
加藤が両棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)で姿を見せたのは延べ17日で、そのうち16日で「チェックのワンピース」を着用しております。
ノート:加藤桃子#瑣末な記述 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」の中で、どのように検証できるかを具体的に示しております。
2) ノート:加藤桃子#瑣末な記述 での議論では、
「加藤またはマスコミが『女流棋戦参加時にチェックのワンピースを着ている』ことに言及した」のを確認できるまでは、現状の簡素な記述を維持するのが適当だろう」
といった所に落ち着いています。
3) Wikied氏は、「自分が開始した ノート:加藤桃子#瑣末な記述 での議論が継続している状況で、さらに井戸端で議論を開始する」ことを適当と考えたようですが、私Pooh456としては、議論の場は ノート:加藤桃子#瑣末な記述 に絞るのが妥当と考えます。
4) 井戸端での議論を提起したWikied氏に言いたいのですが、2012年1月18日 (水) 11:26 (UTC)に、やはり井戸端に「排除されるべき宣伝的要素」という議論を提起した際(差分)、
「それとWikied氏は議題を提起する際に『稀に「ルールにそのような明記はない」として記載を急ぐ人もいます。』とおっしゃっていますが、わざわざ「稀」などと言う言葉を付けて持論を強調するのは控えて頂きたい。仮に事実であったとしても、傍から見ると自身の対立意見が少数派(マイノリティ)であるような印象操作を行っているように見えます。--Saishusengen 2012年1月20日 (金) 15:50 (UTC)」
と苦言を呈されましたね。しかるに、今回、「『ごくまれに』異論もあるようです」という発言をし、Saishusengen氏が戒めた「自身の対立意見が少数派(マイノリティ)であるような印象操作」を反復したのは、甚だ遺憾です。--Pooh456 2012年2月12日 (日) 17:44 (UTC)
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- 1)示されているリンク先のページでは、「加藤が両棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)で姿を見せたのは延べ17日で、そのうち16日で「チェックのワンピース」を着用しております。」ということは確認できませんでした。今日閲覧した http://mynavi-open.jp/weblog/ では、加藤桃子の文字すらありません。出典の示し方の問題だとは思いますが。
- 2)まあそんなところだと思います。
- 3)一般論として意見を集めるのならば、井戸端へ提起することは適切ですが、ここではどういう状態を問題にしているのかがわかりにくかったように思います。「女流棋戦への参加時の服装のところでしたら、」と仮定してコメントしたのは、そのためです。より一般的なこととして、問いかけの意図を推察しながらコメントするならば、A、B、Cでは直接言及がない場合、そこにある写真情報など「○○である」という事柄が、特に専門的な知識がなくとも、一意に読み取れるならば独自研究ではなく、そうでないなら独自研究となるおそれがあり、いずれにしても、直ちに削除・除去の対象となるものではなく、また直ちに記述するのが当然と考えられるものではありません。ぼくの意見が、「ごくまれ」かどうかはわかりませんが、方針上は、そのようになると理解しています。そういう一般論ではなく、具体例についてどうあるべきかは、当該ノートで話し合うのがよいでしょう。方針の理解の問題ならば、稀かどうかは関係なく検討されるでしょうし、それが現実的な運用や解釈にかかわることなら、ある意見が多数派なのか稀なのかは、正しく伝えられている限り、有益な情報となります。事実でないことを「稀」とするなら、印象操作といえるでしょうけれど、事実であるならば、それを印象操作というべきではないと思います。--Ks aka 98 2012年2月12日 (日) 18:30 (UTC)
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- Ks aka 98氏の(1)で「確認できませんでした」「出典の示し方の問題だとは思いますが」という指摘を受けました。
- これについては、先に「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」の中で、どのように検証できるかを具体的に示しておりますと述べておりますが、「書換試案」の方を確認頂きましたでしょうか? Ks aka 98氏の書き方ですと、「現状の記事 『加藤桃子』の該当箇所を見たが」というように見えますが如何でしょう。
- なお「書換試案」で摘示している写真は、全て、記事「加藤桃子」の該当箇所で出典として示している両棋戦の公式ブログ(「マイナビ女子オープン公式ブログ」、「リコー杯女流王座戦中継ブログ」)から抜き出したもので「書換試案」の方に「どちらの棋戦で、何年何月何日の写真」ということを明記しています。--Pooh456 2012年2月13日 (月) 01:28 (UTC)
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- 2012年2月11日 (土) 07:38(UTC)の試案なら、写真の画像ファイルじゃなくて、その写真が掲載されているページへのリンクにしてください。exif読ませて対応するスケジュールも示してとかでもなければ、画像ファイルだけでは、いつのなんの棋戦か検証不能です。たとえば「(2)10月6日の本戦1回戦(対 島井咲緒里女流二段)」のリンク先は、DSC_0031-thumb-350x479-8115.jpgではなく、http://mynavi-open.jp/weblog/51--5/ としてください。
- 独自研究かどうかの話をするなかで、検証できているかどうかはひとつのポイントなので、現状「できていない」ことを前置きする必要があります。「今日閲覧した http://mynavi-open.jp/weblog/ では、」などと、限定して、それを指摘しました。加藤桃子#エピソードでは、「2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している。」とあり、その情報源は13[31]、14[32]しか示されていない。
- しかし、ここでの具体的な「出典の示し方」はノートないしは別の話題としてやるべき話で、どういう案であっても、正しく検証できればいいです。できないなら、独自研究以前の話。今はできていないけど、できたとして、独自研究について考えるとすると、というのがこの井戸端での話題だと考え、2012年2月12日 (日) 16:18 (UTC)の書き込みの文章は、そういう流れにしたつもりでした。--Ks aka 98 2012年2月13日 (月) 04:08 (UTC)
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- 「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」ですが、Ks aka 98氏の 2012年2月13日 (月) 04:08 (UTC) の「写真の画像ファイルじゃなくて、その写真が掲載されているページへのリンクにしてください」という指摘を受けて修正しました。--Pooh456 2012年2月13日 (月) 05:08 (UTC)
電化製品系統、電装機器系統のウィキプロジェクト
電化製品系統、電装機器系統などエレクトロニクスのウィキプロジェクトは現在ありますか?探したのですが見つかりません。あと、ポータルではエレクトロニクスが存在していますが、更新が2年ほどとまいます。もう休止したのでしょうか?--110.233.144.47 2012年2月13日 (月) 18:23 (UTC)